世は、煙家に年々厳しくなっている。

 昨年に値上がりした煙草のパッケージを眺め、雪男、柳原政雪はため息をついた。

吸う本數を減らしてみたりもしているのだが、節約の効果が上がる前に不景気に拍車がかかったりしそうな気配だ。

 溫暖化だの、なんだのと雪男にちったあ優しくあってしいもんだ。と何やら愚癡りたくなりながら。久々に時間ができた彼は古本屋にぶらり、と足を向けた。

 今の職場の利點は、職員の特権で図書館を使えることだったりするのだが、たまには、低俗だったりくっだらねー三流品を漁ってみたくもなるもんで。玉石混の古本から己に合いそうな文庫を探すのは柳原の趣味である。彼自、ある種のギャンブルであると自嘲しているが。

 アイロン要らずのポロシャツに、褪せたジーンズを履いた彼は、思う存分だらしなくあれる休日に、思いがけないお寶を八冊。１０００円としで行きつけの古本屋で発掘できて至極上機嫌であった。長らく使っていない鍋で、うどんを煮てみようと考えたのは、その延長である。

 ……そうだ。だ。唸るほどオレは豚を食いたい。ガバガバと野菜ジュースも浴びるほど、飲み干したい。

 ずっと不摂生な食生活をしていた柳原は、唐突にその飢に襲われた。

 幸いなことに、彼の現在地は駅前であった。近くには大きなデパートがあり、生鮮食料品が地下で販売されている。本日は休日だから、沢山のが並んでいることだろう。

 彼は、ズボラで料理の苦手な男であったが、半ば勢い任せにそのデパートに向かうことにした。しばらく會っていない姉の買いを思い出せばどうにかなるような気がしたのだ。

 カラフルで艶のいい野菜コーナーで、柳原はモヤシとネギを籠に突っ込んだ。どーせ使い殘してダメにするのだ、野菜を買うなら冷凍食品にしよう。自力でフリーズドライくらいできるだろーが、そんな気は柳原政雪というアヤカシには存在しない。

 野菜ジュースは三本。発泡酒とスルメや煎餅に、ウマそうだったさつま揚げ。そんなこんな、を適當に選んでいた雪男は、コーナーに向かった時に驚いた。

 黒いポニーテールが印象的な年が、一人で買いしているのを発見したのである。紛れもなく、そいつは柳原政雪の教え子である。

「おいおい、鳥羽。お前さんも休日に寂しく買いか？」

 ニヤニヤ、と笑いかけた雪男に、鳥羽杉也はすごく嫌そうに振り向いた。

「……なんで休日にアンタの顔を見なきゃなんねーんだ」

 校では生徒らしく敬語を用いる鳥羽も、流石にオフの日までは柳原を目上として扱う気はないらしい。見た目と実年齢が噛み合わないのが化生の特徴なので、この態度は仕方ない部分はある。ただ、この年は、自分よりは年若いだろうことを柳原は経験から察知していた。

「そいつは、運命ってもんに文句を言ってくれ。オレは、鳥羽がこんなにバッチリ自活してたことに驚いてるとこだ」

 柳原は鳥羽の籠にれられた、人參やら鮭の切りやら、カレールーにコーラなどを見て嘆した。その中には、沢山の菓子類も混ざっていたが、柳原よりはよっぽど健全な生活をしていると見えた。

「どーせ、道楽だってことは分かってるよ」

 鳥羽は、皮気に己を評した。アヤカシは、人間より大幅に必要な食糧がない。生真面目に料理している年はイレギュラーな行をしている自覚があるのだろう。

「まあ、野良で生きてきた奴にしては、人間味のあるをしてると思っちゃいたがなあ」

 柳原がそう、教え子の天狗に想を言うと、鳥羽はじろり、と彼を睨んだ。どうやら、この発言は句であったらしい。

「で、今日は何作んの？」

 柳原の問いに、「冷蔵庫の殘りで適當に作って終わりだろ」と鳥羽は仏頂面で応えた。家事スキルの高い奴の模範解答である。一品こさえて殘った食材が朽ち果てる柳原とは格が違った。

「そういやさ、鳥羽って小春と休日にデートしたりしないのか？折角の休みにスーパーでウロウロしてばっかじゃないだろ？」

 柳原がかねてから気になっていた事案に踏み込むと、鳥羽が低く聲を上げた。

「……は？」

 そんなこと聞くんじゃねーよ、といった照れ隠しや可げが皆無の発音に、なんだか柳原政雪は頭が痛くなってきた。ドキドキキュンな関係なのかと思えば、はそんな簡単なもんじゃなかったらしい。

「……じゃあ、あれだわ。月之宮嬢はどーなんだ。甘酸っぱさとか、そういったはさ」

 柳原が、気持ちを切り替えてそう訊ねると。

「…………」

 実に冷やかな視線を、柳原政雪はけることとなった。

「じゃ、じゃあ栗村か！」

「アイツだけは金際ありえねえ」

 そんなに嫌か。

 この天狗がとんでもなく鈍いのか、それとも別の要因がを阻害してんのかを柳原が悩み始めたところで、鳥羽は雪男に見切りをつけたらしい。

「俺は、人間だけは好きになりたくねーよ」

 そう冷たく言い捨てて、年は踵を返して雪男から離れていく。

そのセリフをけ取り、柳原は鳥羽杉也の後ろ姿を眺め、呟いた。

「……へーへー。そーですか」

 柳原は、ここがスーパーじゃなければ一服できたと殘念に思いながら。豚小間のパックを１つ、手に取った。

 ……あんなに溶け込んでそのセリフとは、オレがどんなにお前を羨ましく思ってるかも知らねえでな。

 そうぼんやりと思い、雪男はレジに向かって歩き出した。

 柳原は、帰宅してから、肝心のうどんを買い忘れたことに気が付いた。