《捻くれ者の俺は異世界を生き抜く》23.白
伝説上の生が、憧れた、一度でいいからこの目でと夢にまで見たドラゴンが、今目の前にいた。
次の瞬間にはが勝手にいていた。
「うわぁあああああ――――ッ!!」
みっともなく大聲でび、ドラゴンの無防備な首元目掛けて飛び込んでいた。
剣を力強く握り、スキルで強化された全の筋力を軋ませ、全全霊をかけて剣を振り上げる。
ここで倒してしまいたかった。空を飛ばれたらきっともうどうにもならない。ほんの一瞬対峙しただけで嫌でも理解させられた絶的な力の差は、俺に先制攻撃という手段を選ばせた。
先手必勝、一撃必殺、全てを掛けた渾の剣撃がすました顔で佇む奴の首元にれた。
「――――ッ!!」
鼓を劈く金屬音が派手に鳴り、視界に映る全てがスローモーションのように遅延した世界で、バラバラに砕け散る刃の破片の數々をただ呆然と眺めることしか出來なかった。
空中で、鋼片が視界を橫切った先で、まるで目の前の人間を蟲けら程度にしか思っていない無機質でどこか気怠げで神々しい視線とぶつかった。
とても長い一瞬だった。
唐突にを引き裂かれる音が耳の奧から聞こえ、視界は黒く染まり、が有り得ない速度で弾け飛ぶ。
ハッと意識を取り戻した瞬間には、木に背中を預けた狀態で座っていた。
「ぶっ――」
泥ののようなの塊を吐き出して、修復しかかっている腹部を見て安堵する。多分ドラゴンの爪による攻撃だろう。狙われたのが頭じゃなくて良かった。
豪くドスの効いたびにも似た咆哮が響き渡る。
奴が前方からこっちを見ている。
聞いただけでが竦む聲だけが、今も脳で反響している気がする。
直ぐに立ち上がるが、手足が震えて仕方ない。
出會い頭からずっと頭の奧に警報のように繰り返し鳴り響いている言葉が、つい弱音のように口から溢れ出そうになる。
勝てない。
きっと勝てない。明々白々な事実であるが、はいそうですかとそれを認めて殺されるわけにいかない。
だが一どうすれば良いと言うのか。俺の防力をまるで豆腐のみたいに容易く切り裂く攻撃、俺の渾の一撃をけて尚傷ひとつ付くことの無い強靭すぎる鱗。それに剣はたった今目の前で砕け散った。まさかあれを素手で倒そうだなんて、そんな馬鹿な話はない。
希となるのは魔法による攻撃だけだった。しかし果たして効果があるだろうか。
ドラゴンに纏わる本を城の図書館で読んだことがある。
竜の鱗は魔力による攻撃を分散させる。さらに奴が火に耐のある種だったら俺の魔法では倒し切れない可能が高い。
現狀俺の使える魔法は熱と風と雷の三種類。この雷屬の魔法は練度が低すぎて使いにならない。十分な威力を発揮するには相當な魔力を込める必要がある。他の二種もそれ単ではまともな威力を出すことは出來ない。
一番火力が出るのは科學知識を利用した熱と風の複合魔法による発。
「とにかく、やってみるしかない」
熱に耐のないドラゴンであることを願う他ない。
幸いにも奴は俺を完全に舐めきっている。空を飛ばないのがその証拠だ。癪だが今回ばかりはラッキーと言える。
二度目の咆哮が響いた。
もたもたしている暇は無い。
魔力を集中させる。
酸素とガスの発生、収束、圧。
その途中、大気が震えた。
ドラゴンの口元から膨大な魔力と共に銀のが溢れ始める。
まずい、何が來る。
そう思った次の瞬間には、ドラゴンの口から白銀に輝く線が打ち出されていた。
咄嗟に構築中の魔法を前方に打ち出し、炎が奴の吐き出した極とぶつかり合う。
凄まじい威力の衝突、その僅か三秒後に俺の魔法は極に打ち破れ掻き消され、すぐ後ろにいた俺の足元から壯絶な破壊を齎した。
視界が一瞬白く染まり、耳鳴りが聞こえる中ぼんやりと意識が戻るが上手くがかせない。
すぐに分かった。部に巨大な空が出來ていて、右脇腹の部分が辛うじて上半と下半をつなぎ止めている狀態だった。全く痛みをじないのだが、の修復がある程度まで進むと信じられない激痛が襲って來た。
「がぁっあ゙あ゙」
何度繰り返しても痛みというものに慣れる気配はまるで無い。この際痛覚なんて無くなってしまえばいいとさえ思う。
「はぁ、はあっ……」
激痛の波を越え再び立ち上がり奴に目を向けると、既に次の砲撃が牙の隙間かられ出していた。
極一閃。
たかだか一撃のそれによって、森林は消し炭となり地形は別に作り替えられる。冗談ではない。ミサイルじゃ無いのだから。
