《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》119 君を迎えに來たんだ

フラムたちと別れたネイガスとセーラ。

二人はキマイラを撒き、魔王城の裏手へと向かっていた。

「裏口なんてあるんすか?」

「もちろん。野菜のった袋をぶら下げて、誰かがあの大きな玄関から城にっていたら気が抜けるでしょう?」

確かにアンバランスな絵面ではある。

しかし、セーラの前方に見える裏口の存在を、ディーザが知らないはずもない。

罠が仕掛けられている可能も考えられるが、ネイガスは迷わなかった。

セーラがマリアとの対話を求めているように、おそらくマリアも――彼は認めないだろうが――それをんでいる。

ツァイオンとディーザも同じく。

つまり、自分たちの見えない場所で、罠やキマイラに殺されるというつまらない決著はんでいないはずなのだ。

ゆえに罠などというつまらない方法で殺したりはしない。

裏口のドアを開くと、そこは廚房だった。

音とに反応して、ネズミや蟲らしき影が一斉にく。

しばらく使われていないのか、棚の上などはし埃をかぶっていた。

ネイガスは一瞬だけ足を止めて、慨に耽るように周囲を見回す。

ここには幸せな記憶しかない。

い頃ディーザに料理を教えてもらったこともあった。

シートゥムが『兄さんに渡したいんです』と言うのでネイガスがお菓子作りを教えたこともあった。

日常と、非日常の想い出が詰まっている。

しかし今や、魔王城に充満しているのは幸福どころか、死の匂いだ。

「ネイガス、大丈夫っすか?」

の異変を察知して、セーラが心配そうに顔を覗き込む。

「大丈夫じゃないわ。でも、セーラちゃんの顔を見たら復活した」

お世辭抜きで、本當にそう思う。

たとえ悲劇が幸福を塗りつぶしたとしても、その悲劇はさらなる幸福で上書きすることができる。

なぜなら、ネイガスの隣にはセーラがいるのだから。

「行きましょう」

の手を引いて、ネイガスは廚房を出る。

その先は食堂に続いており、さらに先に進むと、赤い絨毯の敷かれた長い廊下が現れた。

そこに足を踏みれ、ネイガスが左を向いた瞬間、視界は閃に包まれる。

魔法ッ!?」

はセーラを抱きしめながら、食堂の方に飛び込んだ。

「っぐ……!」

線は廊下の全てを焼き盡くしながら、二人の眼前を掠める。

「ネイガス、今のはマリアねーさまの魔法っす!」

「あっちも私たちのことを待ちけてたみたいね。ここはやり合うにはちょっと狹いかしら」

「問題ないっす、話すには十分っすから」

いきなり殺しにきたマリアがセーラの話に取り合ってくれるものだろうか――ネイガスの中に不安が渦巻く。

しかしセーラは信じている。

自分の言葉が、必ず彼に屆くはずだと。

無謀なまでの愚直さを見習いたい一方で、そのさを支えるのが自分の仕事だ、と自らに言い聞かせた。

線に焼かれた廊下の壁や床は熱で赤く変し、どろどろに溶けている。

その上をゆっくりと歩き、マリアは食堂にってきた。

仮面を被っているため、表は読み取れない。

いや、どのみちその下もの渦で埋め盡くされているため、外見からを見て取るのは不可能なのだが。

「マリアねーさまっ!」

セーラが前のめりになりながら彼の名を呼ぶ。

するとその頬を、の刃が掠めた。

「セーラちゃん!」

「平気っす、最初から殺すつもりは無かったっすから。そうっすよね?」

怯える様子すら見せないセーラ。

先ほどのの帯も、ネイガスが避けることを想定していた――そう信じているのだ。

そんな彼を見て、マリアはかすかに首をかしげ、初めて言葉を発した。

「解せませんね。ここまで來て、なぜそのようなことを言えるのか」

「おらはねーさまが優しい人だってことを知ってるっす」

「気のせいでしょう」

「じゃあ、どうして捕まえたネイガスを殺さなかっただけでなく、おらを助けてくれたっすか?」

「気まぐれです」

その聲が本心でないことは、ネイガスにもわかった。

マリアはずっと偽っている。

顔だけでなく、心にも仮面をかけて、ずっと自我を抑圧し続けている。

「それに、たとえ過去にそういったことがあったとしても、今は狀況が違うではないですか。あなたたちは明確に敵意を持って魔王城に忍び込み、私と出會ってしまった」

「おらはねーさまに會いに來ただけっす」

「殺すために、ですよね?」

「話すために決まってるっす!」

「話してどうするつもりなのですか?」

言いながら、彼は仮面を外す。

そこには不規則に脈打ち、隙間からを滴らせるの渦があった。

「わたくしにはもう、人として生きる道など殘されていないというのに」

もはやも心も外道に墮ちた。

天高く、遠くに見えるへの未練すら殘っていない。

マリアはそう主張する。

「よもや奇跡を信じて、わたくしを人に戻そうとしているのですか? ふふふ、いくらセーラが子供と言えど、現実を見なければ――」

「わかってるっすよ」

セーラが彼の言葉を遮った。

どこかのある表で。

「ねーさまがもう助からないことは、わかってるっす。オリジンが破壊されれば、そのは崩壊するんすよね。おらたちが負けても、どうせねーさまは死ぬっす」

「……だったら、何のために話など?」

うマリア。

セーラがそれを理解するほど長していたこともそうだし、それでもなお説得を続けようとする行も解せない。

すると彼は、目を背けたくなるほど真っ直ぐな瞳でマリアの目を見ながら言った。

「ねーさまの自暴自棄をやめさせて、人として終わりを迎えてもらうためっす」

として死ぬか、人として死ぬか。

一見同じ死に見えて、そこには大きな隔たりがある。

なくとも、セーラはそう考えていた。

「憎悪から悪意が生まれても、最初はねーさまの全てを支配するようなものじゃなかったはずっす。でもほとんどの人は、家族を、大切な人を殺された憎しみには抗えない。優しいねーさまは、それでも復讐を果たすしかなかった」

