《職業魔王にジョブチェンジ~それでも俺は天使です~》まつろわぬ神

遅くなってすみません。

真夜中、窓から半月の燈りが差し込む中、黒い霧が蠢く。その黒い霧は、夜の闇の中でもはっきりと郭が浮かび出ている。

その霧はエルフの村のある家の一室をのぞき込む。エルフの村の周りには特殊な結界が張られていて、エルフや特殊な道を持たない者は森を彷徨う事になり、運良く森を抜け、村にたどり著いたとしても、見張りの者に見つかる筈なのだが、この霧はそれらを抜けて來たのだろう。

霧が覗き込んだ部屋には魘されるクレアシオンと彼に抱きついて寢ていたエレノアがいた。桶と替えのタオルが置いてある事から看病の途中で寢てしまった事が伺える。

それを見た霧は溶ける様に部屋の中にり込んだ。部屋にった霧は人の形を取り、そして、霧が晴れるとそこには白を著た男が現れた。

男は赤い包帯で隠された目をクレアシオンに向ける。クレアシオンの影が蠢き、口だけの黒い龍――【暴食のアギト】――が複數現れた。だが、これは侵者に気づいたからではない。

【飢暴走】――――ただ、暴走しているだけだ。【暴食】が崩壊し始めたクレアシオンを生かそうと周囲のものを無差別に喰らい盡くそうとしているのだ。暴食のアギトはその數を増やし、鎌首をもたげ、全てのものを喰らおうと口を開けた。