「げほ、げほっ」
砂埃で噎せ返るも何とか直撃を免れた俺だったが、たった今目を見開いて現実を拒絶していた。
ドラゴンの攻撃は止んでいない。両の翼を広げその周囲から無數の線を打ち出した。
細いレイザー狀の魔力の塊は高速で周囲の地面や木々に著弾し、片っ端から木っ端微塵に砕していく。
慌てて背を向けて走り出す。
しかし丁度背中の一歩後ろで線の一つが発し、背中を焼かれたまま吹っ飛ばされた先の地面に無様に転がった。
「し、死ぬ……」
まるで子供が蟲の命を悪戯に弄んでいるよう。この場合當然子供がドラゴンで蟲が俺という配役になる。
奴は多分本気じゃないんだろうし、俺を蟲けら同然に思っているんだろうし、遊びの覚でめられている様な気さえする。
全の痛みが引いてきた。
しかし立ち上がる気力は湧いてこないで、ただうつ伏せのまま地面の砂利を眺めたまま。
力の差は絶的で、対抗策は無くて、逃げることも葉わない。何かの間違いで奴が突然死するか、あるいはドラゴンが俺に懐くなんてことはないだろうか。ないに決まっている。
せめてあのい鱗をどうにか出來れば――。
その時視線の先の、に大の空いた漆黒の鎧の殘骸に気づいた。そのすぐ手元に散々俺を苦しめた漆黒の剣があることにも。
一か八か。
立ち上がって駆け寄り、鎧の手から剣を奪い取った。
「これ……」
名剣とは握ったその瞬間に分かるものらしい。俺の使っていた剣がちゃちな玩に思えるほど、その剣には確かな重みがあった。
本當に重い。サイズは以前のものと同じ一メートルとし、刀に限らず柄の部分まで全てに漆を塗ったような漆黒剣だ。理的に考えればこのサイズの剣でこの重量は有り得ない。俺で無ければおそらく持ち上げることも出來ないだろう。
「丁度いい」
確かに重いが、俺の筋力なら問題なく振り回せる。こいつの斬れ味はを持って知っている。
悪魔の様な足音がゆっくりと近づいてきた。正面からすまし顔のドラゴンが歩いてくる。そのまま口から線を吐き出せばいいのに、余裕をこいて無防備に近づいてくる。
あたまにくる。バカにしやがって。
だが絶好のチャンスでもあった。
「はぁあっ!!」
剣を握りしめ、再び奴の懐に飛び込んだ。
これで刃が通らなければいよいよ打つ手が無い。頼むからお願いだから、そんな心意気でもう一度奴の首元に剣を振るった。
一瞬火花が散った。
しかし確かに漆黒の刃が、純白の鱗とその下に隠れたドラゴンのを斬り裂いた。
宙に舞う鮮を目にして驚いた顔をした俺と、そしてドラゴン。
「ぐはっ――」
奴の前足が空中で俺を払い除ける。
剣で防ぐが衝撃までは抑えられない。
見事に吹き飛ばされるが、その先で勢を整え著地する。
「ははっ」
口から垂れたを手の甲で拭って笑った。
「ようやくお前のが見られた」
傷は淺いし差してダメージを與えられた気はしないが、それでもこの絶的狀況に間違いなく変化が起こった。
勝てるかもしれない。
思考の奧から湧き上がった希。だったが、そんなもの直ぐに叩き潰された。
ドラゴンが勢い任せに翼を広げび聲を上げた。
その瞬間にとてつもない突風が吹き荒れる。俺は腕で顔を隠し突風に耐えつつ、細めた目でしっかりと奴を捉えている。
滅茶苦茶に怒り狂っているのだけは伝わって來た。多分長いこと傷というものを負って來なかったに違いない。さっきまでとは目付きが違う。
さらに突風が強まり、ドラゴンが空中に飛び上がった。
「まずい……」
一番恐れていた行をとられた。
地上なら勝機はあったはずだ。実際あの巨相手なら、スピードで俺が勝ることが出來たかもしれない。しかし空中戦となると全く別の話だ。
そもそも単純明快な話で、俺は空を飛べない。攻撃に際し一々地面から飛び上がって斬りかかる必要がある。そんな単調で分かりやすい攻撃が通用する相手ではない。それに流石の俺の跳躍力にも限界がある。俺が屆かない高度まで上られたらまず攻撃を當てることは出來ない。後は手も足も出ない遙か上空からドラゴンブレスの雨あられ。俺には地上ごと消し飛ばされる未來しか殘らない。
上空から歪な咆哮が聞こえた。
鳥と冷や汗に包まれる。
ブレス攻撃が來る。
走った。
全速力で地面を蹴る。
大丈夫だ。俺は速い。きっと逃げ切れる。
きっと――。
近くの地面が白くった。
