あれからコウスケは時間の経過を忘れるほど泣き喚いた。心を蝕む絶という黒いを必死に流すように。

常に真っ暗なこの窟で、もはやコウスケには時間の覚は失われていた。

涙が枯れ果てた頃、コウスケは窟に響く音を捉えた。その音というのは、実に原始的な、カサカサといったような音だ。

それにコウスケは、目、耳、鼻の覚を強化している狀態だ。並みの人間よりも音には敏になっている。

コウスケは目をその音のする方へ向ける。

このコウスケのいる窟の一角は、一つの部屋のように広い空間が広がっていた。細いも奧に見えることから、この窟はまだまだ先があるのだと予想できる。

そして、視力を得たことによって気が付いたことだったが、この空間には人骨で溢れかえっていたのだ。理由は定かではないが、恐らく窟の冒険で遭難した人々。だとは考えられない。そう考えるには、あまりにもこの場にいる人骨たちの裝備が軽裝過ぎるからだ。

ならばこの窟は、寄りのない人々の死安置所的な場所なのだろう。事実、コウスケも死んだと思われた可能が高いのだから。一つ否定するとすれば、安置ではなく投棄に近いという點か。

話は戻るが、音の正についてだ。

當然ながら、ここが窟である以上、何らかの生がいることは間違いない。こんなにも死エサが放置されていくのだ。それを狙う獣類がいると考えたほうが良い。

そして、コウスケの視界にある生が映った。パッと見るとただのネズミであるが、よく見ると目が赤く、小さな角が額から生えている。コウスケの記憶には、地球にはあんな生はいない。つまり、あのネズミのような生は、魔である可能が極めて高いという結論にたどり著いた。

「鑑定」

枯れた聲でコウスケは呟く。

魔に対し初めて鑑定を使うが、正常に作してくれた。

名前 カーケスキャベッヂ

種族 魔獣

スキル　超覚　危険察知

とはいえ、余りにも簡素な容だった。魔にはレベルの概念がないのかも知れない。とはいえ、初期値が分からないコウスケにとって見れば、レベルでわされずに済んだので、逆に良かったとも言えた。

さて、あの魔の強さは、今まで魔を鑑定してこなかったツケで分からない。だが、容姿、スキルを見る限り、食連鎖の頂點にいるような魔ではないと予測される。

その魔は鼻をヒクヒクさせながらコウスケの方へ近づいてくる。コウスケエサを発見したのだ。

このまま生きたまま食われるなんていう地獄を味わいたくないコウスケだが、すがないのも事実だった。武となるようなもなく、あったとしても持つ手がない。

次第にそいつは近づいてくる。

そして、コウスケにれるかどうかのところまで近づいてきた。

「ファイア」

ボワッとネズミのが燃える。魔法を唱えたからだ。

本來なら、危険察知というスキルを持ったこのネズミには通用しなかったはずなのだが、今のコウスケは死（隠蔽）であったため、それが作しなかったのだろう。

「ギュヴゥ」

金切り聲を上げ、ネズミは無我夢中でコウスケのを噛み千切る。

痛みで気が遠くなるが、歯を食いしばり、その噛まれた箇所を強化する。

キーンと脳に刺さるような痛みが襲う。だがその代わりにネズミはを食いちぎれなくなった。

そのネズミは燃え盡きた。

「はぁはぁ」

急いで強化を解除する。

すぐ傍には燃え盡きたネズミの魔。

名前 魔獣の

鑑定した結果だ。

死ぬと、生ではなくと同じ扱いになるようだった。

果たしてこれは食えるのか。まずコウスケは思った。

この窟に來てからどのくらい時が過ぎたか分からないが、確実に飢が迫っている。

そこで、コウスケはその鑑定結果のビジョンを詳しく表示しようと、腕を出そうとするが、腕がないことを思い出す。気を取り直して、顎でその名前にれた。

『魔獣の焼き』

魔獣の。食用には向かないが、毒はない。人には無害とされているが－－

その説明を見てコウスケはホッと息を吐く。

一先ず空腹は免れそうだった。

ついでにそこらへんに生えているキノコも鑑定してみる。

『窟の闇キノコ』

魔が巣くう窟によく生えているキノコ。基本的に毒はないがある特定の條件を満たすと突発的なの変化をもたらす可能がある。

この空腹でコウスケの頭はまともには働いていなかった。ある特定の條件に當てはまることなんて起こるわけがないと直ぐに頭の隅に追いやり、二つとも食した。

それからまた時間が過ぎ、コウスケの意識はほとんど殘っているとは思えない狀況になっていた。それでもまだ意識を保っていられるのは、強化によって痛覚を味わうという無茶な方法を取っていたからだ。

