《ぼくは今日もをむ》#15 魔法の使い手
「二回戦の勝者――挑戦者、ライム・アプリコット!」
司會の宣言と観客の歓聲で、ぼくはふと我に返った。
勝った……のか。
かなりギリギリだったが、これでなんとか次のミントへ託せる。
しかも、もうすぐでこんな命懸けの試合も終わるはずなのだ。
次の三戦目が、この戦いのラストなのだから。
「ふぅ……戻るか」
誰にともなく呟き、ぼくは踵を返す。
來た道を戻り、また同じ通路を通る。
その途中で、一人の男がミントを連れて歩いてくる。
徐々にミントとぼくの距離がまり、やがて通り過ぎようとしたとき。
ただ、ぼくたちは頷き合った。
――心の中で、応援と信憑を込めて。
§
「ただいま、ユズ」
「おかえりなさ……って、ここは別に家じゃないですよ。でもまあ、お疲れ様です」
「うん、ありがと。ユズもね」
お互いを労い、ぼくはモニターの畫面を注視する。
そこには、今登場したばかりらしい対戦相手の姿が映し出されていた。
ぼくの第一印象としては――魔だ。
アニメなどでよく見かけるような三角帽子を被り、黒いローブを羽織っている。
更に右手には杖を攜えていることから、魔法を巧みに使ってくるタイプだということが分かる。
よく見えないが、赤のセミロングが似合っていてかなり人……いや可いと言ったほうが正しいか。
清楚そうな見た目とは裏腹に、上部の畫面には驚異的なステータスが表示されていた。
筋力:71
耐久:2966
敏捷:1494
力:707
魔力:998208
知力:10958
固有スキル:無限貯蔵
魔力が、およそ九十九萬。
ルーベルやルカも相當の數値を有してはいたが、その二人よりも上だ。
筋力の低さなどがあまり気にならないくらい、魔法の威力が凄まじく高いのだろう。
「あの人の名前はポメロ・アリーリル。魔法國家出の、有名な魔師ですよ」
「へえ、魔法國家ってのもあるんだ」
「はい。ここからはかなり遠いんですけどね」
「そんな人が、何でこんなところでこんなことしてるんだろう……」
訝しんでいる間に、今度はミントがフィールドに登場した。
いつも表に乏しいため非常に分かりにくいけど、し張しているような気がする。
まあ、無理もない。
ぼくだって、おそらくユズだって、多なりとも張はしていた。
ただ、その張が故の失敗、敗北は避けたいところだ。
筋力:555
耐久:921
敏捷:649213
力:394412
魔力:6
知力:210
固有スキル:蓄積無敵
「……えっ?」
驚いた。
ルーベル、ルカ、そしてポメロ……三人の圧倒的な數値を見たとき以上に。
ミントのステータスって、こんなに高かったのか。
魔力が異常に低すぎるのだって、ハンデにすらなっていない。
まさか、十萬を遙かに越えた能力が二つもあるとは。
正直、ぼくはミントのことを侮っていたのかもしれない。
「ついに、この勝負で決まってしまうのでしょうか! 三試合目、ポメロ・アリーリルVSミント・カーチス開戦――刮目せよッッ!」
心なしか、司會のテンションも上がっている気がする。
ぼくもミントの能力を見て、これなら勝てると確信を抱きはしたが。
よくよく考えてみると、ポメロは魔法の使い手だ。
それに対し、ミントの魔力はたった6。
一発でも食らってしまえば、一瞬で消し炭と化すだろう。
とはいえ、ミントは敏捷の値が途轍もなく高い。
回避し続けることができれば、問題ない。
「ん~……六十四萬に、三十九萬。強いんデスねぇ~?」
「……そうでもない。あなたの九十九萬には負ける」
「そんなことないデスよ~。ワタシの攻撃なんて、キミの敏捷値があれば避けられちゃいマスって~」
「……あなたのことは知っている。ポメロ・アリーリルほどの魔法の使い手なら、避けられないような魔法を放ってくるはず」
「ちょっ、ハードルを上げるのはやめてクダサイよ~。そんなの難しいんデスから~」
な、なかなか戦闘が始まらない。
ポメロって、意外とお喋り好きなのかもしれない。
あまり悪い人には見えなくなるから困る。
……でも。ぼくは聞き逃さなかった。
さっきのミントの発言に、返したポメロの言葉は「難しい」だ。
そう。一切「不可能」とは言っていない。
「みんとサン。もし、この戦いで負けたら……どうしマス~? 先の二人がせっかく勝って繋いでくれたものを、たった一人、キミが。キミだけが負けてしまったら、悲しいデスよね~。悔しいデスよね~。申し訳なくなりマスよね~。地獄で、後悔したくなりマスよね~」
「……何が言いたいの」
「ししっ……もう、最初からワタシの勝利は確定しているんデスよ」
「……ッ!?」
轟音。
ポメロがニヤリと不敵な笑みをらしたのと同時に、さっきまでミントがいた場所が突如として風に包み込まれた。
何だ。何が起こった。
ポメロとミントは會話をしていただけで、どちらも妙なきは何もしていなかった。
一歩もかず、手足をかすことすらせず、ただ口だけをかしていた。
じゃあ今の発は、一どうやって。
「……どういうこと。何をしたの」
風の中から、ではない。
いつの間にそこにいたのか、ミントはポメロのすぐ背後で言葉を投げかけた。
「もう~、いきなり後ろに立つのはやめてクダサイよ~」
「……答えて。あなたは、いつ、何を――」
ミントの問いは、途中で遮られてしまった。
頭上から降り注いできた、一筋の雷いかずちによって。
ミントは既すんでのところで躱し、ポメロからはし離れた場所に立つ。
やっぱり、魔法を放つ素振りなど一回もしていない。
なのに、どうしてこんなにも強力な魔法が次々と襲いかかるんだ。
「仕方ありマセンね~。特別に、教えてあげマス。ワタシの九十九萬は、一度に放つ魔力の高さではないんデスよ~」
「……?」
「分かりマセンか~? そうデスね~……九十九萬という數値の魔力を何百分の一、何千分の一、何萬分の一にめ、その一つ一つを空気中にばら蒔くことができるんデスよ~。これが、ワタシの固有スキル――〈無限貯蔵〉デスね~」
「……空気中に、ばら蒔く?」
「そうデス~。つまり、このフィールド上には無數のワタシの魔力が充満している狀態なのデス。だから、ワタシがちょっと意識すれば――」
剎那、どこからともなく現れた水の線がミントに直撃した。
ミントは吹っ飛ばされ、壁に激突する。
「――こうやって、いつでも魔法を使うことができるわけデス」
壁に激突したまま起き上がれずにいるミントを見據えたまま、ポメロはニッと白い歯を覗かせた。
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