《魂喰のカイト》33話 魔城攻略開始
イルムを除いた鋭隊は、まっすぐだった進路を変更、小さな弧を描くように魔城へ移している。
現在は草原から逸れた森を走っている最中だ。
悪い足場、木々などの障害。
速度はどうしても落ちる。
しかし、鋭隊が気になっていたのはそんなことではなかった。
《黒い……翼……?》
アリシアが思わず言葉をこぼす。
森にる前、チラと見えたもの。
イルムが自の背に構した翼。
リディル達全員がその漆黒の翼を目撃していた。
《あの結界、霧、そして翼。あいつは何者なんだ……?》
アルダスの記憶には、翼を持つ人間など存在しない。
剣闘士、そして勇者パーティとして戦ってきた歴戦の勇士であるアルダスに、人の技、魔法で知らないことがあるのは珍しいことだった。
《魔。人間に化けた魔だ。……それしか考えられねぇだろ。きっと俺らの寢首をかいてやろうと思ってたんだろうよ》
最初の自己紹介以來ずっと黙ったままだったロプトが、どこか楽しそうに言葉を発する。
その言葉は、數日間ともに過ごし、信頼関係を築きつつあった勇者パーティ側にとっては聞き捨てならないものだった。
《……ロプト。奴は魔などではない》
フィオンが反論する。
そのことに、彼をよく知る勇者パーティの皆は驚く。
フィオンがこのような話に加わることは今までなかったのだ。
失敗を埋めたイルムへの謝。
もちろんそれもあるだろう。
しかし、フィオンにこの言葉を発させたのはイルムとの友であった。
夜の見張り。
気配察知や隠行に長けたフィオンに適した役割だ。
しかし、その役割故に常に一人。
そんな中、イルムは毎晩會話に來ていた。
それがフィオンとの友を育んでいたのだ。
《イルムは仲間だ。決して裏切ったりはしないし、魔なんかじゃないよ……》
リディルが、イルムが居なくなったことに落ち込んだ様子で、それでも確信を持って話す。
リディルがこう言うのは、なにも論だけではない。
スキル、勇者。
このスキルには自に悪意を持つ人を発見する効果もある。
誰が自分を攻撃しようとしているか分かるのだ。
そして、イルムに対してこのスキルは発しなかった。
もちろんアルダス、フィオン、アリシアはこのことを知っている。
だから、突然やってきたイルムを怪しいとは思わなかった。
警戒せずにすぐにパーティにれたのもこのおかげだ。
しかし、ロプトはこのスキルの存在を知らない。
だからこそイルムのことを警戒するのも無理は無いのだが、リーダーであるリディルの言葉に黙るしかなかった。
舌打ちをして、前を向く。
一行はひたすら前に駆ける。
イルムが居なくなったせいで、會話はない。
空気も重々しいものだった。
《魔の砦を確認。……隠は十分。このまま通過する》
しばらくして見えてきた砦を確認し、フィオンが聲をかける。
その聲に従って、皆は隠れずに堂々と砦の柵を乗り越え、狼に中央を走らせる。
砦に居た魔は何も気づかない。
そして、何事もなく出口の柵をそのまま飛び越える。
フィオンの隠スキル。
それは”神の業”と稱されるほどの完度であり、フィオンを超えるものはいないと言われている。
そもそも今回の失敗においても、フィオンほどのものが敗れたということは、誰が隠を擔當しても同じだったということで、それがメンバーが失敗を責めない理由の一つにもなっている。
「……ぐっ」
フィオンが波のように押し寄せる吐き気をこらえる。
原因は力の酷使。
先程、隠が破られてしまったことから、再発見を回避するために隠を限界を超えて使用しているのだ。
常に限界を超える力を維持することは、に大きな負擔を與える。
《大丈夫かい? フィオン……》
リディルがフィオンの様子に気づき、聲をかける。
《……大丈夫だ。それに、薬を飲めば楽になる。今を耐えればいいまで。心配は無用だ》
薬とは、スキルの使いすぎによる反を回復させるポーションのことだ。
それも、今回持參したものは、この作戦用に特別に作されたものであり、効果は普通のものより大きい。