その対象は男はもちろん、エレノアにまで及んでいる。【飢暴走】は無差別だ。そこにクレアシオンの意志は介在しない。

「……また、貴方は」

男がそう言って何かを呟くと、男から黒い風が吹き荒れ、黒い風が【暴食のアギト】達を包み込み、小さく押さえつけていく。

地面に押さえつけられた【暴食のアギト】は黒い風を喰らうが、黒い風の方が威力が強く、食い破る事が出來ない。

そして、黒い風に削られる様に【暴食のアギト】が消滅した。

その様子を見屆けた男はクレアシオンの崩壊した腕を取り、ヒビをなぞるようにる。

「貴方に死なれては困ります。……それに、ジョーカーが煩いですからね」

男の手から黒い霧がれ出し、クレアシオンのるように流れると魔力枯渇で崩壊したクレアシオンの手足が噓の様に治っていく。

「だれ?」

エレノアが男の聲に気が付いて、目を覚ました。そして、クレアシオンの手足を治している男をその目に映した。

「……神様?」

クレアシオンのは人では治せないことを周りの大人の様子からじ取ったエレノアは純粋に思った事を口にした。

「……ええ、神ですよ。信者を殺してしまう悪い神様ですけどね」

そう答えた男の口元が歪に歪む。それは嗤っているような、泣いているような、そんな印象を持たせる。

「だいじょうぶ?」

「ええ。大丈夫ですよ」

男は薬箱を取り出し、幾つかの薬草を取り出し、調合していく。エレノアはその様子を食いるように見つめていた。

「貴方も本調子では無いようですね。飲みなさい」

男の手には2本の試験管が持たれていて、そのうちの一つをエレノアに渡した。エレノアは疑わずに飲んで嫌そうな顔をする。

「にがーい」

「全部飲んで下さい」

男に言われてエレノアは全ての薬を飲み干してしまった。エレノアのに包まれ、が軽くなる様な覚がした。

その様子を見屆けた男はクレアシオンの頭を持ち上げて薬を飲ませた。クレアシオンのいているのが分かる。

「っう!?」

男がクレアシオンを覗き込んでいたエレノアの首を摑んだ。息苦しさにエレノアは顔を歪める。小さな両手で男の手を解こうとするが、びくともしない。

「ジョーカーの計畫のためにも、貴方には今日のことを忘れて頂く必要があります」

男の手から黒い霧がれ出し、エレノアに纏わり付く。その瞬間、アレクシスが影より飛び出し、男を襲う。

アレクシスは今の今まで男の存在に気が付かなかった。エレノアに異変をじ飛び出したが、黒い風が吹き、アレクシスが溶ける様に倒れた。

「……弱ければ、大切なを守れません。強くなりなさい」

黒い水溜まりとなったアレクシスを踏み付けながら男は小さく呟いた。その聲が屆いたのか、アレクシスがこうとするが、表面が波打つだけで終わる。

うめき聲をらすエレノアに纏わり付く黒い霧が吸い込まれる様に消え、エレノアの目が虛ろになる。

「……これはこれは、面白い。貴方がこんな所に居るとは」

意識が朦朧とするエレノアの奧深くを覗く様に見た男はそう口にして、興味深そうに笑った。

男は意識を失ったエレノアをクレアシオンの橫に寢かせ、そのを夜の闇へと溶かす。

男が外に出ると村を複數の気配が囲んでいる事に気が付いた。風によってしなる木々のざわめきたが、不自然なが紛れ込んでいた。その違和はとても小さいが、眼帯の男にはその気配がはっきりと分かった。

「バレていましたか」

男の前に黒い雷が落ち、顔の左上のみを隠した仮面をつけ、トランプのマークをあしらった燕尾服を著た男が現れた。

「バレるに決まってんだろ♠?あんまり、干渉すんじゃねぇよ♥」

仮面の男は不機嫌そうに言っているが、口調がふざけているため、そこまで怒っていないことが分かる。この変に耳に殘る獨特な抑揚のある聲は聞く者を不快にさせるが、彼の真面目な聲を聞く時は大抵ろくでもない事が起こる時だ。

それに、仮面の男の聲はよく聞くと三から四人の男が互に喋っているようにも聞こえる。

「いえ、このままでは死ぬ可能もありましたし、後癥が殘るのは貴方も本意では無いでしょ?」

「ああ、クレアを殺すのは俺だからな♠」

仮面の男はナイフを右手でジャグリングしながら答えた。その答えに、包帯の男は頭を押さえながら、溜息を吐く。

「まあ、良いでしょう。しかし、これだけ大所帯なら、知されるかも知れません」

包帯の男がぐるりと村中を見回す。そこには黒い蛇の尾が2本ある仮面を付けたの群れと、仮面を付けた者達が立っている。見張り小屋を見ると見張り達が倒れていた。

包帯の男がスキルを使って観ると軽い打ちを追っているが、気を失っているだけのようだ。

「見つかるってクレアといたのことか♦?ザルだよザル♣」

これだけの者が侵してもソフィアは気が付かなかった。異常な事だが、それ程までに、彼と彼の周りの者達とソフィアの間には差があると言うことだ。

「それでは、行きましょうか?」

「再會を楽しみにしてるぜ♠クレア♦」

村から黒い風と雷が吹き荒れ、村には何事も無かったかのように靜まった。

◆◇◆◇◆

煌めく水面、波打つ水の音、足の裏にじるった土の。クレアシオンは夢を見ていた。

「アハハハ。待て待て~~」

後ろを追いかけてくる存在から、クレアシオンは逃げていた。

「捕まえちゃうぞ~~」

「――――っ!?」

背後より強襲するの大鎌を姿勢を低くする事により、何とかかわす。クレアシオンが見ていた夢とは、浜辺でと戯れる追いかけっこなどではなく、三途の川で死神《ギル》と追いかけっこだった。

黃金の鎧に、漆黒の外套を翻し、翠の風を纏う聖屬と風屬の混であるの大鎌でクレアシオンの首を搔き切ろうとしていたのだ。

夢の中のクレアシオンは、子供の姿では無く、慣れ親しんだ大人の姿なのだが、何故かが思うようにかず、ギルから逃げる事が出來なかったのだ。

「【コシュタ・バワー・チャリオット】!!」

不吉な言葉が聞こえた。油が切れたからくり人形の様に、ギギギっと後ろを振り向くと、溢れる黃金の鎧を著た首のない軍馬二頭が引く戦車に乗ったギルがいた。本來首がある場所からは青白い炎が吹き出し、戦車の通った跡には青白い蹄の跡が燃え盛っていた。

