病院。

謎の気配が向かう先はそこだった。

木造の古い建で、窓からは薄いがれている。一階建ての、ごく小さな木造建築だった。病院だとわかったのは、正面り口のドア上部に、《ニルヴァ病院》という看板があったからだ。

僕の予が正しければ、《奴》はもう院にっており、そしてなんらかの目的を達しようとしている。

でもいったい、なんのために……

いや。

そもそも考える必要はない。

どうせこれから明らかになることだ。

僕は無言で病院の二枚扉を開け、そして驚愕した。

何もの魔が倒れている。

患者らしき魔、ナースらしき人型の魔……その全員が、床に大量のをまき散らし、かぬ者となっている。

僕はそのうち一の近くでしゃがみこみ、死を確認した。

切り傷がひとつ。

爭った形跡は見られない。

おそらく、なにもわからないまま、問答無用で殺されたのだろう。それもたった一撃で。

「…………」

僕は表を引き締め、奴が向かったとされる方向へ顔を向けた。

やはり、ただ事ではない。

この《目的》を達するためだけに、奴はすくなくとも、二百人もの人間を犠牲としている。

そのデメリットを超える果がなければ、こんなことはすまい。

僕は立ち上がり、無意識のうちに駆けだしていた。

急がないと、取り返しのつかないことになる――

なぜだか、そんな予がしたから。

「いや！　なんですかあなたは！　やめてください！」

「ゆ、許さないぞ！　うちの娘だけは！」

「クク……時は來た。その娘は生きているべきではない。ゆえに、貴様らには死んでいただこう」

――ここだ。

とある病室から、なにやら言い爭いの聲が聞こえる。《謎の気配》の位置もここで間違っていない。

僕は片腕で病室の二枚扉を開け放った。

ガクン、という音をたてながら、扉は勢いよく開かれ、部の狀況をとさらけ出した。

魔が三。人間がひとり。

魔のうち一は、ベッドの上で寢転んでいるようだ。

殘りの二はその魔の両親らしく、ナイフを突き出す人間の前に立ちふさがっている。

「…………」

僕は改めて人間へ視線を移した。

全を赤いローブで覆っており、姿形はわからない。

ただひとつ、片手に持っている小ぶりなナイフだけが、雄弁にその存在を主張している。

真っ赤なに染まっていて、これまで多くの命を奪ってきたことが推察される。

「おまえは……そうか……」

赤ローブの口から、思いがけず渋い男の聲が聞こえた。

「大魔神エルガー・ヴィ・アウセレーゼ……。もうここを突き止めるとは。さすがだな」

僕はぴくりと片眉をひくつかせた。

「その名前。誰から聞いたのかな」

「さあ。私がほいほい教えると思いますかな」

「……だろうね」

言いながら、僕は脳で激しい考察を繰り返していた。

赤ローブの男。

こいつはたしかに強い。

そこらの人間や魔なぞ、相手にならないだろう。

でも。

それでも、僕には適わない。

僕は大魔神。世界の観察者にして、絶対的な実力者。

魔王のように世界を統治することはないが、実力的には魔王のはるか上をいく。たぶん、僕を上回る達人はこの世にいない。

それは赤ローブだってわかっているはずだ。その証拠に、奴に戦闘の意志はまったくない。

それなのに、あの男の絶対的なまでの余裕。

なんだ。なにを企んでいる。

僕は視線をずらし、ニの魔を見た。

彼らはベッドに橫たわっている我が娘を守っているというが、ならば、赤ローブはそのを殺しにきたのか？

たったそれだけのことが、二百人もの人間を犠牲にしてもなお、重要なことだというのか？

「む、娘はなッ！」

そのとき、父親と思われる犬型の魔が大きな聲を発した。

「ふ、不幸な子なんだっ！　かつては信じる者に裏切られ、いまは意識不明！　こ、これ以上、この子を不幸してたまるものか！」

そのとき、僕は見た。

立ちはだかる両親の隙間から、娘と呼ばれたの子の魔を。

白い。

第一印象がそれだった。

き通った純白の髪が、腰のあたりまでびている。

顔つきはしい卵形で、つぶらな瞼まぶたと、小ぶりな鼻、桜の可らしいがなんとも魅的だ。

スタイルもしなやかで、植狀態とは思えないほど締まったつきをしていた。

年齢はたぶん……十六、七くらいだろうか。

瞬間。

意識不明と言われたはずのの指が、ほんの一瞬、ぴくりといた。

――なにかを伝えたがっている……？

そこまで考えて、僕は改めて、赤ローブに視線を戻した。

まさか。ただの偶然だ。このは意識不明というじゃないか。