《》第48話 悪意との遭遇
オレたちは今、エノレコートの王都、その中央道を進軍している。
その足取りに迷いはない。
ただ、もう目前に迫っている敵を倒すことだけを考えて、ひたすら前に進む。
……だが、中にはそれを憂慮している者もいた。
「どうかしたんですか、父様?」
「いや……あまりにも、靜かすぎると思ってな」
エノレコートの王都に到著したというのに、フレイズの顔は優れなかった。
まあ、その理由はわかる。
これまでの道中で、あまりにも妨害が無さすぎたのだ。
敗走したなら敗走したで、オレたちが休んでいる間など、途中で襲撃を行えるポイントはいくつもあった。
だが、エノレコートからの襲撃は結局一度もなかった。
エノレコート側が大きく回り込んでディムールの本國に兵を送っている可能も考慮し、竜騎兵に偵察を指示したが、ディムール付近でエノレコートの兵士たちがいているような様子はなかったという。
ということは、エノレコートの王都付近に兵を集め、そこで正々堂々とディムール軍を迎え撃つつもりなのだろう、というのがオレたちの見解だった。
だが、エノレコートの王都付近に偵察に向かっていた竜騎兵たちは、兵はおろか、人影すら見當たらないという報告をしてきたのだ。
そしてその言葉通り、エノレコートの王都は驚くほど靜かだった。
まるで誰一人として人間がいないかのような、そんな不気味さを孕んでいる。
道中の村々でも、同じような狀態ではあった。
建や資材などは殘され、人間だけがどこかへ消えてしまったような、そんな違和。
普通に考えれば、エノレコートの王都よりも後ろに面しているもっと安全な地方へ避難させたというのが妥當なところなのだろうが……。
それに、他にも気になることがある。
ここに兵がいないなら、他のどこに兵を集めたというのだろうか。
國として絶対に死守するべき王城は、もう目の前にまで迫っている。
あれを攻め落とせば、ディムール側が大きく優位に立つことができるのは言うまでもない。
王都を含め、そんな重要な言わば國の心臓部を、相手國にみすみす侵略されている。
これで違和を覚えないほうが、無理があるというものだろう。
「それにしても、もうちょっと何とかならなかったんですかね。白けりゃいいってもんじゃないでしょうに」
「エノレコートは、白いを特に好む人種だからな。奴らが信仰しているという『始祖』も、白髪で紅い眼の人だったと聞くし」
オレの隣に立っているフレイズが苦笑しながら、そんな説明をしてくれた。
ディムールの王都や王城の建築が中世ヨーロッパを彷彿とさせるのに対し、エノレコートの王都や王城は、ただひたすら白い。
建の壁は見渡す限りすべて白く、その辺に無造作に置かれている道類も、総じて素が薄い。
國の特徴と言ってしまえばその程度のことなのだが、オレにはそれが、妙に気持ち悪くて仕方がなかった。
「ん? おいラル。あれ、人間じゃないか?」
「えっ? どこですか?」
フレイズが指差した道の先を、『レンズ』の霊を使って確認してみる。
そこは、エノレコート王城の門の前だった。
まさに王城の門と呼ぶにふさわしい巨大なそれは、至るところに繊細でしい彫刻が施されている。
そして、たしかに堅く閉ざされたその門の前に、一人のが立っていた。
腰のあたりまでびた髪は銀で、瞳のは……ここからだとわかりにくいが、金に見える。
はき通るほどに白く、その背中から生えている二対の純白の天使の翼が、清純なものをじさせる。
翼の大きさも、王族のそれと遜のないほどの見事なものだ。
だが、はひどく煽的な格好をしていた。
そのどこぞのSMの王様かと見間違うほどエロティックな黒い裝は、したのボディラインをしっかりと強調し、彼のとしての魅力を引き立てている。
もかなり大きい。
男なら、必ず一度は目が向いてしまう部分だった。
しかしオレは、そのしい姿に好意を抱いたわけでも、その男をうようならな姿にしたわけでもなかった。
「――――――――――っ!?」
そのの姿を見て、オレはただ、異様なほどの寒気に襲われていたのだ。
そんな自分の調の変化に、オレは戸いを隠せない。
「どうしたんだ、ラル?」
そんなフレイズの問いにすら答えられないほど、オレのは震えていた。
なんなんだ。
なんなんだ、一。
……まさかこれは、恐怖か?
