《》第54話 帰還

隣で何かがじろぎするに、目を覚ました。

遠くから、鳥のさえずりが聴こえてくる。

窓からはらかな日差しが降り注ぎ、部屋の中を照らしていた。

……あれ。

どこだっけ、ここ。

開ききっていない目をりながら、とりあえず起き上がろうとして、

ふにふに。

「……ふにふに?」

何か、とてもらかくて溫かいものにれた。

すごくいいだ。

とても気持ちいいのでもっとることにする。

ちょうど手のひらに収まるくらいの大きさで、っているだけでなぜか幸せな気持ちになってくる。

本能的な部分が充足していくじがした。

「ひゃっ!?」

そして何やら、可らしい聲が聞こえてきたような気がする。

その聲はどこか、クレアに似ているような……。

「あれ? クレア?」

よく見ると、布団の中から顔を覗かせているのは、クレアだった。

クレアは顔を真っ赤に染め、しかしどこか覚悟を決めた表で、

「あ、あの……」

「うん?」

「わ、私もこういうこと初めてでどうしたらいいのかとか全然わからないけど……その……や、優しくしてください」

「……うん?」

そこで、オレは完全に目を覚ました。

目の前には、覚悟を決めて瞳を閉じるクレアの姿がある。

そして、ドアの前に立ち盡くしているダリアさんの姿を見つけた。

「あ、ダリアさん。おはようございます」

ダリアさんはオレのほうを見て、何かを悟ったような表を浮かべてから、

「……失禮しました」

ドアをそっと閉めた。

……改めてオレは、自分の狀況を認識する。

隣には、頬を赤らめてこちらを見つめるクレアの姿。

そしてなぜか、オレの手はクレアのを鷲摑みにしていた。

さっきから、ふにふにしていたのはこれだったのか。

どうりで、天にも昇るようなり心地だったわけだ。

うん。

なるほど。

「待ってくださいダリアさん違うんです! いや違わなくないこともないんですけど多分あなたが想像しているようなことはなかったはずです!」

「そっ、そうだよダリア! 私たち、まだそういうことはやってないから!」

「……まだ・・?」

「あああっ!? え、えーっと! 違うの! そういうのじゃないの!」

オレのボソッと言ったツッコミに対して、えらく可らしい反応をするクレア。

それがたまらなくおしく思えた。

……結局、ダリアさんにしっかり事を説明できたのは、それからしばらく経ってからのことだった。

『えっ!? ディムール軍が寢返った!? どうしてそんなことに……!?』

『ああ。今のディムール軍は大罪――『』の魔師、エーデルワイス・エノレコートにられている。信じられないかもしれないけど、本當のことなんだ。カタリナには、このことをキアラに伝えてもらうのと、オレたちの家族を守るのをお願いしたい』

『もちろんですっ! キアラさんにしっかり伝えておきます! あとヘレナさまにも!』

『うん。ありがとう。それじゃあオレは、母様に『テレパス』を繋ぐから切るね』

カタリナとの『テレパス』を切斷し、ヘレナへと『テレパス』を繋げる。

今オレは、昨日の夜は繋がらなかったカタリナのところに『テレパス』を繋いでいた。

幸いにも、カタリナは普通に『テレパス』に出てくれて、今回の件をキアラに伝えることができた。

次にヘレナにテレパスを繋ぎ、今の狀況を知らせることにする。

今度は、ヘレナにもしっかりと『テレパス』を繋ぐことができた。

『えーっと……これでいいのかしら』

『母様! おはようございます! お久しぶりです!』

『ああ、ラル。おはよう。どうしたの? ラルからこうやって『てれぱす』をやってくることなんてなかったから、びっくりしちゃったわ』

そう言って、ころころと笑うヘレナ。

『テレパス』の発音が怪しかったが、今はそれはどうでもいい。

『端的に言いますが、ディムール軍が寢返りました。近日中にディムールの王都にディムール軍が襲いかかることになると思います』

『……え?』

『寢返った、というのはし語弊があるかもしれません。ディムール軍は、『』の魔師、エーデルワイス・エノレコートにられているんです。幸いにも僕は難をのがれましたが、おそらく僕以外のすべてのディムール軍が、エーデルワイスの手の中にあります』

