《すばらしき竜生!》第48話 無謀な遊び
「提案、だと?」
不敵な笑みを浮かべるシエルとは反対にいかにも警戒してそうな眼差しを向けるピクルス。シエルの発言は審判も困気味に見ている。
「そう、提案。この試合は普通に戦ったら圧勝で私が勝つというつまらない結果に終わっちゃう。だから……私は――この試合中に攻撃しないってのを條件付きで提案したいの」
シエルの聲は不気味なほど會場に響いて全員に聞こえる。
普通なら自分から絶対に勝てなくなる提案をしない。あいつは何を言っているんだ? という反応が正しい。実際にほとんどの観客はそのように思い、呆れている。 だが、それとは違う考えをしている奴もいる。それは、ツバキやカリム、ライドとその側近達、そしてもちろんロードだ。
(この試合は遊びに來ると思っていたぞシエル。やっぱりお前は最高の相棒だよ)
魔剣祭でのシエルの戦い方は司會も言っていた通りのみでやってきた。シエルの用武である二丁拳銃は出してすらいない。 そして決勝戦の相手は一度圧倒的に勝利したピクルス。そんな相手とで戦ってもつまらないだろうと思い、シエルは必ずここで遊んでくると確信出來たのだ。
提案をされたピクルスは言葉の意味を必死に理解して『條件』というのに引っかかる。
「條件……とはなんだ?」
「もし、私が勝ったら――土下座して。この場で」
「土下座だと? そんなことして何になる!」
「あんた覚えてる? 私とロードの可い可いメイド達、それに同じくらい大切な子供達を脅しに使ったわよね? それをこの場で謝ってもらうわ。『私は貴族の特権を活かし、一般市民を罪人にさせると脅しました。心からお詫び申し上げます』って……」
それを聞いたロードも予想外のことに「ほう?」と聲を出していた。あの場では普通にしていたシエルでも心ではとても怒っていたらしい。
「もし、僕が勝ったら……」
「その時は私が調子に乗ってすいませんでしたーって土下座して詫びるわよ。ついでに私達を大罪人にしてもいいのよ?」
「……………………」
「なんなら一歩もかないっていうのも加えるけど?」
これならば絶対に負けない。負ける要素が何一つない、とでも思ったのだろう。ピクルスはシエルが土下座をする未來が視えたのか、不安げな雰囲気を纏っていたのが逆に余裕そうな表でシエルを見返す。
「いいだろう。その言葉忘れるんじゃないぞ」
「あら、それはこっちのセリフよ。決して忘れないでね……雑魚君?」
二人の視線にはバチバチと何かがぶつかり合っている。
『なんだか大変なことになってきましたが、ガランドルさんはこの試合どう思いますか?』
『シエラちゃんだっけ? 面白いねえ、聞いたじだと完全に不利なんだがそれをじさせない自信があの子にはある。俺はこういう展開好きだぜ』
『では、どちらが勝つと思いますか? 僕の予想ではピクルス君が勝つと思いますが……やはりこの條件では勝つことは厳しいというよりも不可能かと』
『俺はシエルちゃんが勝つと思うね。そっちに賭けたほうが面白い』
司會とガランドルの意見は分かれたが、誰も彼もがシエルが負けてピクルスが勝つと思っている。
「兄貴……姉さんは大丈夫なんですか? 流石にあの條件では俺もキツイと思うんすけど」
「妾ならば力任せに魔法を弾くことは出來るが、シエルはそれが出來るほど頑丈ではないやろ?」
「やっぱりツバキもそう思うか?」
「うむ。それにけないとなると、シエルは良い的にしかならん。素早さが売りのシエルにはしキツい戦いになるやろなあ」
ロードをおいて二人は議論を始める。どちらもシエルの強さは知っているが、それは條件無しの場合だけだ。 お前らもシエルを心配するのかよ。そういうような視線を向け、呆れたとばかりにため息をつく。
「何度も言わせんな。シエルは絶対に勝つ」
◆◇◆
「それでは――始め!」
「―――灼熱よ、我が槍となりて敵を穿て"焔の飛槍ファイアランサー"!」
ピクルスの初手は"焔の飛槍ファイアランサー"。シエルの弟子であるアリルの十八番を口早に唱える。 一直線にシエルの肩目掛けて凄まじい速度で進むが、最小限のきで避ける。
「お前なら避けると思ったさ。だが、これは避けれるか?」
天を指差してそれを降ろす。不意に頭上に魔力をじたシエルは手のひらを上を向けながら目を閉じる。やがて晴天だった空は暗くなり雷鳴が轟き始める。
「なーんか最初から飛ばしすぎじゃない? 魔力切れ大丈夫?」
「僕よりも自分の心配をしたほうがいいんじゃないか? これは有名な魔法だからお前も知っているだろう」
"落雷" 上級魔法の中でも一番の破壊力を持ち下手な超級魔法よりも威力は高いと言われているが、狙いが一點集中のためまず當たらない。そのためあまり使われていない魔法なのだが、今回はシエルの出した條件に『一歩もかない』というのがある。 それのおかげで普段は當たらない魔法だろうが必中となってしまっている。
ピクルスが放とうとしている魔法が"落雷"だというのに気がついた先生や學院側が萬が一のために手配した國の兵士が慌てて止めに行こうとするが。
『シエルの遊びの邪魔するんじゃねえよ』
脳に響くドスのきいた聲に逆らってはいけないという生的な本能に従ってしまう。
『ガランドルさん! これは流石にヤバイのでは!?』
『まーまー落ち著けって。確かにヤバイけどこの試合を止めたほうがヤバいことになっちまうと俺は思うぜ?』
『それは……どういうことですか?』
司會の子はわからない。 シエルやロードといった規格外の奴らを除いて、誰よりも先に"落雷"が來ると察したガランドルは即座に止めようと行したのだが、濃厚な死をじさせる殺気を観客席のロードから當てられて腰を抜かしてけなくなっていた。
そうしてロードの手引きがありながら試合は今も続いている。空は灰から黒に変わり、シエルの頭上にはバチバチと雷が弾けて魔力の放出を抑えられなくなっている。
「私がけないのをいいことに"落雷"ねえ。確かにチョイスとしてはいいけどあんたって上級魔法出來たの?」
そう言ってピクルスが持っている杖に視線を向けて納得したように「あ~ね」と聲をらす。ずっと大事そうに抱えていたというのにようやく杖の存在に気づいたようだ。 そして、ひと目見ただけでその杖に何の効果があるのかすぐに見破ったシエルの目は天才級と言えるだろう。
「その杖のおかげで上級魔法が撃てるってことね。流石は親の七り……大好きなお父さんかお母さんに泣きついて買ってもらったのかしら? そーれーとーもー……」
悪戯っ子のような笑顔で句を発する。
「――また誰かを脅して奪った?」
「――ふっ――ざけるなぁ!!」
怒りゲージが噴火したピクルスは激昂して杖を振りかざし、今だ手のひらを空に向けてかないシエルに"落雷"を落とした。
大地が割れ、誰もがシエルが倒れている姿を想像する。やがて砂煙が晴れると……
「ちょっと手がピリピリする……」
そこには手をヒラヒラさせながらし不機嫌そうに呟くシエルの姿があった。
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