白い軽自車が校門から遠のいていくのを見送り、私は昇降口で上履きに履き替えて二學年棟の階段を上った。好奇の眼差しをスルーして歩く。

教室の扉を開けると、早朝の、あたたかな日がらかく照らしていて。その爽やかな空間で１名の――見慣れた茶髪ツインテールの生徒がクラスメイトにドスをきかせていた。

気な子の機に部活申請書を広げ、ぐいぐい迫っている。

「ほらここよ！ちょおっと名前貸してくれるだけでいいからさあ」

希未は指で空欄をトントン、と指し、困している機の主に畳みかける。

「遠野さんって、いっつもクラスで本読んでるじゃん？文蕓部、すっごくぴったりだと思うしさ……形だけ兼部してくれればいーの。気楽なもんでしょ」

甘ったるい聲で、ニンマリ笑う友人を知り合いだとは思いたくなかった。

分厚い本を抱えて直している吹奏楽部の遠野さん。恐らく彼は降り注ぐ言葉に途方に暮れている。

「けっこうたのしいよ、夕霧君いい人だったし」

ああ、白波さんも希未に加勢をしている。玩犬までもが新部員狩りに參加していた。

クラスメイトは、各々視線を逸らしている。あの攻勢を肩代わりしようとは思えないのだろう。

私は、ぴしゃりと扉を閉めた。見なかったことにしよう。

そのまま、々時間をつぶして始業ぎりぎりに飛び込もうか思案していたのだが、ふと気づくとシャットアウトしたはずのそれがゆっくりと開いていく。

……引き戸を片手で壁に押さえつけ、不機嫌そうに私を見下ろす鳥羽君がいた。

戸口ドンである。

てめえ、逃げるんじゃねえ、と無言の威圧を私にかけている。れ出した妖気が、廊下の気溫をしずつ下げていく。

ダメだ、完全に獄を発見した看守のごとき顔つきになっている。……冷靜になるのよ、八重。私は師じゃない。これごときで揺したら、悪役の名が廃るわ。

「ご、ご機嫌よう」

天狗は、いーわきゃねーだろ。と言わんばかりの目になった。

……何口走っちゃってんの、私。

朝の挨拶を丸ごとガン無視することにしたらしい鳥羽君は、私に冷やかに言った。

「お前の相方を、俺に押し付けるな」

……そうですね。鳥羽君、ここ一週間、はしゃぐ白波さんだけで手一杯だったわね。いつも、先陣を切っていくのは希未だから、彼ひとりでは手に余ったらしい。

「……すみませんでした」

私が素直に謝ると、彼はくい、と立てた親指をクラスの中へ指した。早くれ、ということらしい。

彼は希未に「月之宮が登校してきたぞ！」と投げやりな態度で聲をかけた。

友人は、ばっと振り返ると私のところに軽に駆けてくる。狩人が戦線離しても、いまだ獲をあきらめずに説得を続けようとした白波さんは、鳥羽君に頭をチョップされた。

「加減を知れ、ド阿呆」というセリフとセットである。解放された遠野さんは、へなへなと力した。

部活申請書に署名して以來、鳥羽君は白波さんの保護者にジョブチェンジしつつある。彼ばかりは、なんだか退治したら逆に世の理がれそうな予がする。

……だとすれば、鳥羽杉也というアヤカシが人間を殺めた場合、それはどのアヤカシよりも罪深いものになるのだろうか。彼だっていくら常識人に見えたとしても、その本能が化生であることには変わりないはずだが、どこまで理を信用していいものか――――。

――そのような杞憂きゆうを。彼に説教される白波さん、という構図になっている２人を眺めながら考えていると、希未が私のブレザーを引っ張って不満げに口を尖らせた。

「……一週間も！學校中歩き回ったのに、誰も記してくれないんだよ。おかしくない!?」

ギュウギュウ腕を引っ張られて、私はため息をついた。

「あのさ、そんなに簡単に見つかったら、夕霧君の従兄弟さんはとっくに創部できてたはずでしょ」

「むー、やっぱり、特典かなんか作ったほうがいいかなあ？」

希未は、鳥羽君をガン見した。イケメン男子生徒を人供にするつもりだ、こいつ。

ようやく、白波さんを所定の席へ座らせて行っていた、お説教を終えて一息ついていた彼の傍へ、手をもじもじ組ませて近寄っていく。

悪びれなく希未は言った。

「ね、ね。鳥羽、ちょっと部活のためにワイシャツいで寫真撮ってみない？」

…………停學になるわ。完全にアウトな発想である。

「はあ!?」

多分現部員の中で一番常識的な天狗は、顔をひきつらせた。

十秒ほど固まった白波さんは、そおっと自分の機の引き出しから教科書を取り出し、開いて顔を隠した。読んでいるふり、のつもりなのだろう。やけにページと目の距離が近いけど。

彼のささやかな衝立ついたてを無視する大聲で２人は會話を続けていた。

「お前、俺になんか恨みでもあんのか！」

鳥羽君の抗議に、「ちっ、やっぱダメか」と希未は舌打ちした。

「……ったりめーに決まってんだろ、全員揃って停學にするつもりか！」

友人はぶーたれる。ぶん、とツインテールを振った。

「希未。今の発言はちょっとサイテー」

私が言うと、全然ちょっとじゃねえよ。とセクハラ発言が直撃した彼は小さくく。

「そういう手段をとろうとするから、みんな逃げるのよ。もっと地道に一か月くらい続けていけばいいじゃない」

そう云った私に、鳥羽君が暗い顔で、もう無理だろ。と言った。

「……俺たちは夕霧の黒魔にかかって、魔王の手下になっちまった。って校中の噂になってんだから。みんな、近づけばゾンビか洗脳されるって警戒してるぜ」

部員勧を初めて一週間、私たちはすでに行き詰りつつあった。