マリアは黙って小さな聖の言葉に耳を傾けている。

は、教會の悪事を知った。

自分の故郷を襲い、家族を殺した首謀者が、自分を育ててきた教會であることを知ったのだ。

強い憤りが彼を支配しただろう。

そしてを任せ、初めての罪を犯したとき――おそらくマリアは、強い罪悪に苛まれたはずだ。

「でも、苦しかったんすよね。自分の優しさが毒に思えるほど、善意が悪意を責め立て、苦痛を味わうことになったはずっす」

ベッドの中で布団にくるまりながら、他者を傷つけたことを悔いる。

聲を押し殺しながらも、何度も何度もび、布団に拳を打ち付ける。

やがて気分が悪くなり、洗面所に駆け込んで、涙を流しながら嘔吐する。

顔をあげると、鏡にはの姿が映っている。

そのあまりの醜悪さに、髪をかきしながらまたぶ。

そんな夜を、數え切れないほど過ごしてきた。

なぜ裏切られたのは自分なのに、自分が苦しまなければならないのか。

葛藤は、しずつ彼の心を汚していった。

「だからねーさまは、自分を悪人にすることを決めたっす」

善人のまま犯す罪と、悪人が犯す罪。

前者は苦痛で、後者は快楽である。

「悪人になりきってしまえば、誰かを傷つけても、自分が傷つく必要は無いっすから」

「そうですね、セーラの言う通り――わたくしは自らの意志で、悪人になりました。そして差しべられたいくつもの手を切り落として、オリジン様の傍に立っています」

「でも……ねーさまは、悪人にはなれなかったっす」

の渦がぴくりと震える。

まるでマリアののゆらぎを表すように。

「悪人になってもなお、『本當は悪人になんてなりたくなかった』って、苦しみ続けてるんすよね。だからさらに自分を追い詰めてるっす」

ゆえにマリアは、彼の考える『過ち』を、あえて選ぼうとする。

みもしない化を手にれて」

あのとき大人しく死んでおけばよかった。

何度そう思ったことか。

みもしない殘酷さを己に強いて」

尊き戦士の死に様だけは汚してはならない。

何度そう悔いたことか。

「そして、みもしない大切な人の死を強引に背負うことで、完全なる悪人になろうとした。自分の中に殘っている微かな善の心を殺そうとしたっす」

世界で唯一、自分を抱きしめてくれる人を殺してしまった。

何度、その罪に夢の中で殺されたことか。

「たぶん、ねーさまはもう、復讐のために戦ってるんじゃないと思うんすよ」

「わかったようなことを」

「わかってないのはねーさまだけっす。今やねーさまは、自暴自棄になって、悪人になるために罪を犯そうとしてるっす。無意味なんすよ、そんなのは!」

マリアが憎んだ教會はもはや存在しない。

そんな世界で、無差別に命を奪ったところで、彼のなにが満たされるというのか。

「わたくしはこの世の全てを憎んでいます。人も魔族もみな醜い、全てオリジン様によって浄化されるべきなのです」

心にもないことを言う。

だから言葉に説得力が生まれない。

「そういうことにしたいから、わざわざライナスさんを殺したんすね」

「彼も人です、世界が真なる平和を手にれるために殺すのは當然ではないですか」

「噓を重ねたって、自分が辛くなるだけっす! 本當は殺したくなんて無かったくせに!」

「ふふふっ、自分が死にたくないからと言って、そんな詭弁でわたくしを懐しようと言うのですか?」

