《人喰い転移者の異世界復讐譚 ~無能はスキル『捕食』でり上がる~》89 37
リアトリスとクリプト、お姉ちゃんとの會話を終えた僕は、町で時間を潰してから、帝都の北門まで百合を迎えに行った。
帝都の外で行われていたアニマ同士の擬似戦、彼はそれに參加してるのだ。
僕と違って、百合とエルレアのアニマはレベルにまだびしろがある。
王國との戦いに備えて、しでも能力を底上げしておこうという魂膽らしい。
昨日はエルレアも參加していたが、今日は帝都で用事があるそうで、今日に限っては不參加だ。
壁によりかかって百合が戻ってくるのを待っていると、へろへろになった彼が近づいてくる。
僕の姿を見ると若干速度があがったが、力が盡き果てているのか、中々加速しない。
結局、そのままのスピードで僕の目の前に到著し、がばっと両手を広げて抱きついてきた。
「づがれだぁー……みさきぃ、ハグ! ハグしてエネルギー補充してー!」
「はいはい、おつかれさま、百合」
抱きしめながら頭をぽんぽんとしてやると、百合は力を抜いて僕に重をかける。
最近は復讐から遠ざかっているからか、百合も心なしか以前よりも明るくなったような気がする。
まるで普通の人のように抱き合って……って、普通の人はこんな人通りの多い場所で抱き合ったりはしないのかな、どうなんだろ。
通り過ぎていく兵たちは、揃って無表でちらちらとこちらを見ている。
そりゃこんな人通りの多い場所でハグなんてしてたら目立つのも當然。
でも、百合は全然気にしてないみたいだし、甘えたい盛りみたいだし――だったら、多恥ずかしくてもまあいいか。
「はっ!?」
と、突然百合が僕からを離す。
何事かと思って見ていると、素早いきで手の匂いを嗅ぎ始めた。
「岬、もしかして私……汗臭かった?」
「汗の匂いはしたけど、臭くはなかったよ」
「やっぱりしてたんだぁ……」
百合ががくっと崩れ落ちる。
今日はやけにテンションが高いなぁ、をかしたばかりで火照ってるんだろうか。
大、汗の匂いが今さらなんだってんだか。
もっと恥ずかしいことお互いにやってるってのに。
「今、汗の匂いなんかで今さら落ち込むな、って思ったでしょ」
なんでわかったんだろう。
「図星って顔してる。そこは、何ていうか、心ってやつなの! ほんとはもっとハグしたいけど、まずは城に戻ってシャワー浴びないと」
「じゃ、一緒に行こっか」
「うんっ!」
百合が差しべた手に手を重ねる。
「しまった、手も汗ばんで……」
「今さら今さら」
そう言って、僕は彼の手を握った。
確かにちょっと汗がついてるけど、それもまた乙な――って言うのはフェティッシュすぎるのかな。
「ううぅー、岬に私の汗がついてしまう……そうだ、いっそ一緒にシャワーを浴びれば!」
「いいよ、そうしよっか。絶対にシャワーだけじゃ終わらないけどね」
「んっふふー、別にそれでもいいもーん、むしろけて立つし」
僕らは途切れることな言葉をわしながら、手をつなぎ、肩を寄せて城へと歩いていく。
大通りに面する壊れかけの建はほとんど撤去され、元々店を営んでいた人たちが出店を出していて、意外と活気がある。
ここ最近はよく町を歩いていたせいか、店主のほとんどが顔見知りになりつつある。
そのせいで、「おまけするから買ってきなよ!」なんてわれると、ちょっと斷りにくい。
「この通りもにぎやかになってきたね」
「うんうん。岬やエルレア、フランサスちゃんに命さんに、キシニアさん。他にも、んな人と一緒に頑張ったからっ」
百合は誇らしげに言った。
まだまだ第三者から見れば、帝都はボロボロの狀態かもしれない。
それでも、最悪の時を知っている百合にしてみれば、今の帝都は自分たちの努力の果なのだ。
を張ったって誰も咎めやしない。
「せっかく立て直したんだもん、壊されないように頑張らなくっちゃ」
そんな使命燃えてしまうのは、この町に著が湧いてしまったからだろう。
「だね、絶対に勝とう」
