《人喰い転移者の異世界復讐譚 ~無能はスキル『捕食』でり上がる~》22 ペンデュラムハート
森を抜けて平原を街道沿いにしばらく進むと、プリムスと呼ばれる町がある。
王都カプトに向かう者は、シルヴァ森林を抜ける前に必ず一度は立ち寄る町のため、規模はそれなりに大きい。
晝間であれば馬車、あるいは輸送用のアニムスとすれ違うこともあるかもしれないが、今は深夜なので街道には人の気配は全く無かった。
僕と百合は不用意に目立たないよう、プリムスからし離れた場所でアニマを解除し、袋から魔力點燈式のランプを取り出した。
あとは徒歩で十分な距離だ。
まあ、仮にプリムスにアニマで足を踏みれたとしても、町の中ではアニマは強制的に解除されてしまうのだけれど。
この世界には、”ゾウブ”と呼ばれる鉱石が存在する。
ゾウブはこの世界に存在するほとんどの町の地下に存在しており――と言うか、ゾウブが埋まっている場所に上に町が作られた、って言った方が正しいのか。
それは周囲の地形を、特定の魔力だけを都合よく無力化する特を持つ大地に変えてしまう力を持っている。
要は、その影響下ではアニマを発現させることはできないってこと。
プリムスはもちろん、王都カプトの地下にも埋まっていて、だから特別な処置が施されている訓練場以外でアニマを発現させることはできなかった。
場合によっては、地下に埋まっているゾウブを掘り起こして、別の場所に移した上で、その周囲に町を作ったケースもあるらしいんだけど、基本的にゾウブはデリケートな鉱石なので、運搬時のリスクを考えるとあまりましくない使い方なんだとか。
うっかり破壊されたら、そのままアニマに町を躙される、なんてことにもりかねないからね。
『シロツメさん、聞こえてますか?』
徒歩でプリムスへ向かっていると、プラナスから預かった袋の中から誰かの聲が聞こえてきた。
と言うか、プラナス本人の聲だ。
『オラクルストーンから話しかけています、聞こえていたら返事をしてください』
あの石、神託石オラクルストーンって名前だったんだ。
國寶っぽいネーミングだ。
「ねえ岬、袋の中から何か聞こえてくるんだけど」
「たぶんこれからだと思う」
袋に手を突っ込むと、鈍に輝く石を取り出した。
「王都を出る前にプラナスから預かってたんだ、対になるもう一個の石と通話が出來るんだって」
「便利と言えば便利だけど、スマホさえ使えればそんなに頼らなくってもいいのに……」
「この世界じゃ充電出來ないし、電波も無いからね」
『聞こえているんなら返事をしてください、シロツメさん!』
プラナスの口調が怒気を孕んでいる。
これ以上無視してると機嫌を損ねてしまいそうだ、そろそろ返事をしてやろう。
「聞こえてるよ。今は無事シルヴァ森林を抜けて、プリムスに向かってるとこ」
『良かった。逃げずにミズキに攻撃を仕掛けたと聞いて驚きましたよ、帝國に行くまでは目立つ行は控えてください!』
「逃げてるつもりはないから。チャンスさえあれば、これからも積極的に仕掛けていく、そこだけは譲らない」
『はぁ……まあそれがシロツメさんにとっての目的ですから、やめろとは言えませんよ。ですが、帝國に行く前に死んだり捕まったりしないでくださいね、全部臺無しになるんですから』
くたばるもんか。
復讐を終えるまでは、殺されたって死んでやるつもりはない。
『ああ、そう言えば無事アカバネさんとも合流できたんですね』
「そう言えばじゃないよ。”見守る”とか言っておきながら、あの時點で百合が僕を待ち伏せしてることを知ってたわけでしょ?」
「相談を持ちかけたのは私なの、プラナスさんをあんまり攻めないであげて」
百合にそう言われると責めづらい。
獄前に百合が待ってるって事実を聞かされてたら、また違う結末になってた可能だってあるわけだし。
『プリムスに立ち寄ったあとはどうしますか? 泊めてくれる宿ぐらいは見つかるかもしれませんが、カプトから近い場所なのですぐに追っ手に追いつかれてしまう可能もありますが』
プラナスの言葉を聞いて、僕はふいに後ろを振り返った。
夜であるにも関わらず、空がほのかに夕焼けのように茜に染まっている。
順調に大事になってくれてるみたいだ。
「シルヴァ森林に火を付けたんだけど、まだそっちまで報は行ってないの?」
『えっ、えええぇぇぇっ!? 燃やしたんですか、あの広大な森を!?』
「そのリアクションを聞く限りじゃ、有効的な手段だったみたいだね」