話題をそらすのは図星だからだ。

の本心は、今すぐにでも自分自を殺したいほど後悔しているはずである。

しかし認めない。

それを認めた瞬間、彼は自分の罪に潰れてしまうから。

「セーラにはわかりません。だってあなたが家族を失ったのは心がつく前ではないですか。家族との想い出もまともに覚えていないくせに、理解者面をしないでいただきたいですね」

「理解者を名乗るつもりはないっす。人間はそう簡単にわかりえないっすから。価値観も違って、生き方も違って、たぶんわかりあったつもりの相手でも、噛み合わないことだらけっす」

セーラは戦いの中でそれを知った。

だが、だからと言って諦めようとは思わない。

「でも――ねーさまが無理をしてるのは、誰の目から見ても明らかじゃないっすか! そのまま死んだって、ねーさまは後悔の中で苦しみ続けるだけっす。なにからも解放されないっす!」

もし死後の世界があると言うのなら、地獄は永遠に続く。

必死で説得を続けるセーラ。

しかしマリアは鼻で笑う。

「だから諦めて死ねと?」

そんなつもりはさらさら無い、と差しべられた手を振り払うように。

「せめて最期ぐらいは、強迫観念ではなく、自分自の意志で選んでしいだけっす」

「ふ、ふふふ……くははははははっ!」

マリアは手で顔のの渦を覆いながら、悪役じみた笑いをあげる。

「ねえセーラ、わたくしにはあなたの言葉全てが、命乞いにしか聞こえないんです。どうにかしてわたくしを絆ほだして、敗北の見えた戦いを避けようとしているようにしか!」

両手を広げ、その上でマリアの魔力が渦巻く。

の粒子が激しく回転し、威力を高めていく。

すでにセーラとネイガスを消し飛ばすには十分すぎる力があるにも関わらず、それでもなお。

「だから人間は信用できないッ! これ以上わたくしをわすのなら、死になさい!」

両手の魔力を一つに合わせ、激しく回るのカッターを投擲した。

出から命中まではほぼ同時。

そのきを呼んでいたネイガスは、セーラを押し倒すように地面に転がった。

「づっ……わすとか言ってる時點で揺してるじゃないっすか、ねーさまのわからずやーっ!」

衝撃に顔をしかめながら、子供っぽい本音をらすセーラ。

「セーラちゃん、まずは戦うしかないわ! そんで足を止めて、また説得する。それでいい?」

「うぅ……わかったっす!」

本當は戦いたくなどない。

だが現実はそう甘くないことは、彼も理解している。

起き上がりながら、ネイガスはスキャンを発した。

圧倒的な差があることはわかっているが、とりあえずマリアのステータスを把握しておきたかったのだ。

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定ヲ九:28315

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帙s:29156

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の目に映し出された文字は、もはや読める部分の方がなかった。

ステータスを表す數字だけは無事だったのがせめてもの救いか。

もっとも、その數値は見ただけで目眩がするほど圧倒的なものであったが。

(そりゃフラムちゃんじゃなきゃ倒せないわけよねぇ……)

