《》第8話 王都散策
クレアはディムール王國のお姫様だったらしい。
そんな話をフレイズから聞かされて、あんぐりと口が開いた。
あの後、フレイズに連れて行かれた先で、オレはクレアと一緒に々と質問をけた。
牙獣を討伐した時の狀況や、牙獣そのものについて、など。
調教師テイマーらしき人を見なかったか、とも聞かれたが、付近に怪しい人はいなかったので「見なかった」と答えておいた。
その後すぐに解放され、他の部屋でクレアと一緒に遊んでいるようにと言われた。
実際にはそれは建前で、クレアを襲った下手人がまだ近くにいる可能が高いので、護衛として傍にいるようにしてくれ、ということだろう。
同年代の子と遊んだことがなかったオレが、クレアと遊ぶのはとても新鮮だった。
魔を教えてほしいと頼まれたので、とりあえず自分の中の魔力を知するところから教えた。
筋がいいので、このまま教え続けたら初級魔ぐらいはすぐに使えるようになるのではなかろうか。
そのあと、オレと遊んだことでクレアの様子も落ち著いたと判斷したらしい國王側が、パーティーを再開させた。
下手人が會場に紛れ込んでるのかもしれないのに、よくもまあパーティーなんかを続けようとするものだ。オレなら絶対やらないな。
まあ、遠路はるばる來てくれた貴族も多くいるみたいだし、日を改めて、というわけにもいかなかったのかもしれない。
幸いなことに再びクレアが襲われるようなこともなく、パーティーはつつがなく進行した。
……ここまではいい。
問題はここからだ。
そのパーティーの途中で突然、オレの名前が呼ばれたのだ。
そしてやたらと態度がでかいディムール王國の國王を名乗るオッサン――ヴァルター陛下から、何かバッジのようなものを貰った。
それからなぜか獨立した貴族になって、金貨を三百枚ほど貰って、領地を貰って、屋敷まで貰っていた。
なんでも名前を呼ばれたときにヴァルター陛下からけ取ったバッジ、『騎士の勲章』とやらのおかげらしいのだが、オレにもどういうことなのかよくわからない。
聞いた話を要約すると「ディムール王國の姫であるクレアの命を救ってくれたことに対する褒賞」を與えられたらしい。
そんな大層なと思ったが、ヴァルター陛下にものすごく謝されているというのは間違いないようだ。
でも、そうだな。
オレが駆けつけていなかったら、クレアは死んでいた。
一國の姫が殺害されるのを未然に防いでくれた年に対するお禮としては、これぐらいが妥當なのかもしれない。
つか知らねえよ、お姫様を命の危機から救ったときに王様から貰えるお禮の金額の相場なんて!
金貨三百枚というのは、日本で言うとだいたい三百萬円ぐらいに相當する。
詳しい価なんて知らないし、為替レートなんてものが存在するとも思えないのでぶっちゃけ適當だが、現世の覚で言うと金貨一枚が一萬円ぐらいなのでまあ、それぐらいだろう。
この世界の人は十二歳だ。
オレがその年齢になるまでは、フレイズの助けを借りながら領地の運営をすることになる。
將來的には、今回王都に貰った屋敷から學園に通うことになるだろう。
もっとも、王都には今回オレが貰った屋敷の他にもガベルブック家の邸宅がある。
パーティーが終わった後は、一日はそこに滯在する予定だ。
……とまあこんなじで、クレアの誕生日パーティーは幕を下ろした。
パーティーの最中に々な貴族に話しかけられもしたが、正直どうでもいいし名前を覚えるのも面倒だったので特に言及はしない。
今日の収穫は騎士の勲章と、クレアと友達になれたことだな。
今はパーティーを終えて疲れ切った両親が、王都にあるガベルブック家の別荘で休息を取っているところだ。
ヘレナは既に寢室で眠っているし、フレイズはソファーで瞳を閉じて座っている。
二人ともまだまだ若いのに、力がないな……。
かく言うオレはあまり疲れていない。
今すぐにでも走り出したい気分だ。
なので、今から王都の散策に乗り出すことにした。
時刻はそろそろ夕方になろうかという時間帯だが、ほんのしだけ外出したというぐらいなら、ミーシャも許してくれるだろう。
というわけで、行ってきます。
ミーシャがオレから目を離すタイミングを見計らう。
リビングにあるテーブルの上に、出かける旨を記した書き置きを殘して、オレは王都の散策へと向かった。
「おお……!」