しかし、このポーションを使っても、今のフィオンの狀況から全快することは期待できない。
回復するには大きすぎる負擔。
薬を使ったところで、そつなく移ができる程度しか回復できないだろう。
戦闘ができる狀態にはならない。
《……ごめん、こんなことをさせて。もうし頑張ってくれ》
過負荷であることはリディルも理解していた。
だが、魔城を落とすためにはしなければならないこと。
魔城攻略にはフィオンの隠は必要不可欠なのだ。
リディルはフィオンが力を酷使することを止めることができなかった。
◇ ◇ ◇
5日間に渡る移の末、すぐ前に捉えることができるのは闇の瘴気を纏った城。
王城とほぼ同じ大きさのその城は、魔の警備によって守られていた。
日は沈み、辺りは暗闇。
當初の予定通り、夜襲だ。
狼の魔を離れた場所に待機させ、徒歩で敵に気づかれない範囲まで近づいている。
今は近くの木々にを隠しているところだ。
魔城は既に目の前である。
《やはりか……。襲撃がバレているせいで、守りが堅い。浄化の寶の範囲に城を収めるまで近づけるかどうか……》
リディルが突破口を探すため、皆に思念伝達を送る。
そこで、その思念に反応した者がいた。
《おい、勇者。範囲にる地點まで何秒で移できる》
反応したのはロプト。
予想外の人にリディルはし困しながら、どの程度で接近をすることができるか考える。
《そうだね……。全速力で上手くいって5秒、かかって10秒、かな》
《十分だ。俺が合図したら走れ。10秒だけ魔を止めてやる》
《魔を止める、だと?》
魔を止めるという言葉にアルダスが険しい顔をする。
しかし、すぐに突っかかるような真似はしない。
若りし頃のアルダスなら問答無用でふざけるなとぐらでも摑んでいたのかもしれないが、彼は時と共に落ち著いていったのだ。
比較的穏やかな聲で思念を送る。
《リディル、こいつは信用できるか?》
すべての決定権はリーダーであるリディルに委ねられる。
アルダスの言葉をけたリディルは、一瞬の迷いも持たず、言った。
《悪意はない。彼は信じられる》
そして、その言葉に追従するようにロプトが思念を送る。
《俺を疑う必要はない。やると言ったらし遂げる。さあ、準備しろ》
その言葉を聞き、リディルは空間の裂け目を作り出し、浄化の寶を取り出し、準備を完了させる。
リディルが寶を用意したのを見て、ロプトが一歩前にでた。
《行くぞ。一回きりだ。失敗するなよ》
《大丈夫。みんなの未來がかかってるんだ。失敗はしないさ》
《そうか》
たった一言だけ返し、ロプトは目を閉じ、深呼吸をする。
そして、し時間をおいて目をカッと開き、言葉を紡ぐ。
「……魔眼、石化。対象は魔。効果時間は10秒」
その小さな呟きは誰の耳にもらない、ただの自己暗示。
「反なし、準備完了。侵食開始!!」
侵食開始の言葉とともに、波紋が広がる。
警備の魔のは石のように変化し、ピクリともかなくなった。
言葉どおり、石化させたのだ。
「行け! 勇者!!」
ロプトの合図が出る。
その聲を聞き、リディルは即座に駆け出す。
その速さは風のよう。
初は地面を抉り、中で宙を駆け、終で軽やかに地に足を下ろす。
その繰り返し。
近距離にまで近づいていたとは言え、それなりの間隔があった魔城のそばにわずか8秒で到著する。
そして、すぐに浄化の寶を砕く。
閃。
砕かれた寶から魔力があふれる。
かつて賢者が生涯をかけて魔力を注ぎ続けたと伝承されている、この寶から生まれる破壊の力は、魔城に住む力なき魔を躙するのに十分だった。
リディルたちが目を開いたとき、警備についていた魔の影は微塵もなかった。
すぐにリディルのもとへ仲間が駆けてくる。
仲間が全員集結したことを確認し、リディルは口を開く。
「これより魔城を落とす。油斷しないように」
こうして魔城攻略が始まった。
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