その能力は、人や魔族を超越している。

しかもオリジンの封印解除が進行している影響か、ライナスを殺したときよりもさらに強化されていた。

コアの破壊の問題だけでなく、フラムでなければ単純に力不足で太刀打ちできないのだろう。

しかし、足止めの役割を任せられた以上、それだけは全うせねばならない。

もっとも――命を賭けてまでやるつもりはなかった。

まず第一に、二人で生き殘ること。

それが大前提だ。

「ダークネスフォグ!」

ネイガスが手を振るうと、黒い霧がマリアにまとわりつく。

これで視界を塞ごうというのだ。

だが彼が軽く腕を払うと、の魔力に中和されて霧は一瞬で消えた。

「小手先だけの子供だましが通用するとでも?」

そしてマリアは手をかざし、反撃の魔法を放つ。

蝶の鱗のようにの粒子が舞い散った。

それは“名もなき魔法”だ。

つまり、の魔力をただ放出しただけの、低威力、なおかつ非効率的な魔法の行使。

しかしマリアの圧倒的な魔力によって、ただそれだけの魔法もそれなりの威力を持つ。

の粒子がテーブルにれる。

するとぼんっ、と粒子は破裂し、巻き込まれたは綺麗サッパリ消滅した。

要するに、マリアは二人を舐めているわけではなく――人を破壊するには、この程度で十分なのだ。

「パルスレイ、っす!」

セーラが両手をかざし、拡散する線を放つ。

それらは的確に粒子を打ち抜き力を拡散させた――が、割に合わない。

らがマリアの攻撃を防いでいる間にも、彼は次の魔法の準備を始めていた。

そんなマリアもスキャンを発し、セーラのステータスを確認している。

戦力を測るためではない。

力の差は歴然だ、ただの人と魔族が今のマリアに勝てるはずもないのだから。

つまり、それは単純にセーラの長を確かめるための行為だった。

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セーラ・アンビレン

筋力:1563

魔力:4417

力:1524

敏捷:1532

覚:982

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見違えるようだ。

ネイガスとの旅、そして極限狀況で生き抜いてきた経験は、セーラをここまで長させた。

この調子で長していけば、彼が18になる前に、人だった頃のマリアは簡単に越えて見せるだろう。

神的にも、的にも――セーラこそが、聖に相応しい。

ゆえに、嘆かわしい。

「どんなに長しても……オリジン様の前には無力なのです」

それを潰さなければならないことが。

だが一方で、『大きな罪を背負うことができる』と歓喜していた。

セーラはい、それはポイントが高い。

セーラは自分を慕っていた、それもポイントが高い。

いい子で、才能に溢れていて、好きな人との未來を信じていて――ああ、それら全てを踏みにじれば、今度こそ自分は完全なる悪になれる――と、未だにマリアは葉わぬ夢を追い続けているのだ。

