《ステータス、SSSじゃなきゃダメですか?》閑話《ヴィルヘルムのとある一日》
  これは、ヴィルヘルムが天魔將軍となって間も無い頃のお話。
◆◇◆
「(あ、ドラゴンさんに挨拶するの忘れてた)」
  アガレスタの街へ斬鬼とともに出向いていた際、ふとヴィルヘルムはそんな事を思い出した。
  彼の日常は酷く孤獨なもので、小鳥が唯一の話し相手だと自稱する程飢えている生活だった訳だが、それでも話せる相手が皆無だった訳ではない。実は一人……いや、一だけ言葉をわす相手がいたのである。
  彼が『ドラゴンさん』と呼ぶ相手は、その名の通りドラゴンである。初めて見た際、  ヴィルヘルムは冷や汗を流して逃げようとしたが、會話が出來る事が分かると恐る恐るながらもコミュニケーションを取ることに功。それからは大した頻度ではないものの、幾度か言葉をわしていた。
  ちなみに何故頻度がないのかというと、ドラゴンの風貌にビビっていただけである。もうし彼に度があれば、今頃まともなコミュニケーション能力をにつけていただろうに。
  まだ彼がく、獲が取れなかった日などには度々食料を分けて貰ったり、し困ったことがあれば力になって貰ったりとそこそこお世話になった相手である。やはり義理として挨拶の一つくらいわしておくべきではあるだろう。
  そうと決まれば善は急げ、特にやることもなく斬鬼からも放置されている今、その使命を果たすべきだろう。何、往復で一日も掛かることはない。大した時間も掛からず帰ることはできるだろう。勿論、ヴィルヘルムからすれば、という但し書きが前に付くが。
  無駄に豪奢な椅子から立ち上がり、これまた豪奢な扉に手を掛ける(無論これらは斬鬼が設えさせたであり、ヴィルヘルムの趣味ではない)と、扉の向こうには何故か一人のメイドが立ちはだかっていた。
「……何か用向きでしょうか?  ヴィルヘルム閣下」
(ええええええなんでこの至近距離におるん?  無表で目の前に立ちはだかられるとマジで怖いんですけど!?)
  自分の事を棚にあげるような心のびはさておき、今は慣れないコミュニケーションを取らねばならない。若干震えながらも、最低限の言葉だけは絞り出す。
「……森だ。し出る」
「森?  雑事であれば私共に任せて頂ければお手間を取らせる事もありませんが……」
(なぜ突き放すような言葉を使ったのに會話を続けてしまうのか。というか、心なしか彼の圧が強くなっている気がする。顔の距離もなんだか近づいているような……あ、なんか良い香りする)
  クソほどにしょうもない事ばかり考えてしまうのは彼の癖か、それともコミュ障のなのか。いずれにせよこれだけ考える事があるのならその萬分の一でも口に回せと思わなくもない。
  用事といっても高々引越しの報告をするだけである。個人的な雑事で手間をかけさせるのはヴィルヘルムからすれば本意ではない上、他人に任せる事でもない。故に、彼はメイドからの申しれを拒否する事にした。
「……いや、いい」
  斷るにしてももうしあるだろう、と口に出した直後に後悔した。
  口調にしても態度にしても、最早ただの反抗期の子供である。相手が母親ならばまだ分からなくはないが、今回は只のメイド。メイド服に母をじるような特殊癖でも無し、彼は特有の『言った後に臺詞を見返して後悔する沼』へと沈んでいった。
「……了解致しました。であれば、斬鬼様にもそのようにお伝えいたします。ご武運を」
  丁寧に一禮して、その場をしずしずと去って行くメイド。なんとかやり過ごした、と経緯はともかく結果に満足したヴィルヘルムは溜息をつく。
(……ん?  『斬鬼様にもそのようにお伝え』?)
  今更ながら彼の言葉を反芻すると、漸く気が付いたのか彼は顔を青ざめさせた。
  脳裏に浮かぶのは『ハイ・ヴァンピール』を発させ吸鬼の本をわにした斬鬼の姿。刀を振り回しながら、ボロボロになった自分を追いかけ回している。幻視するにしても嫌な未來である。
  というか最後の『ご武運を』という言葉がより不穏。この文脈ではどう見ても『斬鬼に折檻されるだろうけど元気でね』という意味にしか見えない。
(さ、最悪だ……とにかく、パッといってパッと帰って來れば許してもらえるかなぁ……)
  若干気が重くなりながらも、行くと決めたのだから行かねばならない。肩を落としつつ彼は森へと向かった。
◆◇◆
(……まさか単で『域』たる森へ向かわれるとは。これでも監視任務を背負うなのですが、中々上手くいきませんね……)
  所変わって先程のメイド。彼は自の役目を果たせなかった事を憂い、一人溜息をついていた。
  ヴィルヘルムが向かうと言っていた森。それは『域』と呼ばれ、人も魔人も容易には立ちる事が出來ない領域である。住み著く魔や植さえも軒並みレベルが高く、並大抵の者では三日生き延びることも難しいという。
  勿論、彼もヴィルヘルムの監視兼奉仕役として選出されるだけあって、レベルは決して低くない。現に域に足を踏みれられる一定のラインは超えており、そこらの魔程度なら軽くあしらえる程の実力はある。
  が、それでも域に住み著く魔を相手取るのは骨が折れる作業であり、余裕があるとは決して言えない。一対一ならば問題は無い。が、一対多や戦闘中の隙を突かれたとすれば、著しい苦戦は避けられないだろう。
  そして何より、人も魔人もその勢力をばす事が出來ない要因の一つ、『守護竜』の存在も大きい。その力は天魔將軍すらも凌ぐと言われており、度々差し向けられた勇者などの戦力が鎧袖一されたとの報も伝わってくる。もし部外者たる彼が守護竜に見つかれば……その先は想像もしたくない。
  はて、ではそんな危険區域にヴィルヘルムは何をしに行ったのか。彼は大まかに推測を立てており、それを改めて心の中で反芻する。
(……私が抵抗しなければ踏み潰されてしまうほどの威圧。捨て駒程度には出來るはずの私を置いて行くとなれば……あの方が域で行う事はただ一つ。守・護・竜・の・討・伐・、・も・し・く・は・制・圧・に他ならない)
  であるならば、自分がやる事は無理に著いて行き彼の背後で怯える事ではない。それを斬鬼へと伝え、後処理を円に進めさせる事だ。
  何故このタイミングでそれを行うのかは定かではない。相手は天魔將軍をも凌ぐと呼ばれる竜だ。普通に考えればヴィルヘルムのは危険に曬されている。
  だが、何故だか分からないが。彼にはあの不思議な魅力を持った主が負けるとは到底思えなかった。
(……とにかく、この事を斬鬼様に報告しなければ。確か今の時間ならあの方は……)
  だが、彼は知らない。そしてこれを伝えられるであろう斬鬼もしらない。ヴィルヘルムにそんな意図は一寸たりとも存在していないという事を。
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