《人喰い転移者の異世界復讐譚 ~無能はスキル『捕食』でり上がる~》18 人喰い

その日から、僕と彩花は深夜に部屋を抜け出しては、関係を持つようになった。

それを人と呼べるかはわからない。

爛れていたし、たぶん間違っている。

それでも僕たちは幸せで、満たされたヒビを過ごしている。

ただ、繰り返し會しておいて気づかないほど百合が鈍いはずもなく――

「他のの匂いがする」

こっそり部屋に戻り、いつもより遅めに目が覚めた時、そんなことを彼に言われた。

心臓が止まるかと思った。

僕だって水木先生の殘り香に気づいたんだから、気づかれて當然だ。

「楠さんでしょ」

百合は確信をもってそう言った。

の勘ってやつなのかな、鋭すぎて寒気がする。

否定しても無駄だろうな。

そう考え、僕は観念して素直に話すことにした。

「そう、彩花だよ」

「抱いたんだ」

「……うん」

一発ぐらい毆られるのは覚悟していた。

不倫した父親を信じられないとか言っておいて、自分だってこのザマなのだから。

けれど意外にも百合は僕を咎めることはしない。

「悔しいけど、やめろとは言わないであげる。水木のこともあるし、事が事だから」

「いい、の?」

「私を見捨てなければ……それでいいよ。ほんとはやだけど、許してあげる」

そう言って、僕の背中に顔を埋めた。

『懐の広いだとアピールしたいのだろうか』

今の百合にそんなことを考える思考は殘っていないと理解しながらも、”復讐者らしくあれ”と諌める自分がそう思わせる。

虛しい抵抗だ。

ならばこのにある罪悪をどう説明するというのか。

……寢不足せいかな。

無理がある、それはわかってる。

でも、そういうことにしておかなければ、僕をい立たせる昏いが薄れてしまいそうだった。

「うっせえんだよ、チンタラしてねえでとっとと進めぇっ!」

食堂に、水木先生のガラの悪い聲が響いた。

おばちゃんからの配膳を待つ男子と口論になっているようだ。

結局、彼は力づくで男子を退かし、列に割り込んだ。

「子供かっての」

百合がぼやく。

最近、彼はずっとあんな調子だった。

どうでもいいことに腹を立て、どうでも良くないことが起きれば過剰に相手を罵倒し、場合によっては暴力を振るう。

およそ教師とは思えない振る舞いに、ただでさえ神的に疲弊しているクラスメイトたちは辟易へきえきしていた。

僕はそんな水木先生をよそに、上機嫌に食事を頬張る。

こんなに食が旺盛な自分は生まれて始めてかもしれない、最近は力を使うことが多いからかな。

隣に座る百合は恨めしそうにそんな僕を見ていた。

「こっちもこっちで子供っぽいかも、岬の場合は可いけど。でも、あんまり食べてると太るよ」

「太らないように頑張って運しないとね」

「運って……」

「変な意味じゃないよ?」

「……バカ」

彩花との関係が見して以降、百合は不機嫌になるかと思いきや、意外とそうでもなかった。

いつもと変わらない、場所をわきまえず僕に甘える彼のままだ。

今だって、本來ならし離れている席同士をわざわざ近づけて、肩がれるほどの距離で座っている。

さすがに骨に彼の前で彩花と話したりすると機嫌を損ねてしまうけれど、それもそれで面白い。

けれど機嫌取りが面倒なので、基本的にはこっそりとアイコンタクトを取る程度に収めている。

例えば今だって、ほら。

一瞬だけ目が合うと、彩花が僕に微笑んでくれる。

僕も微笑み返して、たったそれだけのやり取りでが熱くなった。

満たされていた。

幸せだった。

復讐者にはふさわしくないほど、平和な日常が続く。

刻々と過ぎる日々の中で、次の復讐の計畫を立てながらも、僕は以前とは違い不安をじるようになっていた。

果たしてこのままうまくいくのだろうか、と。

幸せすぎる反だろうか。

捕食の源が飢えていたことにあるのだとしたら、満たされている今の僕は弱くなっているのかもしれない。

不安が更に不安を呼ぶ狀況の中、けれど僕の置かれた環境は変わらない。

夜になると百合を抱き、そして彼が寢靜まった頃にこっそりとベッドを抜け出して彩花との逢引を重ねる。

彩花との待ち合わせ場所は毎日違う。

お互いに新鮮な気分を楽しみたいと考え、あえて場所は固定しなかったのだ。

今日の待ち合わせ場所は宿舎の玄関。

深夜はほとんど誰も出歩かないのがわかったので、しずつ大膽な待ち合わせ場所を選ぶようになっていた。

しかしその日に限っては、約束の時間になっても彩花は現れなかった。

僕の記憶が正しければ、生まれてからこのかた、彼が約束の時間を違えたことなど無かったはず。

不審に思った僕は、すぐさま彩花の部屋へと向かった。

軋む床板を踏みしめ、暗い廊下を進むと、微かに扉が開き明かりのれる部屋がある。