「あら、怖がらせてしまったかしら。だとしたらごめんなさいね」
いつの間にか、そのがオレの目の前にいた。
今の今までレンズの向こうに見えていたはずのが、オレの目の前に突如として現れたのだと、遅れて理解する。
「な――」
理解が追いつかない。
目の前で何かが起こっているのは明白なのに、何が起こっているのかわからない。
はポンポンとオレの頭を軽くでると、にっこりと微笑む。
「ラルフ・ガベルブック……そう。あなたがディムールの兵士たちをここまで連れてきてくれたのね。ありがとう」
その言葉は、オレを再び戦慄させるのに十分な威力を持っていた。
「どう、して、オレの名前を――」
「な、なんだ貴様! どこから現れた!?」
オレの疑問の聲は、フレイズたちの聲によって遮られた。
フレイズたちは、突然現れたの姿を見て警戒をあらわにしている。
武を構え、いつでもに対して攻撃を加えることができる勢だ。
「あら、覚えていないかしら? し前に、二人だけでお話をする機會があったはずなのだけれど……」
だというのに、はまるでそれが取るに足らないものであるかのように、焦った様子もなく、オレに話しかけ続ける。
このは、オレと話したことがあるという。
だが、の姿に見覚えはない。
ここまで鮮烈な印象を相手に與える人間を、そうそう忘れるはずがないと思うのだが。
「あれ?」
ふと、オレは違和を覚えた。
そういえばこの聲、どこかで聞いたことがあるような――、
「あの魔道、ぜひわたくしにも作り方を教えてほしいのよね。もし作れたら、カミーユといつでも連絡を取れるようになるし」
……心臓の音がうるさい。
聞こえるはずのない名前が、の口から飛び出したからだ。
「…………」
『憤怒』の魔師、カミーユ。
そんな人間の名前を、はまるで気心の知れない友人のように気安く呼んでいる。
ならば、目の前にいるこいつの正は――、
「クルトさんは、ちゃんと埋葬してあげた?」
「――――――――」
その言葉を聞いて、記憶の中に埋もれていた奴の聲と、目の前で微笑むの聲が、オレの中で一致した。
それと同時に、オレの心の奧底から沸き上がってくるは、憎悪だった。
己のなかにあってなお、底の見えない憎しみ。
それを原力にして、オレは目の前のを睨みつけた。
「エーデルワイス、エノレコート……ッ!!」
「ようやく思い出してくれたみたいね。嬉しいわ」
――エーデルワイスは、オレの殺気すらも涼しい顔でけ流している。
「……こいつは誰なんだラル? お前の知人か?」
オレとエーデルワイスの會話を聞いていたらしいフレイズが、そんなことを尋ねてきた。
知人? そんなわけがない。
こいつは敵だ。
「父様、こいつです! こいつがクルトさんを殺した張本人です!」
「なんだと!?」
オレの言葉を聞いて、フレイズたちがエーデルワイスへ明確な敵意を向ける。
「奴を囲い込め! 絶対に逃がすな!」
「はいっ!!」
エーデルワイスの周りを大勢の兵士たちが囲い込む。
王都の道のど真ん中で完全に包囲されているが、やはりエーデルワイスの顔に焦りのが生まれることはなかった。
しかし、エーデルワイスは兵士たちの顔を見ながら、「うーん……」と、何かに悩んでいる様子だった。
ここからどうやって抜け出そうか考えているのだろうか。
「なんだか全的に並、ってじ。あまりいい男はいないわね。ラルくんと、そこのフレイズさんはかなりイイ男だと思うけれど……あら、もしかしてフレイズさんは、ラルくんとは親子の関係になるのかしら?」
この後に及んで何を言い出すかと思えば、男の選り好みをしていたらしい。
その狀況を理解していないような奇妙な言に、さすがのフレイズたちも虛を突かれたような顔をしている。
こいつは何を言っているんだ、とでも言いたげな表だった。
「まあいいわ。あなたたち、みんな使ってあげるから」
エーデルワイスは髪をかきあげ、その視界にオレやフレイズたちをれて、
「わたくしは大罪の魔師、『』のエーデルワイス・エノレコート。――さぁ、一緒に遊びましょう。ラルくん」
猥な笑みを顔に張り付けながら、そう言って笑った。
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