《【書籍化・コミカライズ】さないといわれましても~元魔王の伯爵令嬢は生真面目軍人に餌付けをされて幸せになる》43 がおーってされたらがおーってします
領民の數がないにも関わらず同程度の規模の他領よりも繁栄していたロングハースト領都は、森へのり口に向かう道まで整備されていた。かな農地と鉱山があるため、わざわざ森に足を踏みれて狩りなどをする領民はあまりいないと報告されていたが、それ以外の目的で利用されることはあったのかもしれない。
馬四頭が全速で引いている割りに荷車の衝撃はない。他の二臺を護衛二人にそれぞれ任せ、俺はロドニーが座る者臺に背を向けて積み上がった供(・)(・)に片足を乗せた。くぐもった音を立てたそれはじろいだけれど、下敷きになっているものはとっくに靜かになっている。數人分の重さを勢いよく投げ重ねられれば、そうもなるだろう。
「思ったより早く著きそうですねー」
目指すのは森のり口、アビゲイルが指し示した竜が出て來るであろうあたりだ。
領都は森へ向かってなだらかに続く丘の中腹にある。この時間にもかかわらず館中に明かりがともされている領主館を見下ろした。
魔王がこうして村の祭りを見下ろしていた頃は、今よりもずっと周囲の明かりもなくて、村の中心部で焚かれた火は大きく鮮やかに火のを散らしていたことだろう。
手も足も、目も口もたくさんあったという魔王の姿を聞いてはいる。けれどもどうしたって脳裏に浮かぶ景は、大きすぎる火は消さなくてはいけないとそわそわしながらも、金瞳を輝かせて小さく跳ねてるアビゲイルだ。
「ねー主ー、奧様さー」
「うん?」
「腰ひも括り付けて長いサーモン・ジャーキー差してたのなんだったんでしょうねー」
「ごふっ、おまえばか思い出させるな」
いそいそと木から覗いてる姿に笑いをこらえるのがきつかったんだぞ!あれ本気でやってるんだからな!
堪える気もない笑い聲をからからとあげるロドニーの背を肘で突いた。
「……っど、どこに」
足臺にしていた男爵が取り戻したばかりの意識で朦朧と呟いた。
短い時間ではあったが地下室に閉じ込めていた使用人たちへの尋問で、どいつもこいつも伯爵家の私財をくすねまくっていたのはわかっている。こいつらも同様で、あてがわれていた部屋からは寶飾品や品が次々と見つかった。本來ならそのまま王室に沒収されてしかるべきものだったのだから、こいつらのしたことは國からの橫領だ。
「ちょうどいい。もうひとつ聞いておきたいことがあった」
足を下ろしてやれば、頭を持ち上げた男爵は鈍いきで辺りを見回して向かう方角を確かめる。
「目的はどうあれアビゲイルを狙う輩の拠點、知ってる分全て吐け」
「な、なんのことだか」
「焦らす時間はないぞ。吐かなきゃ別にそれでもいい。迎え討てばいいだけだからな。ただまあ、態度によってはこの後の狀況が変わるかもしれんな?」
「狀、況?」
「お前らの行いで森にすむ竜がお怒りだそうだ。怒りを鎮めるのに供を捧げるのは昔からどこでもよくあることだろう?」
「――っまさか、そ、そんな」
俺の背後に森を見つけたのだろう男爵が息を呑んだ。なかなかに察しがいい。
見通しのよかったなだらかな坂道の両側が、鬱蒼と闇を抱える樹々に塞がれていく。馬車一臺分の幅がある道は、まだもうし先まで拓けているはずだ。
木立を吹き抜ける風は笛の音のように甲高く走り、それに呼応するかのように男爵はか細い悲鳴まじりに脈絡もなく言葉を連ねていった。
「――主、そろそろ」
「は、話した、だろう、ぜ、ぜんぶ、だから」
アビゲイルが示した竜の進路にぶつかるあたりだと、ロドニーが告げる。
男爵は淺く早い呼吸のまま慈悲を乞おうとするけれど、並べられた報は大したものでもなかった。まあ、大したものであったとして何が変わるわけでもない。