そんなことをしたところで、罪悪からは逃げられないというのに。

「ポーレンポーラー・イリーガルフォーミュラ」

マリアの手のひらから、花のように小さなの粒が飛んでいく。

それは先ほど彼が散布した粒子に混ざり、すぐに區別がつかなくなった。

だが適當にばらまかれた魔力とはことなり、それは強大な力が込められた、いわば“弾”であった。

「クリムゾンバレット!」

「ジャッジメントクラスターっす!」

闇の竜巻と、小さなの剣がマリアの粒子を破壊していく。

セーラとネイガスは、後退しつつの防戦一方で、マリアの放った魔法に気づけるはずもなく。

セーラの放ったの剣が、他の粒子と同じように“ポーレンポーラー”の粒とれ合った瞬間――彼の視界はホワイトアウトした。

「エアバーストォッ!」

咄嗟にネイガスがき、二人の足元で風がぜる。

そしてセーラを抱きしめながら自らの魔法で吹き飛び、さらには壁を破壊して城の外にまで退避した。

それでようやく、ギリギリ・・・・だ。

上空を舞うネイガスたちは、ぜたの魔力がドーム狀に広がり、先ほどまで自分らのいた一帯を包み込むのを見ていた。

そこから発せられる熱に、じりじりと二人のが焼かれる。

さらにエアバーストの衝撃で、ネイガスの鼻からはが流れていた。

「ヒール!」

セーラが軽く魔法を唱えると、ひとまず出は止まる。

「ごめん、セーラちゃん……大丈夫?」

「謝るのはこっちっす。迂闊だったっすね」

「あの狀況で何も仕掛けてこないはずがないもの――っとぉ!?」

ゴオゥッ! と地上から極太のの帯が飛んでくる。

それは回避したネイガスのすぐ橫を通り過ぎ、さらに肩を焼いた。

「飛んでも無駄みたいね」

先ほどの魔法によって開いたから外に出たマリアが、平然と空を飛びながら近づいてくる。

もはや空中を舞うのは魔族だけの特権では無いらしい。

「ねーさま、これ以上やったって!」

「パニッシュメントレイッ!」

セーラの言葉を聞きもせず、マリアは再びの帯を放つ。

「めんどくさいねほんとっ!」

愚癡りながらも避け続けるネイガスに、マリアは繰り返し魔法で攻撃を加えた。

普通は連発できるようなものではない。

まるで自らの魔力が無盡蔵であることをアピールするかのようである。

しかしセーラを抱えながらくネイガスは、しずつ力を削られていた。

「また足手まといっすね……おら」

「そうでもないわよ。たぶん、私だけだったらとっくに殺されてると思うから」

「なんでっすか?」

「なんだかんだ言って、セーラちゃんのことは殺せないのよ。よっぽどライナスを殺した件を引きずってるのね。そうなんでしょう、マリア?」

「都合のいい解釈をしないでいただけますか?」

靜かな怒りに反応してか、マリアの放つの帯が、ネイガスめがけてねじれ、ぐにゃりと曲がる。

「おっと! 図星だからってそんなに的にならないでもいいのに」

「わたくしが、いつ的になったと?」

「ずっとじゃないかしら? たぶんあなた、化に向いてないわ」

「下手な挑発を!」

今度は手のひらから放たれる帯を、まるで剣のように振るう。

ネイガスが顔をしかめながらギリギリで避けると、背後にある民家や、セレイドの端にある壁までもが両斷された。

とんでもない威力を目の當たりにして、彼は「ひゅー」と口笛ではなく口で言った。

「こんなことしたってねーさまは幸せにならないんすよ!?」

「わかっています。ですが全てを悔やんだところで、もう何もかも手遅れなんですッ!」

「手遅れでも、まだやれることはあるはずっす!」

「わたくしは、中途半端な救いなんてんでいない! ディヴァインシージ、これで逝きなさいッ!」

マリアが手をかざすと、の粒が空中に現れ、セーラとネイガスを包囲する。

ぱっと見はまるで星空のようでしいが、それはれた瞬間にが吹き飛ぶ強烈な機雷である。

それが、數千。

空中戦に慣れている分、多は魔族が優位かとネイガスは考えていたが、ここまで力の差があるともはや相や慣れなど関係ない。

どこにいようが不利だ。

「なら障害のある地上の方がまだマシか……セーラちゃん、強引に突破するわ、捕まってて!」

「わかったっす!」

「ソニックレイド・イリーガルフォーミュラッ!」

風のシールドを展開し、ネイガスは地上に向けて加速する。

粒子と粒子の間をうように方向を制しながら。

掠めただけで機雷は炸裂し、シールドを大きくえぐる。