「森林火災って、私たちの世界でも結構な大ごとだったもん、この世界じゃ消火する手段もあんまり無いんじゃない? それこそアニマでも使わない限りは」
『アカバネさんの言うとおりです。となると、アイヴィはしばらく鎮火作業につきっきりになるでしょうね。追跡よりも優先度が高いですから。やり方が大膽すぎますが、余裕は出來たと考えていいでしょう』
「じゃあ今夜はプリムスで一泊して、食料を補充できたら明日の朝にでも次の町に向かうよ」
『プリムスの先はディンデですね、農業が盛んな町で、のどかないい場所ですよ』
「さすがにのどかさを楽しむほどゆっくりする余裕は無いってば」
そろそろプリムスに到著しそうだ。
國寶を見せびらかしながら話すわけにもいかないので、僕はオラクルストーンを袋に仕舞い込んだ。
”ようこそプリムスへ”と書かれたアーチをくぐり、木造建築の立ち並ぶ町へと足を踏みれる。
「誰もいないね」
「時間が時間だから、僕たちも宿を探して早いところ休もう」
久しくいていなかったを酷使したせいか、そんな歳でもないのに節々が悲鳴をあげている。
あと數時間もすれば夜は明けるはずだけど、その數時間だけでもいいから眠っておきたい。
「じゃあ今日は無理かぁ」
「……そりゃ無理だよ、百合も力的に厳しいんじゃないの」
「気合でどうにかなるっ、って言ったらしてくれる?」
「せめてもうしカプトから離れてからね」
「そうだよねー、やっぱり」
存外あっさりと引き下がってくれたけれど、彼がそれをんでいることに僕はし安心していた。
騙し騙されだけじゃない、再構築された僕らの新たな関係を、僕は自分でもまだ把握しきれないでいる。
ただ好意だけの依存じゃない。
憎悪や怒りがり混じりながら、それでも僕への未練を斷ち切れなかった今の百合が、果たして何をんでいるのか。
それがずっと不安だったんだ。
「宿の案とか、どこかに看板があればいいのにね」
あたりをキョロキョロを見回しながら、宿を探す百合。
僕はなんとなく、そんな彼の手を握った。
百合は、きょとんとしながら摑まれた自分の手を見ている。
「ま、ゆっくり探そうよ」
「……うん、そだね」
果たして、僕たちの間にこんな青春めいた行為が必要なのかはわからない、百合がそれをんでいるのかも。
でも、今だけは、気まぐれに手を繋いで歩きたくなった。
百合もそれをけれてくれた。
ただ、それだけのことだ。
宿は思ったよりすぐに見つかり、つかの間の安寧を得ることが出來た。
翌朝、いつもより遅く起きた僕らは宿で朝食を採ると、食料や諸々の道を仕れるために町の商店が立ち並ぶメインストリートへと繰り出す。
カプトほどではないものの、通りはそこそこ人が多く、賑やかだ。
シルヴァ森林の火災の報がプリムスまで伝わり、騒ぎになっているのも影響を與えているのかもしれない。
王都への道も閉ざされてしまったため、何人もの商人がこの町で足止めを食っているのだ。
もっとも、森が燃えようが潰れようが僕にとってはどうでもいいことで。
むしろ留まる商人が多いことで、充実した買いが出來て助かってるほどだ。
やっぱり燃やしておいて正解だった。
「寢袋とか買わなくてもいい?」
「かさばるからやめておこう、最低限の食料と必要な雑貨だけでいいよ」
「野宿の時とか大丈夫なのかな」
「アニマで移すれば次の町まで1日もかからないはずだよ。もし馬車でも手にったら買ってもいいけど」
「馬車を手にれるって……どうやって?」
「……さあね」
しらばっくれてはみたものの、百合はなんとなく察しがついているようだった。
さらに通りを進むと、男2人に囲まれたを見かける。
どうやら知り合いって雰囲気でも無さそうだ。
はどうにか逃げようと試みるものの、男たちに腕を摑まれて路地裏に連れて行かれてしまった。
「治安が悪いって本當だったんだね、カプトとは大違い」
百合が男たちに呆れながら言った。
本來、各町には王國から騎士が1,2名ほど派遣され、治安維持のために活しているはずだった。
町の中ではアニマは使えないとは言え、アニマ使い特有の能力の高さは健在、場合によってはスキルも使うことが出來る。
そんな騎士に喧嘩を売るのはよほどのアホか、度の過ぎた自信家ぐらいしかいない。
また、彼らのおで街道の商人を襲う山賊や魔も駆逐されてきた。
しかし、インヘリア帝國との戦爭が始まって以降、騎士は戦場に駆り出されてしまった。
治安維持は各町の自警団に任されることとなり、町ごとにアニムスを配備したり、傭兵稼業をしている野良・・のアニマ使いを雇ったりと代替策は講じられたものの、治安悪化を避けることはできなかった。
