曲げわっぱの弁當箱を開くと、お稲荷さんがぎっしり詰められていた。いつもは大好であるが、今はその響きがことに憎らしい。母に悪気がないのも、娘が近頃食がないことを心配してくれていたのも分かっているけれど。……しかも、この存在。丹込めて含め煮にしてくれたと見える。

添えのおかずは、さっと湯がかれた菜花のお浸し。家庭菜園の出と見けられた。春の風詩とのイメージが強いが、我が家のお菜は四季を通じて弁當の緑に貢獻してくれる優等生。殆ど放任していれば、再び芽吹いてくるのである。料も追加していないのに尋常ではない生命力だ。それらに加え、デザートの甘酸っぱそうな苺が、可憐な彩りを配していた。

今朝の怒りが再燃しそうになったものの、元がごくりと鳴った。

「わあ！月之宮さんのお弁當、すっごく味しそう!!」

白波さんの驚きの聲に、私はしずかに微笑む。

「お母さんが張り切ってくれたみたい」

「私のなんか、冷凍食品ばっかだよ。スーパーの安売りで中が決まっちゃうから、ローテーションだよ」

ミートボールに黃の卵焼き。カップグラタンにふりかけおにぎりのお弁當を抱え、を尖らせる。羨の眼差しを注がれ、ちょっと怖くなった私は白波さんに提案した。

「よかったら、何か換する？」

「え！いいの!?遠慮するべきなんだろーけど、すっごい食べたいっ」

「そこは遠慮しとけよ」

日替わり定食を食しながらの鳥羽の突っ込みに、「できない!!」と彼は噛みついた。

「鳥羽君。私は今、この世にスーパーで売られてる皮じゃないお稲荷さんを初めて見たのですよ」

「自分で煮ればいいだけだろ」

「月之宮さんっ一個ください！好きなおかず進呈いたしますから！」

白波さんが差し出したお弁當箱から、しばらく逡巡した後にミートボールを有難く頂戴する。パステルな星型のピックが可いな、と思いながら鬱いんうつに口に運んだ。

「あら、味しいわ。これ」

どこの會社だろう。

「ほんと？」

「ええ。私も今度お母さんにれてもらおうかな」

はい、どうぞ。と白波さんにお弁當箱を差し出す。彼は、慎重にお稲荷さんを箸でつまみ上げると、弁當箱の蓋に乗せた。彼を橫目に見ながら、私も観念して食べ始めた。口の中でじゅわ、と出が広がる。ああ、もう。これを殘すなんてできっこないわ。

「鳥羽君。多分これは料亭のお味だよ」

極まったような聲で白波さんは言った。鳥羽君が半目になっている。

「……多分ってなんだ、多分って」

「行ったことないもん」

鳥羽君は、無言で丼ぶりを持ち上げ、中をかき込んだ。私もどう反応していいものか分かりかねたので、箸を進めることにした。

大、半ばごろ進んだところで、ようやく食堂にってきた希未が私に突進してきた。頬を膨らませ、明らかに拗ねていた。

「呼び出されてる間に、なんでハリケーンと一緒に飯食ってんのさ！いつの間に私以外のを作っていたの、浮気者っ」

よよ、としなを作った友人に、私は淡々と答えた。

「……一人で食べてたら、偶然同席になったみたいね」

正確には、後から來た二人が私の近くの生徒をどけて座ったのだけど。確実に逃げられない狀況で距離を詰められている。

先日のやり取りでどういう結論になったのかは考えたくもないが、今日になったら、天狗と白波さんのプッシュが二割ほど増していた。私は、どうやら悲しい過去によって心を閉ざした子と思われているらしい。

「だめだよ、防犯ブザー鳴らさなきゃ」

変質者扱いですか。しは言葉を濁してくれ。

「ただでさえ、この畫のことを問い詰めようと思ったのに。みんなに拡散されてるらしいよ」

希未はため息をつくと、スマホを指でタッチし、おもむろに畫面をこちらに向けた。どれどれ、と鳥羽君や白波さんも覗き込んだ。

手ぶれが激しいし、畫質も余りよろしくない。

だが、ボイスはちゃんと録音されていた。殘念なことに。

『ぼくをこんなに待たせるなんて、まったく貴は悪い人だ』

『有りに云えば、僕は君を手にれる為には手段を選ばないって――昨日、言い忘れてしまったからね』

『だから、予約くらいはさせてもらうよ』

そうして、生徒會長が生徒の髪を掬い上げ、口づけをしたシーンに差し掛かった瞬間、鳥羽君がき聲を上げた。

畫が終わると、希未はにっこり笑顔で私の肩に手を置いた。

「これに映ってるの、八重だよね？」

何故だろう。笑顔なのに、とても怖い。

「自白しちゃいなよー、目撃報もでてるからね？」

私がそろそろと両手を挙げると、白波さんが「ほわーー」と魂の抜けたような聲を出した。鳥羽君は、なんだか吐きそうな顔をしていた。

「生徒會長は、八重に告白でもしたわけ？」

「滅相もない」

ぶんぶん、と首を振ると、希未は続けた。

「では、これは一どういう意味なのでしょーか？」

「白波さんと友達になってほしいと頼まれました！」

白狀した。私は聖人君子にはほど遠い。サクラに抜擢ばってきしようとした會長の見る目がなかったのだ。黙っていろと圧力をかけられたわけでもない。

へ、私!?と驚いたのは白波さんだ。

「東雲先輩、月之宮さんと友達になりたいの知ってたんだ……」

そりゃもう、迅速な手腕で私を梱包して、あなたの下へ速達でプレゼントにしてくれましたよ、ええ。宅配便屋なんか天職なんじゃないですかねー。

むむ、と考え込んだ白波さんの言葉に、鳥羽君が低い聲を出した。

「狩猟の間違いじゃないのか」

わたしゃ野鼠か。哺綱ネコ目（食目）イヌ科イヌ亜科の狐は、今頃高笑いしているに違いない。皮にされてしまえ。

「思いやり……なのかな……？」

そいつは半分以上私利私、殘るは打算で構されているんでしょう。ありがたがるな、迷じゃ。希未がバリバリと袋を開封し、荒々しく餡パンにかじりついた。芥子の実が散り、口いっぱいに頬張ったまま何事かを喋った。

「ひょんなんにゃら、ほっひにもひゃんひゃえがあるんにゃから！」

「呑み込んでから言ってちょうだい」

希未は、どん！とテーブルを拳で叩いて、空になった口を開いた。

重々しく、參謀、栗村希未は指令をくだした。

「とりあえず。八重、とっとと部活止めてきなさい」