《悪役令嬢のままでいなさい!》☆36 フラグメント
……希未を、何に巻き込むつもりだったのよ。こいつ。
瀬川が口にした自分の友人の名に、心臓がドクリ脈打つのをじた。鳥羽君のことといいが頭に上ってきている。
カワウソは「ほんとに、ジャパニーズソーリーが好きだよね。遠野さんってさ」と偉そうにのたまった。人間社會の先輩後輩といった関係を無視して、二年生である遠野さんの上座へふてぶてしく居座っている。
「……はい」
遠野さんはこれまた素直に頷く。
彼は、も蓋もない言をされてしまったにも関わらず、己の祀り上げた神の態度に怒りも喜びも示さなかった。
2人の関係がどのように構築されてきたのかを推し量ることはできないけれど、なくともここ數日の仲ではないらしい。
この學校に瀬川が學してから約3か月。その期間で遠野さんを籠絡したのだとすれば、このアヤカシはそれこそ悠長に腰を據えてなんかいなかったんだ。
「な、なんでお空から、人が降ってくるんですか……っ」
白波さんが震えた聲で言った。自分が怪異の真っ只中にあることに自覚が伴ってきたらしい。アニメか漫畫でしかありえないはずの超常現象テレポートを起こした男子生徒を目撃してしまったのだ、そりゃあ転もするだろうさ!
「あっちゃー。
……見られちゃったなら、仕方ないね。実はボク、空を飛べる青い石を持ってるんだ」
瀬川は、まったくの事を知らない一般人の白波さんへあからさまなホラを吹いた。ちょっとした子芝居まで付けてくれている。
……チ、炭鉱年がどーして三つ編みの前に落ちてくるんだっての。
このアヤカシの気分を損ねる行はしないほうがいいことは、分かってるのだけど――減らず口の持ち主にきつい拳骨をくれてやりたい衝が湧き上がった。
「噓です!」
白波さんが、甲高く否定した。
「當たり前じゃん」
瀬川は小馬鹿にして舌をぺろっと出す。がとことん悪い奴に、白波さんは懸命に食いついた。
「あな、たは。誰なんですか……」
彼の問いかけが靜寂を震わせた。
目の前に立つ年が只人ではないことぐらい、白波さんだって分かってしまうのだろう。もう誤魔化すこともできないくらいに。
鳥羽君だってこういった見はしたくなかったはずだ。この心優しい乙へは、アヤカシのことは伏せてずっと近くに居るつもりだったのかもしれない。
しばし、瀬川は首を傾けて……その貴石の如き瞳をこちらへと向けた。碧と闇をかき混ぜた合いの目が、初めてマトモに白波さんに視線を合わせて。
彼は、どこか挑発するような口ぶりで名乗りを上げた。
「ボクは、慶水高校一年。瀬川松葉――、二ホンカワウソだった者。
……傲慢な人間によって滅びの道を辿った儚き種族だ。
日本の工業化によって激減した仲間には巡り逢えず。家族には先立たれていった一生を終えてしまった、獨りぼっちのカワウソの死と絶から生まれた愁いの化けだよ」
瀬川がにいっと口を開くと白い八重歯が覗く。その仕草は、今にも獲に喰らいつこうとする川獺かわうそによく似ていた。
「化け、もの?」
白波さんが呆然とその単語を繰り返す。ぺたんと地べたに座り込んだままで、人知の及ばない存在と遭遇してしまったことに顔が悪くなっていく。
「……いつまで座り込んでんのよ、立てるなら立ちなさい!」
私は、業を煮やして怒鳴った。
白波さんは一般人だ。
このゲームではヒロイン役を擔うキャラだといっても、特別な訓練も講習もけたことのない一般人だ。
ホラーそのものである妖怪を前にして、泣きだしていないだけ上出來だと分かっちゃいても、できるなら両足で立ってほしいと張りにも思ってしまう。
無抵抗に犬死にするのが嫌なら余計に立ってほしい。神になったアヤカシと戦いながら、白波さんをおんぶに抱っこする余裕なんてこれっぽっちもないのだから。
この叱咤に、彼がようやく茫然自失な狀態から抜けたのが分かった。私の後ろで、息づかいと一緒にその靴底がザッと砂利を踏んだ音がした。
匂い立ったのは、花の香り。
白波さんが思い切りよく、その細腕でこのをかき抱いた。
異形のモノである瀬川に対して明らかに威嚇するように、私を強く抱きしめてくる彼の指先は震えていて――なのに、我が子を守らんとする母なる獣のごとき意思の強さがあった。
「……この、馬鹿」
私は、驚きに掠れた聲で呟く。
思わず出た悪態に、彼は無言でさらに腕に力を込めた。
