《》第57話 決別の日
ヴァルター陛下との謁見が終わり、オレたちは再びロードたちによって拘束された。
そのまま無理やり歩かされて、城の下層部へと降りていく。
その間も、オレとクレアは抵抗を続けていた。
「ロード! オレたちを解放してくれ! ロードにならできるだろ!?」
「悪いけどラル君、いくら君と僕が親友だと言ってもそれはできない。これは陛下の決定なんだ」
オレが必死に訴えかけても、ロードはどこ吹く風だ。
淡々とした口調で、オレの言葉を無視して歩みを進めていく。
「ロードくん。お父様は間違ってるの。ラルは噓なんてついてない! 私たちを解放して!」
「それを判斷するのは僕じゃなくて陛下だ。僕にできるのは、君たちを連行することだけだよ」
オレたちがどれだけ言葉を重ねても、ロードは一切聞く耳を持たない。
ただ機械的に、オレたちを城の下層部へと連行していくだけだ。
やがて、オレたちは大きな扉の前にたどり著いた。
ディムール城の雰囲気には似つかわしくない、暗く冷厳な雰囲気を漂わせる漆黒の扉だ。
「ここは……」
前に、一度だけ來たことがある。
たしか、この扉の先は地下牢へと続いているはずだ。
「ここから先は、僕一人で大丈夫だ」
「し、しかし……」
ロードの発言に、衛兵たちは難を示した。
それもそうだろう。
萬が一のことがあってオレたちを取り逃がしたら、今の陛下ならこいつらにどんな罰を與えるかわからない。
「いいから、早く戻れよ」
「っ! しょ、承知しました……」
しかし、ロードの威圧をけた衛兵たちは、気押された様子で彼の言葉を了承する。
し不満そうにしながらも、そそくさとその場を去っていった。
「さて。それじゃあ行こうか」
ロードがにこやかに笑う。
それがオレには、ひどく不自然な笑みに見えてならなかった。
扉が開かれ、城の地下へと連行されていく。
オレたちがそのまま連れてこられたのは、王城の地下にある牢ろうだった。
ここまで來て、ようやくロードが本気でオレたちを幽閉するつもりでいることを察した。
オレはロードを睨みつけて、
「ロード。まさかオレたちを牢屋にれるつもりか……?」
できれば、ロードとは戦いたくない。
しかし、ロードがオレたちを幽閉すると言うのならば、こちらには徹底抗戦する覚悟がある。
「答えろよ、ロードっ!」
「――ラル君」
荒ぶるオレとは対照的に、ロードは靜かにオレの名前を呼んだ。
そのあまりにも落ち著いた雰囲気に、オレのほうが気圧されてしまう。
「クレア様とダリアさんと一緒に、ロミードまで逃げてくれ」
「……えっ?」
それは、オレにとって思いもよらない言葉だった。
「『大罪』の『』がいて、ディムール軍を反逆させたとなると、もうこの國に未來はない。ラル君は、クレア様を守りながらロミードに向かってほしい」
それはつまり、ロードはオレたちを逃がしてくれるということに他ならない。
しかし、そうなると、
「……ロードは、どうするんだ?」
「僕も後から君たちを追うよ。ディムールと心中する気なんて、さらさらないからね」
ロードはそう言って肩をすくめる。
そのあまりの変貌ぶりに戸いながらも、オレは言葉を紡いだ。
「ロード、カタリナを匿ってくれてるんだろ? それならまずカタリナと合流して、ガベルブック領にいるはずのヘレナとエリシアとも合流して……フレイズの洗脳をなんとかして解くために、ここにまた戻ってくる必要があるな」
言葉にしてみると、なかなか無謀なことをしようとしているということが、実となってオレの心にのしかかってくる。
でも、それでもやらなければ。
「――その必要はないよ」
だからオレは、ロードが何を言ったのか一瞬わからなかった。
「……なに?」
「今の君がカタリナちゃんを迎えに行くのは難しい。カタリナちゃんは必ず僕が連れて行くから、ラル君は、クレア様とダリアさんと一緒に逃げてほしい」
「……これ以上、ロードにカタリナを預ける必要はないだろ。多迎えに行くのが難しくても、カタリナはオレに任せたほうが、ロードもきやすいと思うんだが」
何かがおかしい。
オレの中でそれは、看過できない違和になっていた。
「……ラル」
クレアが、オレの服の袖を摑む。
その手はし震えていた。
クレアの手を優しくでながら、オレは言葉を紡ぐ。
「ロード。カタリナは本當にお前の家にいるんだよな?」
「…………」
ロードは答えない。
ただ靜かに、オレのほうを見據えるだけだ。
「……カタリナはどこにいる?」
「…………」
「答えろよ、ロードッ!!」
オレは何を焦っているのだろうか。
なぜ、こんな大聲を出して親友を糾弾しているのだろうか。
「――ラル君」
ロードは、靜かにオレの名前を呼んだ。
「ラル君は、カタリナちゃんのことが好きかい?」
「當たり前だ。オレはカタリナを幸せにする。そう決めてるからな」
「……そっか」
そう言葉を零すと、ロードは目を伏せた。
それは、今目の前にある現実を憂いているような、そんな表で。
「――やっぱり、こうするしかないんだね」
ロードがそう呟いた瞬間、クレアのが崩れ落ちた。
「クレア!?」
ダリアさんが、突然崩れ落ちたクレアのを抱きとめる。
クレアは無防備な表を曬して眠っていた。
この現象には、見覚えがある。
おそらく、屬の中級魔、『安らかなる眠り』だ。
そして、それを発したのは。
「……なんの真似だ、ロード」
ロードの周りに、大量の霊たちが集まっていた。
