ニーズヘッグが待機する魔王城前。

町中で待機するヴィトニル、ザガン、フォラスから帝國兵が現れたとの報告がプチデーモン越しに屆く中、彼は1人のと対峙していた。

そのもまた、兵と同じようにディアボリカの魔王城のある山の付近に転移し、そしてこの場に姿を表した。

修道服をにつけ、気味が悪いほど慈に満ちた笑顔をり付ける彼は、

「ごきげんよう、わたくしはカーリス・フェクティオと申します」

丁寧にそう名乗った。

ニーズヘッグは黙ってカーリスと名乗ったを睨みつける。

の手には、白くる寶石が埋め込まれていた。

それを見てニーズヘッグは気付く。

あれこそが、のアーティファクトなのだと。

「ああ善かった、幸いなことに魔王様は不在のようですわね」

「それを狙ってきたのであろう？」

「事には想定外がつきものですから、特にあのような規格外の方に関しては。ですが不在とわかれば安心です、アーティファクトを奪うという任を安心して遂行することができます」

まるで自分のことを歯牙にもかけないかのような発言を聞いて、ニーズヘッグは骨に不機嫌になる。

「ニーズヘッグの名を聞いたことがないのか？　舐められたもんだのう」

「知っていますよ、ドラゴンでしょう？　知った上で言っているのです。あなたがドラゴンだろうと、フェンリルがいようとデーモンがいようと、私たちをこの町にれてしまった時點で、あなた方の敗北は決まってしまったのですから」

「なに？」

カーリスがニーズヘッグの疑問に答えるよりも早く、それは始まった。

ドオォォォン……。

重く激しい発音がディアボリカの町から響いたのだ。

それも一つだけではない。

ドォン、ドォンと繰り返し、西、南、東と仲間たちが待機しているはずの場所で、繰り返し何度も何度も発が起きている。

ニーズヘッグのすぐ側で飛んでいるプチデーモンが、ヴィトニルの聲を伝えた。

『発っ……自だと！？　最初からこれが目的……なっ、うそ、だろ……？　自したはず、いや、それどころかさっき切り落とした足首だって……なんで、なんであいつら無傷なんだよっ！』

ザガンとフォラスも同様に戸いを見せていた。

『さっき切ったはずだ、なんで元にもどってるんだ！　なんでしなないんだ！？』

『再生しているのか、それで自を繰り返して……くうぅっ……！』

聲の焦り合から、迫した狀況が伺える。

自、再生。

その2つの単語から、ニーズヘッグはカーリスの戦法が想像できてしまった。

「あら、先にネタバラシされてしまいましたわ、殘念」

「アーティファクトの力か」

「いかにも、ですわ。この力のおで、わたくしは帝國の、皇帝であるディクトゥーラ様のために何度もに刻み込んだ自式を発できる、何度も何度も何度も命を捧げることが出來る！　あぁ、なんて素敵なのかしら……ッ」