いつもすがるようにハグをして來るというのに、今のこれは、知り合いにすぎない私を本能から庇って守ろうとしているかのようじゃないか。
の娘さんにこうも著されては、敵へ斬りつけることも逃げることもできやしない……。
「……アンタの。そーいう、とこが大嫌い……っ」
遠野さんがこちらをすごい形相になって見つめている。
それに対し、怖がっているはずの白波さんは「嫌いでも、いいです」と、凜とした口調で言い切った。
ちょっと怯んでしまった遠野さんは、悔しそうに歯を食いしばった。
「月之宮先輩、すごく懐かれてるね」
そんな空気をまるで読まず。
瀬川が、愉快そうに瞳をおどらせて言った。
「ペットに飼うのもアリかなあ。歳とったらどっかに捨てればいいんだよ」
「……隨分な、趣味をしてらっしゃるのね」
「まーね」
「……何がしたくって私と白波さんをここまで連れてきたのかしら?」
核心に私がれると、彼はダルそうにを尖らせる。
「この説明、今日で二回目だなあ。
えーっと、まず一番最初の機はこの學校にカワウソの標本が保管されてるって噂を聞いたからここに來たんだよ。それを使ってアヤカシを作れないかと思ってさ、これで3回目のチャレンジかな」
長い歴史を持つ慶水高校の、資料室にあるかもしれない剝製。
それを求め、アヤカシを作為的に作って自分の仲間を増やしてみようと考えたのだと――彼は言う。
「なんだけど、経歴の詐稱に協力してくれた人間のデイトレードや競馬の確率作で、半分くらい妖力を使い果たしちゃって。
妖怪も呆れちゃうね。ちょっとアレは強すぎるよ。
でも、散々苦労して學したのにガセネタだったんだ、これがさ。一度學しちゃった以上、標本が無くても渋々通ってたんだけどさあ」
……人間にアヤカシと手を組んだ者がいたのか。
仮初の戸籍や住民票を取得するために、相応の対価を奉仕させられたんだろう。
かなり恨めしそうな瀬川はグチグチ文句を垂れた。
「運命にアヤカシは介ができるということ?」
私がどこか記憶にかすった報に眉を潛めると、彼は頷いた。
「因果律、全宇宙の魂を統括する次元層。
人間には昔から噂されてたらしいけど、シュタイナーは結構遠からずを突いてきていたと思うよ。
ゲームなんかでも最近は聞くことが多いんじゃない……アヤカシや神は人間に比べて魂のエネルギーが強く出來てるから、アクセスして帰結の演算を誤魔化しやすいんだ」
強いから生まれる、アヤカシの核。
それを介にして、世界に起こるあらゆる出來事の確率を高めたり下げたりできるといったところか……。なんて、人知の及ばぬ途方もない話なのだろう。
爺様は、こんな化けたちと人ので喧嘩し続けてきたのか。
アヤカシと神様が未來の確率がれるという瀬川の発言で、私は4月の席替えのくじ引きが何者かの仕業であったことを確信した。
やりそうな人といえば、あの男くらいしか思い當たらない。
可い白波さんの護衛に私を采配したのだと明かされても、今更驚きやしないだろう。どうして二年からなのかは、意味が分からないけれど。
……それでも、こんなトンデモ事態は免こうむりたかった!
瀬川は、再び喋りだす。逸れた話題もちゃんと戻した。
「んで、収穫はないしタダ働きにムカついてたんだけど、晝休みに食堂に行ったときに、凄く味しそうな匂いとすれ違ったんだよ。
……まさか、こんなとこにご馳走がウロウロしてると思わなかったから、すっごいビックリしたけど。
人間の群れに紛れてても分かったよ、これは極上の神の気配だって。
どーせなら、旨いもんでも喰ってこの學校から居なくなれば、元もとれるかと思ったんだ」
その気なセリフの中は、ちょっと遠出のついでに外食をして帰ろうといった発想と酷似していた。
「學校は他の奴らが邪魔だし、若輩なボクには存在が格上すぎて、そのまま食べてもを壊しそうだから、しばらく様子見してたんだけど。
……この仕掛けを思いついたのは、四月の終わりかな。我ながら、グッドアイディアだと思うんだ。
一時的にでも神の位になればさ。妖力も増やせて、ご馳走を食べても平気になれる。ついでに邪魔な天狗はボコボコにできる。これ以上ないくらいに最高じゃん」
カワウソの打算と私にまみれたその機を聞き、ぞっとしてしまった。
こいつは、ありふれた食材を腹に納めようとしてるんじゃない。……との事を食に例えているんでも、ない。
――目の前の化けは、私たちを浚って彼の犬歯で平らげようとしているのだ!
