《悪役令嬢は麗しの貴公子》56. とある王の思
 ーーーリリークラント王國、後宮にて。
 リリークラント王國は建國より數千年の歴史があり、それなりに広い土地を有している國家である。
 建國當時に建てられた宮殿は、初代國王が建設の指揮をとったという逸話があることでも有名なしい建設だ。
それは本殿に限らず、かつての王達が娶った幾人もの妃達が住まう後宮も一緒で、白で統一されたそこは月日が経っても気品を失わない豪奢な場所だった。
 しかし現在、そんな広すぎる後宮に住んでいるのは実質たったの二人のみ。
 一人は國母であり王國唯一の妃イヴァンヌ・リリークラント。
 そして、もう一人は彼の娘エリザベス・リリークラント第一王である。
 父親譲りの深海の瞳をした王は、まだと呼べる年齢であるにも関わらず常に大人びた雰囲気を醸し出していた。
 兄であるアルバート同様、両親の貌をけ継いだエリザベスは、既に他者を引き付けるだけの魅力を持ち合わせているようだと周囲は噂する。
 そんな彼はここ最近、後宮區畫に設けられたガラス張りの溫室にり浸っている。
 そこにはグランドピアノが設置されており、彼はそれを目當てに毎日溫室まで通っているのである。
 そして今日もまた、沢山の花々が咲きれる靜かな溫室で一人、エリザベスはピアノを奏でていた。
 
 普段なら誰も彼の邪魔などしないのだが、今日はピアノを弾いている彼に近づく者の姿があった。
 「ーーー戻りました、殿下」
 「あら。もうお開きになったの? 隨分と早いのね」
 背後で頭を垂れている者を見向きもせず、エリザベスはピアノを弾き続けている。
 「いえ、まだお茶會は続いているようでしたがこれ以上は無駄と判斷し、早々に切り上げて參りました」
 背後からけた報告にふーん、と素っ気ない返事をしたエリザベスは、丁度區切りよく曲を演奏し終わったためそこで一度手を止めた。
 くるりとの向きを反転し、それまで背後にいた者へ漸く目を向ける。
 「結局、今回も私の予想通りの結果になりそうね。兄様って本當につまらない方だわ。……どうして皆あんなのがいいのかしら」
 「殿下、どこで誰に聞かれているかも分からぬのです。発言にはご注意を」
 「ここには貴方と私しかいないのだからしくらいいいじゃない。それに、否定しないということは貴方もそう思っているということなのでしょう?」
 「……それについては、殿下のご想像にお任せ致します」
 「相変わらず素直ではないのね。…まぁいいわ。兄様が誰を娶ろうとどうだっていいもの」
 瞳を細めて近くの噴水を眺めるエリザベスは淡々とした聲でそう告げた。
 わざわざ調べさせたくせに報告を聞いた途端から興味をなくした主人に、頭を垂れ続けている者は呆れを含んだ息を吐いた。
 「労いの一言もなくそんなことを口にする方が主人とは…」
 「言ってくれさえすれば私だってきちんと労うわ。そういう所が素直ではないと言っているのよ」
 「わざわざ言わずとも察して下さるのが真の主人というものです。……し留まりすぎました。これにて失禮致します」
 會話を切り上げて立ち上がろうとする者を『待ちなさい』とエリザベスが制止した。
 再び片膝をついた者は、優雅に足を組んだ小さな主人がこれから自分に新たな命令を下すことを確信する。
 彼が足を組むのは、決まって何か命令をする時に限ることを知っているからだ。
 「次は何を致しましょうか?」
 そう問えば、目の前で自分を見下ろす深海の瞳が嬉しそうに細められる。
 らしい見た目のこのは、決してその中まで純真な訳ではないことを知っている者など果たしてどれだけいるだろうか。
 「兄様の初のお相手だという貴公子ーーーロザリー・ルビリアン様を私のところまで引きずって來て頂戴」
 は無邪気にコロコロと笑う。
 楽しそうな聲で歌うように命じた主人に深く頭を下げた者は頷き、次の瞬間にはその姿を消した。
 命じた者がいなくなったことを目で確認したエリザベスは、再びピアノへと手をばし奏で始める。
 會ったことは一度もないが、よく両親や兄がその名を口にしてはらかく表を緩めていた。
 公爵家の子息としてではなく、一人の人間として自分の家族が高く評価しているその人にエリザベスも興味を持ったのだ。
 しかも、王太子でもあるあの兄・・・がをした相手というのだから興味を持たないわけがなかった。
 「愚直な兄様を虜にさせた方ですもの、きっと私のことを楽しませて下さるに違いないわ」
 は瞳を閉じてうっとりと語る。
 その日、の演奏を阻む者はもう現れなかった。
 (2.3.11)一部修正しました。
 本日もありがとうございましま(´˘`*)
 次回もお楽しみに。
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