僕は一旦いったん窟を出ると、今度はコトネを伴って魔リトナの元へ來た。

魔王ワイズほどではないにせよ、リトナもかなりの強者だ。

仮に僕とリトナが戦うことになったら、一般人たるコトネのが危ない。そのために一応コトネを窟の外で待機させていたわけだ。

「で、その子が例のコトネっていう魔かい？」

魔リトナは親切にも、姿を消す魔法を解除したようだ。長い鷲鼻わしばなにぎょろりとした両目、やたら大きな顔面は、たしかに魔という名稱がぴたりと當てはまる。

コトネはやや張したようにぺこりと頭を下げた。

「はい。そ、その、お願いします」

「ふん。あんまり気が乗らないが、神様の頼みとあっちゃ仕方ないね。ほらあんた、こっちへ來な」

「は、はいっ……！」

コトネは震えながらも魔に歩み寄っていく。そのまま至近距離にまで近寄ると、魔リトナにがっしりと両腕を摑まれた。

「じっとおし。いまからとびきりの魔力をくれてやるから」

「あ、ありがとうございます……」

禮を言いながらも、不安そうに僕を振り返るコトネ。

僕はひょいと肩を持ち上げた。

「大丈夫だよ。僕がいるだろ」

「う、うん……」

口調はやや荒っぽいが、魔リトナからは悪意がじられない。こうして見張っていれば、とりあえず心配はないだろう。

「……しかし、驚きましたな」

魔リトナが、目線だけを僕に向けてくる。

「大魔神様は神殿から出ないと聞いたことがあります。まさかこの目で……ご本人様にお會いできるとは」

「ま、僕も出たくて出たわけじゃないけどね」

魔王ワイズに神殿をぶっ壊されてるし、帰るところがないだけである。

「それから……あなた様とはまた別に、強大な魔力をじますな。こちらは創造神様ですか」

「うん。よくわかるね」

「まあ、伊達に長生きしておりませんからな」

と言ってウィンクしてくる老に、僕はちょっとぞっとしてしまった。

「……しかし、ということは、《暗黒神様》や《太神様》もお見えになっているのでしょうか？」

「いや。その二人はいまのところ気配をじないね」

「そうですか……」

サクセンドリア大陸には、神があと二人存在する。

すなわち、暗黒神と太神。

暗黒神は生に絶を、太神は希を與える神とされている。両者の働きかけによって、世界は均衡を保っているわけだ。

補足すると、僕たち神々は仲がよろしくない。

そもそもが対立する概念の上に存在しているのだ。決して近寄ることなく、距離を置いて世界を守る――それが神の役割である。

僕がストレイムの正に最後まで気づけなかったのはそのためだ。不仲であるため、相手の顔がわからないのである。

「よし、できたぞい」

魔リトナが満足そうにコトネの両肩を叩いた。

「特別サービスじゃ。特大の魔力をプレゼントしておいたから、これからを張って生きるがよい」

「え……特大って……」

コトネが戸ったように目をぱちくりさせる。

――たしかに。

彼から発せられる魔力は、數秒前のそれとはまるで比較にならない。

僕はさっき、魔王ワイズと同じくらい強くなれると言ったが、魔力の使い方によってはワイズすら上回るかもしれない。さすがは古より生きる魔、といったところか。

「で、でも私、なにもじない……」

なおも當した表を浮かべるコトネに、僕は微笑を浮かべてみせた。

「なら、いまから試しにいこうか。リトナ、世話になったね」

「ええ。魔神様もお健やかに」

深くお辭儀をするリトナに頷きかけると、僕とコトネは窟を後にした。

★

「いやぁぁぁぁぁぁあ！」

コトネの大絶が響きわたる。

「ちょっとエルくん、やめてよ！　勝てるわけないじゃない！」

「……いけるってば。試しに戦ってみてよ」

「やだよぉ！」

リトナ山脈、中間地點。

僕たちの目の前で、巨大猿――グリーモアが、自の板を両腕で叩き、猛烈な咆哮ほうこうをあげている。全が白いで覆われており、口から覗く二本牙、紅の大目玉がなんとも兇悪だ。

その大目玉が、ぎょろりとコトネを捉えた。

妙に好戦的である。おそらく、何もの魔を殺し、味をしめてきたと思われる。

「ううっ……」

びくついたようにコトネが數歩下がる。ちなみに僕は彼から數メートル離れたところで見守っていた。

「大丈夫だってば。なにかあったら僕が出るから、とりあえず魔法を使ってみてよ」

コトネは元より魔法タイプの子だ。

基礎の基礎はできているはずである。

「か、帰ったら、ロウニー・ミュウスの特製プリン、一個だよ」

「はいはい。いいから魔法を使いなさいよ。ここが戦場だったら四の五の言わないで攻撃されてるんだよ」

「ううう……」

やっと観念したらしい。コトネは決意のこもった瞳で巨大猿に向き直ると、右手を突き出した。

瞬間。

とめどない魔の奔流ほんりゅうが、彼のつま先から右腕にかけて溢れ出す。その尋常じんじょうならざるパワーに、僕は思わずひゅうと口を鳴らした。

「えいやぁ！」

彼の右腕から、極太の火炎放が放たれた。それは大滝の勢いで巨大猿を容赦なく呑み込んでいく。ゴゴゴゴゴ……という轟音が山脈に響きわたる。

――數秒後。

跡地には、真っ黒に焦げ、かなくなった巨大猿の姿があった。

「え……」

コトネが目を見開かせ、自の手と、巨大猿とを互に見つめる。

「うそ……私、勝ったの……？」

「うん。しかも一撃だね」

「し、信じられない……」

いまだに興さめやらぬ様子のコトネの頭を、僕はそろりとでてみせた。

「これで君も貴重な戦力だ。足手まといなんてありえないよ」

「あ……」

コトネは若干潤んだ瞳で僕を見上げた。

「……ありがとう」