それでもどうにか切り抜けられたのは、ネイガスの思い切りの良さがあったから。

あとし決斷が遅れていたら押しつぶされ死んでいただろう。

「逃しません!」

しかし突破したところで、魔法が消えるわけではない。

マリアが手を振り下ろすと、空中に浮いていた粒子が一気にネイガスたちに降り注ぐ。

はセーラを抱きしめながら前方に思い切り飛び込む。

「わたくしがむことはただ一つだけ。帰りたいのです」

「だったら!」

「だったら? 帰せるのですか? 家族のところに、みんなのところに、わたくしの故郷に、どうやってわたくしを帰すというのですか!?」

「それは……」

「できないでしょう? そう、わたくしを救える人なんて、もはやどこにも存在しないのです。その願いが葉わぬのなら、人として生きようが、化として死のうが同じこと!」

マリアは腕にを纏いながら急降下する。

そして地面に叩きつけられた拳は、ゴウンッ! と城全を揺らし、大きなクレーターを大地に刻んだ。

どうにか避けたが、その余波に吹き飛ばされる二人。

「どうせ結果が同じ悲劇なら、だったらわたくしは、できるだけ沢山の人を巻き込める方を選びます!」

「そ、そんなもの、ねーさまのみじゃないはずっす!」

「いいえ、これがわたくしのみです。みを失ったわたくしの、最後のみなのです!」

「自己中の極みね!」

ネイガスの風の球――クリムゾンスフィアがマリアに迫る。

すると彼は自ら手をばし、魔力ではなく腕力で魔法を握りつぶした。

「今さら何を。わたくしは最初から聖などではありません。も心も歪みきった、ただの化なのですから!」

マリアの手に、ひときわ大きなの剣が生される。

はそれを地面に突き立てると、腕を震わせながら引き抜こうとする。

だがなぜか、簡単には抜けない。

「だから殺します」

大地が揺れ、地鳴りが響く。

「誰も彼も、この世に存在する全ての者を、平等に、オリジン様の力で!」

ようやく抜けたの刃には、直徑數十メートルの巖塊が付著している。

それはもはや剣というより、槌――すなわち今のマリアが扱える、最大規模のメイスと化していた。

「なんかヤバそうじゃない?」

「お、大きいっす……」

二人は呆然とそれを見上げる。

逃げようにも、今から全力で走ったところで間に合うかどうか。

「それは――たとえセーラであろうとも、例外ではありません!」

マリアの聲に意志が宿る。

それはライナスを殺したときと同じく――奈落の深みに、自らをより貶めるための行為。

まったくもってセーラの言うとおりだ。

自暴自棄以外の何でもない。

「裁きの鉄槌ジャッジメントバニッシャー! 死ねえぇぇぇぇぇぇぇぇえッ!」

より強い誰かがいれば止めてくれたのかもしれない。

だが最初に彼に語りかけたのは、優しい誰かでもなければ、厳しい師でもなく――オリジンだった。

オリジンに頼った者は、例外なく破滅する。

それが運命。

つまりすでにその時點で、彼の終わりは決まっていたのだ。

だからせめて、死の間際ぐらいはオリジンの呪縛から解放できるよう――その意志があるから、セーラは圧倒的な力を前にしてもひるまない。

「セーラちゃん、行くわよ!」

「わかったっす、あれっすね!」

自分たちではマリアに太刀打ちできない。

それぐらいはわかっている。

ステータスでも負けているし、持久力でも勝てる見込みはゼロだ。

だから――いつかセーラが、キマイラに対して法外呪文イリーガルフォーミュラで一矢報いたように、極限まで高めた一撃を叩き込むしかない。

そのための方法を、二人は知っていた。

二人は前にばした手と手を重ねると、指を絡める。

「何をしようとも、今のわたくしの力にはぁぁぁぁぁぁあッ!」

「一人じゃどうしようもないことでも、二人ならどうにかなるっす!」

セーラとネイガスは互いに見つめ合い、意識を同調させた。

以前にやったときよりもずっとスムーズに魔力が混ざり合う。

それはセーラとネイガスの想いが高まっている証拠であった。

ゆえにその威力は、フークトゥスで初めて二人が“エンゲージ”したあのときを、遙かに上回る。

そして聲を揃え、高らかに魔法を唱える。

『エンゲージ・ジャッジメントテンペスト!』

二人の聲が重なり、巨大なの剣が、風の力によって高速で出される。

加算ではなく、乗算で威力を高めたその魔法は、瞬時に裁きの鉄槌ジャッジメントバニッシャーと衝突。

