《負け組だった男のチートなスキル》第二十四話 辺境伯令嬢
「ここが私のお家よ」
「すごいな……」
マリーに案されついた場所は、この町で一番高い所に位置し、り口からも見えていた立派な建造。小さな城とも言えるほどの建だった。そしてそれを彼は自分の家だと言う。
貴族なのは予想通りだったのだが、まさかこの町一番の館を持つ貴族というのは、コウスケが予想していた以上だ。
マリーはその一度はるのを臆してしまいかねない館の敷地を何も気にするそぶりもみせずスタスタと歩いて行った。慌ててコウスケはマリーの後をついていく。一人でこの館にれる自信はなかったからだ。
マリーが扉を開く。途端にまるで來るのが分かっていたかのように中から人が出てきてお辭儀をした。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
中から出てきたのは燕尾服を老紳士だ。見事な白髪に厳つい目つき。一人で訪れる時に初めに出てこられると間違いなく怯む。
「ただいま、爺」
「こちらの仁は?」
コウスケはその老人から視線を向けられる。その厳しい目つきに思わず気圧された。
「彼はコースケよ。私の命の恩人なの」
マリーの言葉に老人は目つきをいっそうきつくさせた。
「恩人? つまりお嬢様はまたあの森へ行かれたのですか?」
老人の標的がマリーへと切り替わったのを見て、コウスケはし息を吐いた。
「そうよ、ダメだったかしら」
「もちろんです。お嬢様はルイモンド卿のただ一人の娘なのですよ。おは大事にして下さい」
「分かっているわ、何回も聞かされてきたもの。だから今日のことを教訓にして回數は減らすつもり。それで良いでしょう?」
「……それでも行くおつもりなのですね。……まぁ今は良しとしましょう」
マリーは相変わらず頑固な面を表に出し、老人の方が折れた。彼にとってはいつものことなのだろう。諦めが早い。
「さて、コウスケ殿と申したか」
「はい」
「此度はお嬢様を助けていただき謝させていただく」
老人はコウスケに綺麗なお辭儀をして謝の言葉を告げた。
「いえ、偶然通りすがったものですから」
コウスケは必死に老人の頭を上げるよう態度で示すが、全く効果をさずしばらくの間、老人は綺麗なお辭儀を披していた。
マリーに助けを求めるべく視線を向けるが、対して表を変えずこう言った。
「無理だと思うわよ。爺は溫にはとことん禮を盡くしたがるの」
その禮の原因となったのがマリーなのだが。とコウスケは指摘したくなる気持ちを抑えた。
そうして老人のお辭儀が終わった後、再び會話が開始される。
「さて、コウスケ殿。どうやら何も聞かされないままここに連れてこられたご様子。宜しければ中でお茶でもいかがですかな?」
どうしたものかと考え込むコウスケ。確かにマリーには何も告げられずにここまで來たことを思い出す。
「元よりそのつもりよ。コースケ、上がって一緒にお茶しましょう」
二人にそう言われて斷るわけにも行かず、コウスケは頷く。
「爺、今お父様はいるのかしら?」
「ルイモンド卿は本日の夕暮れ頃に帰るご予定です」
「そう、分かったわ」
老人はマリーと一通り會話をし終わると館の中へ消えていった。
「殘念ね、今すぐにでもコースケをお父様に紹介しようと思ったんだけど」
「そこまでしなくても」
「いいえ、大事なことはちゃんとしないと気が済まないの」
またマリーの頑固な部分が現れてしまったようだ。まさか一人のを助けただけで辺境伯に會うことになるなんて誰が考えることが出來ようか。
「じゃあそれまでの間、爺のれるお茶でも飲んで時間をつぶしましょう」
ずっとマリーのペースに乗ったままだが、ここは彼のホーム。斷ったところで、頑固な彼に押し通されるか、別の面倒な案が出てくるだけだ。
「お待たせいたしました。お嬢様、コウスケ殿、どうぞお召し上がりください」
老人は軽やかな手つきで、カップに紅茶を注ぎ、さらにはどこか見覚えのある洋菓子のようなものを機の上に置いた。
「これは……」
「ふふ、これは私たちの町の名産なの。名前はケークっていうのよ」
「ケーク……」
どこからどう見ても日本で言うケーキなのだが、この街ではケークというらしい。そういえば英語ではケイクだった気がする。
