「んー……」

「どうしたの、ちーちゃん」

私はみゃー姉の膝を枕代わりにしながら、顎に人差し指を置いて考え込んでいました。

ここは教會の奧にある部屋の一室、そこにあるソファで私たちはくつろいでいます。

脳會議の議題は、最近仲間が増えて、教會が手狹になってきたということ。

「そろそろ引っ越しを考えないといけなのではないかと思ってまして」

「確かに人數増えてきたもんね、今はまだ、いつもくっついてるから平気だけど」

「……そう言えば、昨晩はエリスと寢たんですよね、どうでしたか？」

「どうって……良かった、としか言えないかな。ナナリーにレリィちゃんやミリィちゃん、あとアイにナナリーにチェルシーちゃん。みんな素敵だったわ」

「それならよかった」

私は息を吐いて安堵しました。

どうやらみゃー姉も、ここでの半吸鬼デミヴァンプとしての生活にすっかり適応したようです。

……と、線もそこまでにして。

「それで引っ越しの話なんですが」

「ああ、そうそう、そうだったね。で、どうするの？　アイの屋敷でも借りる？」

「それなんですが、どうせ仲間はこれからもっと増えていくんですから、盛大に場所を奪ってしまってもいいんじゃないかと思ってまして」

「盛大に……？」

首を傾げるみゃー姉の目をしっかりと見ながら、私は不敵な笑みを浮かべて言います。

「王城ですよ。國を、世界を変えるなら、その象徴を乗っ取ってしまうのが一番はやいじゃないですか」

「もしかして……私たちと一緒に転移してきた子たちの始末のついでに？」

「それを見極めるという理由もありますし、何より――すでに種は蒔いていますから」

そう言って私は目を閉じました。

浮かぶのは、エリスが無茶をしたあの夜、私と対峙した1人のの姿。

親友の名前を付けた人形を介してでしか、他人と會話ができなかった可哀想なの子。

思えばあの黒貓人形、リーナという名前はリリーナに似ていますが、その心はリリーナの方がずっと強固。

レイアの心は砂上の樓閣めいて弱く、ちょっとした刺激で崩れ落ちてしまう。

今夜もきっと――くすくす、あの夜のことを思い出して、快楽と悔恨のはざまで苦しんでいるのかもしれませんね。

◆◆◆

――故郷が吸鬼の手で滅ぼされたのは、いつのことだっけ。

今でも毎晩のように夢に見る。

あの日の記憶、私が全てを失った日のこと。

私には親友が居た。

名前はリーナ、この黒貓人形の本來の持ち主。

私は彼と毎日のように遊んでいて、私は彼が大好きで、彼も私が大好きだった。

私たちは周囲から呆れられるほど中が良くて、毎日のように指を絡めて約束をしていた。

『ボクとレイアは、ずっといっしょだよ』

『うん、私とリーナは、ずっといっしょ』

私はその誓いを信じて疑わなかった。

なくとも私がリーナを嫌うことなどあり得なかったし、また同じくリーナが私を嫌うこともありえないはずだったから。

つまり――私たちを引き裂く何かは、外からやって來るということだ。

災厄が村を襲った時、真っ先に気づいたのはリーナだった。

遠くから聞こえる発音、人々のび聲。

それらの音は次第に私たちの方に迫りつつあった、そして襲撃者らしき男の影が見えた時――

『レイアはボクが守るから、これを持ってどこかに隠れるんだ』

『リーナは？　リーナはどうするの！？』

『ボクはどうにかしてあいつの気を引くよ。大丈夫、絶対にまた會えるから』

リーナは短い青の髪を揺らし、歯を見せながら笑った。

私は當時が弱く、魔法の才能が多ある程度でいつも彼に守ってもらってばかりだった。

だから――リーナは紛れもなく、私にとってのナイトだったんだ。

守られる対象である私には、彼を守る力はない。

大人しく、託された、リーナの母親の形見である黒貓人形を手に、その場を去るしか無かった。

それが私と彼の、最後の會話になるとも知らずに。

村にはすでに逃げ場などなく、全方向から”奴ら”は私を追い詰めていた。

結局、かった私の逃げられる場所など自宅ぐらいしかなく、息を切らしながら、人形を抱きしめて、私は必死でそこに向かって走った。

ちょうど両親も家に避難していたらしく、私の帰りを目の端に涙を浮かべながら喜んでいる。

しかし、の再會もつかの間、家のすぐそばから怒號が聞こえてきた。

襲撃者はもうすぐそこにまで迫っているのだ。

私は両親によって、臺所の地下に掘られた貯蔵庫に押し込められ、狹い暗闇の中で膝を抱えて、ひたすらに悲劇が去るのを待つことしかできなかった。

それから數時間後外からはまったく音が聞こえなくなり、私は意を決して貯蔵庫をから出た。

私がそこで目にしたのは――何者かに斬殺され、折り重なるように倒れた両親の姿。

2人の名前を呼びながらび、そのを揺らしたが、それはただ、彼らの死を証明するだけだった。

泣き疲れ、絶した私はふらりと外に出る。

