《ひねくれ領主の幸福譚 格が悪くても辺境開拓できますうぅ!【書籍化】》第442話 ジュリアン・キヴィレフト

ベトゥミア共和國海軍の輸送船団は、南の本國から北のアドレオン大陸へと外洋を進んでいた。

は大型の輸送船が八隻と護衛の軍艦が三隻。輸送船自にも自衛用の弩砲や護衛兵が多は搭載されているが、これが侵攻作戦という軍務であることを考えると防力は々心許ない。

せいぜい海賊対策程度の兵力しか備えていない狀態で船団が運用されているのは、ベトゥミア政府が侵攻作戦の予算をしでも減らそうとしたため。しわ寄せを食らうのはいつも現場の軍人だ。

この輸送船団を指揮する提督は、そんな現狀へ不満を覚えつつも、しかしそれほど心配は覚えていない。海賊相手ならば実際にこの備えでもなんとかなるし、ベトゥミア共和國の旗を掲げた船団を襲う國は周囲にはない。

この船団の前に輸送任務を果たし、ロードベルク王國から本國へと帰還していく船団とも、數日前にすれ違った。この調子で自分たちも輸送任務を果たし、本國に帰り、しの休暇をとってまた輸送任務に攜わる。もしかしたら次回に任務を果たして帰るときは、侵攻作戦を終えた部隊やその戦利品を帰還のために積んでいるかもしれない。

そんな思考が、ひどく呑気なものであったと、提督はすぐに思い知る。

「提督閣下! 急報告です! 二時の方向より敵と思わしき軍艦五隻が接近! ろ、ロードベルク王家の旗を掲げています!」

「……何だと!?」

の報告の意味を一瞬理解しかねた提督は、目を見開いてぶ。

執務室から甲板へと駆け上がり、用する遠眼鏡で二時の方角を見る。そこには確かに、ロードベルク王家の旗とどこかの貴族家の旗を掲げた軍艦が五隻、こちらへ迫ってくる艦影があった。

見た目はベトゥミア共和國のあるグランドール大陸製ではなく、緑龍帝國のあるアドレオン大陸東部製。やや小型で、機に特化した造りに見える。

「閣下!」

「軍艦二隻で迎え撃つ! 後方を守る艦にも伝えろ! その間に輸送船は先に行かせるのだ!」

提督の指示は素早く伝達され、提督の乗る旗艦と後方を守っていた軍艦の二隻が敵軍艦へと向かう。殘る軍艦一隻に先導された輸送船はその隙にしでも前に進み、逃げようとするが、いかんせん鈍重で足が遅い。

「……諸君、落ち著け。敵は海戦などやったこともない蠻族。我々が負ける道理はない」

數では不利だが、こちらの方が重武裝で、何より経験が違う。勝ち目は十分にあると提督は考えていた。

二隻のベトゥミア海軍艦と、五隻のロードベルク王國海軍艦。両者の距離は徐々に狹まる。

・・・・・

「敵は輸送船を逃がし、軍艦二隻がこちらを迎え撃つ模様です! 會敵までおよそ五分!」

「隊列を維持し、このまま前進。敵が迎え撃つ気なら、それに応えて戦ってやろう……各員! ロードベルク王國海軍の記念すべき初陣だ! 訓練の果を発揮し、國王陛下に勝利を獻上するぞ!」

「「「はっ!」」」

兵士たちを鼓舞したのは、ロードベルク王國海軍の軍団長。かつては王國軍第九軍団の副軍団長として現ベゼル街道り口への駐留任務などを指揮し、その経験と実務能力を買われて國王オスカーよりこの立場を任されている。

「キヴィレフト伯爵閣下。閣下の部隊にも、ご活躍いただくこととなります」

「……任せてください。私たちも、この日のために訓練を重ねてきました」

軍団長の傍らにいたジュリアンは、そう答える。

敵の輸送船団と戦闘になった際の戦力として軍艦に搭乗している、キヴィレフト伯爵領軍の対軍艦特化の部隊。その指揮をとるため、ジュリアンは當主自ら王國海軍の軍艦にこうして乗っている。

「エルンスト。戦闘準備は大丈夫だね?」

「既に準備は整っております。後は戦うのみです」

「そうか、ありがとう」

の參謀であるエルンスト・アレッサンドリ士爵に確認し、ジュリアンは空を仰いだ。

「父上、母上、どうか見守っていてください」

そして、誰にも聞こえないように、ごく小さな聲で呟いた。

ジュリアンの父マクシミリアンと母ディートリンデは、息子としての贔屓目をれても優しく善良な人間とは言えなかったかもしれない。

王國南東部の貴族閥においては派閥の面を保つために「ベトゥミア共和國軍に立ち向かって散った英雄」ということにされているが、王國全を見ればそもそもの港の守りを怠った戦犯と評する聲もある。

そして、領においては冷酷非道の領主として悪名高い。ごく普通の統治をしているジュリアンが、相対的に善良な領主として民の敬を集めているほどだ。

そんな二人でも、ジュリアンにとっては唯一無二の両親だ。親として自分にを注いでくれた大切な両親だ。

だから、せめて自分だけは彼らにこの戦いを、勝利を捧げたい。自分が指揮の一人として立派に戦う姿を、神の許から見ていてほしい。ジュリアンはそう願っている。

五隻のロードベルク王國海軍艦と、二隻のベトゥミア海軍艦。両者はみるみるうちに近づき――まずは、バリスタ撃の応酬が戦いの火ぶたを切った。

とはいえ、ロードベルク王國の軍艦に搭載されたバリスタは、一隻あたり六臺。そのうち前方に向けられるのは二臺のみ。一方でベトゥミア共和國の軍艦に搭載された弩砲は一隻當たり十臺で、前方に向けられるのは四臺だが、そもそもの艦が二隻しかいない。

