《ステータス、SSSじゃなきゃダメですか?》第十二話
「それでさ、あそこでアイツが酷いのよーー」
「……なるほどな」
  ミミが窮地に陥っていた頃、ヴィルヘルムはそんな事とは知らず、先日と同じようにアンリの長話に付き合っていた。
  昨日と全く同じ場所、同じ相手。相変わらずの串焼きを手に、アンリの話に相槌を打つ。ヴィルヘルムは初めて取れたコミュニケーションに、心で非常に歓喜していた。
(ああ、これが小説で読んだリア充って奴なんだな。俺は今、最高に一般人している……!)
  流石にこれをリア充と評するにはハードルが低すぎる気もするが、そもそも彼の平均が低すぎたのだ。そう思ってしまうのも仕方がない。
「ーーっと、何だかまた私ばっかり話してるわね。ゴメンゴメン!  お詫びって言うのも何だけど、貴方の話も聞かせてくれない?」
  と、そこで苦笑いを浮かべながら、アンリはヴィルヘルムへと話を変える。
  彼にしてみれば、いや、普通に考えればそれは順當な気遣いである。會話とは両者の間でわされる。一方的に捲したてるものではない。
  だが、先日が會話の初デビュー戦であったヴィルヘルムにとって、その要はかなりの無理難題であった。
(は、話すって一何を話せば良いんだ……好きな食べ?  いや、そんなん話してどうするんだよ。聞かれてるのは俺の近況、その位は分かる。くっそ、けど正直にそのまま言うわけにも行かないし……)
  必死に言葉を選ぼうとして、ぐるぐると思考を回す。気楽な村人ならまだしも、初対面の相手に『自分は天魔將軍です』などと言う訳にはいかないからだ。
  無論、天魔將軍と名乗る事がじられている訳では無い。ただ、相手と仲良くなると言う目的の為に権力をちらつかせるのは、どこか違うような気がしたのである。
  結果、彼の頭で選りすぐられた言葉は。
「……最近は、とある目的の下にいている」
「……隨分と濁してきたわね」
  アンリの言うことも最も、彼の言葉からは何の報も得られない。
「理解されるべき話でもない。だが、それが私にとって何より大切なである事は確かだ」
  余談だが、口に出す際のヴィルヘルムの一人稱は『私』である。極力相手と話す時は失禮の無いようにと、自宅の枕相手に敬語の練習をしていた名殘だ。
  語るヴィルヘルムの顔を見て、アンリも真面目な顔になる。
「……そうよね、口に出したく無い夢だってあるものね。うん。やっぱり貴方、私に似てるわ」
(え?  絶対似てないと思うけど)
  因みにヴィルヘルムの『目的』というのは、まともなコミュニケーションが取れるようになることである。
  アンリと話す事で克服出來つつ(なくとも彼目線では)あるが、それでもまだ足りない。なくともそこらの店員と話せるようにならなければ、一人で満足に店へ行く事も出來ないからだ。
  だがそんなヴィルヘルムの心は置き去りにして、アンリは彼の手を摑む。
「決めた!  貴方の夢を応援する!  流石にいつでもどこでもって訳にはいかないけど、それでも出來る限り私が手伝ってあげる!」
「……良いのか?」
  その提案はヴィルヘルムにとって、まさしく渡りに船であった。
  コミュニケーション能力を上げようにも、斬鬼では忠誠心が高すぎて上手く行かず、先日のミミも怯えたり敬ったりで彼には訳の分からない存在として位置付けられている。
  その點、アンリならば(比較的)気安く話せ、おまけにその一般人的覚が頼りになる。良くも悪くも、突き抜けた人材がヴィルヘルムの周囲には多すぎた。
「勿論!  その代わりって言うのも何だけど、貴方も私の夢に協力するのよ?  私もやる事があってここに來てるんだから」
  パチリとウインクしてみせるアンリ。その小悪魔的仕草は、慣れしていない男をドギマギさせるには十分過ぎた。
「お、昨日の嬢ちゃんに、想の無い兄ちゃんか。まだ話してたんだな……仲の良いこって」
  と、そこに通りがかるのは連日で串焼きの屋臺を率いていた中年の男。二人を見ると笑顔を浮かべながら近づいて來る。
「え?  いや、そんなんじゃ……」
「いやいや、否定しなくても良い。おっちゃんには全部分かってる。あんたらを見てると、なんだか新婚ホヤホヤの房を思い出すからな。それが今では……おっと、何でもない」
  一瞬遠い目をする男。奧さんがらみで何かあったのだろうか。他人の癡話話で盛り上がるほど悪趣味では無いが、気になるのも事実である。
「ま、二人とも頑張れよ。俺はちょっと場所を移すから、またどっかで會えると良いな」
「……何かあったのか」
「うお、喋った!?   ……って、よく考えたら一昨日も喋ってたな。すまんすまん」
  相変わらずこんな扱いなのか、と思わず天を仰ぎたくなるヴィルヘルム。
  とはいえ、実際彼の口數はかなりない。どれくらいかというと、この三日間で話した數が去年一年分の會話數とほぼ同等である。
  月に一度話す方が珍しい彼に無口の烙印が押されるのはそう不自然な事でもなかった。
「いやな、どうにもこの近くで暴力沙汰が起きてるらしくてさ。なんでもヒョロヒョロの兄ちゃんがこの村の不良グループに連れてかれたとか……」
「ヒョロヒョロの兄ちゃん?」
「ああ。どうせいつものカツアゲだろうな……ま、んな事起きた後じゃ客足も遠退いちまうし、何より縁起も悪い。というわけで、俺は退散させてもらうよ」
  そんじゃあ、と屋臺を引き、後ろ手に手を振りながら去って行く男。
  その後ろ姿を見ながら、アンリは暫し考え込む。
「……ゴメン、ちょっと私行かなきゃ!  し用事思い出したの!」
  急に杖を抜いたが早いか、彼の足元に魔法陣が展開される。
  魔法の効果は転移。並みの魔導士では扱う事も出來ない、上級魔法の一つに數えられる大魔である。それを一瞬で展開する彼の実力は、紛れも無く本だ。
  だが、その早さがミスに繋がった。
(あ、やべ)
  近くに立っていたヴィルヘルムは、急に展開された魔法陣に驚いてバランスを崩す。
  たたらを踏んで耐えようとするも、その足先は魔法陣の中へ。バン、と強く大地を踏みしめ耐え切った時には、既に魔法陣は発しーー。
◆◇◆
(で、ナニコレ?)
  腕の中に収まるミミと、刀に手を攜えている斬鬼。そして見知らぬ男が二人。
  自が放り込まれた狀況が分からず、無表のまま固まるヴィルヘルム。
  そんな彼の事を嘲笑うように、『ジャイアント・キリング』が発した事を、彼の左手の紋章がり輝く事で伝えていた。
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