《》第60話 神陵辱
「……ん」
最初に認識したのは、ぼんやりとしただった。
それはやがて、はっきりとした形になる。
……のだ。
それが、両手を拘束するようにしっかりと嵌はめられていた。
視線を足元に向けると、同じようなのがオレの両足を拘束している。
遅れてそれが、エーデルワイスが発していた魔に酷似していることに気がついた。
「縛られたか……」
ロードかエーデルワイスかわからないが、どちらかの魔によってオレは拘束されている。
ちょっとやそっとの力では解けそうになかった。
霊を使おうとしたが、周りに霊の気配が一切ない。
霊が存在しない以上、魔を発させることはできない。
エーデルワイスは、霊級魔師の弱點をにくたらしいほどに把握しているようだ。
周りの様子を伺う。
どうやら、眠らされた後、すぐ近くにあった牢に幽閉されたらしい。
オレ以外、人の気配はない。
地下であるため、今のおおまかな時間もわからない。
オレは思考を巡らせる。
ロードの発言からして、カタリナはまだ生きているはずだ。
クレアも生きていると信じたい。
フレイズも、られつつもおそらく生きているだろう。
ダリアさんは……あの狀態から解放できるのかわからないが、とりあえず生きてはいる。
だが、安否の推測ができるのはその四人だけだ。
キアラやアミラ様は強いが、エーデルワイスとカミーユ、そしてロードが敵だとすると、敗北もあり得る。
ヘレナやエリシアは王都に來ていなければ生きているだろうが、既に王都に來てしまっているとしたら……。
いや、まだ決めつけてしまうには早すぎる。
とにかく今は、ここから出しなければ。
「……ん?」
そんなことを考えていると、誰かが階段を下りてくるような音が聞こえてきた。
見張りの人間だろうか。
音はどんどん大きくなっていた。
相手の隙をうかがうために、薄眼を開けて寢たふりをしておく。
やがてその音の主が現れると、オレは聲を上げそうになった。
「……本當に、ラルさまだ」
カタリナがオレの目の前にいた。
見たところ、に怪我などはない。
手荒な真似はされていないようだ。
そして、
「だから言っただろ? もう心配無いって」
カタリナの隣には、穏やかな表を浮かべたロードの姿もあった。
しかし、やけに二人の距離が近い。
まるで人同士か何かのような……。
「でも、本當にいいのかい?」
ロードがカタリナに向かってそう尋ねる。
そこには、たしかに気遣いのが見て取れた。
「いいんです。……だってカタリナは、本當はずっとロードさまのことをお慕いしていましたから」
……おい。
カタリナは今なんと言った?
し顔を俯うつむかせ、頬を紅こうちょうさせているカタリナ。
そんなカタリナの様子に、ロードも戸いを隠せないようで、
「え? でもカタリナちゃんはラル君のことが好きなんじゃ……」
「だって、いつラルさまに捨てられるかわからないじゃないですか」
「――――」
絶句した。
そんなオレの様子に気付くはずもなく、カタリナは言葉を続ける。
「カタリナは、ラルさまに捨てられたら生きていけないんですよ? だから、とにかくラルさまに気にられようと必死でした……」
……聞きたくない。
そんなことをカタリナが考えているはずがない。
これは何かの間違いだ。
そう信じていても、心が痛くて仕方ない。
「……本當に、僕でいいのかい?」
「ロードさまが、いいです」
オレはただ、その様子を黙って見ていることしかできなかった。
二人が抱き合い、その影が熱い抱擁ほうようをわして――、
「っ!」
気がつくと、オレは見知らぬ場所に転がっていた。
広い部屋だ。
赤い絨毯じゅうたんが、暖爐の炎に照らされている。
壁際には、天蓋付きのベッドと機も置かれている。
その全てが、一級品であることを疑わせない。
そして、機の上に置かれた紙には、見覚えがあった。
學院の授業でよく使われている、現世で言うプリントのようなものだ。
――クレア・ディムール。
その紙には、見慣れた筆跡で確かにそう書かれていた。
ということは、
「ここは……クレアの部屋、なのか?」
……それじゃあ、さっきのは夢だったのか?
だが、それにしてもオレはなぜこんなところにいるのだろうか。
もしかすると、これも夢なのか……?