ロードベルク王國の軍艦からは金屬製の矢のみならず、アールクヴィスト大公國で開発された炎矢も數発が飛ぶ。しかし、炎矢は軍艦の側面を焦がすだけで終わるか、甲板に一発だけ著弾しても水ですぐに消されてしまう。決定打にはならない。

ベトゥミア共和國側も炎矢と似たような兵を用いるが、同じくロードベルク王國の軍艦への決定打とはならない。

両軍ともに火力が足りず、相手の敵艦を撃破するまでは至らないままさらに接近する。

そして、ついに近接戦へと突。大型のベトゥミア共和國海軍艦に、やや小型のロードベルク王國海軍艦が両側から挾み込むように薄する。ロードベルク王國海軍の軍団長とジュリアンが乗る旗艦は、戦闘を他の四隻に任せて指揮に注力しつつ、予備戦力として待機する。

両軍の艦から歩兵部隊が相手の艦に乗り移る段になって――ジュリアンがんだ。

「キヴィレフト伯爵領軍グラディウス! 攻撃を開始せよ!」

その命令が手旗信號で各艦に伝達され、それをけてき出したのは、灰の魔法塗料で表面を塗裝されたゴーレム部隊。

アールクヴィスト大公國軍のクレイモアによる訓練をけたロードベルク王國軍のゴーレム部隊、そこから訓練をけて創設された部隊だった。

その実力はクレイモアよりも劣るロードベルク王國軍ゴーレム部隊からさらに落ちる上に、數も傀儡魔法使いが五人とないが、この海戦においてはそれでも十分。逃げ場のない船の上では、通常より多きが速いだけのゴーレムでも脅威となる。

橫付けされたロードベルク王國の軍艦から足場がわたされ、その上を歩いてゴーレムがベトゥミア共和國の軍艦に乗り移る。左右から一ずつ。

「な、なんでこんなところにゴーレムがいるんだ!」

「敵のゴーレム部隊がいるのは陸だろ!? こんなの聞いてないぞ!」

ベトゥミア共和國海軍の兵士たちは、先のロードベルク王國侵攻で猛威を振るったという敵のゴーレム部隊については聞いていても、まさか自分たちが海上で似た敵と遭遇することなど想像もしていなかった。

いきなり目の前に迫ってきたゴーレムの腕の一薙ぎを、さほど広くない甲板上では簡単に避けることもできず、毆り倒される。

被害は人的なものだけではなく、滅茶苦茶に暴走するゴーレムは甲板上の資や設備を適當に毆り、破壊していく。マストなど重要な設備にも傷が、ひびがる。

「くそっ! あれを早く止めろ! このままでは勝っても航行不能になるぞ!」

ベトゥミア共和國海軍の提督の命令に、兵士たちがく。種火の魔道で松明に火を燈し、その松明をゴーレム目がけて投げつける。

ゴーレムは腕を振り回して松明を振り払い、叩き落とすが、それでも十を超える松明を投げつけられては全ては防げない。一本が関節部に挾まり、その火が瞬く間にゴーレムの乾いた木製のに燃え移った。

「……よし、これで勝てる」

自軍のゴーレムが炎上する様を見て、しかしジュリアンはそう呟く。

人間がゴーレムを止めるには火を放つしかない。敵兵が火魔法なり松明なりを用いて対抗するのは予想されていた。

しかし、今回の戦場は逃げ場のない船の上。船にとって火は天敵だ。敵は無力化させたゴーレムの火を、すぐに消さなければならなくなる。

その隙に、グラディウスの傀儡魔法使いたちはさらに行する。ゴーレムに火が燃え移り、しかし魔力回路が焼け盡きる前、まだけるうちにゴーレムを作する。

燃え上がるゴーレムは、目の前の床を毆り出す。頑丈な木製の甲板といえど、ゴーレムの重い打撃を何発も食らえばひびがり、脆くなる。

甲板が十分に損壊したところで――そこへ向けてゴーレムが踏み出す。脆くなっていた部分にゴーレムの自重がかけられ、さらにそこへ火が燃え移り、甲板はばりばりと派手な音を立てながら破れ、ゴーレムはそのまま船の中に落ちる。

炎上するゴーレムが船の懐に飛び込んでしまえば、消火は容易ではない。火はゴーレムのを燃料にますます燃え上がり、それが甲板の階下に置かれていた様々なものに燃え移る。

火は船の部の壁や床、積まれた食料や船員たちの寢床などを次々に燃やしていく。こうなるともはや、消火は葉わない。

敵艦は沈沒を免れなくなった一方で、この策によるグラディウスの側の損害はゴーレムのみ。傀儡魔法使いは自軍の艦上に留まっている。ゴーレムは失われたが、代えが利く。こうして使い捨てる前提で、あえて安のゴーレムを用いている。

「よし、勝敗は決した! 歩兵部隊は艦に戻れ! 未だ抵抗する敵は海に捨て、降伏する者はれてやれ! 次に狙うのは敵の輸送船だ……お見事でした、キヴィレフト伯爵閣下」

「ありがとうございます。これは王國海軍とキヴィレフト伯爵領軍、全員の勝利です」

海軍団長に答えたジュリアンは、また空を仰ぐ。

「……父上。母上。私はやりました」

ベトゥミア共和國海軍の軍艦は二隻とも炎上し、沈沒。捕虜は百人弱となった。

ロードベルク王國海軍はそのまま敵輸送船にも襲いかかり、鈍重な上に元が民間船なので武裝も貧弱な輸送船を次々に撃沈、あるいは拿捕。その大半を無力化することに功した。

ロードベルク王國の歴史における初めての本格的な海戦は、創設されて間もないロードベルク王國海軍の大勝で終わった。

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