――彩花の部屋だ。

寢ているにしても鍵を開いたままというのが不自然だし、不用心じゃないだろうか。

それに、なぜ明かりがついているのだろう。

ルームメイトはとっくに寢てる時間のはず。

疑わしい點はいくつかあったが、彩花のを案じる気持ちの方が勝った。

僕は念のため扉をノックする。

コンコン、と二度叩いて待ってみても返事は無い。

るよ、彩花」

一応聲をかけて、僕は部屋に踏み込んだ。

暗い廊下に目が慣れていたせいか、部屋の中はし眩しい。

そんな部屋の中で僕が一番最初に見つけたのは、床に寢そべる彩花のだった。

「……え?」

次に目についたのは、の悪い彩花の顔だった。

目は虛ろに開かれたままで、口も半開き。

それでも可い、と思った。

「彩花?」

次に目についたのは、カーペットを濡らす赤いだ。

どこから流れて來たんだろう。

一部が黒く変していることから、若干の時間が経過していることがわかる。

「ねえ、彩花」

最後に目についたのは、部屋に備え付けられた機だ。

角に、がべたりと付著していた。

僕は寢そべる彩花に近づき、そのを抱きしめる。

……重くて、冷たかった。

後頭部に手のひらでれると、べとりと濡れる。

「う、うわああぁぁぁあああっ!?」

驚いて思わず手を離すと、彩花の首がぐでんと力なく曲がった。

慌てて再び頭を支える。

で濡れた髪を指先に絡みつけながら頭蓋骨をでると、複數箇所に変形した形跡があった。

「……あや、か」

何度名前を呼んでも返事はない。

「ねえ、彩花……あやかっ……なんで、なんで……」

意味がわからなかった、狀況を理解できなかった。

それでも、ただ、彩花が死んでいる・・・・・・・・という現実だけは理解できていた。

「彩花ぁっ、返事してよ、ねえ、お願いだから……彩花っ、彩花ああぁっ!」

誰かともみ合いになって、後頭部を何度も機の角に打ち付けられた。

ルームメイトは居ない、けどの腕力でそんなことができるとは思えない。

「誰がこんなこと……いや、あいつしかいない」

水木せんせ……ううん、水木。

彩花とに拒まれたから、殺したんだ、きっとそうに違いない。

「あいつだ、あいつがやったんだ。あいつが、あいつがあああぁっ!」

とっとと殺しておけばよかった。

一番苦しくて辛くて無様な死に様を用意してやるとか考えなければよかった。

あのクズは、世界のゴミは、そうだ、何の罪もない彩花を犯すぐらいなんだ、平気な顔をして殺すことぐらいやってのける、それぐらい予測できたはずなのに――!

なんで、なんでなんで僕は、あいつを後回しにしたんだっ、ちくしょう、ちくしょう。

「ああ……あああぁぁぁあああっ、あああああああぁぁぁぁぁっ! 水木いいいぃぃぃぃぃイイイイィィィィイッ!」

彩花の冷たいを抱きしめながら、ぶ。

殺してやる、殺してやる、殺してやる。

まだ宿舎に殘っているのか? それともどこかへ逃げたのか? いや、例えどこかに逃げたとしても、殺す。

殺して、殺して、ああ何度殺したって殺し足りない。

彩花が、あのゴミクズなんかに彩花がッ!

「そんなにんでどうしたんだ」

聲が聞こえて、扉の方を見ると、そこには見覚えのない男が立っていた。

格好からして、王都の警備の人間だろうか。

後ろには頬を引きつらせた水木と、辛そうにうつむく長利おさり――彩花のルームメイトの姿もある。

「水木っ、お前が、お前がああぁぁっ!」

摑みかかろうとする僕のを警備の男が止めた。

「落ち著け年、人を殺してしまって気が転している気持ちはわかるがな」

「人を……殺した?」

「ああ、彼から通報があってな。シロツメくん、だったかな。君がを殺していると」

「……は?」

時が止まったようにじた。

今、なんて言った?

何度思い返してみても、同じ臺詞がリフレインされるだけだ。

聞き間違いでも何でもない。

男は言った、僕が、彩花を殺したのだと。

み合いになり、機に頭を何度も叩きつけてしまったらしいな」

……そこまで聞いて、僕は全てを察した。

扉が開いていたのは、水木の罠だったんだ。

こいつは、自分が彩花を殺したからって、その罪をなすりつけるために僕を利用したんだ。

だから……あんな風に、醜悪に笑っている。

「待ってください、僕はたった今ここに來たばかりで!」

「話はあとで聞く、一緒に來い」

「そんな、なんで僕が彩花を殺さないといけないんですか!」

「あとで聞くと言っているだろうッ!」

僕の話はまったく取り合わず、男は怒鳴り聲を上げた。

後ろでは、水木がニヤニヤと笑っている。

まるで自分が疑わるはずはないと、確信しているように。

そもそも、どうして宿舎で起きた事件なのに、真っ先に王都の警備が來たんだ?