「で、水木も殺さなくちゃねっ」
見つめ合いながら、そう決意を改める。
さらに進むと、とある建の前で手招きするおばちゃんを見かけた。
どうやら僕ではなく、百合を呼んでいるようだ。
「確か食堂のおばちゃん、だっけ。呼ばれてるみたいだけど」
「先にシャワー浴びたいんだけど、しょうがないか。しだけ時間もらってもいいかな?」
「待ってるよ」
「ありがと、行ってくるね!」
百合は手招きするおばちゃんの居る方へと駆けていった。
先日のパーティで百合が作ってくれたケーキもそうだけど、どうやら最近彼は料理に夢中になってるみたいで。
たぶんそれに関するアドバイスでも貰ってるんだろう。
「……らし……だよ、だか……し……」
「オ……ル……だよ? 平気……に……って!」
この距離じゃ、2人が何を話しているのかはわからない。
全く聞こえない。聞こえない。
かと言って盜み聞きするのも下世話なので、手持ち無沙汰になった僕は空でも見ながら一息つく。
すれ違う人は、僕の顔を見るなり頭を下げてくれたりもする。
なるべく笑顔で返すようにはしてるんだけど、子供が手を振ってくれた時にはさすがに表を変えるだけでは申し訳なく、一応手を振り返したりもする。
それがまた恥ずかしくって、うまく手を振れてるかも怪しいもんだ。
王都に居た時は、自分がこんな立場になるとは思いもしなかった。
まだ大して月日は経っていないのに、あまりに目まぐるしい変化だ。
彼らのおかげとは思いたくないけど、僕がクラスメイトに殺意を抱くほど強く恨まなければ、こんなことにはならなかったんだろうな――
「ごめんっ、思ったより話が盛り上がっちゃった」
気づけば、百合は僕の目の前で手を合わせていた。
「ん……はは、もっと話してきてもよかったのに、まだまだ待てるから」
「話すことが無いわけじゃないんだけど、私としても早くシャワーは浴びたいの」
再び手を繋いで歩く。
さっきまでは淀み無く會話できていたのに、一度リセットされてしまうと、どんな話題を切り出せばいいのか見失ってしまう。
僕がし黙っていると、百合はそれを察してか、自分から話題を振ってくれた。
それに乗っかると、自然と流れが出來る。
笑顔が生まれる。
――僕を襲う、嘔吐にも似たこの不安は。
會話が一旦落ち著いた所で握る手にし力を込めると、百合は「ん?」と首をかしげながらこちらを見た。
特に意味は無い、
――心が重くなる、鉛で満たされる、沈んでいく。
ただ気を引きたかっただけだ。
意味もなく名前を呼んでみたり、意味もなくれてみたり。
そんなおふざけが出來るのも、人同士の特権で。
――泥の沼の底は酷く暗く、苦しい。窒息しそうだ。
意図に気づいた百合ははにかむと、小突くように肩をれ合わせた。
思わず顔がほころぶ。
こんな風に何気ないやり取りにこそ、幸せって潛んでいるものなんだ。
そう実する。
――だが死因は無い。眼球を逸せば、夢は夢。幻は幻。現は遠い。
城が近づいてくる。
一緒にシャワーを浴びるって言ってたのは、冗談じゃないんだよね。
もちろん、シャワーを浴びるだけじゃ済まないって言った話も冗談のつもりなんかじゃなくて。
期待に溫が上昇する、が高鳴る。
百合も僕と同じような狀態らしく、頬を赤らめながら――
「シーラッ、どこに行きやがったああぁぁぁぁぁあああッ!」
そんな怒號が、甘い雰囲気をぶち壊した。
突然の出來事に、僕らは同時に城から出てきた彼の方を見る。
キシニアだ。
全まみれのキシニアが、手に金屬製のサーベルを握り、んでいる。
ぎょろりとした彼の目が、僕と百合の姿を捉える。
「おいミサキッ、シーラを見なかったかい!?」
シーラって――キシニアの従卒だったはず。
仲間に薬を使って犯されたせいで心神喪失になって、喋ることすらできない狀態になっていた。
確か、今も城の診療室で治療してるって話だった気がするんだけど。
もしかして走したとか? いや、だとしたらどうしてキシニアはまみれになってるんだ?