「ん?」
そして、近くに人の気配をじた。
壁の向こうから、かすかに話し聲が聞こえてくる。
そしてそれは、あまりにも不自然なものだった。
「……クレアと、クルトさん?」
クレアはともかく、現実の世界でクルトさんの聲が聞こえてくるはずがない。
クルトさんは、既に死んでいるのだから。
壁に、そっと耳をあてがった。
なんとなく、嫌な予がする。
この先にいる人たちと、正面から向き合うのが怖かった。
そして、その聲は、やけに鮮明に聞こえた。
「――お父様に言われてなかったら、誰がラルみたいな化けと仲良くするの?」
「――――――――――」
その聲には、たしかにオレへの隠しきれない嫌悪が滲み出ていた。
前後の話はよくわからない。
でも、もうそれだけで十分だった。
オレはその場に座り込む。
クレアが、そんなことを言っているはずがない。
これはエーデルワイスかロードあたりが、オレに見せている幻想だ。
そうわかっていても、神的にかなりこたえるものがあった。
「――!?」
一瞬目を閉じた瞬間、景が全く違う場所に移り変わっていた。
フレイズが疲れ切った表で、ヘレナと話している姿が目にる。
「五歳で牙獣を討伐するなんて、どう考えても異常じゃないか……。あんなのが私たちの息子だなんて、考えただけでゾッとするよ」
……聞きたくない。
そう思って耳を塞いでも、その言葉はまるで呪詛のように頭の中に刷り込まれていく。
そして、その景もまた、ぐにゃりと歪んだ。
見ていると気分が悪くなりそうな歪みの中、聲が聞こえてくる。
「――なんであんな、化けみたいな子を産んでしまったのかしら……」
ヘレナの聲が。
「――化けがどれだけ人の皮を被ったところで、所詮しょせんは化け。人の真似事など、見苦しいだけよの」
アミラ様の聲が。
「――あんな異常者に、クレアのことは任せられないな」
クルトさんの聲が。
「――だから言ったのだ。そのような下賤げせんな男に、お前のを任せるなどできるわけがなかろう。恥を知れ、バケモノが」
ヴァルター陛下の聲が。
「――――」
今まで知り合ってきた、ありとあらゆる人たちの罵聲が頭蓋の中に響き続ける。
それらは全て、オレを、オレのあり方を否定するもので。
「――――」
最後に、キアラの姿が見えた。
彼は今までに見たことのないような、狂気に満ちた表で、囁いた。
「――――やっと、見つけた」
「――っ!!」
目を覚ました。
頬には、石の冷たいをじる。
まだ牢屋の中に幽閉されているようだ。
あれは……夢だったのか?
忌まわしい景が脳裏にこびりついて離れない。
……現実であるはずがない。
カタリナは、クレアは、みんなは、オレのことをしてくれているはずだ。
それを信じてやれないでどうする。
「目が覚めたかしら?」
「――ッ!?」
牢のすぐ外に、ダリアさんがいた。
……いや、違う。
「おはよう、ラルくん」
ダリアさんの皮を被った、エーデルワイスだ。
顔面に笑みをり付けてはいるが、オレにはそれがひどく歪な表に見えてならない。
すぐそこにいたのに、全く気付かなかった。
異様なほど気配がない。
「……何の用だ」
どうせロクな用事ではないだろう。
しかし、こうなってしまった以上、どうすることもできない。
エーデルワイスは楽しげな表を浮かべながら、オレの顔を見て、
「フレイズさん達も無事にディムールに到著できたから、そろそろラルくんを起こしてあげなくちゃと思って」
「――――」
頭の中が真っ白になった。
待て。
それならオレは、一何日間眠ったままだったんだ……?
それに、他の皆の安否も心配だ。
無事でいてほしいが……。
「心配しなくても大丈夫よ、ラルくん。わたくしたちに囚われているのは、あなただけじゃないから」
「――――な、に?」
まるでオレの心を見かしているかのように、エーデルワイスは慘な笑みを顔面にり付けて、
「ラルくんが喜んでくれると思って、ラルくんが大好きな人たちを連れてきてあげたの」
「――――」
「カタリナちゃんやクレアちゃん、アミラやアリスもいるわ。きっとラルくんも満足してくれるはずよ」
エーデルワイスの口から、おぞましい事実が告げられる。
その言葉の意味を咀嚼そしゃくするのに、しばらくの時間が必要だった。
「……アリス? 誰だそれ」
だが遅れて、その中に聞き慣れない名前が一つだけあるのに気がつく。
古い記憶を頼りに思い出してみれば、たしかそれは、かの有名な『終焉の魔』の名前ではなかったか。
「……あなたが知らないはずはないのだけれど。まあいいわ。どうせやることは何一つ変わらないもの」
エーデルワイスは釈然としない表を浮かべていたが、それも一瞬のこと。
「さあ。終わりを始めましょう」
楽しげに笑いながら、悪魔はそう言った。
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