普通はアイヴィに報告して、彼が來るはずじゃないか。

妙な違和がある、意図的なじる。

終始辛そうな長利も含めて――まさか、そういうことなのか?

僕は、斬り捨てられたのか?

王國にとって僕は不出來な訓練生でしかない。

スキルもなく、武裝もないウルティオは前線に出ても戦力にはりえない。

対して、水木のアニマ”マリティア”はそこそこの能があるし、教師として時にリーダシップらしきを発揮することもある。

だから――戦力であり教師でもある水木を切り捨てるぐらいなら、僕を斬り捨てたほうが、王國の利益になると。

上の人間が、そう判斷したのか。

すでに召喚されたうち、半數近くのアニマ使いが落し、王國には余裕が無くなってきている。

だから合理より実利が優先された。

人殺しでも、優秀なら許されてしまうのだ。

この、クソッタレた王國では。

どちらにしろ、はっきりとしていることはただ一つだけ。

仮にこのまま連れて行かれたとしても、僕に弁解の余地など殘されていない。

「は、ははっ、はっはははは、あははははははははははっ!」

「何を笑っている」

「それぐらい自分で考えろよ、心當たりがあるだろ? 僕が笑うしかないような出來事が目の前で起きてるじゃないか!?」

「……」

「いっそ素直に言えばいい、役立たずだから罪をなすりつけて殺しますって。堂々と、を張って! 言えないのか? ねえ、言えないのかって聞いてんだよッ!」

「もう、黙れ」

こいつに言葉で何を言っても無駄だ、けど言わずにはいられなかった。

「こんな國、滅びてしまえばいい。何が王國だよ、勝手に呼び出しておいて、召喚した人間もまともに守れない上に、挙げ句の果てには人に罪をなすりつけるとかさ、滅びて當然だよ、こんな國!」

「黙れと言っているだろうが、人殺しがッ!」

「まあまあ、落ち著いて。彼も馴染を殺してしまって気が転してるんだ」

ここで平然とした顔でそれを言える水木のが、僕には理解できなかった。

どうかしてる。

自分が殺したんだろう? さんざん弄んでおいて、罪悪の一つもないのか。

こいつは、人間なんかじゃない。

が人間の皮をかぶっているだけの化だ。

「いいから……もう行くぞ、これ以上私に手間を掛けさせるな」

しびれを切らした男は、ついに実力行使に出る素振りを見せた。

ここまで言っても聞かないのなら、次は力づくでも連れて行くと言った雰囲気だ。

この男1人ならどうにかなる、けれど水木も含めて3人となると逃げるのは難しい。

抵抗が無駄だ。

それでも、今の僕は、彩花のを離したくなかった。

冷たくて、もうとっくに死んでいることはわかっていたけれど、まだ命の殘り香があるような気がしたから。

せめて完全にただのり下がるまでは、抱きしめていたかった。

それすら許可出來ないというのなら、僕は――

「スキル発ブート」

「おい、何を言って……」

――人でなしになってでも、彩花のを離さない方法を選ぼう。

「捕食プレデーション」

僕のが開いていく・・・・・。

本來なら壯絶な痛みを伴うであろうの変化は、しかし僕に快楽しかもたらさなかった。

けどやっぱ、2人で抱き合った時に比べれば、虛しいものだ。

彩花は僕のことを軽蔑するかな。

それとも、一つになれることを喜んでくれるかな。

ああ……きっと、喜んでくれてると思いたいな。

だって、短い間だったけど、真夜中の逢引は、を重ねて一つになっている間は、あんなにも幸せだったんだから。

そうだよね、彩花。

『私も幸せだったし、これからも幸せだよ――岬くんと一緒なら』

そんな聲が聞こえた気がした。

きっと幻聴だ、けれどその幻は僕の心を大いに救ってくれた。

「白詰……お前それ……」

水木の不快な笑顔が初めて消える。

「何をしている……? 何だそれは――だめだっ、おい! そんなことはしてはいけない、や、やめっ……やめろおおおおおおおおおおぉぉぉっ!」

男の靜止も虛しく、彩花のは僕の捕食口に、噛み砕き、飲み込まれていく。

誰かの必死なび聲。

水っぽい咀嚼音。

破砕音。

深夜の宿舎に、本來あるべきでない、異質な音が響いていた。

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