《天の仙人様》第202話
ユウリはべったりと引っ付いたままに俺についてくる。ハルたちに見つかれば、自然と萎してしまうというのに、それでありながら俺についてくると言うのはどんな心臓を持っているのか。図太いのか、繊細なのかわからない。不思議なものである。嫌なことからは逃げたいと思っていいだろうし、それを知っていて、あえて乗り込んでくるわけなのだから。難しい話であった。
俺はあえて気にしないというように歩いているために、普通に家へと向かっている。當然、ハルたちに出會う可能は高まるだろう。だが、それを俺自が恐れてその方向へ歩かないということはしてはならないだろう。それは、自分自にやましいという心があるからなのだから。無いのならば、俺はそのままに真っ直ぐ進む以外はない。近づいているというのがわかり、それと共に、俺の方が変に張している。出來ることならば、彼たちに會わせたくはないという思いも當然のように持っているのだから。であれば、彼を引きはがすべきなのだろうが、俺から霊を引きはがしてくれたわけだ。そんな相手に対してその仕打ちが出來るだろうか。結局のところは、俺は弱いのだ。
そして、出會う。當然である。出會わない方がおかしい。ただ、家の中ではない。その前の道であった。だが、それでよかっただろう。もし、家にまでついてきており、中にるのだとすれば、どうなっていたのかわからないのだから。本當にこの世から消滅したとしても、俺には何も言い返すことは出來ないだろう。それが予想できているのならば、その前に、追い返せばよかったのだから。それをしなかった俺のせいでもあるだろう。
俺たちの前に現れたのはルクトルであった。ユウリのことを最も嫌いしているのは彼である。それが今までの態度から理解できてしまう。他の三人は明らかに相手にしていない、ルイはそもそもユウリの存在を知らない可能はあるが、彼たちとは明らかに態度が違うのだとわかってしまうのだ。今もまさに、牙をむき出しにするように、こちらへと大で歩いてくるのだから。ルクトルがここまでの怒りを出すのは、彼にのみだろう。そう思えるほどである。
しかしながら、ユウリの態度というのはあまりにも異端であった。今まであれば、萎したように隠れるようにと、逃げていたはずなのに、それをすることはない。むしろ堂々としている。吸鬼という圧倒的な格上を前にして、どうしてそのような態度がとれるのだろうか。その気になればいつでも消し去ることが出來るのだというのに。それが怖くはないというのか。がらりと変わるように、俺の隣に立っている彼のことが不気味に見えてきてしまう。奧底が見えないのだ。より深い闇の中へと消えていくように、黒く染まっているのである。
その態度を見て最も面白くないのは、ルクトルであることは間違いない。今までであれば、自分自の存在が、彼を恐怖に陥れていたというのに、それが敵うことはなくなっているのだから。ただ怒りばかりが空回りしてしまっているかのように、抜けていってしまうのであった。それを面白くみれるわけがなかった。
「死にたいのですか? そこまで、アラン様にべたべたとしていて。ただただ不快であるということを周囲にまき散らしているのが理解できないのでしょうか。あなたはどれだけを得ようとも、を持っていようとも、死人であるということに変わりはありません。それは絶対のことです。あなたの力であり、呪いでもあります。永遠の呪縛なのです。どれだけの生を謳歌しているように見えても、その芯にはあなたは生者ではないのです。であれば、死人らしく、端の方でひっそりとしていればいいのに、どうもこうして目の前に現れるのが好きなようですね。そんなにしても、わたしの手によって葬られることをんでいるということでしょうか?」
「いやあ、そんなことはないよ。ただね、アランくんと一緒にいたいって思っていたから、そうしているだけなんだよ。僕のこの気持ちをかなえようと思うにはこうするしかないのだから、行に移すのは當たり前だよね。むしろ、願いを、願を、君たちはただ指をくわえて我慢することしかしないのかな。そんなことはありえないよね。君たちがそんなことをするほどの余裕をもって人生を生きているわけがないし。自分一人で生きることに対する不安をやわらげるようにして、アランくんにすり寄っているものね。そうしないと、今この瞬間にでも死んでしまいそうなほどに怖いから。だから、する人にすがるんでしょ。であれば、僕も同じように生きていたって問題ないよね。僕だってする人と一緒にいたいって死ぬほど思っているんだもの」