カッ、と視界の全てを白く染め上げるほどの閃を放ち、炸裂した。

視界が晴れると――マリアが叩きつけようとしていた巖塊は、本をわずかに殘して消失していた。

「な……あれだけ力の差があったというのに、わたくしの魔法が相殺された……!?」

唖然と立ち盡くすマリア。

まだ余力はあるが、自分が絶対的優位に立っていると確信していた彼にとって、それはかなりの衝撃だったようだ。

その隙に、セーラは舞い散る砂埃に紛れてマリアの背後に迫る。

そして背負っていたメイスを両手で握り、振りかぶって――命中する直前でぴたりと止めた。

「……っ。なぜ、止めたのですか?」

無論、その気配をじ取れないマリアではない。

の腕力でメイスを叩きつけたところで、今のマリアにダメージを與えることはできなかっただろう。

つまり己の無力さを痛させるため、そして至近距離で確実に命を奪うために、ノーガードでけようとしたのだ。

そして當たった瞬間に殺してあげようと思っていたのに。

止められてしまっては、その理由を聞かずにはいられない。

「ねーさまには、こっちのが効くと思ったからっす」

そう言って、セーラは背中からマリアに抱きついた。

「セーラ……どうしてそこまで。無駄だと言っていますのに」

の匂いが混ざってはいるものの、匂い自は変わっていない。

は紛れもなく、憧れのねーさまなのだ。

「結局のところ、おらのわがままっす」

「どういう意味ですか?」

「憧れの、大好きなねーさまが、このまま死ぬなんて嫌っすから。々言ってきたっすけど、突き詰めれば、おらがねーさまを諦めたくない理由なんてそれだけなんすよ」

大切な人に死んでしくない。

誰もが持つ、當たり前の

言ってしまえば、が深い。

セーラはそういう人間だった。

「そのような理由で……」

「そんなもんっすよ、誰だって。たぶん、っこにある理由なんて勝手なものっす」

たとえ結果が世界の滅亡を巡る戦いだったとしても――例えばフラムはミルキットと一緒に生きていくために戦ってきた。

そんなものだ、誰だって。

世界を変えたいとか、平和のためだとか、どんなに耳りのいい言葉を並べても、奧底にはごく個人的な都合がめられている。

「……そんな都合に付き合う必要は」

「無いっすよね。わかってるっす。それでも、優しいねーさまが化のまま死ぬなんて、嫌っす」

「……」

無言で俯くマリア。

は、甘い。

セーラに言わせてみれば、それは優しさなのだろう。

変わろうと思っても変われるものではない。

おそらく、生まれ持った分だ。

あるいは、両親からけ継いだものか。

どちらにせよ、彼がどんなに悪役を気取ろうとも、消えて無くなるものではないのだ。

「そんな言葉を伝えるためにここまで近づくだなんて、いくらなんでも無謀ですよ、セーラ。ネイガスさんも、止めるべきでしょう」

「気付いたらいなくなってたのよ」

大げさに両手をあげて呆れるネイガス。

その仕草から敵意はじられない。

なぜならマリアから発せられる殺意が和らいでいるからだ。

結局、彼は中途半端な自分から抜け出すことはできなかった。

いや――そもそも選んだ道が間違いだったのだ。

本來善の方角にしか進めない者が悪を選んだところで、極まるはずなどない。

「ネイガスさん」

「んー?」

「セーラの無茶に付き合ってくださってありがとうございます。あなたは、いい人なのですね」

「人っていうか魔族だけどね。まあ、悪人ではないつもりよ。あ、でもいたいけなセーラちゃんに手を出したって時點でヤバいかも」

「ふふふ、お互いに同意の上なら今回は目を瞑りましょう」

「ありがと。んで――どうするつもりなの?」

ネイガスは目を細め、真剣な表でマリアに問うた。

すると彼は聲のトーンを落として答える。

「どうにもならないでしょう」

「そう、そうよね」

「ええ、こんなですから」

二人だけで會話は進んでいく。

「ねーさま?」

まったく理解のできないセーラは、不安げにマリアの顔を見上げた。

すると彼の手がび、ローブの首っこを摑んで小さなを持ち上げる。

「ど、どうしたんすかねーさまっ!?」

うセーラ。

だがマリアは返答せずに、そのをネイガスに向かって放り投げた。

は両手で人をキャッチし、抱きかかえる。

「時間稼ぎは十分にやったわ、逃げましょう」

「で、でもねーさまがっ!」

「……ごめんなさい、セーラ。どのみち手遅れだったんです」

