《召喚チート付きで異世界に飛ばされたので、とりあえず俺を転移させた神さまを召喚することにしました》第28話 神さま、冒険者になる
朝食を済ませたあと、俺たちは冒険者ギルドへと足を運んでいた。
なぜかし人が多いので、手続きを済ませるためにカウンターの前に並んでいる。
今日けるクエストを選ぶのと、ルナの冒険者ギルドへの登録を済ませるのが主な目的だ。
「どうして月の神たるルナが、冒険者になんてならなければいけないのかしら……本當に不本意だわ……」
わかりやすくため息をつきながら、ルナは長い髪の先を弄っている。
その姿には、そこはかとなく悲壯が漂っていた。
「お前同じこと何回言えば気が済むんだ?」
「何回言っても言い足りないわよ!」
俺が言ったとおり、同じようなやり取りは朝から何度もしている。
それでもこの問答が終わらないのは、それだけルナの抵抗が強いからだ。
なにせルナは、昨日までは神だったのだ。
それが突然この世界に降りてこさされて、「じゃあ今日から冒険者になってもらいます」と言われても納得できないのは理解できる。
月の神としてのプライドもあるだろう。
「気持ちはわからないでもないが、俺たちと一緒に來てもらう以上、ずっと無職の神さまっていうわけにもいかないだろ」
「それは、そうなんでしょうけど……」
俺の言葉に、ルナの言葉がすぼみになる。
ルナも頭では納得しているのだろうが、気持ちの整理がつかないのだろう。
そんな彼の姿に、心がしも痛まないわけではない……こともないな、うん。
正直な話、申し訳ないとは全く思っていない。
ルナはあの場所から連れ出してほしそうだったし、なんだかんだで下界を楽しんでいるように見えるからだ。
今朝も「これ味しいわねー」とかなんとか言いながら、朝食のパンに舌鼓を打っていたしな。
順調にこの世界に馴染んできていると言えるだろう。
あと一週間もすれば、俗世のに塗れて完全に墮天するのではなかろうか。
「……なんだか、ものすごく失禮なことを考えられているような気がするわ」
「気のせいだ」
ルナのジト目をうけ流しつつ、俺はカウンターの様子を見る。
さっきはまだ前に何人か並んでいたが、そろそろ俺たちの番が回ってくるはずだ。
などと思っていると、ようやく俺たちの番が回ってきた。
「すみません。新しく冒険者ギルドに登録をお願いしたいんですけど。あ、私じゃなくてそこの銀髪のの子です」
「お? 新りか。お前らとパーティーでも組むことにしたのかい?」
「はい。そんなじです」
俺が言うより先に、フィンが付の男に話しかけていた。
さすがフィン。頼りになる。
しかしそんな想を抱いているのは俺だけのようで、ルナは焦ったような顔をしていた。
「ちょっと、何勝手に――」
「ルナさん。あまりソーマさんを困らせちゃダメですよ」
「うっ……! わ、わかったわよ……」
フィンの笑顔を見たルナが、骨に目を逸らしている。
なんというか、今の彼の笑顔には妙な迫力があった。
ルナは仮にも神だというのに、それを黙らせるのはすごい。
フィンはただのドワーフのはずなんだけどな。
「ありがとな。フィン」
「いえ、大したことじゃありませんから」
お禮を言ったら、なぜかフィンは顔を逸らした。
なんだか、フィンの機嫌が悪いような気がする。
「……なんか怒ってる?」
「怒ってません」
どう見ても怒っているように見えるのだが、フィンがそう言うならあまり深く聞くのはやめておくことにする。
理由はよくわからないが、誰だって蟲の居所が悪いときぐらいあるだろう。
なぜか怒っているフィンはしばらくそっとしておくことにして、俺はカウンターの男に話しかけた。
「冒険者ギルドに、もう一人登録したい」
「わかった。登録料は五百ディールだ」
「……そういえばそうだったな」
登録料が要ることをすっかり忘れていた。
渋々ながらも五百ディールを支払う。
よく考えると、五百ディールと言ってもけっこうな金額だ。
なくとも今の俺たちにとっては。
「じゃあ嬢ちゃん、名前と年齢、種族を――」
付の淺黒いの男が、不意に話を途切れさせた。
惚けたような顔で、ルナのことを見ている。
「どうかしたか?」
「ああ、いや。なんというか、すごい綺麗な嬢ちゃんだと思ってな」
「ふふ。當然ね」
付の男のそんな言葉に、ルナは文字通り當然という顔をしていた。
