《最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔の國再興記~》その28 魔王さま、いよいよ開店する
ガラガラと臺車を引いてやってきたのは、パークスの大通りからし離れたちょっと広めの路地だった。
「マオさま、本當にここで合ってるんですか?」
「もらった地図を見る限りじゃ間違いないみたいだけど」
「人っ子一人通りそうにないではないか」
せっかく目立たないようにって、全員に町娘っぽい格好をさせてきたのに、まさか誰ともすれ違わないとは。
「騙されたんじゃねえの?」
「役所から発行された、國のお墨付きが付いた正式な書類なんだけど」
たぶん、大通りの場所はとっくに埋まってるんだ。
新參者がる余地なんて無いんだと思う。
だとしても、ここまで人通りの無い場所に追いやられるとは思わなかったけど。
シートを敷いて、ネクトルを籠に盛って、値札も置いて、いざ開店。
ネクトルの値段設定は、エイレネ共和國で最も生産量の多いリーンと呼ばれる黃くて酸味のある果実よりし高めにしてある。
ちょっと強気の値段だけど、味は間違いないのだから、一度手にとってさえ貰えれば必ず売れるはず……と思ってたんだけど。
そもそも人が來なかったら売れるわけがないわけで。
ほんっとうに、びっくりするぐらい人の來ない場所で――結局1個も売れることがないまま、1時間が経過しようとしていた。
グリムはし眠そうに目をこすり、ニーズヘッグは無表で僕の肩にもたれ、ヴィトニルは退屈そうに店の周りをウロウロしている。
「思ったんだがな」
「なに、ヴィトニル。
人を呼ぶための名案でも思いついた?」
「表通りに出て客引きしたらいいんじゃねえの。
せっかく可いを連れてきてるんだからさ」
それは僕ももちろん考えた。
でも、出來ない事があって――
「店の周り以外では客引きをしちゃいけないって決まってるんだよ、違反すると許可が取り消される」
「なんだそれ、じゃあ最初からいい場所にある店しか売れないじゃねえか」
「そういうことなのだろう」
ニーズヘッグの言う通り、大手の店を保護するって目的もあるんだと思う。
「じゃあどうすんだよ。
このままだと、本當に一人も客が來ないまま終わっちまうぞ?」
何もしなくても売れてくれるのが理想的だけど、まあ當然のようにそううまくは行かないか。
「大丈夫だよ、こういう時のために僕の魔法があるんだから」
僕は目の前のネクトルを一つ手に取ると、意識を集中させる。
日本人だったころ、ショッピングモールなんかでたまにワッフルの店とかが出てると、ついつい甘いバターの匂いに釣られてそっちに近づいてしまった時のことを思い出す。
食に関して、匂いってすごく重要な要素の一つだ。
ラーメン屋や焼き鳥屋の香ばしい匂いを嗅ぐと腹が減る、そんな経験のある人は多いはず……仕事帰りにビールを買って焼き鳥を食べて……って、僕がサラリーマンだったからなのかな、あれは。
いや、でも試してみる価値はあるはず。
ネクトルに魔力を込め、その香りを発的に拡散させる。
「フレグランスバースト」
握っていたネクトルは粒子となって消え去り、そして桃をさらに芳醇にしたような、濃厚なネクトルの香りだけがその場に殘った。
そしてその香りは風に乗って、大通りの方へと流れていく。
「すんすん……おぉ、すげえ匂いだな」
元がフェンリルなだけあって、ヴィトニルは鼻が効く。
