《悪役令嬢のままでいなさい!》☆39 向かい合えば、あなたは

嬉しさを隠しきれない、そんな。雑音にかき消されそうな敵の聲がした。

私は、カワウソにきつく視線を定めた。

瀬川はスニーカーのつま先で地面を蹴って、にやっと口端を上げる。片手の平に水球を出現させた。

……異能が発する直前で停止された水の玉が、宙に浮かんでゆらいでいる。地球儀みたいに斜めにクルクル回る。

ソレで戯れている彼は、どこか私の參戦を喜んでいるかのようでもあった。

「マジでだっせー。の子に庇われてんじゃん」

嘲笑をけて鳥羽君の表が消えた。逆鱗をでられて、怒りのゲージがぐいっと上昇した気配がした。

「男の風上にも置けないって、やつ?」

そう言って。

ぶくく、と笑いを堪えた瀬川へ、鳥羽君は無表に一言。

「……お前には、そういう奴がいねーんだろ」

瀬川松葉のスマイルが、褪せていく。

それが図星であったことを如実に表す表の変化は。……どこか、剝がれ落ちていく塗裝を思わせた。

「……だったら、何だよ。友達を持ってる方が偉いなんて、決まりはないだろ」

瀬川はかんしゃくを起しかけ、鳥羽君に子供じみた言いをした。

煩わしいことを忘れて、気分よく飲んでいた酒を取り上げられた……、そんな気持ちなのだろうか。

彼は、威勢よくを広げて!

「ボクは、もうこの學校の神様だ。全校生徒はみんなボクの信者だ!

遠野さんだって、仲間なんだ……お前なんかに何が分かるんだよ、こんなに沢山ボクは人間を持ってるんだ」

おい、なんか最後のニュアンスがおかしいぞ。どっかのカード収集家みたいなことを言わないでほしい。

「……この天狗なんか、やめてボクにしなよ。月之宮さん」

突然、瀬川はこんな世迷言を私にほざいた。

いつ襲い掛かられるかと警戒していた最中だったので、耳が変になったのかと思った。

「は?」

滯空していた、鳥羽君が豆鉄砲を食った。

「ほら、ボクって見た目もいいし、フレンドリーな人格者だろ?」

瀬川は『友』といった言葉に恐ろしく縁がなさそうなのに、そう言った。加えて、尋ねてもいないのにベラベラ勝手に喋り出した。

水球をいたずらに、ヨーヨー遊びのごとく跳ねさせているのは、牽制というよりは手持無沙汰か。はたまた、クールフェイスの演出だろう。

「今週さ、毎晩ずっと一人で、力が溜まるまでこの社のセカイで過ごしてたんだ。話し相手も娯楽もないしで退屈すぎて、外界をたまに覗いて過ごしてたんだけど……前に、月之宮さんさぁ、剣を持って學校に乗り込んできてくれたことあったろ?

フツウさ、予想できないよ。學校に真っ向勝負で悪魔殺しに來る生徒がいるなんてさ!もうある種のすら覚えて、これがまた恐ろしく様になってんの。

そんなに気合れてたのに、悪魔がいないとうろたえてさ。しかも、遠野さんは月之宮さんは清楚なお嬢様のはずだとか笑えること言ってるし。

それに加え、カラスは月之宮さんに見られちゃったのに気づかずにお空飛んでるわ。柳原は、何がしたいんだか知らないけど、毎日毎日、學校の敷地うろついてるわ!

もう、そのバカらしい景が観えたら、腹が痛くなるくらい笑してさー。あれは、もうコント以外の何でもないって」

……鳥羽君が、瀬川の発言に固まってしまった。

長話にイラついて攻撃をぶつけてやろうとしたのに……、あんまりすぎる容に、今が抗爭の場面だということがすっ飛んでしまったようだった。

よもや、幾人にも夜中の雑妖掃除ボランティアが目撃されているとは思わなかったらしく。この反応から察するに、無表の下で恥を覚えているみたいで。

彼の心に相當のダメージが與えられたことが偲ばれたので、私はちょっと視線を逸らした。

無神経な男、瀬川は続けてこんな弾発言をした。

「もうね、白波小春を喰おうとしてたのがどーでも良くなるくらい、月之宮センパイが本當にしくなったんだ。ボッチでボクのとこに會いに來てくれたのが忘れられなくてさあ。

今まで食で誤魔化してきた空しさや渇が、全部塗り替えられちゃったんだよ。ホントに。

一目惚れなんて初めてだけど、きっとってこういう気持ちのことを云うんだろ?」

巡り巡った弾が、導火線が燃え盡きそうになりながら私めがけて振ってこようとしていた。やだ、処理班がいない!

やっと我に返った鳥羽君だったが、今度は自分から現実逃避をしたそうな目になっていた。

「ボク、これまでツガイに恵まれたことがないんだけどさ、

よく分かんないから親しい奴らをここに一生監しちゃえば、月之宮さんが可いお嫁さんになってくれるかなって」

「……、」

正直、ドン引きした。脅迫と書いてと読めとおっしゃいますか。

つまりそれはなんですか。ここにみんなが引きずりこまれた原因って、私ってこと!?