クレアシオンが使う【コシュタ・バワー】は、このギルの魔が元であり、【コシュタ・バワー・チャリオット】はギルのユニークスキルだった。重い鎧に包まれたデュラハンの変異種であるギルの機力を確保することが出來るスキルだ。

つまり、

「クレアシオン様とおそろい!!」

「いや、無理があるから!!」

今のクレアシオンがギルから逃げ出す事は不可能だと言うことだ。鋭い斬撃が彼の首筋に吸い込まれる様に襲い來る。

お揃いとは、首の事だろう。ギルの右手に収まる兜から、ぐふふと不気味な笑い聲が聞こえる。

――黙って居なくなったこと怒っているのか!?

本來、ギルはこの様な格では無い。騎士道が鎧を著て歩いている様な男だ。クレアシオンが幾ら、楽にしても良いと言っても、口調を崩す事すらしなかった者が主君と崇めるクレアシオンに刃を向ける様な事はしない。

クレアシオンは、何も言わず、転生した事を怒っているのかと考えるが、何故、ギルがこの世界にいるのか?と言う矛盾に気が付いた。

――ああ、夢か。……なら、無理して逃げなくても。

ヒュンッと首筋に大鎌が掠る。

――やっぱ、無理!!

夢なら、逃げなくても大丈夫、と考えたが、この夢で死んだら現実でも死んで仕舞う様な気がした。恐らく、今追ってきているギルは無意識に考え出した【死】の象徴だろう。

【斷罪】。鬼狐での彼を指す言葉であり、神界の神々や邪神達には【死神】と揶揄される彼の攻撃は、首への一撃で終わる事が多く、その戦い方は一方的で、処刑人が罪人を殺す様だと言われている。

「ク……オ…様!!クレ……ン様!!」

例え、夢でも逃げ切らねば、そう決意し、どうやって逃げ切るか考えていると、遠くから自分を呼ぶ聲が聞こえた気がした。クレアシオンが聞こえた方を見ると、自分の顔が引きつるのがわかる。

「クレアシオン様!!」

対岸には煌びやかな法を著た骸骨が旗をなびかせながら、全力疾走していた。その姿はどこかコミカルであるが、旗に書かれた文字が笑えない。

『あの世良いとこ、一度はおいで(屮°□°)屮私も白になりました!!』

と、書かれていた。白とは骨の事だろうか?一度行って戻ってきた男が言うと冗談とは思えない。

「ウェルカム!!」

旗を投げ捨て、何処にっていたか、法から、大きく『ウェルカム トゥ ザ ワールド オブ デス』と書かれた旗を取り出し、振っている。

◆◇◆◇◆

「……ウェルカムって何だよ!?――――っ!?」

クレアシオンは、意味不明なびを上げながら、布団をガバッと払いのけ、飛び起きた。大聲を出したことにより、中が痛む。

「う~ん……くれあ?クレア!!クレアがおきた!!」

まだ秋も始まったばかりとは言え、朝は寒い。布団を取られ、寒さにを小さくしたエレノアだが、クレアシオンの聲を聞き、目を覚ましたようだ。

クレアシオンを見て、エレノアの目から、留められ無かった涙が、頬を伝う。そして、クレアシオンに飛びついた。

クレアシオンはエレノアが泣いた事に戸い、反応に遅れてしまった。その結果――――

「え、エレノア……く、苦し……い……息……がーーーー」

元を締め上げられた。心配してないてくれるエレノアを無理に突き放す事も出來ず、鬱していく。

ーーこいつ、こんなに強かったっけ!?