「似非シスターめが、その格好は神ではなく皇帝を崇拝するためか」

「いずれ神に等しい存在になられる方ですもの、流行の先取りですわ」

恍惚とした表で笑うカーリスに不快なものをじたニーズヘッグは、問答無用で手のひらからブレスを彼の頭目掛けて放つ。

見事命中し、首から上が吹き飛ぶものの――すぐさまから発生したが頭部へと集中し、そして元の不快な顔に戻ってしまう。

即死させれば再生すら出來ないのではないかと微かな希に賭けたニーズヘッグだったが、無駄だったようだ。

「野蠻な人ですね、これだから魔は」

即死しても那由多分の一秒の間すら空けずに再生させれば、から魂が離れていないので治癒は可能――というアーティファクトを作った神の理屈。

それがカーリスの、そして帝國兵たちの無茶な自戦を可能にしていた。

「野蠻な人とのお付き合いは控えるよう心がけておりますの、だから……早々に終わらせてしまいますね」

「舐めるなと言っておるだろう小娘がっ！」

再びニーズヘッグがブレスを放つ。

しかし、その先にカーリスは居ない。

「舐めてなどいませんわ」

聲は背後から聞こえた。

転移魔法だ、詠唱を予め済ませておき、発するだけの狀態にしていたのだ。

これが帝國兵の定石手。

ニーズヘッグは振り向きもせずに、全力で前方に向けて跳躍する。

転移魔法の話は聞いていたが、ニーズヘッグが実際に戦するのは初めてだ。

対応が微妙に遅れてしまうのも仕方ないことだった。

「わたくしの方が強い、というだけですから」

そう言って、カーリスはに刻まれた自式を発させる。

ドォォオオンッ！

片や骨片を撒き散らしながら盛大に発するカーリス。

しかし、のパーツだけが時間を戻したかのように元に戻っていく。

本來なら長い詠唱を必要とするであろう規模の発魔法を詠唱無しで発した挙句、本人は無傷のまま。

インチキめいたその戦に歯ぎしりしながらも、ニーズヘッグは必死で心地から距離を取ろうとする。

だが完全に回避することは葉わず、彼は炎に曬されながら吹き飛ばされた。

「あ、ぐっ……！」

背中が熱い、炎に焼かれている。

ニーズヘッグの鱗の頑丈さは今のになっても引き継がれていたが、発はその強度を貫通するほどの威力を持っていた。

人間なら吹き飛ばされて全バラバラになっている所だろう。

「小癪な真似をぉッ」

ニーズヘッグは飛ばされながらも空中でバランスを取り戻し、靜止した。

「空を飛べるだなんて羨ましいですわ」

「そうか、普通の人間は空は飛べぬのだったな」

普段からマオを見て覚が麻痺していたせいで、てっきり相手も空を飛べるものだと思い込んでいた。

だが、この戦いにおいて実際に飛べるのは彼だけだ。

空対地なら圧倒的優位で進められる。

ニーズヘッグは空高く舞い上がった。

そして、地表に向けて続けざまにブレスを放とうとするが――

ドォオオンッ！

カーリスはなぜか誰も居ない地表で自してしまった。

「何をしているのだ？」

彼の意味不明な行にニーズヘッグは首を傾げる。

しかし次の瞬間、その意図に気づいた。

「ごきげんよう」

空中に居るはずのニーズヘッグに、ニコリと笑いかけるカーリス。

彼は発の衝撃を利用して、再生しながら空高く舞い上がっていたのだ。

「やればできるものですね」

での発點を微妙に調整すれば、こんな蕓當も出來てしまう。

そして挨拶もそこそこに、彼は再びぜた。

ニーズヘッグは風を両手でガードしながら後退するも、マオが気にってくれた自慢のドレスが破れ、が焼ける。

「狂っておるのか、このっ！」

ニーズヘッグがそう吐き捨てた。

狂信者、そんな言葉が彼の脳裏をかすめる。

エイシャから話を聞き出したあと、マオとふたりきりになった時、彼がそんな話をしていたのを思い出したのだ。

帝國はまともじゃない、あれは國家ではなく無條件かつ盲目的に従う狂信者を生み出すための宗教だ、と。

まったくもってその通りだ、わざわざシスターの格好までして自を繰り返すなんて、完全に狂いきっている。

ブレインリライターでも使わない限り、彼を変えることは出來ないだろう。

その後も、カーリスは何度も自を繰り返した。

魔王城上空にまるで花火のような発音が鳴り響く。

距離を取っても、ブレスを放とうとも、カーリスは止まることは無かった。

その度に発を繰り返し、その風でニーズヘッグに迫ってくるのだ。

もちろん普通に飛んでいるニーズヘッグに比べて、カーリスの飛び方はひどくいびつで不格好だ。

「あっはははははははっ、捧げてるっ、わたくしったら命を捧げてるぅぅぅっ！　褒めてぇっ、褒めてくださいましディクトゥーラ様あああぁぁぁんっ！」

まるでエクスタシーに達しているかのように、骨折した四肢をぶらんとさせながらを痙攣させるカーリス。

その姿は一見して稽なようにも思えたが、己のの中をぶちまけながら、笑顔で猛スピードで迫ってくるシスターという絵面は、ニーズヘッグにとっては恐怖の対象以外の何でもなかった。

ドゴォッ！

自のタイミングを見計らい、ニーズヘッグが踵でカーリスを地面に叩きつけようとするも――

「ははははっ、あはははあぁぁぁんっ！　……ぼごっ」

再び彼のはぜ、そしてだけが上空へと戻ってくる。

ジリ貧だった。

ニーズヘッグはすでにカーリスを數百回は殺しているはずだ。

単純な実力ではニーズヘッグの方が圧倒的に上である。

しかし何度殺しても死なない以上、消耗するのはニーズヘッグの方だけ。

マオのように無限の魔力があるのなら千日手を続けることもできただろうが、あいにくニーズヘッグの魔力は有限。

加えて治癒魔法も使えない。

じわじわと焼けていく、強くなっていく痛み。

彼はそれに耐えつつも、限界は確実に近づいていた。

現に、彼の回避のスピードは落ちてきている。

それはダメージの増加を意味する。

ダメージの増加、消耗の加速、回避速度の低下、そんな負のスパイラル。

それでもニーズヘッグは諦めなかった。

無駄だとわかっていてもブレスを放ち、時に毒魔法を放ってみたり、神経毒で相手のきを封じてみたり。

だがそのどれもが、一度自されるだけでリセットされてしまう。

何が有効な手なのか。

痛みに耐えながら必死で頭を使う。

だが思い浮かばない。

それもそのはず、だってそんなものは存在しないのだから。

「てれ、ぽう、てい、しょん」

ニーズヘッグが答えのない問いに挑んでいる隙を見て、カーリスがぎめいた聲で魔法を発させた。

――テレポーテーション。

それは帝國が作り出した、短距離の転移魔法。

もちろん発のためには詠唱が必要だが、彼はその詠唱を発のどさくさですでに済ませていた。

カーリスはニーズヘッグの前方から姿を消し、背後に現れる。

発による突進だけを警戒していた上に、消耗しきっていたニーズヘッグは、突然発した転移魔法に対応できず。

ぴたり、と。

カーリスはニーズヘッグを背中から優しく抱きしめた。

「つーかまーえた。うふふっ」

ぬるりとした人の溫がニーズヘッグを覆う。

死のに、全が一瞬で粟立った。

「おしまいですわ。それでは、善き殉教を」

耳元で狂人が天使のように甘く囁く。

「しまっ――」

ニーズヘッグは自らの失敗を嘆く言葉を言い切ることすらできない。

カーリスは自式を発させ――

ドオオォォオオンッ！

2人は互いにの一部を撒き散らしながら、地面へと墮ちていった。