「うわぁぁああ――ッ!!」
を丸めた狀態で宙をぐるぐる回転しながら転がって、大木に背中をぶつけてやっと勢いが止まった。
「うっ、」
立ち上がろうとしたが、足が縺れて仰向けに倒れた。木々の合間からただひたすらに青い空が覗いている。
ぼーっとする意識の中で、まるで悪魔の囁きのように諦めの気持ちが染み出してきた。
もう無理じゃないかこれ。どーやって倒すんだよ。
今もそこかしこで音が響いている。
ドラゴンは俺の姿を見失っているのか、それともただ怒りのまま手當り次第に砲撃しているのかもしれない。
今なら逃げられるだろうか。
しかし逃げてどうするのだろう。この迷宮から抜け出す方法も分からぬまま、ドラゴンに怯えながら彷徨い続けるのだろうか。死なないなら別にそれだって構わない。
今もどこかで咆哮が響いている。
強くなったと思ったいた。正直嬉しかった。正直高揚した。この世界に來てようやく、俺は獨りで生きていけるだけの力を手にれたんだと思っていたのに。
何故か頭の中に見知った人達の顔が浮かんでいた。その中でルーナスとかいう男の顔が、不敵に笑ったあの顔が俺を見下していた。
「ふざけんな……」
心底腹が立つ。
見下してんじゃねえ。
まだ、試してないことがある。
せめて一矢報いてやる。
仰向けで青い空を眺めたまま、右手を上空に突き出して魔力を掻き集めた。
「全力って奴を見せてやる」
殘存魔力は數値にして6000とちょっと。
風屬の魔法で空気圧が可能な時點で、頭の片隅にこの技があった。実行に移せばどうなるか何となく予想がつくので試したことは無い。
視界に映る大気。直徑百メートル球狀範囲の大気を摑み、それを圧していくイメージを頭の中に描いていた。魔力が凄まじい速度でもりもりと削り取られていくのが分かる。
それでも圧を続け、遂には直徑一メートルの球狀空気塊が眼前に誕生していた。維持するだけでも膨大な魔力が必要なのだが、
「まだ、いけるっ……」
さらに圧を重ねられ、ついに手の平サイズの大気の塊が誕生した。
このレベルまで空気が圧されると、最早眼でその球を確認することが出來る。膨大な質量と度で空間が歪んで見える。
さらに空気塊は熱を帯びていた。數メートル離れた位置にあるにもかかわらず、俺に熱耐があるにもあかかわず、その膨大なエネルギーをヒシヒシとでじる。
これを一気に解き放ったら大変なことになるだろう。だがもう知ったことではない。
半ば投げやりな気持ちが俺をかしている。
また咆哮だ。
目の前の上空にドラゴンが姿を現した。さっきよりも高度が上がっている。
「よお、どっちが死ぬか試してみようぜ」
迷いはなかった。
出會い頭、空気と魔力の塊をドラゴン目掛けて打ち出した。
それは本當に一瞬の出來事だ。
空気の塊が空中で解き放たれたその時、発は音速を超えた。
いわゆる轟という現象が巻き起こり、その瞬間世界から音が消え去り、數千度という熱を帯びた壊滅的な衝撃波がドラゴンの居た辺りを中心にして球狀に広がった。勿論周囲の森林は剎那で消し飛んだが、一どの辺まで衝撃が轟いたのかは定かではない。それほど一瞬の間に、俺は右も左も分からなくなっていた。
ぱちぱちと草木が焼ける音と、焦げ臭い匂いで目を開けた。
土まみれとなったを両手で払い除けて立ち上がる。マレに買って貰った服は見るも無慘なボロにり果てていた。
ただそんなことよりも目の前の景が信じられない。
クレーターだ。
百メートルくらいのクレーターが目の前にあって、更にその周辺は草木が一本たりとも生えていないデコボコの更地と化して數百メートル先まで続いていて、そして更にその向こうは元から折れまくった大木の群生地、至る所で山火事が起きている。
まるで核兵だ、そう思った。
勿論核兵はこんな被害じゃ済まないと思うが、それでもそれに近いものを思わせる。その気になれば街をひとつ消し飛ばせる。
辺りにドラゴンの姿は見當たらない。逃げたか死んだか、流石に無傷では居られまい。何れにせよもう襲ってくる心配は無さそうだ。
ここいらで殘存魔力を確認しておこうとステータスを確認する。
【雨宮優】Lv.89
別:男
種族:人間族
力:9755/9755
魔力:  706/9755
筋力:9755
防:9755
敏捷:9755
覚:9755
〈AS〉
・屬魔法(熱・風・雷)
・強化
