《天の仙人様》第28話 瞬間の命と永遠の命
キメラは三本足で地面に立っている。傷口からは滝のようにが噴き出していた。このままいけば出多量で勝手に死ぬだろうが、それを黙って待っているわけではない。確かに、大きな傷跡としてそれは存在しているだろうが、そんなあからさまな傷をわざわざ殘しておくことに相手にはメリットが存在しないのだから。だから、その前に片を付ける。
俺は、一本足が欠けているほうへと一瞬の間に移すれば、そこへもう一度拳を突きれようと試みる。先ほどのは腕をちぎるということが大きな目的であったためにか、部分へは突っ込むことが出來なかったのだ。しかし、それを阻止するようにキメラはこちらへ顔を向けると口元から火を吹き出した。熱線ほどの魔力をため込まなくても何かを吐き出すことは出來るようなのだ。俺は、服が燃えないように避けなくてはならない。だらけであることは許容できても、服が燃えてしまえば、消化するのに時間がかかってしまう。それは困る。
距離を大きくとっていることで余裕があるみたいだ。キメラは大きく吠えると、ちぎれてが丸見えな傷口がふさがり、が盛り上がる。そして、段々と形をしていく。それは足へと変わった。キメラは驚異の再生力で足を生やしたのである。
「早いな。腕一本の再生なのだからもうし時間がかかると思っていたのだけれども、あんまりお前にとっては気にするようなことではないみたいだな」
トカゲのしっぽですらもうしの期間はあるだろう。無理やり生やすとは、すさまじい再生能力である。魔力の関與がなかったわけではないが、普通の生がやっていい再生の仕方ではない。細胞が耐えられなくて下手すれば死ぬ。まあ、キメラは戦場でしか生きることが出來ない欠陥生といえるので、一寸先に死ぬ可能があるとしても、今この瞬間を萬全な狀態にしておくのだろう。それほどに異常な生存本能で生きているのだ。なくとも、俺はああはなりたくはない。
瞬間を生きているのは全ての生に言えるだろうが、たいていの生は基本的に、未來を生きるための一瞬なのに対して、キメラは、一瞬を生きるための一瞬でしかない。俺にはその行為がたまらなく腹が立つのだ。命を末にするということに対して、俺は寛容にけれてはならない。彼の全てを今この瞬間にでも否定したくてたまらない。だが、それが出來るだけの実力がないのだから、慎重にかなくてはならない。
「ぐるるるるるる」
キメラはを鳴らして、こちらを睨んでいる。しかし、襲い掛かることはしてこない。俺を警戒しているということか? 破壊衝が行原理の大半を占めていたとしても、警戒をするだけの本能を持ち合わせているらしい。だとしても、腕一本を奪った程度で警戒するのだろうか。あっという間に生やせるのに。そこまで危険視するのだろうか。キメラも、足を生やす危険を知っているのだろうか。知っているのだから、今この狀況が生まれているのか? ならば、もっと警戒してくれて構わない。それだけ考える時間が生まれるというものなのだから。有効に使っていきたい。
「―――っ」
遅かった。數瞬の出遅れがあった。キメラが目の前に迫っていた。リズムの裏側に來られた。回避行はとれないし、とらないが、一撃をけ止めることが出來るだろうか。今からいてもにもろにもらってしまうのではないだろうか。いや、いけるか。功させなくてはならない。相當な集中力がいる。
俺は腰に差していた木刀を引き、を半歩下がらせる。キメラに向かう面積を減らしたうえで木刀によりキメラの一撃をけ止める。さらに、気を木刀に巡らせる。木刀はその名の通り、木から作られている。元は生きである。だから、木を流し込むことによって活力を発させていくわけだ。気を巡らせて、疑似的に命を燃やす。木刀は生き返るのだ。より強靭に、頑強に。生の渇を今この木刀に宿らせることにより、生きようという意思がより強靭な質へと変質させていく。そうして、俺を守る盾となり、敵を切り裂く剣となる。