誰が魔を発させたのかなど、一目瞭然だ。
「僕たちの會話に、うるさいお姫様は不要だろう? だから、眠っておいてもらうことにしたんだよ」
自分のやったことが何でもないことであるかのように、ロードの態度は淡々としている。
それは、オレが今までに見たことのないロードの顔だった。
「ねぇ、ラル君」
ロードが、オレの方に一歩踏み出す。
「僕は、いつも二番目だった」
「…………なに?」
「僕の上には、常に君という圧倒的な存在があった。僕にどれだけの才能があっても、僕がどれだけ努力しても、僕がどれだけ周りからもてはやされても、僕は絶対に君には屆かなかった」
その口から発せられる言葉の容とは裏腹に、ロードの表は穏やかだった。
「父上は、僕よりラル君のことばかり褒めていたよ。あの子はすごい。お前もあの子のようになりなさい、とね。僕は父上に褒めてもらいたくて、死に狂いで努力した。でも、ついに父上が僕を褒めてくれることはなかった」
その口から発している言葉からは想像もできないほどに、穏やかだった。
「カタリナちゃんもそうだ。あの子は君に夢中だった。君のことだけを見ていた。僕が何を言っても無駄だったよ。それくらい、君のことをしていた」
ロードが、オレの方にまた一歩踏み出した。
「ラル君は、僕が持ってないものを全部持ってた」
一歩、また一歩、オレの方に近づいてくる。
「ラル君は、僕がしかったものを全部持ってた」
オレは、無意識のうちに後ずさりしていた。
「なのに、それをまるで當たり前のことのようにけれていたね」
しかし、背後の壁に當たり、それ以上後ろに下がることができなくなった。
そんなオレの様子を見て、ロードは微笑む。
「――ああ。とても妬ましかったよ、ラル君」
「――――」
知らなかった。
ロードが、オレに対してそんなを抱いていたなんて。
「でも、これでようやく手が屆く」
ロードの手元の空間に、黒いが開く。
それは紛れもなく、亜空間の魔だった。
ロードはそこから、一本の剣を取り出した。
取り出されるやいなや、その剣は七の淡いに包まれる。
そこでロードは息を吐いて、
「エーデルワイス様に、そうとう手酷くやられたみたいだね」
――思考する前に、がいていた。
亜空間から長剣を抜き、七霊を纏わせつつ、ロードの斬撃をける。
「ぐ――ッ!?」
重い。
一瞬でも気を抜けば、そのまま両斷されかねないほどの重さがあった。
「七霊を纏わせたのは正解だったね。もし一つでも欠けていたら、君は死んでいただろう」
オレの目の前で、ロードが笑っている。
その表に薄ら寒いものをじながらも、オレは必死にロードに呼びかけた。
「ロード。お前はエーデルワイスにられているだけなんだ。オレたちは親友だ。そうだろ!?」
「……ラル君」
オレのそんな言葉に対し、ロードはかぶりを振る。
「君はどこまでいっても、救いようのない愚か者だね」
それは一瞬だった。
一瞬のうちに、オレの剣を両斷したロードの剣が、オレの肩を切り裂いていた。
「ぐぁぁあッ!!」
傷口からが噴き出す。
咄嗟とっさにを捻ったことで直撃は免まぬがれたものの、かなりの深手だ。
霊たちに患部の治療を任せて、オレはロードを睨みつける。
「ロード……」
「同じモノを纏っているのだとしたら、差が現れるのは武自の強さだ。そんなどこにでもあるような剣で、僕の用意した最高の能を持つ剣に勝てると思ったのか?」
たしかに、ロードが持っている剣は、どこにでもあるような代しろものではない。
濃な闇霊の気配が、剣全を覆っている。
おそらく、あれは呪われた武だ。
「ロード……。お前も、エーデルワイスにられてるだけなんだろ? そうなんだよな!?」
「はぁ……」
ロードは、骨に顔をしかめている。
「僕がエーデルワイス様にられてるって、本當にそう思うのかい?」
次の瞬間、オレのは壁に叩きつけられていた。
「が……っ!」
肋骨が何本か持って行かれたがあった。
遅れて、ロードに蹴りをれられたのだと理解する。
「それは、いま自分の意思で君の敵として立っている僕への、最低で最悪な侮辱だと思わないかい?」
ロードは。
ロードは、怒っていた。
オレが今までに見たことのない激をそのに宿し、その敵意をオレに向けていた。
「答えろよ、ラルフ・ガベルブックッ!!」
ロードは無様に転がるオレのぐらを摑み、思いきり投げ飛ばした。
「ぐッ!?」
質な床に叩きつけられた痛みが全を襲う。
その衝撃で、肺から空気が抜ける覚があった。
「はぁっ……はぁっ……はぁ……っ」
なんとか勢を整え、息を吐いて呼吸を整える。
そして、オレの前に立っているロードを見た。
「全力で來い。じゃないと死ぬよ?」
七霊を纏った剣を持つ手をぶら下げながら、ロードはオレを見ている。
オレだけを見ている。
……本気だ。
ロードは、本気でオレを殺す気なのだ。
「…………」
オレの中には、ある予があった。
できれば外れていてほしい、ある予が。
「…………」
オレは、ロードに能力解析を使った。
ロード・オールノート 人間族
大罪『嫉妬』
それが、すべての答えだった。
「……いいだろう」
口の中に溜まったを吐き捨てながら、オレは目の前にいる敵ロードを見據えて、
「お前が自分の意思でオレを殺そうとしてるのなら、相手になってやるよ。ロード・オールノートォ!!」
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