《ステータス、SSSじゃなきゃダメですか?》第四十九話
マギルス皇國を制圧した當のヴィルヘルムはというと、これまた特にすることも無く日々を過ごしていた。
本來であれば今頃本國へと帰れていたのだろうが、マギルス皇國征服の後始末が殘っているため自分だけ帰るわけにもいかず。仕方なく殘ってはいるものの、雑事は全て斬鬼、そして新たにスキルを手にしたミミが全てこなしてしまう訳で。
勿論彼が雑務に手をつけたところで役には立たないだろう。スキルで戦闘能力が上がっても、頭脳や思考力は據え置きのまま。結局何が出來るわけでも無いので仕方が無いのだが、彼は暇を持て余していた。
部屋にいてもすることは無し、手持無沙汰に外へ出ることを決意する。別に外に何か用事がある訳では無いが、このまま暇を無為に過ごすよりかは幾分かマシだろう。そう思いながら街へ颯爽と繰り出す。
とはいえ街に出たはいいものの、街行く人々の表は暗く、パレードが行われた目抜き通りもどんよりとした雰囲気を漂わせていた。
それも仕方ない。中央に鎮座する居城は一部崩壊しており、以前まで掲げられていたマギルス皇國の旗は下げられている。本國の拠點が敵の手中に墮ちたという朝一の告示は、國民の先行きに暗雲を立ち込めさせるには十分だった。
良くて隷屬か、悪ければ皆殺し。以前から伝え聞く魔人族の恐ろしさに人々は怯えている。確かに、以前までの魔王であればそういった殺は日常茶飯事だった為その未來もあながち間違いとは言い切れなかっただろう。最も、今の魔王であれば
『そんな下らん事に拘かかずらっている暇があるか、自意識過剰が過ぎるぞ人間共』
くらいの一言で全部終わらせるだろうが。
こんな最中で店を開ける剛毅な人もそう居らず、どの店を見ても閉まっている。銭一つも持たず出てきてしまったヴィルヘルムだったが、これでは買いどころの話ではないと頭を搔いた。
「あ、お兄さ……では無く、我が盟友では無いか!  久方振りだな!」
「!  ヴィルヘルム……」
ふと聲がする方に振り向くと、そこにはアンリ、そして彼の妹であるイシュタムが、買い帰りと思しき食材の詰まった袋を手にして立っていた。
街中で知り合いから聲をかけられるという経験が無かったヴィルヘルムは、予想外の出來事に直し言葉を返すことが出來ない。とはいえ側からみれば特に変化も無い為、イシュタムは返事を気にすることもなく言葉を続ける。
「このような場所で出會うとは奇遇だな。まあ、夜闇に忍ぶ者とはいえ偶にはそういった気まぐれもあるだろう。して、一何をしていたのだ?」
因みに國に統治の宣言を出したのは、一から十まで斬鬼の主導である。ヴィルヘルムは一度たりとも表舞臺に立っていない為、彼が天魔將軍であるという事は國の上層部以外にとって知られざる事実となっていた。彼が気軽に街に出ても一ミリたりとて混が起こらないのはその為だ。
當然アンリは知っているが、それを家族に言うわけにもいかず。故にイシュタムはヴィルヘルムに対して姉の知り合いという以上の報を持ち得ていないのだ。その真の姿を知れば、きっと卒倒してしまう事だろう。
「……暇があってな。そちらは?」
「別段面白いこともない。ただの晩餐の買い出しよ。全く人のは面倒だな?  定期的に食を胃にれなければ、まともにくことも出來ぬのだから」
フッ、と相変わらず格好付けたような言をしているが、殘念ながら付いてくるのは格好良さではなく可らしさだけだ。見る人が見ればイラッとしてしまうことだろう。
しかし、いつもならこの辺りで彼を止めるはずのアンリはかない。それもそのはず、アンリはヴィルヘルムから視線を外して気まずそうな表を浮かべていたからだ。
アンリはられていたとはいえ、ヴィルヘルム達に弓引いた。斬鬼にああまで言われてしまえば、彼としても立つ瀬がないというもの。一度裏切り行為を働いた相手に、これまでと変わらず接することが果たして出來ようか?  