私の見知った村は、もうそこには無かった。

そこにあったのは、ほとんどの家は焼け落ち、至る場所に死が転がる、地獄絵図。

から力が抜け、膝から崩れ落ちる。

そのまま――一どれほどの時間が経ったのかはわからないけど、しばらくしてから王國の兵士が救援にやってきた。

私はその兵から、この慘劇を引き起こした襲撃者の正を知ることとなる。

『犯人は吸鬼だ』

何が目的でこんな田舎の辺鄙な場所にやってきたのか、ずっと疑問だったが……考えるだけ無駄だったのだ。

彼らは人外、人を襲うことに意味など無いのだから。

その後、私は魔法の才能を買われ、教育をけ、王直屬の魔法師として雇われることとなった。

どうやら私には、王國でも類を見ないほどの高い魔法の才能があったらしい。

◇◇◇

記憶は一気に現代に近づいていく。

時間を経ると、悪夢はただの夢へと変わっていく。

王城に配屬された私の役目は、魔法の力を使った城を守ることだった。

しかし、基本的に王國のど真ん中にある城にいきなり攻撃を仕掛ける阿呆はなかなか居ないし、それは割と暇な役目で――空いた時間は全て魔法の研究に費やすことが出來た。

と言うか、どちらかと言うと研究の方が本業で、警備はついでみたいなものだ。

研究の中で、私はいくつもの、新たな魔法を生み出した。

対吸鬼を意識した、をる魔法。

人形をり、喋らせる魔法。

伝承に記された高い魔力を持つと言われる異世界の人間を召喚する魔法。

他にも々と。

特に異世界からの召喚魔法を王に紹介した時の喜びっぷりはすごかった。

あの出來事が、王の他國への侵攻を決意させる最大の材料だったのかもしれない。

つまるところ、私が異世界から人間を召喚したのは、王國領土を広げるための戦爭に利用するためだ。

私は戦爭自に興味は無かった。

だが結局、その魔法の存在が、私と吸鬼が再び相まみえるきっかけを作ったわけで、どうも因果というのは皮がお好きらしい。

吸鬼、いや……半吸鬼デミヴァンプ。

いつもなら過去から記憶を再生していくこの夢は、平穏なまま終わるというのに。

記憶は上書きされてゆく、常に新しい報へとれ替わっていく。

私の頭に、私のに刻まれた、今の、最も新鮮な験は――

『ん、ぁ……あ、は……はあぁっ……』

急に視界が霞む、まるで霧でもかかったようだ。

『は、はひゃぅ……や、うぅ……ッ！』

息も苦しくなる、自分の肺がまるで自分のものじゃないような。

『んあっ、ああぁっ、や、やらぁっ、やなのおぉっ……！』

嫌だった、本當に嫌だったのに。

でも、與えられる覚は、痛みや苦しみなんかじゃない。

『はっ、はがっ……お、おおぉおおっ……！』

全を影に覆い盡くされ、の側まで埋め盡くされて、私はあの時、間違いなく――彼に、されていた。

『おっ、おひっ、ひ、ひゃ……ん、がぁ、ああぁぁぁぁあっ！』

人の領域を越えた、人外の快楽。

それは熱が覚めた今だっての中でくすぶり続けていて、ふとした瞬間に思い出し、私のを燃え上がらせる――

◇◇◇

「っ……！？　はぁ、はぁ、はぁ……っ、はぁ……うぅ……」

悪夢に叩き起こされた私は、勢い良く上半を起こして荒い呼吸を繰り返した。

額には――いや、全に汗がじっとりと吹き出していて、パジャマが張り付いて気持ち悪い。

あれは夢だ、あれは夢だ、あれは夢だ。

何度言い聞かせても、納得するのは頭だけで、は冷靜になってくれない。

が、気持ちいいのを、求めている。

嫌なのに、あんなやつ、吸鬼なんかから與えられたは何もかも要らないのに、要らないのに、要らないのにぃっ！

でも、それでも――

「殺してやる……殺してやる……！」

あれは、私から大事なものを奪った仇と同じモノだ。

許すものか。

燃やせ、ではなく復讐の炎を、熱くなるのなら憎しみでそれを消化しろ。

「う、ううぅ……殺す、殺す、殺すっ！」

そう言いながらも、私の左手は、自然との膨らみに向かっていて。

「んっ……」

軽くれ、指に力を込めると、思わず甘い聲がれた。

脳裏に浮かぶのはもちろん、あの時の、黒い影。

半吸鬼デミヴァンプとなったチグサ・ヒナタから與えられた、逃れようのない、焼印のような悅楽。

「んふうぅ……殺してやる、あんな、のぉっ……私が、絶対、にぃ……！」

太ももをすり合わせる。

うつ伏せになって、ベッドにこすり付けるようにをくねらせた。

けれど、足りない。

アレに比べれば、全然。

あの、憎い吸鬼に與えられた、圧倒的で絶的な悅びに比べたら、微塵も――

「殺すうぅ、殺す、殺す、殺す殺す殺すううぅぅッ！　ん、あぁっ、ああぁぁんっ！」

もう、頭の中がぐちゃぐちゃで、わけがわからなかった。

私は何を求めているのか。

憎んで、怒って、気持ちよくて、しくて、殺したくて、死にたくて。

全部まぜこぜになりながら――私は深夜の城で1人、満たされないまま、孤獨にさえずっていた。