「――《殲滅せよ》、フルンティング」

その聲に呼応し、バースの足元から無數のフルンティングが飛び出す。

バースは後ろに飛び下がることで回避した。

「……！？　クソッ！」

バースが左腕に走る痛みに気付き視線を向ける。

すると、左腕のすぐ上からフルンティングが數本飛び出し、腕に深く刺さっていた。

地面から飛び出した翼剣は囮だったのだ。

そう気づくと同時に、大きな剣となった右腕を使い、翼剣を左腕から振り払う。

翼剣は地面に落ちることなく、右腕にれた瞬間にとなって消えた。

どうやらこの剣は実のない魔法のようなものらしい。

そう確認したが、どちらにしろ刺突によるダメージが変わることはない。

バースは顔の皺を更に深くした。

リディルが今度は右手に持った翼剣、エクスカリバーでバースに斬りかかる。

型や技はバースと応酬をしていたときと大して変わらない。

しかし、その剣速は全くと言っていいほど違うものだった。

「ぐぎっ！」

聲を耐えるかのように噛み締めた歯の奧から発せられる音とともに、黒い手で包まれ防護されていた左腕が宙を舞う。

バースは、何の技も用いてない一撃すら防ぐことができず、左腕を失ってしまったのだ。

「があぁぁ！！」

反撃をしようと、バースの右腕が振るわれる。

全を捻るように出された一撃は鋭く重い。

さらに、バースの筋力と魔力による力が重なり、剣速も相當なものだ。

しかし、その一撃はいとも容易く防がれた。

金屬がぶつかりあう音が甲高く響き、遅れて鈍い風が周囲に広がる。

リディルはその場からいていない。

背に展開されていた六つの翼剣が移し、攻撃を防いでいたのだ。

そのことにバースは激昂する。

自の攻撃が、直接けるほどのものではないと判斷されたとじたのだ。

実際、リディルは自ら防せずとも背にある翼剣だけで防しきれると読んでいた。

だからこそ魔法やエクスカリバーで直接防がなかったのだ。

リディルの中にはバースを見下すなど無かったが、その行から図らずともバースの自尊心を傷つけた。

バースは右腕を連続して六つの翼剣に叩きつける。

しかし、翼剣の盾は破れない。

そのことに焦れていると、右腕を叩きつけている間微だにしないリディルに気づく。

翼剣で攻撃を防いでいるのだからリディル自は自由なはずだ。

それなのに何故かない。

――いや。

「そうか！　貴様、その剣で攻撃をけている間はくことができないのだろう。フハハハハッ！　このまま攻撃し続ければ、貴様は剣が破壊されるまで棒立ちしかできないというわけだ！」