もっとも、周囲に充満してるのは、濃な香りなわけだけど。
「すごい、まるでネクトルに包まれてるみたいです」
「これだけの香りを嗅がされると、ついつまみ食いしたくなってしまうな」
「1個ぐらいなら食べてもいいよ」
「なら遠慮なく……」
ニーズヘッグはネクトルを手に取ると、爪で用に皮を剝いて頬張った。
それを見たグリムとヴィトニルも1個ずつ食べている。
僕も食べたくなってきたよ……いや、ここは我慢しないと。
いつ客が來るかわからないんだし。
「これで1人でも良いから立ち寄ってくれるといいんだけど」
これがダメなら次の作戦を。
最終的には意識に干渉して強制的にこちらに導してしまおうか――などと騒なことを考えていた矢先、ついに匂いに釣られてお客さん第一號がやってきた。
30代ほどのだ。
僕は営業スマイル全開で、前世のバイト経験を活かしながら接客する。
その必死さは、近くで見ていたグリムですら引いてしまうほどだったらしい。
仕方ないじゃん、最初が肝心なんだから。
お客さんはネクトルを手に取り、眺め、匂いを嗅いで、割と興味のありそうなアクションを見せる。
でも値段がネックなのか、ちらちらと値札を見て難しい顔をしていた。
あとひと押し、とじ取った僕はとっさにナイフを取り出し、目の前で皮を向いて一切れネクトルを試食させる。
「食べてもいいの?」
と驚くお客さん。
「食わせていいのか?」
とニーズヘッグも驚く。
どうやらこの世界にはまだ試食という文化がづいてないみたいだ。
試食の楽しさを知らないとは勿無い。
そしてネクトルを一切れ口にしたお客さんは――
「うわ、なにこれ……おいし」
あまりの味しさに目を見開く。
僕はにやりと笑った。
食べさせればもうこっちのもんだ、絶対に買わせる自信が僕にはあった。さらには、リピーターになってくれるはずだという確信も。
なにせ、ネクトルは今の所この店でしか買えないんだからね。
この味を知ってしまったら、他の果実なんて食べられなくなるはず。
「ひと……いや、3つ、3つちょうだい!」
まいどあり。
3つ分の代金をけ取り、ネクトルを渡すと、お客さんは上機嫌に店の前を去っていった。
「売れましたね」
「そりゃあ売れるよ、売れない訳がない。
さあ、これから忙しくなるよ」
匂いにつられた客は彼だけではなかった。
最初のを皮切りにして、続々と新たな客が路地へとやってくる。
誰もが見たことのない果実を疑わしげに眺めていたけど、一口頬張るとその味しさに驚き、即決で複數個購していった。
みるみるうちに減っていくネクトルの山。
初日だからとなめに持ってきたこともあってか、持ってきた分は3時間ほどで全て完売したのだった。
今日の分のネクトルを売り切った僕たちは、人里からし離れた場所に設置した転送陣を通り、ディアボリカへと帰る。
この転送陣は、ガーシュとアーシェという2人の冒険者をディアボリカに連れてきた時に使ったものだ。
転送陣を作る道は非常に貴重で、現在はディアボリカとスヴェルを繋ぐ陣と合わせて2つしか存在していない。
町へ戻った僕たちを真っ先に迎えてくれたのは、樹人族の長スィドラだった。
「魔王様、どうだった?
ネクトルはちゃんと売れたのか?」
自分たちが作ったネクトルが売れたのか、気になって仕方ないらしい。
送り出す時は『絶対の自信がある』とか言ってたのに。
「大丈夫、完売したよ。
一切れ食べさせたら、ほぼ全員が一瞬で墮ちたよ」
「そうか、売れたのか!