コウスケはマリーに促されそのケークを食べた。
味は、やはり日本のケーキに比べるとし甘みが薄く、冷たさも足りないが、この世界に來て一番味しいとじる食べには間違いない。
「どう?」
「味いな」
「良かった。これで不味いなんて言われたら、このケークをコースケの顔にぶつけていたところだわ」
マリーは笑顔で騒なことを口にする。
コウスケはその選択肢を取らなくて本當に良かったと思ったのだった。
次に紅茶を飲む。
日本では紅茶を嗜む趣味はなかったのだが、以外にもこの紅茶はコウスケの口に合った。
「味しい」
「そう! 嬉しいわ。爺、出したかいがあったわね」
「そうですな、コウスケ殿、おかわりが必要であればご申しつけ下さい」
その後しばらくマリーや老人の會話が続き、いつの間にか夕暮れとなっていた。
そうしてマリーとのお茶會は幕を閉じた。
「そろそろお父様が帰ってくるころだわ」
マリーのその言葉に、コウスケはゴクリと生唾を飲んだ。
「そういえばコースケ、泊まるところはあるの?」
「あ……」
「考えていなかった顔ね。良かったら泊まっていかない? 爺も歓迎すると思うわよ」
マリーの提案にコウスケは悩んだ。彼の言う通りコウスケには夜を明かす宿に心當たりはなかった。しかし好意を素直にける気持ちは今のコウスケには欠けていた。何か裏があるのではと考えてしまうのだ。
「遠慮なんていらないわよ?」
「そうですぞ、コウスケ殿」
二人からそう言われればやはり斷り切れないコウスケ。とりあえず今は頷いておくことにした。
「ではお部屋を案させていただきます」
老人に連れられコウスケは、館の中を移した。ったときにも思っていたが、この館はかなり広い。迷子になることないと思うが、部屋の位置は忘れてしまいかねない。
「こちらになります、何か困ったことがあればり口近くの部屋を訪れて下さい。そこが私の部屋でございます」
「はい」
部屋に案されたコウスケはその中へった。
中は簡素なものだが、野宿よりは斷然良い。
「ねえ、お父様遅くないかしら」
「確かにそうでございますね」
マリーが言うに、夕暮れに帰ってくると言っていた辺境伯だったが、すでに日は落ち辺りは闇に包まれていた。
「おかしいわね、お父様が時間通りに來ないなんて」
どうやら辺境伯は時間に厳格な人らしい。帰宅が遅れたぐらいでこんなに心配されているというのがその証拠だ。
その時、り口の扉に何かが當たる音が響いた。
「し見てまいります」
老人が顔を引き締めて扉へ向かっていった。
続いてマリーも向かう。こういう場合、領主の娘である彼は行くべきではないのだろうが、彼にその固定概念はないらしい。
「何を読んでいるの?」
「いえ、これは」
コウスケも彼らの元へ向かうと、老人が紙のようなものを背中に隠し、それをマリーがしつこく取り上げようとしている場面だった。
たぶんあの紙のようなものは扉の前に置かれていたのだろう。そして恐らく――
「え!? お父様が!」
マリーの追及によって老人が折れ、紙を渡した。予想通り、辺境伯に関する記述があったのだろう。マリーはひどく揺し聲を荒らげた。
「何かあったんですか?」
「それが、辺境伯ルイモンド卿を拉致したとの手紙が」
老人の口調は穏やかなものだったが表は鬼のように厳しいものだった。それもそうだろう。自分の領主が危険な目にあっているのだ。
コウスケには一つ危懼することがあった。自分がこの館に來てすぐ、こんな事件が起きてしまった。つまりコウスケがこの件に関わっているのでは、と疑いがかけられる可能だ。
「コウスケ殿。一つお願いを申し上げたいのですが」
「何でしょうか」
「お嬢様が無茶をしないように見張っていただきたいのです」
「あなたは?」
「私は、この件の首謀者を捕獲するという任務をこなさなければなりませぬゆえ」
「いえ――」
今のところ老人はコウスケを疑ってはいないようだった。だが、このまま時が経過し、世間にも広まっていけば、間違いなく疑われるのはコウスケだ。
コウスケは、「はぁ」と息を吐き、言葉を発した。
「俺に任せてください」
また面倒事がやってきた。
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