『……そんな』

オレの口かられた言葉に、しばらく呆然としていたヘレナだったが、すぐにハッとなって、

『お父様は? お父様はどうなったの!?』

『……父様もエーデルワイスに洗脳されてしまいました。僕もこのままにしておくつもりはありませんが、今のところ解呪の方法もよくわからないというのが本音です』

ヘレナは、ショックで聲も出ないようだった。

『でも、まだ殺されてしまったわけではありません。父様にかけられた魔が解けるように、僕も手を盡くします。だから、母様も諦めないでください』

『……そう、ね。そうよね。ごめんね。わたしのほうがしっかりしなくちゃいけないのに……』

ヘレナはショックをけているようではあったが、なんとか持ち直したようで、

『わかったわ。わたしのほうでも、ディムールを守るために手を盡くしてみる』

『ありがとうございます、母様。僕もすぐにディムールまで戻りますので』

そう言って、『テレパス』を切斷した。

ヘレナに現狀を伝えるのは心苦しくはあったが、ヘレナの助けがなければ王都を守り切れるかわからない。

「ラルフ様。そろそろ出発しましょう」

「わかりました。ダリアさん」

どうやら、オレが『テレパス』を繋いでいる間に、クレアとダリアさんの準備もできたみたいだ。

オレも荷を持って、家の外へと出た。

「あ、ちょっと待ってください」

オレは、普通に歩きだそうとした二人を呼び止めた。

「ん? どうしたのラル?」

「三人だけなら、オレので空を飛んで行ったほうが早いと思うんだ」

「……え? 空を飛ぶ?」

「どういうことですか、ラルフ様?」

二人は、イマイチオレの言っていることの意味がわかっていないようだ。

「見ていてください」

そう言って、オレは風霊たちにお願いして空中へと上げてもらう。

既に慣れた浮遊がオレを包み込み、オレのが數メートルほど持ち上がった。

オレにはもう、『防力大幅上昇』の能力はない。

今のこのでは、この高さから落ちても怪我をする可能があるな。

そんなことを考えながらも、オレは地上へと降り立った。

「これを使えば、歩くよりもかなり早くディムールまでたどり著けると思います。クレアとダリアさんにも同じことができるので、二人が取り殘される心配もありませんし」

後ろを振り向くと、クレアとダリアさんはどこか呆れたような表を浮かべていた。

その表の原因がわからずに戸っていると、クレアが口を開いた。

「ラル……こんなのいつの間に使えるようになったの?」

「いや、だいぶ前から使えたぞ。そういえば、クレアとかロードの前では使ったことなかったっけか」

この様子だと、他にも々と驚かれることがあるかもしれないな。

まあ、その度に説明すれば事足りるんだけど。

「まさか空を飛べるとは……驚きです」

なら、こういうこともできるんですよ。……もっとも、あんな大怪我をしたのもエーデルワイスから逃げようとして、空中から叩き落とされたからなんですけどね」

あの一件で、能力を過信するのはよくないと學んだ。

力は使いこなせなければ意味がない。

オレには、その鍛錬も足りなかったのだ。

「とにかく、これを使って行ったほうが早いので、空を飛んで行こうと思いますが……いいですか?」

「私はいいよ。空を飛ぶなんて面白そうだし!」

「クレア様がそれでいいのなら、私のほうにも依存はございません。ですが、クレア様の調を考え、こまめに休憩を取っていただければと思います」

「それもそうですね。わかりました」

オレも元からそうするつもりだった。

慣れない移方法というのは、それだけで力を消費するものなのだ。

「じゃあ、いきますね」

オレは早速、クレアとダリアさんにを使った。

「わっ!?」

「おお……」

クレアは驚き、ダリアさんは関心したような聲を出して、オレのれる。

二人のが地上から三メートルほどのところまで持ち上がり、その場で止まった。

「あれ? さっきよりだいぶ低くない?」

「ああ、萬が一のことを考えて高度は低めにして飛ぶことにしようと思ってるんだ。低い方がコントロールもしやすいしね」

「なるほど。わかりました」

こうして、オレたちはエノレコートの王都を出発した。

クレアは最初のほうこそ「すごいねラル! 風が気持ちいいよー!」などと言ってはしゃいでいたが、やがて眠くなってきたようで飛びながら寢ていた。

「まったく。気持ちよさそうに寢ちゃって……」

クレアが目を覚まさないように、できるだけ揺れないように調節していると、ダリアさんから聲をかけられた。

「ラルフ様は、クレア様を妻として迎えるおつもりですか?」

「……どうしたんですか。藪から棒に」

「正直に答えてください。その答え次第では、私は……」

ダリアさんは、複雑な表を浮かべていた。

自分の判斷が本當に正しいのかわからない、というかのような……そんな顔だ。

「カタリナがいいと言ってくれたなら、僕はクレアを妻として迎えたいと思っていますよ。もちろん、カタリナの説得も僕がしっかりとするつもりです」

「……それを聞いて安心しました。どうかクレア様をよろしくお願い致します」

ダリアさんはオレに向かって頭を下げた。

それは、本當にする人を任せるような、そんな態度だった。

「ダリアさんはどうして、クレアの護衛をしているんですか?」

それはオレが、ずっとじていた疑問だった。

ヴァルター陛下がこのことを知っていたなら、クルトさんの仇を打つと言ってエノレコートへ向かったクレアを止めないはずがない。

そしてダリアさんは、ヴァルター陛下に雇われていた護衛のはずだ。

そんな人が、どうしてこんなクレアのわがままに付き合っているのか、オレは不思議でならなかった。

オレのそんな疑問の言葉に、ダリアさんは微笑を浮かべて、

「私は、クレア様に幸せになってもらいたい。ただその一心でここにいます。もちろん危険は承知の上でしたが、クレア様の命は、たとえこのに替えても守り抜く所存でした」

「……なるほど」

それだけで十分だった。

クレアを護衛していてくれたのがダリアさんで、本當によかったと思った。

そして、エノレコートの王都を出発してから四日後。

オレたちは、ディムールの王都へと戻ってきた。

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