”かない”じゃなくて”けない”のだ。

そうバースは考え、攻撃を更に激しくする。

絶え間なく攻撃し、けない間に翼剣による守りを壊してしまおうと思ったのである。

そんな様子をリディルはずっと眺め続けていた。

まるで何かを待ち続けているかのように。

リディルの様子も気にせずバースは剣となった右腕を振り続ける。

しかし、様々な角度から振り下ろされる攻撃は全て翼剣によって防がれていた。

剣撃の軌道上に、翼剣が即座に割り込んでいるのだ。

ただ、それでもバースは翼剣を破壊することを考え、腕を振り続けていた。

「――そろそろか」

リディルがふと言葉を発し、左腕を掲げた。

その作を見たバースは目を見開く。

腕を掲げたのだ。

つまり、攻撃をけている最中でもける。

この狀況はまずい。

こちらが一方的に攻撃後のスキを見せている狀態だ。

今すぐにでも距離を離すべき。

バースがそう判斷したときにはもう遅かった。

「《報復せよ》、バルムンク」

掲げられた左手に一本の翼剣が現れる。

その剣からは他の剣と違った莫大な量の魔力がじられた。

ほぼ反的にバースが後ろに下がるが、間に合わない。

剣が振り下ろされ、右肩から腰までを深く斬り裂く。

バースは後ろにもちを付く形で倒れ、斬られた箇所からは赤いがドクドクと溢れ出した。

城の床はバースので紅に染まっている。

さらに、突然バースがの上で暴れ、苦しみだす。

今までに翼剣バルムンクがけた攻撃の”威力”を全て返したのだ。

実際にバースの右腕、左足はその威力に耐えきれず、朽ち始めている。

これが翼剣バルムンクの能力であり、この能力を発させることこそが一切かず攻撃をけ続けたリディルの狙いだった。

「……ふ、ははは……ハハハハハ！　私としたことが、貴様の態度に心をされ、判斷を誤り、致命傷をけてしまうとはな」

バースが奇妙に笑う。

そのことを気に留めず、リディルはバルムンクを背の翼剣の中に戻しながら歩み寄り、エクスカリバーを構えた。

だが、バースは怯える様子もなく、かと言って死をけれている様子でもなく喋りだした。

「しかし、致命傷をけたからと言って、ここまで一方的に負けるのは――」

そこまで言って、バースの顔つきが変わる。

リディルが危機をじ、構えたエクスカリバーを振り下ろそうとするが、間に合わない。

「――私のプライドが許さん！」

「うっ！？　あああああ！」

バースの瞳が紅くり、そのをけたリディルは左手で顔を覆い、び始めた。

バースの持つ力の一つである魔眼だ。

相手の本能的な恐怖を刺激し、しの間きを止めることのできる眼。

リディルほどの相手となると、効果があるのは一度きり。

さらに、効果があったとしてもほんの數秒だ。

しかし、この場では大きな意味を持つ。

バースはすかさず朽ちた右腕から黒い手を飛ばした。

それも、リディルに向けてではない。

同じ部屋、結界の中で包帯をつけた男にしがみつかれている狐の魔、グレイスに向けてだ。

グレイスが手に捕らえられる。

そこでバースが置かれている狀況を把握したのか、グレイスはしがみついていた男を振り払い、抵抗せずにバースのもとに引きずられた。

そして、抵抗をしなかったためか、すぐにバースの元にたどり著く。

バースの姿を確認し、グレイスは先程ロプト達に向けて放ったのとは違う暖かい聲質でバースに話しかけた。

「……主。今まで、ありが――」

そう言い終える前に、手に飲み込まれてしまった。

グレイスを包み込んだ手からグチャグチャと耳障りな音が鳴り、が溢れ出てくる。

その様子を見て、たった今恐慌狀態から戻ったリディルやグレイスと戦っていたロプト達が唖然とする。

そんな中、リディルがいち早く意識を呼び戻し、仲間の安否を確認する。

ロプト、フィオン、アリシア。

皆が傷だらけだが、生きている。

まだ結界の中に閉じ込められているが、誰も死んではいない。

このことから、今手の中に攫われたのが狐の魔だと把握した。

そして、リディルが再びバースに向き直すと――

「フフフフ………ハッハッハッハッハ！！」

欠損した部位や朽ちた部位は再生、傷は塞がり、格が二回りほど大きくなったバースが立っていた。

じられる魔力は桁違い。

明らかに狐の魔の魔力とバースの魔力の純粋な足し算ではない。

先程のバースの三倍ほどはある。

「”黒手”は優秀なスキルでな。今の魔から魔力を吸収した。そして、いま吸収した魔力を全て”強化”のスキルに回させてもらった」

スキル、黒手。

バースの主力となるものであり、ユニークスキル。

纏わせ自の防を固めたり、武を取り込んで威力を倍増させたり、使い道は多い。

そして、なにより特筆すべきはその魔力吸収効率。

スキル、”魔力吸収”であれば一の魔力から一の魔力を取り出すことすらできない。

しかし、黒手は一から二以上を生み出す。

その原因は、吸収されたにある。

を分解して魔力を出しているのだ。

結果として、普通の魔力吸収とは比にならないほど魔力を吸収することができる。

分解しなければならないため、人間では吸収に時間がかかってしまうが、それも同じ魔なら一瞬で済ませることができる。

たった今、バースは吸収により莫大な量の魔力を手にれた。

これにより、先程までのリディルとの戦いでほぼゼロまで使った魔力を全て回復。

そればかりか、バースの持てる最大の魔力量を大きく超える超過分を全て強化に回させてしまった。

つまり、今のバースは一時的に普段の全力を大きく超える力を手にしたということだ。

