その日は、アリスの父が極に學院を訪れることになっていた。

アリスは、あまり両親の話をしない。

どうやらあまりいい両親ではないらしく、そういった話題になると途端に口數がなくなるのだ。

とはいえ、マリーも親子水らずの時間を邪魔するつもりはない。

アリスも親のことが苦手とはいえ、今回は弟のシャルルもえての面會らしいので、あまりひどいことにはならないだろう。

マリーはそう思っていた。

夕方になり、そろそろ話も終わっているだろうと考えたマリーは、アリスの部屋に向かっていた。

廊下に差し込む夕日のが、マリーを染め上げている。

その赤が、今日に限ってはなぜか不吉なものに思えた。

「……アリス？」

だからなのだろうか。

部屋の前で佇たたずむアリスに、どこか違和を覚えたのは。

「……マリー？」

よく見ると、アリスの様子は明らかにおかしかった。

制服はれ、の至る所にが滲んでいる。

「どうしたんですかアリス！？　が……！」

駆け寄り、それを近くで確かめて、気付く。

で汚れてこそいるものの、アリスの服には傷一つないことに。

つまりこのは、アリスのものではない。

たとしたら、誰の――。

「……アリ、ス？」

――どこまでも暗く、深い闇に魅られた瞳。

怖気の立つそんなを、アリスはその目に宿していた。

「……マリー」

アリスが、ふらふらとマリーのほうへ近づいてくる。

その姿に本能的な恐怖をじ、マリーは後ずさった。

「……っ！」

そんな彼を見て、アリスは痛ましげに目を伏せる。

まるで、マリーのそんな態度に心を痛めているかのように。

だから、

「えっ？」

マリーは意を決して、正面からアリスを抱きしめた。

アリスの服についていたが、マリーの制服にもべったりと付著する。

だが今は、そんなことはどうでもよかった。

「どうして？」

顔が見えなくてもわかる。

今アリスは、とても不思議そうな表をしていると。

マリーは知っている。

アリスの中に、暗くて濁った炎が燻くすぶっていることを。

たまたま今日、その炎が燃え上がって、何かとんでもないことをしてしまったのかもしれない。

彼の中にある闇を呼び起こしてしまったのかもしれない。

……でも、アリスはアリスだ。

マリーに危害を加えるはずがない。

その上で、彼にかける言葉があるとするなら、マリーはこれ以外に思いつかなかった。

「私は、アリスの友達ですから」

「――――っ」

「だから、話してください。なにがあったのか」

もしかすると、最悪の事態が起こってしまった可能もある。

この返りの量からすると、アリスは誰かを殺めてしまったのかもしれない。

でも、それでも、マリーはアリスの友達だ。

唯一無二の親友だと、本気でそう思っている。

だから、自分がアリスの力になろう。

このときマリーは、そう決めた。

「ありがとう、マリー」

「っ！」

それは、今までマリーが聞いた中で一番優しい聲だったかもしれない。

だから安心してしまったのだ。

これなら大丈夫だと。

けれど、彼は気付かなかった。

その聲の裏に隠れた、それ以上の悲しみに。

「……ごめんね」

「え？」

アリスがそう言った瞬間、マリーのから力が抜ける。

強制的に思考を奪われたような覚とともに、マリーの意識は深い闇の中へと沈んでいった。

「――さようなら、マリー」

それが、マリーが最後に耳にしたアリスの言葉だった。

その日、ロミード王立魔學院にいた人間は、ただ一人の例外を除いて死んだ。

マリー・ロミードという、ただ一人の例外を除いて。