《》第78話 ヴェロニカの

ヴェロニカ・ロミードは、ロミード王國の第一王として生をけた。

ロミード王國の王族は、魔人と呼ばれる種族である。

白いと背中に生えた黒い翼が特徴で、顔立ちも整った者が多い。

ヴェロニカもその例にれず、白いし癖っのある黒の髪を長くばしたしいであった。

王族としての責務はあるが、他に兄弟などはいないため、権力闘爭に巻き込まれることもなかった。

この世界においては珍しく、今日という日まで無事平穏に過ごしてきたと言えるだろう。

ましてや、命の危険をじる狀況など、この王城の中で験するはずもない。

だから――、

「お逃げください、ヴェロニカ様――ッ!!」

「はいはいはいはーい、無駄無駄無駄無駄。逃げるだなんてとんでもない。ここにいる人たちみーんな、ボクのおやつになるんだからね」

――今のこの狀況は、ヴェロニカの理解の範疇を超えていた。

つい先ほどまでヴェロニカを逃がそうとしていた騎士が、巨大な顎あぎとに飲み込まれる。

その口から発せられる鈍い破砕音は、骨とがすり潰されたことによって生じたものに他ならない。

「んー。腹の足しにはなるけどあんまり味しくないな」

を曇らせながらそんな言葉を発しているのは、濃い茶をした短髪の年だ。

年齢はヴェロニカよりもし下、十三、四歳と言ったところだろうか。

その姿を特に異常たらしめているのは、彼の左半だ。

の左側が異常に膨れ上がり、腕があるはずの部分には巨大な顎が生えている。

それがただの飾りでないことは、今ヴェロニカの目の前で食い殺された騎士が証明してくれていた。

「か、かかれッ!!」

その凄慘な景に若干及び腰になりながらも、ヴェロニカの警護隊が年に襲いかかる。

「……ちっ!」

顔のない巨大な口を、年は子供が遊ぶおもちゃのように振り回す。

だが、そんな稚拙な攻撃が騎士たちに當たるはずもない。

騎士たちの鋭い斬撃が年のを切り裂き、鮮が撒き散らされた。

「ぁ……ぐ……っ」

苦しそうな顔でき、年はその場に崩れ落ちる。

から赤黒いを流しながらも、まだかろうじて生きているようだった。

「ご無事ですか、ヴェロニカ様!?」

「は、はい……それより――」

騎士隊の隊長の言葉に答えながらも、ヴェロニカの中には不思議な直があった。

あの年が、この程度の攻撃で沈むはずがないという直が。

そして、その直は現実のものとなる。

「――まったく。剣を振るしか脳がない奴らに、どうしてこのボクを止められると思ったんだい?」

隊長の首から上が無くなり、その斷面からが噴き出る。

そのあまりにも非現実的な景に、ヴェロニカの思考が停止した。

やっとのことでヴェロニカが目を向けると、年が何事もなかったかのようにその巨大な口をかしている。

先ほどけたはずの斬撃の痕あとは綺麗に消え去っており、騎士たちの攻撃が直撃した名殘は一切じられない。

「力の強さは求の強さに準じるものだ。ボクの食より強い力なんて、この世界にあるもんか」

隊長がやられたせいか、騎士たちの勢いは明らかに先ほどまでより弱くなっている。

そんな隙を、年が見逃すはずもなかった。

巨大な顎が、ものすごい速度で騎士たちに迫る。

先ほどまでのように適當に振り回すだけではない、悪意に満ちた重量の暴力だ。

「ば……っ」

ある者はその重量に押しつぶされ、またある者はその巨大な顎の餌食となる。

ヴェロニカは、彼らが全滅するのをただ見ていることしかできなかった。

「さて。ようやく一番味しそうなのにありつける」

恐怖に震えるヴェロニカを見て、舌舐めずりをする年。

それは文字通り、目の前の極上の料理を前にして興する鬼に他ならない。

「ひっ……」

