《悪役令嬢は麗しの貴公子》50. ご機嫌斜めなアメジスト
 乙ゲームというものには大抵、ある程度ゲームを進めていくとボーナスストーリーというものが発生する。
 発生條件は至って簡単。
 
 王太子であるアルバート。
 次期宰相候補のヴィヴィアン。
 気さくで頼れる先輩のクラン。
 心に傷を負った年ニコラス。
 以上、四人のメイン攻略者達とBest ENDを迎える、たったそれだけ。
 勿論、ただクリアするだけでなく全員の好度を上限まで上げる必要があるから面倒ではあるが。
 忍耐強くこれらの條件を満たしたプレイヤーだけが攻略出來るストーリー。
 それが、隠れ攻略者ルート。
 そして、その先に待っている攻略者全員からされる逆ハーレムルートなのである。
 とはいえ、度々ならメイン攻略者ルートでも影絵と音聲くらいでの登場はしていたので、この世界においてもいずれ現れるだろうとは思っていた。
 だが、隠れ攻略対象者と言うだけあって『彼』のルートは々と特殊なのだ。
 難易度も高く設定されており、一つ選択肢を誤れば即座にBad ENDという徹底ぶり。
 ……中にはBad ENDを全て回収して逆の意味で話題となったプレイヤーもいたくらいである。
 ゲームの舞臺が學園であり、攻略者は勿論、お助けキャラ達も含め全員が學園の関係者という設定だ。
 なら當然、隠れ攻略者も何らかの形で學園に関わる必要があった。
 さらに、隠れ攻略者としての特別を持たせる為に追加された設定ポジションーーーそれが、『異國からの留學生』である。
 ゲームでは確か、『彼』の素が明かされていくのはずっと先だったはずなんだけど、とゲームの記憶を辿りながら思う。
 『彼』自も上手く素を隠せていたし、事前に報洩なんてしていなかったのに……クランの報源ってどこなんだろう。
 つくづく謎である。
 「これで分かっただろ。俺が『お前ら』に協力を仰いだ理由」
 來年はニコラスが學園に學する年でもある。
 だからこそクランは、『お前ら』と言ったのだろう。
 「クランはその留學生が誰かも知っているのかい?」
 「いや、そこまでは俺も知らねぇよ。ただ、留學っつうくらいだからどっかの貴族だろうとは踏んでるけどな」
 頭の回転が速いクランに思わず心してしまう。
 「で、ここまで聞いたからには協力してくれんだろーな?」
 
 「押し付けがましいですよ。それに、先程クランは僕らにとっても悪い話じゃない、と言ったことを忘れていませんよね?」
 
 ニコラスはこの話のどこが良いんだ、と言いたげにクランを睨む。
 私もニコラスと同意見だった。
 せっかく中立の立場を保つ(という建前の)為に王家と距離を取ったというのにこれでは意味がない。
 そんな私の考えなど知らないとばかりにクランは不敵に笑う。
 「忘れてねーよ。今回の件、上手くいけば王家に貸しを作ることができる。しかも、リスクの高い容だけに利子も上乗せされるかもしれねぇ。つまりーーー」
 「つまり、今のに功績を立てることで王家から離れた公爵家への信頼は回復する。それと同時に貸しを作った王家は今後、公爵家に大きく出られない。よって、王家と付かず離れずに平穏無事な日々を送りたい僕らにとっては好都合、と言いたいんですね?」
 
 「まぁ、そんなとこだ。當たらずとも遠からず、ってやつ」
 確かにそう考えると決して悪い話ではないが、それだけリスクも高い。
 ……さて、どうしたものか。
 
 ニコラスは多分、私と同じ選択をするだろうから全ては私の返答次第となる。
 クランとニコラス二人からの視線を浴びる中、瞳を閉じて思考に耽ける。
 本格的にゲームストーリーが開始となる年に留學してくる帝國の隠れ攻略者スパイ。
 その『彼』にとって、前世の記憶を持つ私や留學する真の目的に気付いているクランの存在は予想外だろう。
 調査するにあたっての下準備、報収集、クラン達との連絡手段と共有場所、萬が一に備えた証拠隠滅の方法……。
 リスクと功した際の報酬を天秤にかける。
 私はーーー。
 「…手を貸そう。その代わり、調査中はある程度こちらの好きに行させてもらうよ」
 「渉立だな」
 クランは満足そうに微笑んで手を差し出してきた。
 今度は私も彼の手をしっかりと握り返す。
 
 「では、僕は兄上のサポートを。……兄上の溫に々謝して下さい、クラン」
 
 「あぁ、恩に著るぜ二人とも」
 その後、一通り今後の予定について話し合った私達は解散した。
 ……
 
 「すまないニコ。また可い弟を私のワガママに付き合わせてしまうね」
 「そう思われるのなら斷ればよろしかったのでは? 兄上は甘いんですよ」
 公の場では滅多にを表に出さないニコラスが、珍しく不機嫌さを全面に出していた。
 「クランと手を組んだことを怒っているのかい?」
 「兄上の下した判斷に僕が怒るわけがありません」
 
 言葉とは反対に、ニコラスは拗ねた子どものようにそっぽをむいてしまう。
 「……本當に?」
 「兄上に噓はつきません」
 「その臺詞、私の目を見てもう一度言えるかい?」
 「……」
 からかい過ぎただろうか。
 顔どころか、聲すら聞かせてくれなくなってしまった。
 その事にショックをけつつ謝ろうとすれば、それより先にニコラスが私の袖端をキュッと摑む。
 「…調査協力なんてしたら、一緒にいる時間が減るじゃないですか。折角、來年から僕も學園に通えるのに」
 
 摑んだ袖端に皺ができるくらい強く握られる。けれど、私はそんな事を気にする余裕すらない。
 不意打ちでのニコラスのデレ発言はそれだけ威力が抜群だった。
 「本當にごめんね。私もなるべく一緒にいれるように努力するから機嫌を直してくれないかい?」
 
 「機嫌は悪くありません。普通です」
 「そう。なら、ニコの可い顔を兄上に見せておくれ」
 
 「今は、嫌です…」
 
 そんなことを言っても袖を握った手は相変わらずで、私はニコラスを微笑ましく思った。
 昔ほど素直ではなくなったけど、そんな所も可くて仕方がない。
 これ以上、拗ねているニコラスに何か言っても無駄だと思い、袖端の繋がりはそのままにバルコニーを後にする。
 會場にって直ぐ、私は何か違和をじた。
 皆が一點へ視線を集めて何やらヒソヒソと話している。
 「変ですね。何かあったんでしょうか?」
 ニコラスも気付いたようで、私達は彼らの注目する先へ視線を追った。
 「あれはーーーって、兄上!?」
 彼らの視線を追って目にした景に、私はニコラスの焦燥した聲を振り切って走り出していた。
 
 
 
 
 
 2話連投の後半です(19.9.6)
 本日もありがとうございました(´˘`*)
 次回もお楽しみに。
 
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