リディルの頬に冷や汗がつたう。

で今のバースの兇悪さをじているのだ。

この狀況を見て導き出された答えは、自でも勝てるかどうか分からない、だった。

「さて、では行くぞ」

バースが地を蹴る。

――早い。

剣である右腕が振られる。

しかし、その軌道は見えない。

背の翼剣をかす余裕もない。

リディルは直で避ける。

が舞う。

掠り傷だ。

右腕が淺く斬られている。

回避は功。

しかし、斬り返す暇は與えられない。

追撃がきたのだ。

また傷が増える。

今度は左腕。

次は頬。

その次は肩。

しばらくして、小さな傷しか與えられないことに焦れたのか、バースが右腕を大きく振りかぶる。

一瞬の溜めを見極め、リディルは後ろにステップ、距離を取った。

無數の傷。

翼剣はまだ握られたままだが、腕はだらりと落ち、剣を伝ってが滴り落ちている。

服はところどころ破け、部分にある金屬の裝甲は裂けていた。

肩で息をしながら、弱點を見抜こうと鋭い眼をバースに向けている。

「くっ、どうすればいい……！」

考えても、答えは見つからない。

圧倒的な地力の違いはそう簡単には覆せない。

しかし、それでも勝利の可能を捨てることはしない。

なぜならば、彼は勇者だから。

リディルに向かってゆっくりと歩みをすすめるバース。

油斷しかない。

既にリディルのことを格下としか見ていない。

その圧倒的な力が一時的なものと知りつつ、それでもなお慢心を抱いているのだ。

愚かだ、とリディルはじていた。

しかし、愚か者を倒すことすらできない。

自分の無力さを噛みしめる。

再びバースが急接近してきた。

そして、腕が薙ぎ払われる。

見えない剣先。

重く鋭い剣撃。

兇となったバースの右腕を、またもや直のみで躱す。

「っ！」

――ことはできなかった。

橫腹が斬り裂かれ、服にが滲む。

致命傷と呼べるほど深くないが、掠り傷と呼べるほど淺くない傷。

更に、斬られた反で追撃の回避が遅れる。

腰から肩まで斬り上げられ、が吹き出す。

ふらつきながら後ろに下がり、力のまま地に伏す勢になる。

出は止まらず、地面に溜まりをつくる。

しかし、このまま負けるわけには行かない。

神聖魔法を行使する。

中を優しい暖かさが包み、腹の傷、腰から肩にかけての傷を塞ぐ。

だが、小さな傷を塞ぐことができるほど魔力が殘ってない上、無くなったは再生しない。

貧でふらつき、いまにも倒れてしまいそうなこの狀況は打開できない。

よろよろと立ち上がり、前を見據える。

両腕はだらりと下がり、足に力はっていない。

それでも、目だけは死んでなかった。

「ハッハッハッハッハ！！　良いぞ、勇者よ。貴様には最高の死をくれてやろう！」

バースがゆっくりと歩み寄ってくる。

攻撃するチャンスはここしかない。

油斷、慢心し、わざわざスキを作り出してくれている。

これに乗じるしかなかった。

中が重く、思い通りにかない。

それでも、はっきりと詞を紡ぐ。

「《加速せよ》……、カーテナぁぁあああ！！」

リディルの背から、一筋の閃がバースに迫る。

その速度は今までの攻撃とは比較できない速さ。

まさに渾の一撃だった。

「ハッ、こんなもの」

渾の一撃はいとも容易く防がれた。

バースの右腕がいたと思ったら、既に弾かれ、地に落ちていた。

こればかりは、リディルも諦めを覚えた。

勇者とて人間。

最強の攻撃を放ってもまるで効果なしとなればも揺らぐ。

しかし、揺らいだ決意とは裏腹に、殺意だけは揺らがなかった。

かけがえのない仲間こいびと。

失ったものの大きさ。

日々嫌というほど思い知らされる。

自分がもっと強ければ。

……否、奴さえ居なければ。

もう彼が笑いかけてくれることはない。

もう彼が怒ってくれることはない。

もう彼が抱きしめてくれることはない。

もう彼がしてくれることはない。

拳が自然と強く握りしめられた。

力がらないはずなのに、何故か強く、強く。

「《殲滅せよ》、フルンティング！！」

気づいたらびを上げていた。

「《撃滅せよ》、アスカロン！！」

しかし、バースは歩みを止めない。

「《抹消せよ》、デュランダル！！」

傷一つつけることができない。

「《嫌悪せよ》、アロンダイト！！」

奴は既に目の前に迫っていた。

「さらばだ、勇者よ」

その聲とともに、首めがけて腕が振られる。

回避する力はない。

死をけれるしか無かった。

「――エレナ、ごめん」

そう呟いたときだった。

ガラスの割れるような音と共にバースの右腕が飛ぶ。

同時にが吹き出し、バースが慌てて手を展開し、止した。

すれ違いざまにバースの腕を斬り飛ばしたらしい。

ガラスのような音は、扉からバースの位置までの一直線上にあった、ロプト達を覆っている結界を破った音だとリディルは推測した。

バースの腕を斬るついで程度。

ただでさえい結界をそうも簡単に破るのはリディルでもできることではない。

そう思い、バースの背後に立つ人に目を向ける。

こちらに背を向けている男は黒の翼を生やしており、とても普通の人間には見えないが、リディルはこの背を知っていた。

この作戦で共に行してきた人であり、魔の大群相手に一人囮になった人。

カーテナの一撃を防ぐことができた実力者。

自分が通うレストランの常連、イノシシしか食べない変わった男。

その男はこちらに向き直し、笑みを浮かべて言った。

「――加勢に來たぜ、親友」