「僕は見てませんが、その……どうしたんですか?」
「殺してきたんだよ、シーラの面倒見てた醫者をねェ!」
さもそれが當然のことだとでもいうように、キシニアは大聲で言った。
つまり彼のに付著しているは、返りなんだろう。
手に持ったサーベルで、有無を言わさずに首を飛ばしたのか。
「なんでそんなことに?」
「……汚染、されてたんだ」
”汚染”。
そのワードを聞いた瞬間、僕のは電撃でもけたかのようにかなくなった。
呼吸すらうまく出來ない。
汚染? どうして――なんで、この帝都で、そんなことが。
「し話しただけですぐにわかったよ、明らかに異常だったからねェ」
「だとしても、どうして帝都にオリハルコンが? まさかこの前の戦いの時に!?」
僕が倒した3機のアニマは僕が捕食して跡形もなくなったはず。
どこかに食べ殘しでも殘っていたっていうんだろうか。
「違うね。シーラがうちの連中に犯された時、王國から持ってきた薬を使ってたって話をしてたろ?」
確かにそんな話を聞いた覚えがある。
まさか――
「それがオリハルコンの末だったんだよ!」
「自分に使われた末を、シーラさんが隠し持ってたと」
「だろうねェ。醫者の飲みか何かに仕込んだんだろうさ。そして、汚染された醫者はシーラを帝都に放した」
だから、こんな必死にシーラを探してるのか。
せっかく順調に復興も進んでたのに、なんて余計なことを。
「シーラさんが放されたのはいつごろからだったんです?」
「おそらく一昨日あたりだと思う、はっきりとはわからないけどねェ」
一昨日という時期にも、シーラさんのことにも、心當たりは無かった。
顔すら見たことが無い。
無かったけれど――
「……」
僕の脳裏に、なぜかついさっき見たばかりの景が浮かぶ。
「どうして黙り込むんだい、まさか心當たりがあるとでも?」
「……いや、僕は」
気のせいだ、ただの考えすぎなんだ。
そう決めつけて、僕が話すことを拒んでいると――百合が僕らの話に割り込んでくる。
「あのっ、キシニアさん!」
百合は、話の腰を折るような事をする人間じゃない。
何か重要な報を持っているのだろう、とキシニアは聞き返した。
「あんたも何か知ってるんなら教えてしい、これ以上汚染を広めたいためにも」
「汚染って、オリハルコンをの中に取り込むことですよね」
「ああ……ってあんたらの方が知ってるはずじゃないのかい?」
「ええ、そうなんですが――」
百合は笑う。
笑って、不自然なほどに笑って、壊れて笑って。
言った。
「オリハルコンは素晴らしい質です。なのに、どうしてそんなに慌ててるんですか?」
――。
「あんた、まさか……」
唖然とするキシニア。
僕はその瞬間、頭の中が真っ白になって、何も考えることができなくなっていた。
ようやく思考が可能な狀態になっても、浮かぶ言葉は1つだけ。
……死にたい、と。
復讐を終える前ので、初めて本気で思ってしまった。
「キシニアさん、百合のことは僕に任せてください」
ぼそりと、ギリギリ聞こえるぐらいの小さな聲で言った。
わざとじゃない、それいぐらいの音量しか出せなかったんだ。
これ以上力を込めると、一緒に涙まで溢れてしまいそうだったから。
でも、どっちにしたって雫が頬を伝うのは時間の問題で。
気づけば僕の視界は歪んでいた。
「ミサキ、まさか気づいてたのかい?」
「気づいたのはついさっきです。さっき、食堂のおばさんと百合が話してる時に、おかしいなって」
でも、”もしかしたら”でしかなかった。
ただの可能なら、確定していないなら、見て見ぬふりをすることで無かったことにできる。
現実を突きつけられるまでの間だけは、今まで通り幸せな僕と赤羽百合でいられるから、と僕はその方法を選んだ。
「おそらく原因は……食堂ではないかと」
「そうか、シーラは末を料理に混させて……はっ、こりゃ被害者は1人や2人じゃ済みそうにないねェ」
だとしても。
100人や200人だったとしても、どうでもよかった。
両手で顔を覆っても、涙は指の間をすり抜けて、手の甲を流れて落ちていく。
途方もない無力で全てが満ちている。
足から力が抜けて、僕は崩れ落ちた。
「岬、どうしたの? なんで泣いてるの? オリハルコンは素晴らしい質だよ? オリハルコンさえあれば泣かなくてもいいんだよ?」
いつもと変わらない調子で僕をめる百合の聲が、僕をさらに慘めにする。
まだ、汚染は軽度なんだろう。
だからオリハルコンの話題が出てこない限りは、癥狀は表面化しない。
けど、たぶんだけど、時間が経てば経つほどに癥狀は悪化していって、やがてオリハルコンのことしか話さなくなる。
そこにいるのは、百合の形をしただけの、百合ではない何かで。
「百合は、僕が殺しますから」
僕ははっきりと宣言した。
せめて、百合が百合でいられる間に殺してやることが、僕にできることだと思うから。
嫌だけど。
本當は嫌だけど。