心を込め、木たちと対話をしながら作ったかいがあったというものだ!」
こんなに嬉しそうなスィドラの顔を見たことがない。
自信があるとか言いながらも、なんだかんだで不安だったんだな、ちゃんと完売させることができてよかった。
「明日以降は持っていく數を増やしたいと思うんだけど、準備はできる?」
「もちろんだ。
増産のために領地も広げてもらったからな、在庫も十分ある、いくらでも出荷できるぞ!」
ネクトルは魔たちの間でも非常に人気の高い果実で、ネクトル酒を作る分も殘しておかなければならない。
そのために、半年ほど前に樹人族の領地を広げ、ネクトルの増産を指示したわけだけど、文字通りそれが実を結んでいるみたいだ。
城へ戻った僕は、玉座に座ると同時に大きく息を吐いた。
「はぁ……疲れた」
「おつかれさまです、マオさま」
「みんなも疲れてるんじゃない?」
「私たちはし手伝っただけだ、接客のほとんどはマオ様がやっていたからな」
「接客が上手い魔王ってどうなんだよ……」
「何を言っている、かっこよかったではないか」
「ニーズヘッグ、お前ほんとに忠犬だな」
あれでかっこいいとか言われるのも複雑な気分だ。
と言うか、最近のニーズヘッグは、僕のどんな姿を見てもかっこいいと言ってくれてる気がする。
何もしなくても好度がうなぎのぼりだ。
……うーん、そろそろ関係をはっきりさせた方がいいのかな。
指を渡して1年以上、ほぼ進展が無いってのはさすがにへたれすぎるよね。
「まあ、疲れてないならいいんだけどさ。
明日からは新規客以外にもリピーターが來ると思う、さらに忙しくなるから早めに休んどきなよ」
「マオさまも疲れているようですね、ミュージィを呼んでおきますか?」
「あー……そうだね、お願いしようかな」
「わかりました、すぐに來てもらいますね」
グリムは玉座の間を出ると、城に常駐しているプチデーモンの元へと向かった。
フェンリルとの戦いで捕虜になった彼らは、今ではすっかり電話の代用品としてみんなの生活に浸している。
それなりにいい給金も貰っているので、概ね今の生活には満足してるみたいだ。
「じゃ、オレは明日に備えてもう寢るよ」
「おやすみ、ヴィトニル」
「おやすみー」
ヴィトニルも玉座の間を出ると、ニーズヘッグと2人きりになってしまう。
誰も居なくなったとたん、彼は何やらしそうに僕の方を見た。
こうして2人きりになるのも久しぶりだっけ。
最近は忙しくて、必ず誰かと一緒にいたからな。
僕は立ち上がると、おもむろにニーズヘッグのを抱き寄せた。
「マオ様っ……!?」
「こういうことをんでたんじゃないって言うんなら、突き放してくれていいよ」
「馬鹿を言うな、そんなこと出來るわけなかろう。
こうやってれ合えるのはもちろん嬉しいぞ、だが……」
「何か問題でもあるの?」
「この1年で、マオ様がいきなりを抱きしめられるようになるほど長したかと思うと、複雑な気持ちになってな」
低いトーンで悲しそうにニーズヘッグは言った。
何か盛大に勘違いをされている気がする。
「違うからっ、僕が抱きしめたのは……その、相手がニーズヘッグだったからで、他の子たちにはまだ何もしてないって」
「まだ、か」
墓を掘ってしまった。
決してそんなつもりで言ったわけじゃないんだけど。
「別に構わん、王とはそういうものだ」
「前回はそうじゃなかったみたいだけど」
「グリムのことか? あれはだから例外だ。
とにかく、マオ様が誰にどう手を出そうと私は何も言わぬし、私だけを見てくれともまぬ。
ただ……私を一番最初に選んでくれたことは、素直に嬉しい。
それだけのことだ」
ニーズヘッグがさらにを著させてくる。
のラインやらかさを全でじながら、僕の心臓は高鳴っていた。
いい雰囲気だと思う。
今なら、次のステップに踏み出せそうな気が――
「あああぁぁぁぁぁぁっ! 私がミュージィに連絡してる間に2人で何ラヴい雰囲気を出しちゃってるんですか、マオさま! ニーズヘッグも!」
――あぁ、そうだよね、そういう流れだよね、わかってたよ!
玉座の間にグリムが戻ってくる。
彼は抱き合う僕とニーズヘッグを引き剝がすと、自ら僕に抱きついてきた。
「ニーズヘッグを抱きしめた分、私も抱きしめて貰いますからねっ」
「はいはい、わかったよ」
僕がグリムのに腕を回すと、彼は幸せそうに肩に顔を埋めた。
引き剝がされたニーズヘッグの方を見ると、あちらも苦笑いしながら僕の方を見ていた。
彼は引き剝がされて怒ってるって風でも無さそうだ。
むしろ微笑ましく僕とグリムのやり取りを見ている。
「それでは私はもう休むよ。
おやすみなさい、マオ様」
「うん、おやすみ……また明日」
「ああ、また明日だ」
満足げな表で玉座の間を去っていくニーズヘッグ。
その後、僕はミュージィが來るまでグリムに抱きつかれ、それを目撃したミュージィに「魔王さまはやり手ですだ、私にも手を出してしいですだ」などとからかわれながら、思う存分スライムマッサージを堪能したのだった。
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