こちらの世界に來て、初めて一人で街を歩く。
今はキアラもいないので、本當の意味での一人である。
王都の街並みは、ガベルブック領のものとはまたちょっと違っている。
さすが王都というだけあってか、全的に大きい建が多いのだ。
レンガと土で作られた家がほとんどで、そのレトロな雰囲気の家がずらりと並んでいる景は、ヨーロッパの地方都市を連想させる。
東のほうに見える一際高い建は、冒険者ギルドだろうか。
現世の基準で言えば、五階建てのマンションぐらいの高さはありそうだ。
さて、何をしようか。
適當にぶらつくのもよし、その辺でよさげなものを買いまくるのもよし、楽しみ方は々だ。
陛下に貰った金貨三百枚は亜空間にれてそのまま持ってきているので、小遣いもたんまりある。
これだけあれば、奴隷でも買えるかもしれない。
……奴隷といえば。
「そういえば、この世界に奴隷っているのかな」
それは、こちらの世界に來てから今まで考えたこともなかった疑問だった。
ガベルブックの領地では見かけなかった気がするが、それだけでいないと決めつけるのは早計すぎるというものだろう。
しかし、オレがその答えを今すぐに知る手段はない。
はぁ、こんなときにキアラがいてくれればな……。
「普通にいるよ?」
「おわっ!?」
オレが道のど真ん中でうーうー唸っていると、目の前に突然、キアラが湧いてきた。
あまりにびっくりしすぎて、から変な聲がれ出るのも、これで何度目だろうか。
「來るなら來るって言ってくれよ……。おかげで、こっちは毎回毎回心臓が止まりかけるんだから」
そう悪態をつきながらも、キアラの言葉に耳を傾ける。
「あはは、ごめんごめん。えっと、ガベルブック家は先祖代々から奴隷制度に反対してて、ガベルブックの領地では奴隷の購はもちろん、所持も止されてるね。フレイズさんも奴隷制度には厳しく反対してるみたい」
「なるほど」
フレイズも奴隷反対派なのか。気にったのがいたらしかったのだが、これはさすがに奴隷を買って帰るのは厳しいか。
「でもまあ、見るだけならタダだよな」
こちらの制度には詳しくないが、なくとも奴隷を見ただけで金を取られる、なんてことはないだろう。
ということでキアラの案を頼りに、奴隷市場に向かうことにした。
奴隷は王都でも売られているのだろうか、という懸念はあったが、王都にも普通に奴隷市場はあるらしい。
「ほう……ここか」
十數分ほど歩くと、奴隷市場に到著した。
ちなみにガベルブックの屋敷とは反対方向である。
そんなに奴隷が嫌いなのかね。
市場と言うだけあって、その規模はそれなりに大きい。
一般的な食べなどが売られている市場と同じぐらいの広さがある。
人が並べられて売られているという景に、ものすごい違和と新鮮さをじていた。
「この辺で売られているのは、あまり質が良くない奴隷が多いね。貴族やら金持ちやらが買いに行くのは、専もっぱら屋のほうだと思うよ」
質が良くないとは、これまたすごい言葉が出たな。
人間に向けて言う言葉とは思えない。
でもまあ、そういうことなら。
「じゃあまあ、屋のほうに行くか」
オレたちは、屋のほうの會場へと足を向けた。
その會場も奴隷市場の一部になっているらしく、すぐに見つけることができた。
會場のり口には、二人の男が立っている。
警備の人間だろうか。
り口を塞ぐように立っているものの、あまりやる気はじられない。
「すいません。この中にりたいのですが」
オレがそう聲をかけると、片方の見張りの男がこちらを見た。
「あ? 悪いが坊主、ここは子供は立ちり止なん――」
そう言いかけた男の目が、オレの元へと寄せられた。
そこには、ガベルブック家の紋章が刻まれている。
それを見た男の表が、目に見えて変わった。
何だ。どうしたんだ。
オレのそんな疑問をよそに、男は僅かに口元を歪めて、
「……おい坊ちゃん。中にれてやるから、ちょっとおじさんについてきてくれないか?」
「? あ、はい。わかりました」
先ほどの発言を撤回し、男はオレをこの中にれてくれるという。
どういう心境の変化だろうか。
男の背中を追って、路地裏を進んでいく。
周りには誰もいない。
しかしり組んだ道だな。
一人でここに來たら普通に迷子になりそうだ。
「そろそろか」
三分ほど歩き続けただろうか。