だが、それでも、そこまで準備をしても木刀は折れた。さすがに、キメラクラスの攻撃を耐えられるだけの耐久は持っていない。どれだけ頑強にしようとも木だという事実は覆ることはないのだ。だからこそ、今まで腰に差したままにしていたわけだ。こうなるだろうということは予想できていたのだから。
で、木刀が折れたわけだが、それでキメラの攻撃がとまるというわけではないというのは重々承知している。俺のわき腹に爪が食い込み、服を破りながらを切り裂いて吹き飛ばす。どうやら、木一本をへし折るほどの力を與えることは出來なかったようで、激突してそこで止まる。木刀の最後の力を振り絞って威力を和らげてくれたのかもしれない。とはいえ、俺の全が激痛で悲鳴を上げているような気がする。というか、悲鳴を上げていてほしい。痛覚が生命の危機を訴えていてほしい。しかし、痛みというものが全くじない。俺の痛みを伝えてくれる全ての信號が死んでしまったのだろうか。
俺は死ぬということに恐怖したわけではなかった。痛くないということに恐怖した。自分の頬をつねった。痛みがある。しかし、そこ以外には痛みがなかった。全を見てみたが、どこも欠けてはいない。わき腹のがちょっとないだけだ。欠けていないというのは、五満足だという意味合いでしかない。わき腹はなくなって、胃が見えそうな気がしないでもないという現狀である。これで俺はまだけるのだから、他人からしたら、ゾンビか何かだと思われても不思議ではない。仙人の生命力を甘く見てもらっては困るが、今の俺自のに俺自が発狂しそうである。だが、無理やりにそれを抑え込んで冷靜になるように心を持っていく。そうでなければ本當に死んでしまう、殺されてしまうのだから。
「《土よ》」
俺のは元通りになる。しかし、魔力は空っぽだ。さすがに、このレベルの怪我を治療するには相當量の魔力が必要に決まっていたのだ。だが、おかげでか痛みが復活した。全を駆け巡っている激痛でけなくなりそうだ。しかし、俺は歓喜した。なにせ、先ほどまではえぐられていた個所に痛みがなかったのだからな。痛みがないということほど恐ろしいことはないのだ。生きているということが実できているのであれば、俺はくことが出來る。そこに恐怖というものは介在することはない。
痛みをこらえて無理やり立ち上がり、キメラを睨み付ける。キメラも俺を睨む。お互いが、生きるためには邪魔な相手だと認識している証拠なのだ。殺さなくては生き続けられないと、本能でじている。生として、生きているものの矜持として、目の前にいる怪を殺してやろうという、その思いが込められている目つきなのだ。キメラはどうかはわからない。だが、今この瞬間を生きるために俺を殺そうと思っていることには違いない。未來を見據えているのはどちらも同じ。ただ、どの程度の先の未來までもを見ているのかという違いがあるのだ。
「おあいこだ」
「があああああああ!」
また來た。きの隙間をうようにキメラが突進してくる。俺はそれを無理やり修正する。キメラの顎に裏拳。脳を揺らした。そのまま正拳。鼻っ柱をぶん毆る。一歩踏み込んで貫き手。目玉を貫く。思ったよりも深く突き刺さってしまい、俺の肘までがキメラの頭の中にり込む。すぐには抜けそうにはない。首を振り回されてしまい、俺の足が浮いてしまった。
中から汗が流れ出す。このまま振り回され続けてしまえば、いずれどこかへ放り投げられてしまうだろう。それがどこかわからない。どこまでの高さまで放られるかわからない。んな想像が脳裏を駆け巡り焦りが汗となって噴き出してきたのである。
「ぎゃおおおおおおおおおおおおおおお!」
「やべっ」
足を地面に振り下ろす。めり込んだ。そしてもう一発拳を眉間に當てる。キメラは後ろへ吹き飛んだ。俺も反でのけぞったが、足を地面に固定しているおかげで、足首をひねった程度で終わる。痛みが足首に走るが、これも無理やり直す。試しに何度か飛んでみるが、異常はないようだ。これが異常だろうか?