「貴様はアランのことを嫌いだと言っていたでしょう? であれば、あなたのする人にはアラン様がる余地などありはしないのです。その宣言を守ってもらわないとこまるのですが。自分の放った言葉に対して責任というものを取ってもらわないと話にならないというのはさすがにわかりますよね? なにせ、百年もの間をこの世に存在していた、年寄なのですから。お年寄りが自分の言葉に責任を持てないということはあり得ませんよね。まさか、ボケて忘れたわけじゃあるまいし」
怒りの発は今すぐにでも起きてしまいそうである。しかしながら、それを全く気にしないかのようなそぶりでひょうひょうとしているのだ。びちびちと震えているような空気の中にあって、これほどまでに豪膽に立っていることは出來ないだろう。彼に対して思い切り向けられた怒りと殺意はそう簡単に流せるようなものではないはずなのだから。
しかし、今まさにそれが出來ているのである。彼は何でもないようにしているのである。笑ってしまいたいほどに。出來ることならば、笑ってしまいたいさ。だが、それが許されないのだ。その怒りはルクトルから出されているのだから。そこで、笑えば、彼を遠回しに笑っていることにもなるのだ。それが許されるわけなど微塵もあり得はしないのである。
「ああ、そういえば昔にそんなことを言っていたねえ。そのせいで、こうして君たちに文句を言われるんだったら、撤回するよ。僕はね、アランくんのことが大好きなんだ。出會ったころから好きかも。一目惚れ? ううん、それとはちょっと違うかな。でも、君たちが思っているよりもより深くて、運命的な覚なんだよね。この世界を、そして時代を、流れていく中でびびびとね。來るんだよ。この人が僕がするべき人で、し続けられる人なんだってね。相當なものじゃあないでしょう。なにせ、超自然的な覚によって理解したんだもの。運命なんてものじゃあ言い表すことの出來ない大きなくくりの中でね。だからね、これからも、僕はアランくんとべたべたとくっついていたいし、それを葉えるために何度だって近づくんだ。出來ることならば、結婚もしてみたいけど、それはまだまだ、待つとしようかな」
今まで、彼の隠しきれなかった思いをとうとうぶちまける時が來てしまったという話であろう。人は変わるというわけではないが、彼が、俺に対して好意を持っていないというあからさまな噓というもののおかげで、今まで殺されずに、消滅されずに済んでいたというのに、それをあえて捨ててまで訂正したというのはどういうことか。ルクトルの怒りは抑えきれなさそうである。ふくれ切っている。しの衝撃で破けそうな袋は、今この瞬間に、刺激を與えられてしまったのである。なくとも、ユウリにぶつけるであろうことは確実であり、彼もまたそれを理解している。
轟音と共に、突き出された拳は、彼の顔面を狙ってのものであった。しかし、その目の前でピタリと止められる。彼の手のひらによって包まれてしまって、力は完全になくなってしまったのだ。明らかに揺したような表を見せている。おそらくは、抵抗されることもなく無慈悲に毆られるであろうという未來が予想していたのだろうから。
だが、そうではなかった。ルクトルの見るからに圧倒的な暴力をなんてことないように押さえつけられてしまったのだから。そして、じわじわと何かで汚染されているかのような、嫌な空気、雰囲気があたりを漂っている。それは、確かにユウリかられ出したものだということが理解できる。にやりと頬を吊り上げて、見ているのである。狂気に侵されたように笑っているのである。狂気をあえて纏っているのだ。それが最も効率のいいことだから。優れていることだから。正気であるがままに、狂気を見るのだ。それは彼が暗に実力では自分の方が上だと言わんばかりであるようで。圧力がかかるわけである。覇気であったり、殺気であったり、それらが混ざり合うことで、今この場は、重苦しい空間となり果ててしまっている。
