《天の仙人様》第200話
人は完全に死んでしまった。いなくなってしまったのである。いまあるのは、それらの殘骸のみであった。今まさに彼らの生活の形跡が濃く殘されているわけである。であれば、ゆっくりとここいらを散策するというのも悪いことではないだろう。今この瞬間まで生きていた人間の死がそこいらに転がっていて、そしてそれを引き起こした人間が今この場にいるということに何か思うことがあるかもしれないが、そんなことは忘れて、ここになにがあるのかを調べるのも悪くはないだろう。そう思うわけである。
立ち上がってみれば景がパッと晴れるように軽くなるように、綺麗なものへと変化していくわけである。忘れ去られた村であるかのように、さびれたかのように、靜まり返っており、それがまた一層しさを掻き立てていくのである。今この世界が完しつつあるわけである。森の中に廃墟のようにしく形を留めている建なのだから。これにを見出してしまうというのも仕方のないことなわけである。
一応は甲冑を著ていた男を尋問したわけだが、どうやら隣國からやってきているらしいということがわかっている。それしかわからなかったけれども。だから、彼の首を綺麗に飛ばしていて、適當な袋にれている。持ち帰るためである。彼がどういう人間かというのを、國に渡して調べてもらおうというのが目的である。そのついでに、もう一つの袋にの首をれている。あまりにもしい死に顔だから、放置しておくのももったいないと思ってしまった。もったいないお化けという奴であろう。それが今俺にささやきかけているわけだ。だから、丁寧に気を流して腐らないようにしているわけである。防腐処理は完璧だ。彼は、疑似的に俺の手によって生の恩恵をけているのだ。普通であれば、あり得ないだろうが、俺には出來るわけなのだから、そういう保存方法でいる。
がぽたぽたと滴り落ちてしまっているが、何せ首から下はふさがっていない。であれば、殘ったは零れ落ちるしかないというのも當然であろう。の気がなくなれば、完全に青くなってしまうが、まあ、それが悪い事かと言われると、そうは思わない。人の認識に顔はそこまで影響しないだろう。そういう楽観的な思いがある。それに、白いというのは人形みたいなしさを引き出してくれる。生気のじることのない無機質的な存在にはそれなりのを見つけることは難しいことではない。白いであるのならば、まるで死んでいるかのようなほどに不気味なであればあるほどに、そのしさは跳ね上がるのだ。逆に黒く染まっていけばいくほどに、の濃さを求める。活力を求めるのだ。その対極のがある。
さっそく、一つ一つの建にってみる。もしかしたら、何か重大な報が置いてあるかもしれない。というような期待がある。だが、ただ生活をするための場所という意味合いが強そうで、それ以上のものが出てきそうにない。食事の最中であったのか、料理が殘っている。神隠しにあったみたいで、湯気が立ち込めている溫かなスープやトーストが放置されたままなのだ。ああ、これほどまでの空間を時間の概念を閉じ込めて固定することが出來ないということに、とてつもない無念さがこみあげてきてならない。とはいえ、この建は個人的に好きだとしても、何かしらの重要なものが隠されているわけではなさそうだ。であればもっと、重要の高そうに見える建にするべきだろうと思うわけだが、殘念なことに全ての建が同じ規格で建てられているために、どれが重要の高いものかがわからない。簡単に発見、そして盜られないようにという思が見えている。そして、それにまんまと引っかかってしまっているわけであった。
ただ、この街中をかつりかつりと歩いているだけでも十分に思ってしまう自分がいるわけであった。地面は石畳で整えられているので、この靜かな村の中でしく俺の足音が響いて消えるのだ。歩いているだけでありながら、今まさに死んでいるこの場所が生き返っているように見えてならない。この一歩は彼らに命を吹き込む一歩でもあるのだ。そう思うだろう。笑っている。言わぬ死となろうとも、この場所が生き続けている。俺の手によって生きていることによって、彼らは笑みを浮かべるのである。それはしいことなのだから。人は真に、魂だけとなり、その時にこそ、しいものにれることが出來るのであろうから。
