《悪役令嬢は麗しの貴公子》54. 黃金の正

 やせ細った月が微かなを帯びて佇む空の下、私はルビリアン公爵邸の門前に降り立った。

 男は宣言通り、私を家まで送り屆けてくれたのだ。

 「本日はありがとうございました」

 私に続いて馬車から降りた男に向かって頭を下げる。

 「禮など要らん。お前はただ、俺に付き合わされただけだからな」

 

 「それでも、送って頂いたことに変わりありません。道中とても快適でしたし」

 「……奇特な奴め」

 そう言って再び頭を下げると、男は呆れを含ませながらも目元を緩ませて微笑んだ。

 

 彼の『付き合わされた』という言葉はあながち間違いではない。 

 どんな話題を出しても會話は広がらなくて苦労したことは事実なのだから。

 正直、すごく気まずかった。

 「お前はいつもそうなのか?」

 「何がでしょうか」

 「お前の対応だ。俺がお前に対して名乗らなかったことといい、舞踏會で扇で打たれたことといい、何故怒らない?」

 

 彼の言いたいことは分かる。

 普通なら、ましてや貴族なら尚のことそういった無禮には敏だろう。寧ろ怒らない方がおかしい。

 でもーーー。

 「意味がないことを知っているからです」

 

 「どういうことだ?」

 「殿下の仰ることは最もです。ですが、を任せて怒りをぶつけて何が得られましょうか。ただイタズラに時間と労力を消費するだけでなんの解決にもならない行為に意味などありません」

 前世でもそうだった。

 理不盡を押し付けられたり、他人のミスの拭いをしたり。そのくせ謝の一言もない、やって當たり前だと思われる。

 何もじない訳じゃなかったけど、気にしてたってどうにもならない。

 「まずは己が為すべきことを。怒ったり泣いたりするのは、全部終わった後でも出來ることです」

 やりたいことよりまずは為すべきことを。

 私の前世からのモットーだ。

 

 「それに、私は公私混同はしない主義ですから」

 

 「それは名を名乗らなかった俺に対する嫌味か?」

 「え、いやそういう意味ではっ…!」

 慌てて否定すると、男を鳴らして笑った。

 「冗談だ。それより、早く家にった方がいいぞ」

 「? ……はい」

 私が不思議そうな顔をしたのが分かったのだろう。

 再び馬車に乗り込もうとした男は驚いたように黃金の瞳を見開いた。

 「本気で分からないのか?」

 「えっと…?」

 更に首を傾げる私をみて男は大きな溜息をはくと、クシャリと私の頭を一でして馬車に乗り込んだ。

 「分からないならいい。もう片付いたようだしな」

 「は、はぁ…」

 「それと、名乗るのが遅れて悪かった。俺の名はエルバトール・ユリス・ヘドガー。…まぁ、お前は俺のことを知っていた・・・・・ようだがな」

 黃金の瞳が宵闇の中で怪しくる。

 気を抜けばこの場で食い殺されるのではと錯覚してしまいそうな圧力をじた。

 それほどまでに圧倒的な強者のオーラがあるからだ。

 そう、この人がーーー。

 メイリンジャネス帝國の若き帝王にして絶対的支配者、『黃金の獅子』と恐れられるその人だ。

 「こうしてお會いするのは今宵が初めてです」

 「…本當まことか?」

 「本當です」

 暫くの間、私を鋭く抜いていた黃金の主は、今度はからかうように目を細めた。

 

 「そうか。では、そういうことにしておいてやろう」

 馬車の中から逞しい腕がびてきて私の頭の上で著地する。

 クシャリとまた一でしたエルバトールが囁いた。

 「おやすみロザリー。またな」

 

 「お、おやすみなさい…え、名前…?」

 

 初めて名前を呼ばれたことに驚く。

 それに、またなって…。

 エルバトールを見上げると、彼はニヤリと意地悪く微笑むだけだった。

 頭の上からぬくもりが消えたタイミングで馬車がき出し、徐々に遠ざかっていく。

 結局、早く家にれと言われたのに見送りまでしてしまった。

 先程まであったぬくもりの上から被せるように、自分の手を頭にのせる。

 「…あんな人、だったっけ」

 ゲームに登場したエルバトールは、もっと、こうーーーやめよう。

 ゲームとこの世界は同じではない。

 私がここで生きているように、彼らも彼らの人生を歩んでいるのだから。

 

 思考を中斷して門をくぐり屋敷へと歩いていく。

 私の姿に気づいた使用人達が屋敷の外まで出迎えに來てくれた。

 皆の姿を見たら安心して肩の荷がおりた気がする。

 長い一夜だったと、気が抜けたせいかもしれない。

 私を出迎えてくれた使用人達の黒い制服の裾が所々、赤黒くづいていたことには気づけなかった。

 

 ……

 

 リリークラント王國、城門にて。

 「漸く戻ってきた」

 背中を柱に預けた年が、こちらへ向かってくる一臺の馬車を見つめて気だるそうに呟いた。

 黒漆の馬車は年の前で留まると、側から扉が開けられる。

 「待たせた」

 「えぇ、本當に」

 年は、既に中にいた人ーー兄であるエルバトールを軽く睨みながら自も馬車に乗り込んだ。

 ドサリと音を立てて座り、慣れた手つきでネクタイを緩め上著とシャツのボタンを開けていく。

 上座に座るエルバトールは、そんな年を苦笑じりに見つめていたが、年に気にした様子はない。

 「それで? 可い弟を殘して帝王様は今の今まで何処をほっつき歩いてたンですか?」

 足を組み、頬杖をついた年は気だるそうに黃金の瞳を兄へと向ける。

 金の瞳は帝國の皇族たる象徴。帝國民なら崇拝する対象となる。

 しかしこの弟は、気だるげな表、意じられない態度、加えて面倒臭がり屋という3點セット付き。

 殘念であることこの上ない。

 

 同じ黃金でもこうも違うか、とエルバトールはかに思った。

 「寶石を家まで送り屆けてきた」

 「…ふざけてンですか?」

 「大真面目だが?」

 真顔のエルバトールに年は舌打ちした。

 しかし、舌打ちされたエルバトールは慣れているのか、敢えて何か言うことはない。

 「社を疎かにするくらいその『寶石』が気にったンですか?」

 「あぁ。お前もきっと気にる」

 ふ、と穏やかに微笑んだエルバトールを年は意外そうに見つめた。

 なんせ普段から無表が常である兄が、表を崩すばかりか微笑んでいるのだ。

 明日には雪でも降ると思ってしまうのも無理はないと言える。

 「この國においておくには惜しい。お前、どうにかして帝國うちに連れてこれないか」

 

 「どンな無茶ぶりですか。そもそもオレ、その『寶石』のこと知らねぇし無理ですよ」

 「今夜會った中にいたぞ。まぁ、またいづれ會えるだろうがな」

 今夜會った。 いづれまた會える。

 兄のヒントを基に舞踏會にいた人リストを思い起こす。

 勿論、手がかりがない現狀では絞り込むのは不可能に近いのだが。

 必死で記憶を辿る弟を見つめたエルバトールは、もう一つヒントを與えることにした。

 「あぁそうだ、學園ではお前と同じクラスになるよう手配しておいてやろう」

 禮なら要らん、とつい最近言ったような臺詞を再び口にする。

 エルバトールはそれっきり口を閉ざしてしまった。

 年は端正な顔を歪めて自の兄である皇帝を気だるそうに見つめていた。

 

  

 お屋敷の使用人さんってなんでもやるんですね…。

 本日もありがとうございました(´˘`*)

 次回もお楽しみに。

 

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