嫌に決まってるし、もっと一緒にいたいし、好きだし、してるし、いっそ僕も一緒に汚染してしまえば楽になるんじゃないかとか々考えて、頭ん中をんな考えがぐるぐる回って、回って、壊れそうなほど回るんだけど、けど結局――殺すしか無いって、結論になるから。
「だからシーラさんのことは、キシニアさんに任せます」
「あたしだったら楽に殺してやれるよ?」
それはたぶん、彼なりの優しさだった。
にしみる、さらに涙量が増えそうになる。
でもそれだけはだめだ。
殺すのは僕じゃなくてはならない。
彼のまっとうな生を歪めた僕は、ならば彼にまっとうな死を與える存在でなければ。
罪も背負う、罰もける、全て含めて、誰かをするということだから。
「僕が殺さなくちゃ、ならないんです」
「……そうかい。だったらあたしはもう何も言わない。報ありがとね、助かったよ」
そう言って、まみれのキシニアは食堂へ向かって歩いてゆく。
通りでは悲鳴があがっていたが、そんなことは関係ない。
彼にとっても、僕にとっても。
涙はまだ止まっていないけれど、僕は顔を隠すのをやめて、ゆっくりと立ち上がった。
怖い。
百合の顔を見るのが、怖い。
けれど、僕は責務を果たすため、彼と向き合う。
――百合は、泣いていた。
僕と同じぐらい、いや僕よりずっとひどい顔で、ぼろぼろと涙を流して。
ついさっき、自分が口にした言葉を強く強く悔いるように。
「わ、私……私、何を……なんで、あんなことをぉっ……!」
一番つらいのは、百合だ。
”汚染”の存在を知らない人間は、おそらく違和すら覚えない。
気づかないうちに侵食され、自分とは違う何かに生まれ変わっていく。
ある意味で、それは幸せなことなのかもしれない。
無知の幸福というやつだ。
けど、半端に知ってしまった僕たちは、変わりゆく自分の異変に気づいてしまうから。
だから、こんなに傷ついて、苦しんで。
「やだ……やだぁ! まだ、岬としたいこと、たくさんあるのに……ずっと、岬と一緒にいたいのにぃぃぃ……っ!」
言葉が出ない。
何を言えば良いのかなんて、僕にも、誰にもわからない。
そんな自分が不甲斐なくて、けなくて。
僕は百合のを引き寄せ、掻き抱く。
「みさきぃ、みさきいぃぃっ!」
百合は肩に顔を埋めて、苦しくなるほど強く両腕に力を込めて僕にしがみつく。
溫かい、らかい、痛い、痛い、痛いっ。
このの全ては百合から與えられるものだ。
間違いなく、百合が、百合が、百合が、百合が、百合がっ!
馬鹿げてる、こんな最高に幸せな瞬間を、なんで僕は泣きながら過ごしてるんだ?
こんなはずじゃ、なかった――例え死んだとしても、こんなはずじゃ――
「しにたくない、しにたくない」
知ってるし、僕だってそう思ってる
「死にたくないよぉ、やだよおぉ!」
やだ、やだ、僕だってやだ。
「みさき、助けて? 私を……私をたすけてぇっ!」
助けられるものなら――助けたい。
でも、無理だ。
今の僕にはまだ、どうすることもできない。
「……ごめん」
僕の言葉を聞いて、百合の聲はぴたりと止んだ。
知ってたさ、期待に応えられないことぐらい。
それでも、噓はつけない。
僕に言えることは、殘酷だと知っていても、それだけだ。
「んーん。わたしこそ……ごめんね」
百合は震える聲で、恐怖を必死に押し殺している。
無理をさせている。
なあ、わかってるのかよ白詰岬。
お前は、無力なお前は、してるとかのたまっておきながら、1人も救えずに、あろうことか気を遣わせてるんだぞ?
何が背負うだよ、何が責務だよぉっ! 何も出來ない言い訳じゃないかそんなの!
ああ――きっと、アイヴィの死を見屆けた時のプラナスも、きっと同じ気分だったんだろうな。
もしそうだったとしても。
それが可能だったとしても。
けないものはけない、無力なものは無力、憎いものは憎い。憎い、憎い、自分自が憎い!
「そろそろ、いこっか」
「うん」
「場所は、岬の部屋でいーい?」
「そう、だね」
「部屋汚しちゃうかもよ?」
「構いやしないよ」
「そっか。じゃあ、決まりね」
抱き合っていた同士が、名殘惜しく離れていく。
たぶん、もう百合と抱き合うことは一生ないだろう。
し距離を置いて、けれど手と手は繋いで。
百合は今にも壊れそうな、儚い笑顔を浮かべて言った。
「岬、どうか私を殺してください」
それはたぶん、僕に責任を負わせないための、百合なりの一杯の思いやりだった。
自分が頼んだことなのだと、そう言い訳させるために。
けれどそれだけは許せないから、僕はこう返す。
「百合、どうか僕に殺させてください」
しの間だけ百合の顔から笑顔が消え、そしてすぐに元に戻る。
そして、こくりと頷いた。
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8 123アイアンクロス
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