・屬強化
〈PS〉
・屬耐(熱)
・超回復
・言語理解
〈稱號〉
・異世界人
こいつは驚いた。
レベルが40以上アップし、あとしでステータス數値が1萬の大臺に乗りそうだ。やはりドラゴンを仕留めていたのだろうか。あれ程の怪だし魂の質はこれまでの比じゃないだろう。もしくはあの発で森にいた他の魔達も知らぬ間に経験値に変えていたのかも知れない。
ただこうも一気にレベルアップしてしまうと、RPGゲームを嗜んでいた俺からすると何だかズルしている気分になる。こういうのは普通地道にレベルを上げていくのが楽しいものだ。勿論これはゲームではなく現実なので、強くなるのに越したことはない。
「そんなことより、あれをどうしたもんか」
あれとは勿論、巨大クレーターの中にぽつんと佇むあれである。
俺の視線の先には、あの超発に巻き込まれて尚も揺るぎなく佇む祭壇がある。正面に付いていた階段と二本の柱は見事に跡形もないが、祭壇とその上に浮かぶ金のクリスタルだけは今も無傷で輝き続けている。
漆黒の鎧も白竜もどう考えたってあのクリスタルを、いやその中で眠るを守っていた。ひとりの守護にしては些か兇悪すぎやしないか。
祭壇の上に飛び乗って、再びと相まみえた。
やはり変わらず素っで、を折りたたんだように丸めてそこにいる。
「どう考えても封印、されてるよな」
封印されたということは悪い奴なのだろうか。こんなが。いやいや、何も封印されているからと言って悪黨だとは限らない。彼が何か誰かの不都合になる存在で、仕方なく封印せざるを得なかったとか。
「…………」
考えていても仕方ないと思う。現狀この迷宮から抜け出す方法を俺は知らない。彼と話が出來たら何か分かるかも知れない。何も分からずとも、あれだけ苦労したのだからせめて何か変化がしいと思う。それに俺はまだ、このクリスタルを売り払って億萬長者になる夢を諦めていない。の子のクリスタルだなんてとてもじゃないが売りに出せない。し勿ない気もするが砕いてを取り除いてから売っぱらってやる。
「いよし……」
覚悟を決めた。
先程手にれたおニューの黒剣を右手に握り、中のを傷付けないよう細心の注意を払って軽く毆りつけた。
その瞬間剣で叩いた部分からヒビ割れが全に広がり、そこから眩い黃金の輝きが飛びすように辺りを包む。ついにクリスタルが々に飛び散って、中にいたが白く淡く輝きながらゆっくりと風に吹かれた綿のように落ちてくる。
眩い輝きに目を奪われている。
判然としない意識の中、をけ止めようとそっと両手を広げた。
彼との出會いだった。
【書籍化・コミカライズ】三食晝寢付き生活を約束してください、公爵様
【書籍発売中】2022年7月8日 2巻発予定! 書下ろしも収録。 (本編完結) 伯爵家の娘である、リーシャは常に目の下に隈がある。 しかも、肌も髪もボロボロ身體もやせ細り、纏うドレスはそこそこでも姿と全くあっていない。 それに比べ、後妻に入った女性の娘は片親が平民出身ながらも、愛らしく美しい顔だちをしていて、これではどちらが正當な貴族の血を引いているかわからないなとリーシャは社交界で嘲笑されていた。 そんなある日、リーシャに結婚の話がもたらされる。 相手は、イケメン堅物仕事人間のリンドベルド公爵。 かの公爵は結婚したくはないが、周囲からの結婚の打診がうるさく、そして令嬢に付きまとわれるのが面倒で、仕事に口をはさまず、お互いの私生活にも口を出さない、仮面夫婦になってくれるような令嬢を探していた。 そして、リンドベルド公爵に興味を示さないリーシャが選ばれた。 リーシャは結婚に際して一つの條件を提示する。 それは、三食晝寢付きなおかつ最低限の生活を提供してくれるのならば、結婚しますと。 実はリーシャは仕事を放棄して遊びまわる父親の仕事と義理の母親の仕事を兼任した結果、常に忙しく寢不足続きだったのだ。 この忙しさから解放される! なんて素晴らしい! 涙しながら結婚する。 ※設定はゆるめです。 ※7/9、11:ジャンル別異世界戀愛日間1位、日間総合1位、7/12:週間総合1位、7/26:月間総合1位。ブックマーク、評価ありがとうございます。 ※コミカライズ企畫進行中です。
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