首元にふわりとしたがある。誰かが俺の首元に腕を回しているのだろう。人のの溫かさをじることはないが、それでも、今まさに誰かが俺のそばにいるのだとわかる。それだけで十分ではないだろうか。覚というものは、あらゆるもので最も重要なものになるのだから。それは、しばらく俺の周り纏わりついていると飽きてしまったかのように、すうと消えてしまった。殘念である。空へとばした手の先には何もじることはない。ただ空のみがあるばかり。
手をおろして、歩き始める。目的は、ないかもしれない。何かを見つける必要があるのだろうが、なくたって構わないだろう。今まさにここは蕓なのだから。それを鑑賞することこそが、最も大切ではないのだろうか。そう思うわけだが、俺は突然に立ち止まる。あるものが気になったのだ。たった一つの建。変わりはしない。だが、何かが引き留めるのだ。俺は建の中へとると。そこだけは他とは違うようであった。裝は明らかに人が住めそうには見えない。生活臭さが全くと言っていいほどないのである。であれば、ここに何かしらの重要な報が隠されているのではと思わないでもない。というわけで、手當たり次第に探していく。
とはいえ、そう簡単に見つからないようにしている。それらしいものは全くない。そもそも、俺が探しているもの自があるのかどうかすらも怪しいのだ。だから、無駄なことをしているだけという可能はゼロではないし、むしろ、意味のある事である方が珍しいかもしれない。
とある部屋。その前に立ってようやく気が付いた。先ほどまでのどれともお違った雰囲気が漂ってきている。だが、それが目に見えるわけでもないし、視覚的には他の多くの部屋と変わりはない。ただ、覚的に何かがあると伝えている。しかも、あまり好意的には取れないような意味で、である。しかし、ここで怖気づくことは俺にはないことである。だから、ゆっくりと警戒するように扉を開いた。
そこには木のテーブルがある。そして、その上に骸骨が置かれている。人の頭の形をしている。頭蓋骨のみがそこに置かれてあって、他には何もないわけであった。そして、それから異質な空気が漂っていることに気づいた。もしかしたら、これが重要な何かかもしれないと思うのである。であれば、これを持っていくべきなのだろうが、あまりにも、不気味であるために、持って行っていいものかと思わないでもない。重苦しさをじるのだ。それに、今それを持っていくとなれば、俺は頭を三つもに付けることになる。どこぞの蠻族かと言いたくなることは間違いない。とはいえ、そのような勘違いを持たせる程度であれば、気にすることはないが。それ以上に、今それが発している瘴気と言えばいいか、何やら不気味な覚というものを放置することが出來るだろうかという話であった。
近づかなければ話にならない。一歩一歩と足を進ませて、それの目の前に立つ。しっかりと目を見つめる。ぎちぎちと締め付けられていくような圧力の中で無理やりにをかして、それを手に取った。圧倒的な怨嗟の念が突然にして俺に降りかかってくる。俺を殺してやろうという、道連れにしてやろうという暴力的な思念が襲い掛かってくるのである。しかし、そこでこれに恐れてはならない。それこそ彼らがんでいるものであろう。であれば、平靜にしてそのままに、俺は相対し続ける。それらすべてが意味のない事、無駄なことして彼らの中で処理されるまでである。
だんだんと弱まってくる。當然であろう。効きづらければ、効きづらいほどに、それの効力は落ちてしまう。それは加速度的に消えていくのである。最後の一押しとばかりに、生の活力を押し付けてあげるとしよう。俺の気の巡りのの中に彼らをれてあげるわけだ。そうすればどうだろうか。途端に彼らのびが聞こえる。怨念が浄化されていっているわけだ。それはいいことか。どうだろうか。今まで貯め込んでいたものが時間と共に消えてしまう。それは彼の努力を否定するようであって、あまり好ましくはない。怨念は、生きてはいない。魂ではない。言霊が力を持ったままにとどまっているだけなのだから。だから、積極的に消す必要はない。