だが、それもそろそろ効かなくなって來ていた。

は時々來る、魔を食らっていたが、何せ水がない。

水の方が食べより、大切なのは明らかで、コウスケは既に聲を発する力さえ殘っていない。このまま死んでしまう。本能がそう告げていた。

だが、それとはまた別の死が近づいてくるのを耳が捉える。

ドスンドスンと今までとは違った足音。

その音の主をコウスケの強化された視界が捉える。

その姿を一言で形容するなら恐竜だ。

とはいえ、本で見た時は格好良いといったような憧れがあったが、実際に目をするとなると、死、という言葉しか浮かばない。爪、牙、目、全てが鋭い。加えて凄い獣臭を放っている。まさに生を殺すために生まれてきたような存在だ。

嗅覚を強化していたコウスケは思わず顔を顰める。

それと同時に、これまでの理不盡な人生に無に腹が立った。

さらに死を目の前にして今まで心の奧底にしまっていた、たがが外れた。

――奇跡なんて起きない。降りかかる災いなんて自分の力でコワセバイイ。

コウスケの心にあった黒いの目が確かにその時、芽吹いた。

今までけてきた不幸。その全てが黒い種子となり心を苗床とする。さらに襲い掛かる理不盡な出來事。その種が芽吹くのは必然だった。

そして災いの対象へ視線を向ける。

痛みなんてどうでも良い。コウスケは全に強化を施す。

「あぁぁああああ！」

「グオオオオ！」

両者とも聲を荒らげた。これではどっちが獣か分からないな、と自嘲気味に笑みを浮かべる。

だが、次の瞬間には人間らしい理を吹っ飛ばした。

そんな時、かすかに脳に聲が響いたのが聞こえた。

『狀態スキル「――化」を獲得しました――』

次の瞬間、コウスケは痛みなど無かったかのように立ち上がる。とはいえ、片方の足は捻じれているのでバランスは悪いが、それでも立ち上がる。

この際、格好なんてものはどうでも良い。

肩を噛み付かれた。どうでもいい。

頭突きを食らわせた。視界がで霞む。どうでもいい。

蹴りと同時に、足が砕ける覚がした。どうでもいい。

コウスケは目の前の敵を倒すことを最優先にし、その他の要素は隅へ追いやった。

コウスケが持ち得る攻撃手段は、蹴り、頭突き、噛み付き、當たり。

対して、魔の攻撃手段は、噛み付き、切り裂き、當たり。

両者とも自分のを使っての攻撃だった。當然、能力に劣るコウスケは分が悪い。だがその劣った部分をコウスケは強化で補い、それに伴う痛覚なんて気にせず攻撃を続ける。

加えて、格の大きな魔は、この狹い窟では小回りがきかない。なので場の有利はコウスケにあった。

その戦いは、時の流れをじさせないこの窟で、どのくらい続いただろうか。

両者は、既に満創痍だった。コウスケは初めからボロボロだったが、今はそれよりも遙かにひどい狀態だった。額は割れ、足の骨も々。その狀態で立てているのがおかしいぐらいだった。

だが、それは相手の魔も同じだった。もはや圧倒的勝者としての面影は消えうせ、全まみれ、牙もいくつか砕け、片目も潰れている。普通の魔、獣なら逃げ出す傷なのだが、この魔は真っ直ぐとコウスケの方を向き、未だに闘爭本能を剝き出しにしていた。

再び、繰り広げられる己のを使っての毆り合い。

もはや、人と魔の戦いではない。

長い間の死闘を繰り広げた二つの生だったが、決著はすぐに訪れた。

「ああぁぁあああ！」

コウスケは今出せる最大のび聲を放ちながら、魔の懐へと飛び込んだ。

そして、次に今持ち得る全ての力を出すべく、再び言葉を紡ぐ。

「鑑定！　強化ぁぁああ」

名前　  ファイクラウルス

種族　  魔獣

狀態　  視力低下　骨折多數　臓破損

スキル  限界突破　超覚   転化

・

・

――強化によって項目の増えた目の前に広がる細かな報をスラスラと読み飛ばして、とうとう目當ての項目が見つかったコウスケは口の端をしだけ上げた。

・

・

弱點　右脇腹

「そこだぁあああああああ！」

ステータスに記されていた箇所目掛けてコウスケは頭から突っ込んだ。