「百合、行こう」
「え? あ、助けるの?」
まさか僕が人助けをするとは思っていなかったのか、彼は戸いながらも、路地へ向かう僕についてきた。
通りから曲がった途端、まるで異空間に迷い込んだのではないかと思い込んでしまうほどに、急に人気がなくなる。
を連れ込んだ男たちは、その更に奧に居るようだ。
「あんま抵抗すんなよ、痛いのはしで済むから、な?」
「いやですっ、やめてくださいっ」
「今のプリムスで、の子1人で歩くのが悪いんだって」
「違いねえわ、ぎゃははは!」
聞いてて笑っちゃうほど見事な下種野郎どもだ。
水木や折鶴のことを思い出して不快な気分になる。
「ああいうクズって、異世界だろうとどこだろうと変わらないんだね」
「下半に脳みそくっついてるんじゃないかな」
「だったらもっと下半制出來てないとおかしいと思うな」
確かに。
じゃあそもそも脳みそが詰まってないのか。
よく生きこれたもんだと心するよ、まあそれも今日までなんだけど。
「こんにちは、脳たりんなお兄さんたち」
ズボンをごうとする男たちの背後から近づき、聲をかける。
「あぁ? てめえ誰だよ」
ガンを飛ばしながら、男その1は有無を言わさずに腰のナイフに手をばした。
同じく男その2もナイフを取り出す。
話し合いの余地無し、と結論づけた僕は百合とアイコンタクトをわす。
僕は右側のその1を始末するから、百合はもう片方を頼む、と。
白兵戦の経験は、王都での訓練を數回こなしただけだ。
けれどアニマでの戦闘も、サイズの大小が異なるだけで勝手は変わらない。
地面を蹴り男に接近。
ナイフを持つ男の手首を握り、ひねりながら背中の方へ。
ある程度力をれながらさらにひねると、手首からゴギ、と鈍い覚が伝わってくる。
すると、男のナイフを握る手から力が抜けた。
僕は地面に落ちようとするナイフを握り、男の首筋に突き立てる。
命乞いをさせる間も與えず――ぐちゅ、と刃が皮、管、を裂きながらズブズブと沈んでいく。
さらにトドメを指すように、元に向けてレバーを押し込むようにナイフをかした。
ぐじゅじゅ、とった音がして、傷口から濁濁と赤いが流れ出す。
「……ぁ……」
を潰したおかげか、野太いびを聞くこともなく、男その1は地面に倒れた。
首筋の傷から流れ出るが、地面に赤い染みを広げる。
一方、百合は男その2の手をつま先で蹴飛ばしていた。
握っていたナイフは回転しながら宙を舞い、その柄の部分を見事に摑んだ百合は、躊躇いなく男その2の首に突き刺した。
無茶振りで任せたつもりだったんだけど。
本當に、あっさり人殺しもしちゃうんだな、百合は。
そこまで惚れてくれてるとは、男冥利……いや、冥利に盡きる。
「うまくできたかな、私」
興気味に、頬を紅させながら百合は僕にそう聞いてくる。
「文句なし、100點満點だよ」
そう言って頭をでると、彼は心底嬉しそうにはにかんだ。
そんな僕たちのやり取りを、被害者であるは失して、を震わせながら見ていた。
「な、なに……あなたたち、なんなの?」
「なんなのって、君を助けたんだけど」
「確かに助けてしかったけど、殺す必要は無かったはずなのに……なんで、こんなことを」
どうして殺したのか。
その問いに対して、僕が答えられる言葉は一つしかない。
単純明快、かつ必要十分。
反論の余地も無い、完璧な答弁が。
「王國の人間だからだよ」
彩花を殺した水木を庇い、その罪をなすりつけた王國に、存在意義などない。
つまり、殺すのに”王國の人間である”という理由以外は必要無いんだ。
けれどは、”何を言っているのかわからない”とでも言いたそうに、ぽかんとした表でこちらを見ていた。
きっと話したって理解されないことは薄々わかっていた。
これ以上の會話は無駄だと判斷し、ナイフを放り捨ててその場を去ることにする。
「岬、あの子は殺さなくても良かったの?」
「せっかく助けてあげたのに、殺したら可そうじゃん」
「優しい……のかな?」
「機嫌が悪かったら殺してたかもしれないけど」
「あ、やっぱ優しくない」
優しいとか優しくないとかの問題じゃないんだ。
興味のない、利用価値のない、そんな王國の人間は、いずれ例外なく全員殺す。
それが今になるのか、あとになるのかの違いだけ。
要するに、全ては僕の気まぐれでしかない。
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