不意に、男がそう呟く。
次の瞬間、オレのが路地裏の壁に叩きつけられた。
「馬鹿がぁ!! 上級貴族のガキだ! こりゃ高く売れるぜぇ!」
オレを押さえつけている男の表が、下卑たものに変わる。
あ。なるほど。そういうことか。
「知ってるか? 小さい子供が大好きな変態貴族様が、形のガキを眼で探し回ってるってよぉ! こりゃ俺にも運が回ってきたぜぇ!!」
こいつは、オレを拉致して奴隷として売ろうとしているのだ。
さすがは王都。
こんなのがザラにいるとなると、日本の基準でいてたら警戒心が足りないと言われても仕方ない。
「お前を売って、俺は新しい奴隷でも買うことにしようか! これだけの形、しかもガベルブックの子供! いったいどれほどの値がつくのか、想像もできねぇな!」
そうか。オレはそんなに高く売れるのか。
それはよかった。
「ありがとよぉ! あはは、今日はいい日だ!」
雄びを上げながら、男は拳を振り上げる。
次に何をされるのかなど明白だった。
男のパンチを、腹部にモロに食らった。
「――そんなことだろうと思ったよ」
なるほど。
やはりオレは世界にされているらしい。
こんな汚らしい男に服をられた不快はあるが、特に痛みはない。
服を洗濯すればそれで事足りる。
「は? え?」
何が起きたのか理解できていないのだろう。
それも仕方のないことだ。
男の拳は、たしかにオレの腹部に直撃したのだから。
男は常識外れの腕力を持っているわけではないだろうが、それでも大の大人のパンチをけてこんな小さな子供が立っていられるほうがおかしい。
「ねえ」
驚きで固まったを曬している男に、突風を叩きつけてやった。
オレの元を摑んでいた腕がごと引き剝がされ、男のが近くにあった木箱に叩きつけられる。
「ぐはっ!」
男が苦悶の聲をらすが、悪黨がどれだけ苦しもうが知ったこっちゃない。
ちなみにさっきのは魔ですらない。
し、風霊シルフにいたずらしてもらっただけだ。
思ったより威力が強かったのか、しばらく待っても男は倒れたまま起き上がってこなかった。
「あれ、おじさん?」
気絶したのか。
そう思い、寢ている男に近づくと、足を摑まれた。
「……よくもやりやがったなクソガキ」
あ、起きてた。
そう思ったときには、視界がぐるんと回っていた。
オレのは路地裏の地面に引き倒され、男がオレの上に馬乗りになる。そして顔を毆られた。
「オラっ、痛いか!? 痛いだろぉ!? 俺も痛かったぜぇ、お前に吹っ飛ばされてよぉ!!」
オレの顔に汚い拳が何度もれる。
目の前で延々と寸止めされ続けているような気分だ。
実際は毆られ続けているのだが、何のダメージもけていないためソフトタッチと大差ない。
男は狂笑を上げながらオレのことを毆り続けている。
完全に頭のネジが外れてしまっているようだ。
「やめてくださいよ。顔が汚れるじゃないですか」
再び風霊シルフに突風を生み出してもらい、男を引き剝がす。
もう一度、壁に叩きつけられた男。
その顔には、もう先ほどまでの怒りすらない。
そこにあるのは、ただ得の知れないモノに対する恐怖心だけだ。
「なんだよ!? 何なんだよお前ぇぇええ!!?」
「あはは」
そして即座に、闇屬の魔で創り出した手で、なにやら喚いている男のを拘束した。
これで、男は地面にい付けられたままきがとれなくなった。
「ねえ。正當防衛って言葉知ってる? おじさん」
腰に據えつけてあるナイフを、ゆっくりと引き抜く。それを見た男の顔が恐怖に歪んだ。
「僕はおじさんに拐されそうになったんだよ。だからいま、ちょっとだけ手元が狂っておじさんにこのナイフが刺さっちゃっても、僕は罪には問われないだろうね」
「ひっ!?」
もがき、なんとか逃げ出そうとするものの、闇屬の魔で創られた手はそんなささやかな抵抗ではビクともしない。
さすがの強度である。
「ねえ、おじさん。僕は、ちょっとあの中にりたいだけなんだ。それに協力してくれたら、僕を拐しようとしたことは忘れてあげるよ」
地面から生え出ている手の拘束を微妙にきつくしながら、オレは男に尋ねた。
「だから、協力……してくれないかな?」
涙目の男はただ、無言でこくこくと頷くことしかできなかった。
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