であれば、俺は止める。まだかすかに怨念が殘っている。そのままの狀態で適當な袋の中にれるのだ。これでめぼしいものは一通りだろうか。これがどうしてこの場所にあったのかはわからないが、後で國に調べてもらえばいいだろう。俺が出來る限界がここなのだろうという思いである。
「お前たちは、主人に置いていかれたんだな。ただ、概念のみが殘ってしまった。お前たちには、魂の力をじないものだからな。殘っていれば、俺が目の前に立つことすら難しいかもしれない。でも、そうではないんだ。だから、いつかは、主人のもとに送り屆けてやりたいさ。待っていてくれ」
通じるかはわからない。だが、そんなことはどうだっていいのかもしれない。俺の自己満足で全てが完結してしまっても構いはしないなんて、思っているのだから。そういうものの一つでしかないのだ。
そうして俺は帰路についた。この場で放置されている死はいづれ自然に返っていく。俺はそれに対して何の干渉もする必要はない。ただ、それをじ取り眺めているだけでいいのである。だから、この場所はこのままにしておくのであった。
ゆっくりと確かに王都へと近づいているのだが、途中途中で骨がカタカタとなってうるさい。どうやら、何かを伝えようとしているのではないかと思うのだが、音を鳴らしているだけならば、俺に言葉が伝わるはずもなく。さすがに、音の出方で言語がわかるほどに、優れてはいない。殘念であるが仕方あるまい。
ただ、何か言いたいことがあるのだろうということはわかるので、とりあえず袋から出して、脇に抱えることにした。カタカタと骨を鳴らしている頭蓋骨を小脇に抱えている存在に近づきたいと思うような生はおるまい。そういう予防にも役に立ちそうなのだから。ただ、王都にる前まで、そんなことは出來ないだろうが。そんなことをしてしまえば、れなくなってしまうことは間違いない。
その姿のまま歩みを止めることなく進んでいるわけだが、途中で何かに引かれるような覚に陥ってしまったので、ふと足を止める。そして背後を見るのだが、なにもありはしない。であれば? わかりはしない。カタカタと骨が鳴っているのみだ。楽しそうである。何かいいことでもあったのか。もしかしたら、仲間がいるのかもしれないな。彼の仲間が。霊とでも言えばいいか。そういえば、王都にもを持った仲間がいるな。ユウリが。しばらくあってはいないが、彼もまた生を謳歌していることであろう。二度目の人生を楽しんでもらわなければ、こちらとしても悲しい。
それからも、しばらく歩いては何か引き留められるような覚を覚え、それに反応をすると、骨がカタカタと音を鳴らすということが繰り返された。ここまでくればさすがにわかる。彼にからかわれているということが。俺が殺気を込めて睨み付けると、しゅんとするようになった。これで黙ればいいだろう。あとは、それに二度と反応しないというのもありだ。
彼は、骨の大きさからして子供位の大きさだろうが。だから、俺の脅しにより顕著に反応してくれるというものだろう。またしても子供か。ユウリも最初は子供の霊であった。今は人にしか見えないが。彼もまた、を與えれば、どんな姿になるだろうか。まあ、は俺たちで用意するのだから、自由に作れてしまうが。などと考えてはいるが、そんなことをする予定はない。では、どうして持って來ているのか。部屋にでも飾るつもりか。國に預けるだろうが、なにもなければ、俺が弔うとして返してもらってもいいかもしれない。本當に部屋に飾りそうだが。だが、変な人間がってくることはなくなりそうだ。家に頭蓋骨を飾っている家に侵したいと思う人間はおるまい。
何となしに、これからの予定をたててはいるが、これらが全て可能でしかなく、あり得ることであるが、絶対にあることではないというのもまた事実。ただ、何となしにふわふわとしたものでしかないわけである。阿保らしいがいいだろう。それを喜んでいるかのように、笑っているかのように何かがのしかかってくるかのような覚がある。それもまた、彼の仕業なのだろう。であれば、反応などするものか。そうすれば、彼はつまらないと思ったようで、何もしなくなってしまった。
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