気まずさと居たたまれなさが限界に達したアンリは、結局逃げるように実家へと戻り、久方ぶりの母や妹達の相手をする事で自らの心を癒していた。いわゆる現実逃避ではあるが、そうする他は無かったのだ。
いつまでも逃げられるものではないと分かってはいたが、しかしながらこんな街中での邂逅は予想だにしていなかった。跳ね上がる心臓を抑えながら、アンリは平靜に努めようと自らの髪を弄び始める。
「……どうしたのだ同胞よ?  此度はやけに暗いではないか。一何事だ?」
「え?  あ、何でもないわよ。何でも……」
「……ふむ?」
いつもならば頭の一つでも毆られている所だが、何故か飛んできたのは歯切れの悪い言葉一つ。先程までは普段と変わらぬ態度だったいうのに、ヴィルヘルムが現れてからこうなったとなれば、流石のイシュタムでも何かあったなと察することが出來た。
「……ではそうだ!  我が盟友も晩餐を共にするというのはどうだろうか!  うむ、それが一番良いだろう!」
「ちょ、イシュタム!?」
「何だ、不満か?  別に母上は客人の一人程度気にするではないだろう」
「そうじゃなくて、ヴィルヘルムにも用事があるでしょう!  そんないきなりったって、來るはずが……」
チラリとヴィルヘルムの表を伺うアンリ。だが変わらない鉄面皮の奧からは、何のも読み取れない。
暫しの沈黙の後、ヴィルヘルムは靜かに答えを出した。
「……分かっ、た」
男ヴィルヘルム。天魔將軍となっても初心うぶなところは変わらないのである。
◆◇◆
「まあまあ、貴方がヴィルヘルムさん?  ええ、娘から話は聞いていますよ。なんでも々お世話になったとか、お世話をされているとか……」
「ちょ、お母さん!」
アンリの家を訪れたヴィルヘルムは、早速と言わんばかりに彼の母親から歓待をけた。
三人の母親という事で苦労もしてきたのか、白髪混じりの髪を頭の後ろで束ねており、顔付きにも若干の疲れをじる。ただ母親というにはいささか風貌が若過ぎるようにも見えた。
興味津々でヴィルヘルムに詰め寄る彼からは若々しさすらじる。勢いに押されたヴィルヘルムが思わず面食らって後退りする程だ。
「あら、私ったら自己紹介もせず……私、アンリの母のティアマと申します。誰に似たのかお転婆な娘ですが、どうぞ良しなに」
「もー、お母さんは引っ込んでて!  ご飯の準備もあるんでしょ!?」
「あら、はいはい。お邪魔蟲は引っ込んでますわね〜、と。ほらほら、イシュタムもこっちよ」
「なぬ!?  待て、私も我が盟友と話を……分かった、分かったから襟足引っ張らないで!?」
ホホホ、と早足で去っていく姿からは逞しさしか伺えない。ヴィルヘルムに至っては一言も発する事なく話が終わってしまった。
去ってしまった後ろ姿を見送り、溜息をつくアンリ。二人きりになってしまった空間でおずおずとヴィルヘルムの方を向くと、やはり視線を若干外しながら彼に問いかける。
「……その、し話がしたくて」
何度か深呼吸をすると、決意を決めたようにヴィルヘルムの事を見上げる。変わらない表からはが伺えないが、それでもここで言わなければいけない。今後の事、そしてあの夜の事を。
友だからこそ言いづらいが、友だからこそ言わねばならない。人と魔人、勇者と魔王軍。本來はわることの無い両者の絆は、薄氷の上でり立っているのだと。
「あの、私は──!!」
「失禮、ヴィルヘルム様はいらっしゃいますか!?」
が、そんな決意を崩すように、唐突にアンリ家の扉が開かれた。
飛び出してきたのは何故かメイド服を著たミミ。息急き切った様子にこれは何事かと話を止め、アンリもヴィルヘルムも彼の方を振り向く。
「ハァ……ハァ……良かった、ここにおられましたか。ヴィルヘルム様、今すぐお戻り下さい。火急の要件です!」
「……一どうした」
「ヴェ、ヴェルゼル様です!  ヴェルゼル様がいらっしゃいまして、『ヴィルヘルムを出せ』と……」
「……あいつは」
思わずヴィルヘルムも顔に手を當ててしまう。鉄面皮が僅かに歪んでしまうほど、彼の奔放さは度が過ぎていた。
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