薄れ行く意識の中、エレノアの聲を聞きつけたであろうサラとアニスの聲と足音が近づいて來るのが聞こえた。

◆◇◆◇◆

朝早く、余り寢ることの出來なかったサラとアニスの二人は暖爐の前で飛び散る火花を眺めながらコーヒーを飲んでいた。

二人の口數はない。昨日、クレアシオンを助けるためにした事が全て逆効果だったことにショックをけてしまっているのだ。

「な、なぁ、サラ……」

なんとか、サラに元気付けようと口を開くが、アニス自も立ち直る事が出來ておらず、かける言葉が見つからないでいた。

そんな時、

「――――クレアが起きた!!」

そんなエレノアの聲が聞こえた。二人は顔を見合わせた。鼓が速くなるのをじる。諦めかけていた希に再び、炎が宿った気がした。

二人は気が付いたら、走っていた。クレアシオンの寢ていた部屋へと……。

「くーちゃん!!」

「クレア!!」

二人はドアを蹴破る勢いで開け、クレアシオンの名を呼んだ。

そして、二人の見たものは、エレノアに首を絞められ、気を失っているクレアシオンだったという。

◆◇◆◇◆

「う、う~。……ここは?」

瞼が重い。そして、頭がボーッとして、ふわふわした覚に中が包まれ、微睡みの中、再び、眠りに就きたくなる。

だが、それを許してくれない者達がいる。クレア、クレアと名前を呼ぶ者達が居るからだ。

――眠い。寢かせてくれ……。疲れた……。

薬で回復したとはいえ、それは表面上だけだ。崩壊は収まったが、彼の生命力はそこを盡きかけているのは変わりない。かすことすらままならない。が本能的に生命力を回復させようと眠りにつこうとしているのだ。

――意識があるってことは、四日経ったてことか……。

そこまで考えてから、ハッと飛び起きた。

「くれあ!!」

「くーちゃん!!」

「起きたか?クレア?」

エレノアが彼に抱きついて來て、サラが二人に抱きしめた。エレノアとサラは泣きながら、クレアシオンの名を呼び、アニスはホッと様な顔をしている。

だが、クレアシオンはそれどころじゃ無かった。部屋中をキョロキョロと見渡している。

「くれあ?」

「どうしたの?」

「いや……。何でも無い」

心配した二人に、クレアシオンは生気の無い返事をしてしまう。その事に、二人は余計に心配する。

――良かった……。【飢暴走】はしなかったか……。

クレアシオンは【飢暴走】が起こらなかったと考え、安堵の表を浮かべる。家が大丈夫と言うことは、起こっていないと考えても良いだろう。

【飢暴走】が起こるとこの辺りは大地すら消失する事になっていたはずだからだ。

そして、エレノアに目を向ける。

「良かった……。今回・・は助けられた……。あれ?」

吐き出す様に呟くと、彼の目から涙があふれ出てくる。クレアシオンは涙を拭うが、止めどなく溢れ、止まる様子がない。

――おかしいな。あれ・・以來、涙なんて涸れたと思ってたのに……。

助けられた事による安堵と暴走し無かった事への安堵で気が緩んだのかも知れない。

「いたいの?」

「大丈…夫だ……」

―― 一人助けるのもやっとか……。け無いな……。力がしい……。

彼の想いに答える様に、【創造の刻印】が淡くっていたが誰もそのことに気づかなかった。

神の剣は盾をした。否、盾になりたかった。守れるように、失わぬように……】 錆びた剣より抜粋。

【創造】は彼の想いから生まれたのかも知れない。彼を壊れない剣・・にするために……。

一章はこれで終わりです。二章もよろしくお願いします。

本當は、転生した次の話で、教會に行く予定だったのですが、なぜこうなった……。

二章ではクレアシオンの居なくなった神界の様子を神々の視點と鬼狐の視點で書いていこうと思います。

ですので、クレアシオンが教會に行くのは三章からに……。なぜこうなった……(二回目)

どれだけ教會に行きたく無いのか……。

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