「……どーして白波センパイなんかが、生來神の神子なんてやってるわけ?。ずっと聞いてみたかったんだ」
、白波小春――。
日本國籍、私立慶水高校二年B組所屬。
長150㎝前後、とびっきりの可い見た目を持った気立ての良い學生。
オカルト研究會にっているとはいえ、まかり間違っても超能力や魔法なんかは使えない、普通のありふれた一般人。
この子がヒロインであると知っていなければ、その異常過ぎる優しさに誰も気が付かないだろう。それぐらいに、一見すれば誰でも代理ができてしまいそうなキャラクター――。
瀬川は面白そうに、そんな彼へ問い詰めた。
……神子?
熱くなっていたが邪魔して、想定外の単語をなかなか噛み砕けない。
戸ったのは私だけではない、白波さんだって驚きに瞬いたのがわかる。
彼の肩が、ましてゆく恐れで張しているのが伝わってきた。きゅっと強ばってかたくなっている。
不意に、私を包んでいた甘い匂いが一際増したのが分かった。
Abbandonoアバンドーノ――白波さんの心を映すがごとく拡散する芳香に、ようやく気が付く。
この匂いは、白波さんが使っているシャンプーのものではなく、剤や清楚な香水、化粧品とは全く別種のものだ。
瑞々しく咲き誇る花々を思わせる優しい匂いは、人の手を介した香料のトゲトゲしさがまるでなく、それこそ神様のものだと言われても納得してしまうくらいに明がある――。
「せいらい、しん……?」
との白波さんの困に、瀬川は鼻で笑った。
「とことん、無知でバカななのは分かったよ。自分がどれだけ化生の飢えを揺さぶるか、分かっちゃいないんだ。
自分がトリュフやフォアグラ、和牛だって理解できてる?」
瀬川は、竦みあがった白波さんへおつむが足りないと嘲った。深緑のアーモンドアイは完全に彼を見下していた。
彼は、皮気に斷言をしている。
獰猛な獣の眼をしたアヤカシは、【白波さんがその神子そのものであるのだ】と斷言をしている。
私は顔を変えた――かつて、お婆さまが穏やかに紡いでくれた昔話があったことを思いだしたからだ。
き日に溫かい布団の中で聞かせてもらったのは、世界に隠れ住む神様の一部を貰った人間たちの伝承だった。
ある者は、滅びに瀕した國家の英雄になり処刑された。
ある者は困窮する民のために走り回り、命を燃やし盡くした。
ある男は、去っていった神に焦がれて悲嘆に泣いた。
あるは、王朝を1つ、滅ぼした。
今はもう亡き人である白髪の祖母は、どれだけの人間の運命が、戯れによって神様のの欠片を與えられたことによって狂ってしまったのかを語り継いだ。
『神子という言葉は、広くは巫さんの事とされているのだけど……
私たちは畏怖を込めて、彼らのことを影で神子フラグメントと呼んでいるのよ』
たしかに、お婆さまはちっとも寢付かない孫にため息をついてこんなことを言っていたのだ――――。
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勇者パーティの斥候職ヒドゥンは、パーティ內の暗部を勝手に擔っていたことを理由に、そんな行いは不要だと追放され、戀人にも見放されることとなった。 失意のまま王都に戻った彼は、かつて世話になった恩人と再會し、彼女のもとに身を寄せる。 復讐や報復をするつもりはない、けれどあの旅に、あのパーティに自分は本當に不要だったのか。 彼らの旅路の行く末とともに、その事実を見極めようと考えるヒドゥン。 一方で、勇者たちを送りだした女王の思惑、旅の目的である魔王の思惑、周囲の人間の悪意など、多くの事情が絡み合い、勇者たちの旅は思わぬ方向へ。 その結末を見屆けたヒドゥンは、新たな道を、彼女とともに歩みだす――。
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