迫る『死』を前にして、ヴェロニカはただ震えることしかできない。

勉學には打ち込んできたが、魔や武の才能に恵まれなかったヴェロニカに、年をどうにかする方法などあるはずもなかった。

「ああ、そういえば名乗るのを忘れてたね」

年は、狂気的な表をその顔面にり付けて、

「ボクは『暴食ぼうしょく』の魔師、ハイド。これからはボクのになって、ボクのためにいっぱい頑張るといい」

のことをそう名乗った。

「……『暴食』っ!」

ヴェロニカも、その名には聞き覚えがあった。

五年前、突如として復活した『終焉の魔』アリス。

が七つの大罪を冠する魔師の中でも、『傲慢ごうまん』であったことはロミードでもほんの一部の者しか知らない。

だが、目の前にいる年は、自分はその彼と同じ種類の存在だと言ったのだ。

それがどれだけ絶的な力を持つ存在なのか、今さら言うまでもない。

「それじゃあ、いただきまーす」

そして、何の抵抗もできないヴェロニカへと、巨大な顎が覆い被さり――、

――次の瞬間、ヴェロニカの目の前を虹の軌跡が走った。

「ぐぇぇぇええッ!?」

すぐそこまで迫っていたはずの口蓋はハイドの本ごと両斷され、鮮を撒き散らしながら部屋の壁まで吹き飛んでいく。

そのままものすごい勢いで壁に激突すると、ハイドはピクリともかなくなった。

「大丈夫ですか?」

ヴェロニカの前にいたはずのハイドが吹き飛ばされ、その代わりに隣に一人の青年が立っている。

銀髪の青年に差し出された手を借りながら、ヴェロニカは立ち上がった。

「は、はい……っ!」

その姿を見て、ドクンと、ヴェロニカの心臓が跳ねた。

ヴェロニカの理想の男がそこにいた。

輝く銀髪に、き通るような翡翠ひすいの瞳。

整った顔立ちをしながらも、その中に僅かにさの影を殘している。

白を基調とした騎士服にを包み、手には七を纏った剣を握っていた。

あれだけ派手にハイドを切り捨てたにもかかわらず、その服には返りの一滴も浴びていない。

それはまさに、この青年が卓越した技量を持つ戦士であることの証左しょうさだ。

「ヴェロニカ様ですね?」

「は、はい! あ、あの……あなたは……?」

どうやら青年は、ヴェロニカの名前を知っているらしい。

しかしヴェロニカは、彼が何者なのかわからない。

頭の中が沸騰寸前になりながらも、ヴェロニカはなんとか言葉を紡ぐ。

しかし、青年はそんな彼の様子を見ることなく、再び聲を発した。

「下がっていてください」

「え?」

「まだ、終わっていませんので」

年だったものが飛んで行った壁の方へと油斷のない眼差しを向け続ける青年に対して、ヴェロニカは無理解を示す。

だから、目の前の景の意味がわからなかった。

そこには、たしかに両斷されての海に沈んでいたはずの年が、無傷のまま怒りにを震わせている姿があった。

「なっ!?」

「……まったく。ボクの食料を橫から掠かすめ取ろうなんて、とんだ不屆き者がいたものだね」

ハイドは低い聲でそう言いながら、青年を睨みつけた。

先ほどまでとは打って変わり、不機嫌さを隠そうともしていないその姿に、ヴェロニカはたじろぐ。

しかし、そんなハイドの姿を見ても、青年は全く取りすことはなかった。

「……『リロード』、か。お前が『暴食』だな?」

「そうだけど。誰? アンタ」

怪訝そうな表を浮かべて、青年を眺めるハイド。

そんなハイドの疑問の言葉に、彼は答える。

「――オレは霊級魔師、ラルフ・ガベルブック」

そして、七を纏った剣をハイドの方に向けて、言い放った。

「お前を、滅ぼす者だ」

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