「法で裁いてもらえるとでも思ったか?――お前らが道扱いした森に裁かれろ」
俺の合図で次々に馬は足を止めた。ロドニーと護衛たちが手分けして荷車から馬(ハーネス)を外していく。
だましたなとぶ男爵の聲に、意識がまだあった連中もわめき出すが、それぞれ拘束されたままな上に荷車から転げ落ちないよう網をかけてあるし、勿論それを外すつもりはない。荷臺から一抱えのずた袋を擔ぎ上げて中を周囲にばらまいていく。供どもがちょろまかしていた寶飾品だ。できることならば竜に攻撃はしたくない。
「効果ありますかねーそれー」
「りが好きらしいしな。僅かでも気をひいてくれれば儲けもの……っ撤収!」
背中から後頭部まで総立った直後、空気も地面もびりびりと震え出した。目視するまでもない。強者が覇気をまき散らして向かってくる。
「う、わっ」
「くっそ、"凍てつけ""凍てつけ""凍てつけ"」
馬にまたがるも怯えて手綱をとれないと、護衛が焦り聲をあげた。袋の中をすべて宙に放り投げ、それを巻き込むように氷の壁を突き立てていく。
足止めがなくてはどちらにしろ逃げきれない。馬のを叩いて先に逃がした。
「邪魔だ!行け!"照らせ""照らせ""照らせ"」
ロドニーも護衛たちを追い立て、自は詠唱しながら俺の橫についた。
球が周囲にいくつも浮かび上がり、氷に閉じ込めた金銀細工がを弾いて煌めく。
そのの向こうに夜空をさらに暗く切り取る小山のような影が、地を響かせる轟音とともに現れたと同時に、ロドニーと二人で荷車から距離をとりつつ繁みに飛び込んだ。
でかいトカゲのようでもあるが、巨軀に見合わぬ短めの前足と発達した後ろ腳はカエルのようでもある。
虹のような遊を浮かべる白い鱗が月を照り返し、その郭をなぞっている。
全的に丸みを帯びた背からは、俺の両腕を回しても屆かなそうな太い尾がびていた。
(あれがあの踴りを)
(おまえほんとやめろ)
本能が警鐘を鳴らし源から湧き上がる恐怖が、発作的な笑いを引き起こしそうになる。
腰を低く落とし、二人でじりじりと後退する。荷車の上の奴らはもうぴくりともいていない。
悲鳴の一つもあげて気をひいてみせれば最後に役立ったと言ってやれるものを。
突如立ちふさがった氷の壁を訝しむように、ぐるりと首を巡らせた竜の眼が荷車にとめられる。
ぎらぎらとしたは若芽の緑と深い森の緑に揺らいでいた。
ああ、金瞳ではないのだと頭の隅のどこかで呑気に思った瞬間。
破裂音とともに氷壁が散り、竜がを捻ってその尾で周囲の古木もろとも荷車を薙ぎ払う。
三臺の荷車は全て木片となりながら、荷(・)ごと森の中に叩き込まれていった。
唸りというにはあまりに甲高い、皮を裂くような咆哮が月に向けられる。
そのびに応えるかのように強く鳴る梢。
護衛たちはもう森から出できているだろう。
俺たちに視線は向けられていな――ぎろりと迷いない鋭さでとらえられた。
二人まとめて一口でおさまるであろうほどに開かれた口には、ずらりと二列に剣のような歯が並んでいる。
――帰ってくるための原力ってものは待つ者への執著だよ
昔將軍にかけられた言葉がよぎり、確かにとそれに思いながら一気に魔力を練り上げた。
狙うべきはそのむき出しの奧。
貫けるほどく度をあげた氷塊を産みだす詠唱を紡ぐ寸前。
ばたっ
ばたばたばたばたばた
夏の豪雨を思わせる音が降り注ぎ、竜はい留められたようにきを止めた。
それはどこか呆然としてみえる姿だけれど、きょときょとと緑眼は泳いでいる。
降り始めと同じく唐突に止む音と、途切れることなく注がれる月明かりに照らされている赤く染まった白い鱗。
名殘とばかりに、ころころと地に落ち跳ねて転がるのは。
……どんぐり?
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