《悪役令嬢は麗しの貴公子》49. ルビーの企み
 肝が冷える、ということわざがあるが実際に験するのは初めてだ。
 ニコラスに聲をかけられた瞬間、心臓が止まるかと思った。
 クランのおかげでなんとか誤魔化せたが、私もあの一瞬で何が起きたか未だに理解出來ないでいた。
 ただ覚えているのは、らかくてしり気のある何かが指先にれたということ。
 いや、『何か』じゃない。
 あれはクランのーーー
 「兄上? …熱でもあるのですか?」
 「…だい、じょ、ぅぶ」
 そこで漸く自分が何をされたか理解できた私は、再び顔を上気させた。
 ふいにクランと目が合い、今更だが恥かしくなって顔ごと逸らす。
 そんな私の心などつゆ知らず、クランは楽しそうに腰に手を添えた。
 「ニコラスとも會えたことだし丁度いい。お前らに話がある」
 「なんですか唐突に」
 咄嗟にニコラスが構える。
 こういう時、クランが言うことは大が厄介事が多いことを知っているからだ。
 「睨むなよニコラス。將來的にはお前らにとっても悪い話じゃない」
 「良いか悪いかを判斷するのはクランじゃないでしょう」
 「その通りだ。だから俺の話を聞いてその判斷を下してくれ」
 
 頼むよ、と困り笑いをするクランに溜息を吐く。
 全く話題の持っていき方が上手い。
 「話というのはさっきの続き?」
 どうせ碌な事じゃないのならさっさと話を聞いた方がいい。
 カレンと離れてから隨分と時間が経ってしまった訳だし。
 「さっき、ですか?」
 「國の現狀と『ご近所』との関係についてローズと話してたんだよ。ニコラスだってある程度の報は摑んでるんだろ?」
 「えぇ、まぁ…一通り調べましたから。それでも実際に諜報員を送り込んでる家のご子息には劣るでしょうけど」
 
 ニコラスの遠回しな嫌味にもクランは爽やかな笑み一つで躱した。
 ツィアー二家が國王からの命をけて帝國に間諜を送り込んでいることは知っている。…報の収穫が芳しくないことも。
 それなのに王家と距離を取り、仕えるべき王より家族を優先した公爵家と接を図る理由はなんだろうか?
 「それで、クランは王家から手を引いた公爵家にどんな話をしてくれるのかな?」
 そう問うた瞬間、クランは真っ黒な輝きを放つ微笑みを向けてきた。
 まさに悪魔の微笑みだ。
 「俺と手を組もうぜ、二人とも」
 「「…は?」」
 軽く構えた私達に手を差し出してクランが口にしたのは、まさかの勧の臺詞。
 話がぶっ飛びすぎてて意味が分からない。
 「々と説明してもらえる?」
 「そうだな、取り敢えず順を追って説明するか。先日、お隣に潛させていた諜報員から『彼の國が王國を取り込むつもりらしい』という報がもたらされた」
 「らしい、とはどういうことですか?」
 「確実な報とは言い難いってことだ」
 ニコラスの指摘にクランは淡々と答える。
 「そもそも、そう易々と報を引き出すこと自が難しい狀況でな。今回、報をもたらしてくれた諜報員ともあれ以來連絡が取れてないし……恐らく始末されたな」
 「他の者達からはそういった報はきていないのかい?」
 私の質問にクランは口を噤み、ただ首を橫に振ってみせた。
 つまり、帝國では諜報員達は完全に単獨行をしているということだ。
 一つ気になることがあったので、クランに疑問を投げかけることにした。
 「もしかして、彼の國が狙っているのは……アル様かい?」
 そう聞いた後、クランは面白いものを見るように私を見た。
 輝きを増したルビーの瞳が細められる。
 「どうしてそう思う?」
 「クランの話が本當だとして、まず取り込む為には王國のを知ることが重要となる。だとすれば、一番手っ取り早い方法は王家の者と接すること」
 王政であるリリークラント王國では、最終的な決定権は國王に委ねられている。
 そのため、政治における全ての報は國王に集中する。
 將來は國王となるアルバートにもなからず報共有はされている筈だ。
 いエリザベス王は當然、政治事なんて知らないだろう。
 王妃は政治における権限はあるし、ある程度知っていそうだが基本的に後宮にいることが多いから近づくことが難しい。
 國王の傍には『王の剣』で知られるディルフィーネ伯爵をはじめ宰相やお父様など、信頼出來る臣下が徹底的に守りを固めている。
 それに対し、護衛やヴィヴィアンがいるとはいえ王城から離れた學園生活を送っているアルバートには隙ができやすい。
 そうなればーーー。
 「現狀で一番接しやすいのはアル様ということになるからね」
 「流石だな。俺もそう考えて々と探ってた」
 「學園で見かけない時があると思ったらそんなことをしてたのかい?」
 「安心しろ。ちゃんと単位はとってる」
 「そういう問題じゃないと思うんだけど」
 呆れる私達に気づいていないのか、クランは何故か誇らしげにを張ってみせた。
 「それでだ二人とも。お前らには、俺の調査に協力してほしい」
 つまり、帝國の向を探る目的で私達に協力を仰ぎたいと、そういうことらしい。
 「一つ聞きたいんだけど、どうして私達なんだい?」
 「俺が絶対の信頼をおけるのがお前らくらいだったんだよ。それに、この間まで殿下のお守り兼婚約者の選定もやってたお前らなら適任だろ」
 確かにクランの人選は間違ってはいない。
 それなりにアルバートとは付き合いがあるし、私に至っては同學年でクラスも同じだから調査員としては申し分ない。
 「兄上はいいとして、僕はまだ學園に學すらしていません。それに、クランの話はあくまで可能の域でしかないでしょう」
 「いや、確証ならあるぜ。漸く手にれた特ダネだ」
 
 得意気にニヤリと笑ったクランが私達を手招きしたので、近くに寄ると小聲で耳打ちされる。
 
 「それは…本當なんですか?」
 「あぁ。出処は言えねぇけど確かな報だ」
 ニコラスの瞳には驚愕と疑のが混ざっている。
 その隣で、私は恐怖をじていた。
 ーーー來春、帝國から間諜留學生がやってくる。
 『彼』がこの國に來る、その事実に。
 
 久々なので、2話連投します(19.9.6)
 本日もありがとうございました(´˘`*)
 次回もお楽しみに。
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