魔王とその最初の仲間「ルシファー」が陸に辿り著いたのは、3日後のことでした。

目立たない場所に船を留め、遠くに見える街へと歩き出します。

歩くといっても、2人共並外れた能力を持っているので、街の口まで行くのに數分もかかりませんでした。

「王、人間の街にるのには我々の格好はいささか目立つような気がするが、如何する？」

ルシファーの疑問はもっともでした。

なにせ片方は大きな黒い翼の生えた男、もう片方は皮のが青く瞳孔が白黒逆転しているという始末です。

しかし、魔王はあまり考えるような素振りすらせずこう言いました。

「私の魔法で姿を変えよう。し脇に寄ってくれ」

言われるままにルシファーが口の門の脇に寄ると、魔王がなにやら呪文を唱えます。

すると、みるみるうちに2人の姿が変化していきます。

ルシファーは翼が変形して黒いスーツ一式になり、まだ跡が殘っていた顔の傷がすっかり消え去りました。

驚いて魔王の方を見ると、気づけば豪華な服裝をした小さなが日傘を差して立っていました。

「これなら、どこかのお嬢様とその執事が歩いているように見えるだろう。この街は金持ちが多いからな」

「ふむ、程。流石はこの地上界を數百年もの間旅して回った者の知識だな」

心しているルシファーに、最後に魔王は片眼鏡をかけさせると、早速街へとり込みました。

まず最初に2人を驚かせたのは、街の異常なまでの賑やかさでした。

空以外ならばどこを見ても人が目にり、至る所で野外商店がを売っています。

また、し遠くに見える港には沢山の船が留まっていました。恐らくは他の國からの品を運んできた貿易船でしょう。

「……しばらく見ない間に、ここまで発展するとはな」

「人間の最大の特徴は、この急激な進化の速度にあると言っても過言ではない。誕生からたったの數千年でここまで進化した種族はこの人間だけだ」

小聲で會話をわしつつ、様々な人々に話しかけて報を集めます。

時には姿形を利用した芝居も打って、今の人間についての大量の報を集めることが出來ました。

「ふむ、やはりあの勇者とかいう奴らは無事に英雄扱いされているようだ。上手くいった」

魔王が1番収穫だと思ったのは、今でも伝説として語り継がれている「勇者」たちの話でした。

「さて、今日はまず休む場所の確保だな。さっきの人間が宿場は向こうだと言っていた。行こう」

「待て。人間の領域ではそういう場合、確実に「金」とかいうものが必要だと聞いた。我々は金を持っていないぞ？」

ルシファーがそう言うと、魔王はクスクスと笑い、彼に向けて何か袋のようなものを投げてよこしました。

「これは……？」

「開けてみるといい」

また魔王に言われるままに袋を開けると、中から紙幣數枚とキラキラと輝く金貨が出てきました。

「これは……そうだ、さっき見たぞ。これは……金か！」

「ああ、その通りだ。人間の短所の1つは、軀の小さい者に対しての警戒心が薄いことだ。おで簡単に懐から抜き取れたよ」

の姿でクスクスと笑う魔王は、事を知らなければただの無邪気なのようでありました。

そのまま宿に直行し、その日は部屋に落ち著くことにしました。

夜中、2人は宿のベッドでぐっすりと眠っていました。

すると、音もなく口のドアが開きます。鍵はしっかりと掛かっていたはずでしたが、まるで元々掛かっていなかったかのように開きました。

ってきたのは、男かかも分からない黒ずくめの人でした。

その黒い影のような人は、音を一切立てずに魔王が寢ている方のベッドに近づくと、その右手を振り上げました。

その手には、キラリとるナイフが握られています。

そのままナイフは魔王の、心臓を確実に貫く位置に振り下ろされました。

しかし次の瞬間、黒い影の人は驚愕しました。

気づけば自分が床の上に倒れており、先程まで持っていたナイフを寢ていたはずのが突き付けてきているのですから。

「寢込みを襲うならば、まず護衛から始末するべきだろう？ まあ今回の場合、どちらを選んでも意味はなかった訳だが」

がナイフを一振りすると、につけていた黒服のフードが細切れになり、襲撃者の顔がわになります。

「か。それも中々整った顔立ちをしている。だが、に目が眩んだな。我々の容姿を見て金持ちだと判斷したようだが、とんだ見込み違いだ」

そう言うと魔王は襲撃者のの首をナイフを持っていない方の手で摑み、ギリギリと絞め上げ始めました。

「くっ……かはっ……」

「神にり込む時は、相手を気絶寸前まで追い込むと良い。と神の両方の抵抗力が弱くなるからな」

魔王はナイフを投げ捨て、空いた手での頭にれます。そして、その記憶を読み始めました。

數分後、口元を微かに歪めて笑いながらから手を離しました。

「自のみを葉えるために人を裏切り、仲間を騙し、その手をで染めてきたか。クク、面白い。そうだな、お前なら扱いこなせるやもしれん。試してみるか」

魔王はポケットから小さな卵のようなものを取り出すと、それをのに埋め込んでしまいました。

すると次の瞬間、がビクンといたかと思うと、いきなり窓を破壊して真夜中の街へと走っていきます。

「この世界には他者の魔力を奪い取り、糧とする生きがいる。もしもその生の卵がで孵化でもしようものなら、をられながら側から食い破られて死ぬ」

「だが、あの生の本能的求に打ち勝つほど強いを持つ者ならば、逆にその力を奪い取ることが出來るかもしれない」

「さて、あのは〈奪魂魔スナッチャー〉の主になるに相応しいかな？」

數時間後。

そこら中で燃え上がる炎、周囲に転がる無數の死、人々の喚き聲と悲鳴。

まさに阿鼻喚の中心と言える場所に、その場に不釣り合いなほど服裝が整った人が3名。

1人は、片眼鏡を掛けて周囲を冷ややかに見渡している男。

もう1人はいかにも貴族然とした服裝をした小さなで片眼鏡の男とは別の人を笑顔で見つめています。

そして最後の1人。まるで鮮で染めたような深紅のドレスを著て、炎のような紅い髪をしたがの前に立っています。

が、言いました。

「合格だ。君を我ら「悪魔」の一員として迎えよう。その底知れぬの力、我らの大義のために振るうといい」

「今日から君は、【強】の悪魔“マモン”だ。期待しているぞ？」

その言葉には跪き、の目をまっすぐ見つめて言います。

「……私の葉わぬ願いを実現させる力を與えてくださったこと、心より謝致します。必ずご期待に沿い、貴方様に命を捧ぐことをここに誓います」

「世・界・を・救・う・、我らが王よ」

そして3人は、炎の中に消えていきました。

街を襲った大慘劇は、現在は未解決の「エレアネーザ放火殺事件」として記録されています。