《と遊ぼうとしたら異世界に飛ばされた件について》23話目 森の支配者
どこまでも見渡せる澄み切った空を、一人のと一匹のドラゴンが駆ける。眼下に広がる雄大な緑と青空のコントラストは一枚の絵畫を思わせ、ドラゴンの背という特等席からそれを眺めるの心にその景は自然と刻まれた。
「今日はよろしくね、ドラ助」
は微笑みをたたえながら、自らを乗せるドラゴンにそう告げた。その笑みは、元來人間とは比べるべくもないエルフの貌とドラゴンに乗っているという特異さが相まって神的な雰囲気すら漂わせている。
「グルルル」
その彼を乗せるドラゴンもまた巨大な存在を放っていた。のことを見る者を魅了する寶玉とすれば、そのドラゴンは寶玉にれようとする全ての愚か者から守る守護神と言えよう。
ドラゴンは用にも空を飛びながらその顔をへと向けて、彼へと返事をする。その唸り聲は正しく獣のそれでありながらも高い知をじさせ、その聲を聞いた者はドラゴンの威容も合わさり絶対的な安心を得るだろう。
もしこの景を目にする者が居れば『何故エルフのごときにドラゴンが従うのか?』と疑問に思い、思いあがった者はそのを捕らえてドラゴンを意のままにることを畫策しただろう。
しかし両者にとって幸運なことにこの場にそのような無粋者は存在しなかった。らにとっては彼らの主人の機嫌を損なわないで済むことが、無粋者にとってはその命運が確実に盡きることにならずに済むことがという大きな違いはあったが。
地上にいる獣たちは空に浮かぶドラゴンとの姿を見て次々と地に伏していく。この森に棲む獣は魔と呼ばれ、通常の獣と比べて非常に高い能力や特別な能力を有している。
それにも拘わらず魔たちがドラゴンを目にしてそのような姿勢を取るのは、ドラゴンに逆らう気は一切無いということを示すためである。多優れているとはいえ彼らも獣の枠を出ない生であり、ドラゴンという種とは正しく格が違うのだ。
そして彼らの本能に刻まれて久しい絶対的恐怖を象徴する存在をもじさせられれば、逆らう気など文字通りほども生じぬというわけである。
魔たちの能力はいずれも高く、それ故に空に浮かぶドラゴンらに付著しているにおいをもじ取ることが出來た。ドラゴンこそがこの森の主であることを魔たちは理解していたが、それとは別に天敵・・とでも言うべき存在がいることも理解している。
その者と出會えば死ぬ。気分を害しても死ぬ。逆らえば當然死ぬ。魔たちにできることは、そのにおいをしでも嗅ぎ取ればその場から離れ、それが葉わずその者と対面たいめんせざるを得ない時は今以上に深く地に伏してその者が離れてくれるのを待つことだけだ。
そのにおいがしどころではなく濃厚に付著しているはその者と親しい存在であることを魔たちは悟り、この日魔たちはに対して『れず、近づかず、傷つけず』と心に定めた。
そのようにして方々を飛び回るドラゴンとの目にある存在が映る。地上の開けた場所にて自らの子を天に捧げ、こちらを見ている魔がそこにはいた。一見すればドラゴンに贄を捧げて命乞いをしているかのようにも見えるが、そのようなことを魔はんではおらず、また、ドラゴンも贄など求めてはいない。
この森の支配者たるドラゴンにとって、この森に棲む魔もまた守護の対象であり、仮に秩序をすものと判斷して滅ぼすと決めたならばたとえ贄を捧げられたところで絶やしにすることは変わらない。
そのことを魔側もまた理解しており、このようなことをしているのは我が子が強く育つことを祈ってのことだ。魔にとってドラゴンは強さの象徴であるため、その強さにあやかれるようにこうして我が子を天に捧げているのだ。
それを見たドラゴンはある気まぐれを起こし、その場所に降り立つことを決めた。ゆっくりと高度を落としていき、その魔の下もとへ近づいていく。
「ドラ助?」
そのことを不思議に思ったはドラゴンに聲をかけるが、ドラゴンは返事をしなかった。
不思議に思ったのは地上にいた魔も同じだった。支配者たるドラゴンが自分たちを気にかけるはずもないと考えていたのに、そのドラゴンがわざわざ自分たちの下もとへと降り立ったのだ。混するなという方が無理のある話といえよう。
固まってしまったかのようにきを止めた魔たちを余所に、ドラゴンは地上に降り、その顔を自分に捧げられていた子へと近づける。
「ドラ助! 食べちゃダメだよ!」
はドラゴンが子を食べるために顔を近づけたのだと思ったようだが、それは勘違いである。
「グラルルル」
ドラゴンはやや高めの唸り聲をあげ、その子に祝福を行った。
『強く、逞しく育てるようこの子に祝福を』
それを行うとドラゴンは再度空へと飛び立ち他へと向かう。殘された魔たちはドラゴンにより祝福をけたことを理解して大いに喜んでいた。祝福自に何か特別な効果などは無いが、それでも彼らは喜んだのだ。
そのようにドラゴンが気まぐれを起こしながら空を飛び回っていると、ドラゴンの耳に地上から騒々しい音が屆く。
――ギャー! ギギー!
ドラゴンを前にして不遜にも地に伏さず、喚きたてる愚か者たちがそこにいた。
『そいつをよこせ!』
『そいつを殺させろ!』
『そいつの皮を剝がさせろ!』
愚か者たちは自らの守護者であるドラゴンが自分たちに手を出さぬことを理解していた。それ故、この森で常日頃自分たちに恐怖をまき散らす存在とが近しいことを理解した彼らは、憂さ晴らしのためにを殺すことをし、それをドラゴンに要求したのだ。
「グガアアアアアア!!」
それを不快に思わぬ程ドラゴンは溫厚ではなかった。の程を弁えぬ猿どもを怒鳴りつけ、決してを害してはならぬと言いつけた。
ドラゴンの怒りをそのにけて平然としていられるほど愚か者たちは強くなかった。その咆哮を聞いた彼らはすぐさま逃げるように、いや、実際その場から逃げていった。
「い、いじめちゃ駄目だよドラ助!」
「グルルルル……」
獣の言葉がわからず、そのを守るためにドラゴンが怒ったことなど知る由もないはドラゴンを叱りつけ、そのように心優しきに対してドラゴンはため息とも返事とも言えぬ唸り聲をあげるのであった。
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