俗世に染まり始めているとはいえ、たしかにその貌は神と呼ぶにふさわしいものだ。
男の反応も仕方ないと言えるだろう。
「悪いな。改めて、名前と年齢、種族を教えてくれるか?」
「名前はルナ。年齢はわからないわ。種族はが――」
「ルナさま、ちょーっとこっちに來てもらおうか」
「なっ、なによ!?」
俺はルナの両肩に手を置いて、彼を後ろから押すようにして連行した。
ルナは狀況を飲み込めずに、なされるがままになっているようだ。
人がいない壁のところまでやってくると、俺は小聲でルナに話しかける。
「お前、自分が神ってこと隠す気あるの?」
「え? 隠すって……何で隠す必要があるのよ」
「々とあるだろ……。最悪、捕まえられたりするかもしれない」
ルナはおとぎ話に出てくるようなレベルの存在、地上に降りてきた神なのだ。
その利用価値は計り知れないものがある。
もちろん俺は、そんな打算でルナを召喚したわけではないが。
「神っていうだけで、國の研究対象にされる可能も大いにある。とにかく、余計な面倒ごとは避けるために、月の神って名乗るのはやめとけ」
「ふぅん……言われてみれば、たしかにそうかもしれないわね」
ルナはし心したような表で、俺のことを見ている。
彼も長い間神として人の世を見てきたのだとは思うが、ただ傍観しているのと実際に自分がその中にって行するのとでは、大きな覚のズレがあるのだろう。
そのあたりをフォローするのも俺の役目だな。
「的にも人間と大して変わらなさそうだし、こっちの世界では人間族、だっけ? そう名乗っとけばいいんじゃないか?」
「そうね。そうするわ」
俺との口裏合わせを終えたルナは、カウンターの前へと戻っていく。
とりあえずこれで大丈夫だろう。
「待たせたわね。名前はルナ。種族は人間族よ」
「わかった。年齢は?」
「年齢? 年齢は……えーっと」
年齢のことを尋ねられると、ルナは急に答えに詰まった。
あいつ絶対種族のことだけ気にしてて、年齢のこと考えずに戻っていったな……。
「ありゃ、わからねえのか。しゃーねーな、ちょっと待ってろ」
付の男は一旦奧に戻り、しばらくして小さな黒い石の板のようなものを持ってきた。
それは、プロメリウスにるときに衛兵が持っていたのと同じものに見える。
「冒険者ギルドにも石版があるんだな」
「ああ。俺が個人的にピンときた奴や、この嬢ちゃんみたいに自分の年齢がわからない奴とかのステータスの確認のためにな。面倒だから普通はやらねえが」
「そんな適當でいいのか……」
「こまけえこたぁいいんだよ」
どう考えても登録する全員分やったほうがいいと思うのだが、異世界の役所はそのあたりルーズなようだ。
……あれ。
ちょっと待てよ。
「じゃあ、ここに手を乗せてくれるか?」
「ええ」
ルナは涼しい顔で黒い石版に手を乗せている。
そんな景を見て、俺は心で冷や汗をかいていた。
ルナが石版でステータスを確認されたら、どんな表示になるのだろうか。
最悪の場合、種族:神 とか出てくる可能すらある。
神が種族なのかどうか、議論の余地があるところではあろうが。
そんな俺の不安をよそに、付の男は訝しげな聲を上げていた。
「ありゃ? 妙だな。壊れちまったか?」
ステータスが浮かび上がるはずの石版の表面は、沈黙を守っている。
真っ黒なまま、何か変化が起きそうな気配もなかった。
「すまねえが嬢ちゃん、もう一回やってみてくれねえか?」
「わかったわ」
ルナがもう一度石版に手を乗せると、今度はすぐに文字が浮かび上がった。
「名前はルナ、年齢は……十六歳か。種族は人間族と。ありがとう、もういいぞ」
一通りの手続きを終えたルナは、俺たちのところへと戻ってきた。
あとはカードが完するのを待つだけだ。
「……ルナ、もしかして石版の表示を弄ったのか?」
「ええ。ああするのが一番手っ取り早いと思って」
俺の疑問の言葉に、ルナはあっけらかんと答えた。
石版の表示っていうのは、そんなに簡単に弄れるものなのだろうか。
ガレウスやあの酒屋のマスターの言い方では、そこまで容易に作できるものではなさそうだったが。
それだけルナの能力が優秀だということなのだろう。
しばらくすると、ルナの分のギルドカードが完した。
こうして、なんとか無事にルナは冒険者デビューを果たしたのだった。
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