震えることしかできず、ただ拳を摑まれたままに、絶したかのような表を見せているばかりであった。俺は、彼に言って拳を離すようにする。素直に従ってくれるおかげで、彼は解放される。今までは、圧倒的な実力差、空気の中で彼が拘束されていたというのに、全くの逆のことが起きてしまっていた。そして、その事実に彼は理解できていないと言わんばかりであった。
もしかしたらだが、ユウリは今までも多くの幽霊を取り込んでいたのではないかという考えが生まれた。なにせ、先ほど見せられたのだから。幽霊を取り込むことによって、さらなる実力を蓄えるということを。
今まで顔を出すことはなかったのは、各地にとどまっている幽霊たちを取り込みに足を運んでいたからなのではないかと。であれば、ここまでの実力をつけているというのはうなずける。ルクトルだって努力をしているのだ。それを上回る速度で強くなるのならば、そして、ユウリが幽霊であるのならば、そういうことをしていたとしてもおかしくはないだろう。もしかしたら、俺をすぐに追い抜かしてしまうだけの実力を彼が付けてしまうかもしれないという、張が生まれてしまったほどであった。
俺はルクトルに近づいて背中をなでてやる。抱きしめてやる。彼のは震えていて、怯えているかのようであった。あまりにも弱々しく壊れてしまいそうにも思えてならない。最近の彼は攻め立てられるように神を削られることがあった。だから、それに耐え続けることが出來なくなって、俺ですらも救いようのない程に壊れてしまうのではないかと思えてしまった。どれだけのをもって、接しようとも、心の痛みを治すには時間がかかる。年単位での時間が。數日、數か月で治るようなものではない。出來ることならば、外の世界の刺激を與えないようにしなければならないのだろう。部屋の中で療養してもらわなければならないのだろうか。だが、それを彼は許しはしないだろう。俺は頭を悩ませるばかりである。
震える手で、なんとか俺のに腕を回し、彼の方からもしっかりと抱きしめているということが伝わってくる。後ろにいるユウリからは明らかに勝ち誇ったかのような態度がじられるが、それだけである。そこで追い打ちをかけるような言葉を浴びせないだけ、俺には天使であるかのように思えてしまう。それほどまでに今の彼は弱り切っている。無理やりにい立たせることによって、今を生きているのだろうというのがわかる。これは、俺が悪いのかもしれない。ルクトルが、ここまで弱り切っている間接的な原因に俺がありそうな気がしてならない。ならば、ルクトルから俺を離すべきか。いいや、それはもっとダメだろう。彼にとってのかろうじての支えとして、俺がいるというのもまた事実なのだから。ここで、それすらも奪ってはならない。
彼は、顔を俺のにうずめるようにして、ただ俺の名前を呟くばかりであった。俺もまた同じく彼の名前を、呟くように、囁くように。そして、していると、それだけを伝えていくのである。それだけが今の彼には必要なものであり、それ以外は必要ないのではないかと、思えた。今はただ、世界に二人のみ。それを作り出していかなければ、ならないのだとわかるのだ。部外者をれてはならない。外の人間を、たとえ否定するためにでも使ってはならない。今いるのは俺とルクトルの二人だけであるとしっかりと認識させていかなければならない。逃避が必要なのである。その逃避のために、俺は最大限の手助けをしなければならないというのもまた事実であるのだから。
「面白くないね……そんなもんなんだからさ……」
ユウリはぼそりと呟いた。しっかりと俺の耳に屆いてしまう程度の音量でもって。周りには聞こえないだろう。俺の耳が良すぎるだけなのだ。それを彼は知っているはずである。だが、あえて俺が聞こえる程度の大きさを出したのだ。ルクトルには聞こえないように細心の注意を払って。完璧だろう。彼はしもそれに反応をすることがなかったのだから。
ユウリは、俺の耳元で囁くように別れを告げる。彼は、俺たちの世界にろうとせずに、俺にのみに話しかけてくれた。それがたまらなくうれしかった。この事態を引き起こした張本人だと言えるだろうに、俺は彼に謝をするわけだ。それと同時に、彼からは目を離すことはなく、二人だけの世界へと沒していくのであった。
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