キメラは、すぐさま立ち上がると突進してくる。俺はそれを避けて、橫腹に拳をれる。が、キメラはそれを踏ん張って耐える。あえて飛ぶことによって痛みを和らげようとはしないらしい。ならばもう一発毆るとしよう。そう思って拳をぶつけようとすると、今までだらりと下がったままだった尾が起き上がり、こちらに噛みついてくる。ちょっと油斷していて、し咬まれた。無理に引き抜いたせいで、牙が腕に刺さったままである。それを捨てる。蛇の口先からは牙が抜けたせいで間抜けな顔を見せながらをだらだらとこぼしている。しかし、それもすぐに治るというものである。
「ふう……毒か」
俺はふらりと勢が崩れる。頭がぼんやりとしてきて意識がもうろうとしている気もする。それならばと、そう結論を出す。蛇なだけある。まあ、あの蛇は毒蛇だからな。毒がに回るだろう。しかし、仙人に毒が有効だとは思わないことだ。不老不死を舐めるな。
蛇がつけた傷口から毒が出てくる。気の巡りの活化により、毒を無理やり外へ追い出した。お師匠様とかなら、無害なものに毒を変質させられるのだが、俺にはまだできない。まだまだ未である。
俺はお返しとばかりに、顔面を毆りつける。何度も何度も毆りつける。顔を逸らして針に拳が刺さることもあるが、気にせずに毆る。魔力の回復速度と、俺の拳の修復に使う魔力はほとんど拮抗しているのだから、問題はたいしてない。
「があ!」
前足が橫から飛んでくる。俺はしゃがんで避けるとそのままの下へり込む。そのまま心臓部へ毆りかかる。下にり込んでしまった俺をどうにかして排除しようと、爪が飛んでくるか大した威力を出せてはいないようだ。自分の懐の奧底までり込んでしまった相手にたいして、能力だけを使ってダメージを與えるのは相當に難しいことだろう。だからだろう、俺は大したダメージを負うことはなく毆り続けることが出來ている。とはいえ、普通の人間であれば、死んでいてもおかしくはない一撃が飛んできてはいるが。
「《風よ、刃よ、斬り斬り舞うものよ、裂け、裂け、裂け、壁を裂き、実を裂き、心を裂き、霊を摑み、しがらみを斬り――》」
呪文は慣れれば元素の変質のための言葉だけでよかったり、無詠唱というように呪文を唱えなくても問題はない。呪文がなくとも、呪文を唱えた時と同じ程度の魔法が扱えるようになるという証でもあるのだ。しかし、だからといって呪文を二度と唱えることがないかというとそういうことはない。呪文を唱えれば、唱える長さに応じて威力が上がっていくのだ。先ほどの壁を生み出す魔法も基本的にはその法則にのっとっている。
そもそも、短したり、無詠唱であったりといった魔法の威力の大小の基準となるのは、十數文字程度の呪文である。それを基準として、それ以上に呪文を裝飾すれば、基本的には威力が上がっていくのだ。それに伴い魔力も過剰に消費するが、俺は、無理やり魔力を回復させているので、あの長さの呪文を唱えることが出來るわけである。
「《――幽鬼を貫け》」
俺は呪文を唱え終わると、貫き手にして心臓を突き刺した。俺の手はキメラの皮を貫いて心臓部へと屆く。それを確認すると、もう一方の手も無理やりねじ込む。そして、の中をまさぐって魔石を探し出す。
最後の悪足搔きだと言わんばかりに、今日一番の威力でもってキメラの爪が俺のを裂く。俺のからがあふれ出す。にる力がわずかに弱まってしまう。そのわずかが致命的な差を生んでしまうことはよく知っている。だから、どちらが先に目的を達できるかの競爭だ。
「見つけた」
俺の手は固い何かにれる。石のようだ。なくとも骨ではない。手先でわずかにれているが、更に無理やり手を押し込んでそれを摑んだ。
「はああああっ!」
気合をれてそれを引きずり出す。そうして、俺の両腕がから出てきた。まみれである。そうして、握った手のひらを開くと、そこには寶石のように輝く綺麗な意思がある。魔石であった。俺はしばかり心を奪われてしまったのかもしれない。吸い込まれてしまうような覚に襲われたのである。
と、キメラは力をなくしたように倒れ込む。俺は下にいたために押しつぶされてしまった。
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