《ステータス、SSSじゃなきゃダメですか?》第四十五話
  これ以上はどう足掻いてもの方がもたない。そうじ取ったサカグチは、発していた《ジャイアント・キリング》を解除する。
  だが、それをしてしまえば當然ステータスは逆戻り。急激に力を流し込んだり、抜き取ったりを繰り返していれば、がより疲労に追い込まれるのは自明の理だ。
  力のらなくなった足腰を、しかし敵に無様な様は見せまいと必死に叱咤し、なんとか膝立ちの勢で支える。目の前にはヴィルヘルムが至近距離で睥睨しているが、最早それに拘かかずらっている余裕も無い。荒い息を隠そうともせず、ただひたすらに思考を巡らせる。
「……ハァ……ハァ……ま、まだ、だ……まだ、おわっちゃ……」
  全ては生き殘る為。勝ち殘る為。どれだけ自の手を汚そうと、泥に塗れようと、彼は自の生存を諦めようとはしない。例え二重三重に仕掛けた策を全て破られ、限界まで追い込まれていたとしても。
「……せっかく、あのク・ソ・ッ・タ・レ・た・ク・ラ・ス・メ・イ・ト・ど・も・を・殺・せ・た・ん・だ・……!!  俺を蔑んだあいつらに、一泡吹かせたんだ……!!  だ、から、次はおれが……グッ、ああっ!!」
  最早、心の底から溢れ出す本音と怨嗟を抑え込む事すらしない。そこに先程までの勝ち誇っていた悪役としての姿は無く。ただひたすらに、目の前に立ちはだかる壁を越えようとするだけの、一人の孤獨な年が立っていた。
  目の前に立つヴィルヘルムの服をひっ摑み、それを支えにしてゆっくりと立ち上がる。サカグチも中高生らしい格をしている為、重はそれなりにあるはずだが、その全重をけても彼はピクリともかない。それはまるで大樹を思い起こさせる様であり、そこにめられた力を推し量ることすらもサカグチには出來なかった。
  だが、手札はまだ殘っている。斬鬼ら相手にジョーカーまで切り終わってしまい、殘されたものは既に紙クズ同然。ヴィルヘルムに通用するなどとは思っていない。それでも、切れるカードはまだ殘っているのだ。これを切り終わる迄は、死んでも死に切れない。
「つ、かまえた……!!」
「?」
  弱々しい力で摑むサカグチの事を、ヴィルヘルムは怪訝な顔で見る。
  《洗脳》は使えない。あれは神的に隙がある対象にしか適用出來ない。
  《パワー・ウィップ》だけでは足りない。先ほどまでの戦闘を鑑みるに、あれでは最早力不足だ。スキルならば一定の火力は保証できるが、逆に言えばどれだけ踏ん張ろうと一定の火力までしか出ない。
  その他のスキルは……幾多にもあるが、この狀況を打開出來そうなものはない。
  ならば、頼れるのは自分以外。ヴィルヘルムの影響をけていない、洗脳した手駒達だ。
「撃て!!」
  ──ダダダダダダダダ!!!
  その一言を皮切りに、アンリを始めとして無數の魔弾がヴィルヘルムらの元へと放たれる。
  同時にサカグチは《パワー・ウィップ》を発し、ヴィルヘルムのきを制限しようとする。著狀態になったのは、そのきを予測されない様にする為、そして逃す余裕を與えない為。
  照準はサカグチにも向いているが、そこはヴィルヘルムを壁にすればいい。どうにか出來る可能は低いが、しでも足掻く他にはない。
  だが、殘念ながら小細工を弄する事自、ヴィルヘルムに対しては無駄だと言わざるを得ない。事前に練りに練った策だろうと、彼の前には全て捻じ伏せられる。それは誰が相手だろうと変わる事はない。
「な、あ……!?」
  一切の抵抗すら許されず、元から引き千切られる《パワー・ウィップ》。そして次の瞬間、彼はサカグチにしがみつかれたまま、大きく跳んだ。
  世界が、加速する。
「おおおおおおおおおお!!!????」
  験したことのない程のGが、サカグチの衰弱したに襲いかかる。け無くも悲鳴をあげながら、それでも決して振り落とされまいと強くヴィルヘルムのにしがみつく。
  ヴィルヘルムは急ブレーキと急加速を繰り返しながら、迫り來る魔弾を躱し、者をワンパンで気絶に追い込む。気絶、とは表現したもののそれは生易しいものではなく、半端の無い膂力で吹き飛ばされ、無理やり追い込まれているだけだ。傍目には死んでいてもおかしくは無い。
  ……ちなみに彼自は特に何も考えていない。強いて言えば
「(うおお……やっぱ本職の人だけあって、吹き飛ぶ演技も凄いな。実際はちょっと小突いただけなのに、本當にすごい攻撃食らったように見える。これもやっぱ訓練の賜なんだろうか?)」
  勿論、実際にすごい攻撃を食らっているからである。
  一人、二人、三人。間髪をおかずに次々と打ち倒していく様は、まさに一騎當千、天下無雙。雑兵など相手にもならぬとばかりに、纏っている裝備ごと蹴散らしていく。
  彼が拳を振るう度に、戦場に舞い散る砂塵。それは決してヴィルヘルムの輝きを霞ませるものではなく、寧ろ英雄を引き立たせるにふさわしい舞臺裝置として機能していた。
「(……ふざけんな。それじゃ俺がまるで……!)」
  一瞬でもその考えに至ってしまったサカグチは、自の考えを必死に否定する。仲間を奪われ、倒され、自らも窮地に陥りながらも、敵の首魁の元へと討ちり最後には大立ち回りをする。その所業が主人公だと言うのならば、さしずめ自分は……。
  そんなはずは無い。文字通り死にそうなまでの逆境を経て、漸く舞い戻れたのだ。しかし、その経験をもって自分の心を叱咤しようと、どこかでそれを認めきれない自分もいる。
  そして──遂にヴィルヘルムのスピードに対応できなくなったサカグチの手が、彼から離れる。
「あ……」
  視線の先のヴィルヘルムは、最後に殘ったアンリに向かって手をばし、彼の手を取る。
  彼の洗脳は未だ解除されておらず、未だ敵対狀態は解けていない筈だ。だが、その様はまるで伽噺フェアリーテイルに出てくる騎士と姫の様でもあって。
「(んだよ、それ……これじゃ、俺、ただの……)」
  振り払われたは地をり、瓦礫へと激突する。既に意識を保つ事も出來なくなったのか、急に瞼が重くなる。
「悪役ヒール、じゃねぇか……」
  パキン、と何かが割れる音。次の瞬間、サカグチの懐から幾多ものの雨が飛散する。
  それは王都全に飛び散り、そこにいた人々全員へと降り注ぐ。當然その場にいたアンリや斬鬼、ミミも例外ではない。
「……これは、ミミの力が戻って……?」
「……う、ううん……あれ?  パーティーは?  って、ヴィルヘルム!?  ななな、なんで私抱かれてるの!?」
「……ふう、やはり最後に決めて頂けるのはヴィルヘルム様か。実に私も不甲斐ない……というかアンリ貴様!  られていた分際でよくもまあ抜け抜けと!」
「ふえっ!?  ちょ、ちょっと待ってよー!!?  事分からないんだからいきなり捲し立てないで、というか刀を抜かないで!!」
  気付けば夜は開け、薄闇の果てから靜かに紅のが立ち上り始めている。ヴィルヘルムはしいアンリらの聲を聞きながら、靜かにそれを眺めていた。
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