マリアは新たなの剣を作り出し、再び地面に突き立てる。

揺れる地面。

持ち上がる、巨大な巖の塊――すなわち裁きの鉄槌ジャッジメントバニッシャー。

「どうして……!」

「わたくしのはオリジン様に支配されている。わたくしの意志がそこから離れていけば、當然軌道修正・・・・がされます」

「ねー、さま……」

セーラの表に絶が満ちる。

そんな彼に向けて、マリアは一杯の笑顔を作ったつもり――だった。

傍から見ればの渦がいただけだが、きっと伝わったに違いない。

「逃げるわよ、セーラちゃんっ!」

ネイガスが風を纏って魔王城から飛び出す。

セーラは飛ばされないよう、必死に彼にしがみついた。

マリアのもすぐさま二人を追って駆け出す。

そして両手でしっかりと握りしめた巨槌を、容赦なく振り下ろした。

ゴオォォォッ――そのきによって空気がかき混ぜられ、まるで引きずり込まれるように風が吹き荒れる。

魔法によって作られた風のヴェールで、ネイガスとセーラはを守りながら、その範囲から出しようと前進を続けた。

だが――その攻撃は、二人はおろか、地面に衝突することすらなかった。

「ゲイルショット・スパイラル」

彼・は靜かにそう告げ、矢をる。

風と“螺旋”の力を得た一が、猛烈な竜巻を伴って、裁きの鉄槌ジャッジメントバニッシャーに放たれた。

そして見事に中央を撃ち抜き、貫通。

巨大なハンマー全にヒビがり、バラバラに砕け散る。

セーラとネイガスが“エンゲージ”でようやく相殺できたを、ただの一撃で。

貫通と砕という差はあるものの、その力は明らかに、まともな人間・・・・・・の放ったものではなかった。

「あれは、まさか……そんな、生きてたっすか!?」

「なるほど、そういうことだったのね」

驚くセーラとは対稱的に、ネイガスは冷靜だった。

そして自らの役目が終わったことを悟ったのか、その場を彼に任せて次の戦場へと向かっていく。

「……そんな、どうして」

そして殘されたマリアは、セーラ以上に驚愕していた。

魔王城にあるひときわ大きな塔の上に、彼は立っている。

弓を構え、緑の髪を風に揺らしながら。

それが誰なのかなど、誰だって一瞬でわかる。

「ライナス、さん……」

ライナス・レディアンツ。

死んだはずの彼が、マリアの前に現れたのだ。

の空をバックに、得意げな笑みを浮かべ、しかし――の大部分を、の渦に侵食されながら。

「ど、どうして、わたくしが殺したはずなのに、あなたがそんな姿で生きているのですかっ!?」

聲を震わせながら、彼に問いかける。

信じられない。

死んだはずのライナスが生きていたこともそうだし、そのがオリジンに侵されていることもそうだ。

コアを使って生存したことはわかる。

だがその副作用は激しく、顔は半分ほどが渦に飲み込まれていたし、に至っては、まともに人間らしい形をしているのは左腕ぐらいのものだ。

他の部分は、いつぞやのコアを二つ使用したチルドレンのように、赤い糸を束ねてねじったような異形と化している。

普通、ここまでが変質してしまえば、意識もオリジンに支配されるはずだ。

だが彼はそこに立っている。

他の誰でもない、英雄ライナス・レディアンツとして。

「どうシてって、愚問だなマリアちゃん。ンなもん決まってんだろ?」

ライナスは笑う。

し喋りにくそうに、だが以前と変わらぬ調子で、言葉を発しながら。

彼は真っ直ぐに生きてきた。

英雄として生き、役目を果たし、そしてマリアを追いかけ続け。

その人生に、死という罰を與えられるほどの罪は無い。

しかし、彼に悔いはなかった。

いかなる理不盡が襲いかかり、希に溢れた未來が閉ざされたとしても、嘆かない。

ただ変わらぬ想いをに懐き、それを貫き通すだけだ。

ライナスはその場から飛び、マリアの前に降り立つと、手を差しべこう告げる。

「君ヲ、迎えニ來たんだ」

どこへ、とは聞かない。

もはや行き先など一つしかないのだから。

ライナスの言葉は、彼のる矢のようにマリアの心を穿った。

揺とが締め付けらる。

そして、オリジンに支配された彼は、僅かな自我を取り戻すのだった。

    人が読んでいる<「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい>
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