スーパーの棚にあるお菓子を片っ端からしがるガキか、こいつはっ

オカルト研究會は、こんなに気移りの激しい奴の考えた魔方陣を真剣に悩んでたのか。

「先輩が抵抗するんなら、最初の予定通りに白波小春を食べた後に、畳んでテイクアウトしようかなーって。栗村センパイの方が人質としては効果ありそうだけど……このカラスはどっちにしろ目障りだから潰しとこうと思って」

どこまでもゲスの発想だった。

白波さんの運命がモグモグ食べられるか、生涯監生活の二択にされかけている。

希未が來なかったのを殘念がったのはそんな迷な理由か……って。

ああ、鳥羽君の半目が私に向けられている!?

……彼は、多分言いたいことは々あるんだろうに。

瀬川の毒々しさ極まった発言を聞いた結果、熱くなっていた頭が若干冷めたらしい。

「一人で大罪を全部きわめてるような奴に好かれて、お前嬉しいか?」と私に伺ってきた。

「そんなわけあるか!」

うっかり心底のびを上げると。

「だよな」と、彼は哀れむように頷いた。

こんな告白がしい奴なんかいるわけないじゃん、ラブ&バイオレンスだもの!

悪役の學とか一貫もない、その場のノリとだけで生きてる野生にロマンスをじろと!?

艶のいいカワウソが、「お魚どれが味しいかな~」と舌なめずりして水槽(學校)を覗き込んでる景が目に浮かんでしまう。

ああ、もうこれ……、

「これ、白波さんにどう謝れば!」

私が頭を抱えると、鳥羽君は冷靜に返してくる。

「錯するな、お前は全く悪いことやってねーから」

「そーでしょうか!?」

「落ち著けって、貓かぶり」

天狗の視線はきつく敵方に定まっていた。

じかけた私も、白けた茶髪の年にピントを絞りなおす。

そちらを見ると、

瀬川が手元で遊んでいたはずの水球が回転を止めて、空中にミズクラゲのごとく漂っていた。

……先ほどまでしい球になっていたウォーターが、ぼこぼことカルメ焼きが膨らんでいくように郭が崩れていく。

徐々に激しくなっていくその異変に、私は眉を上げた。

瀬川は皮気に口端を歪めた。

「……月之宮さん、君からボクを選べよ。

賢ければ、こいつの余命が延びるかもしれないぜ?カラスは余計な舌を切るだけで無禮を許してやるよ」

瀬川のくせっから、小さな獣の耳がすうっと現れた。3Dホログラムのように、青く半明な影が質を取り戻し実化していく。

ゴースト。死した前世の名殘である、短い被の獣耳が苛立つようにいた。

私は、どうして天狗が制服を著た上から立派な翼が持てるのか、唐突に理解してしまった。鳥羽君の羽は死者の証……。半霊からっているから、意のままに上著やシャツをすり抜けるのだ。

瀬川のこれまでの言から察するに、鳥羽君も前世で死んだ時の記憶をきっと覚えて生きているに違いない。

笑いながら日々を重ねても、生前の心殘りを一生忘れないのがアヤカシという存在なのだ。……彼らは、生きている幽霊なのだ。

が苦しくなった。

瀬川は、その利き手の爪をバグナグのごとき兇へと変させていた。いつかの八手先輩がやって見せたのとおんなじだ。

真珠の爪を見せつけるように舐めて、奴は壯絶に嗤った。

「……月之宮」

鳥羽君が、険しく私に告げた。

「お前、今から何も云うんじゃねえ。いいな」

瀬川に投降するべきか、迷いが生まれている。頷きたくはないけれど、従わぬことで皆が殺されてしまうことが怖い。

けれど、矜持というのは厄介なことに、理不盡な要求に屈するなと反骨的な神にさせてくれる。……鳥羽君の舌が切られてしまうのが、聲が聴こえなくことが嫌だと泣き言を零したくなる。

剣を持てども、振るう決心がつかないことを。

鳥羽君は、こう著狀態の私を見かして言った。

「保留にしてる間に、俺がこいつを殺せば済むことなんだよ。最後の切り札にとっとけ」

「それ、よくボクに聞こえるように言ってくれんじゃん」

機嫌の悪い瀬川に、鳥羽君は不敵に告げた。

「わざと聞かせてんだよ。てめー、月之宮が答えを出さない間は俺はともかく、白波は殺さねえってさっきから堂々と喋ってんじゃねーか」

どんな気持ちで私が走ってきたのか、鳥羽君は全然分かっちゃいなかった。

私が助かってしいと願う命のなかに、自分が勘定にってるとは夢にも思っていない。

「カラス。……お前、新手の自殺志願者の間違いじゃないの?元から殘留思念核がボロボロの化生にボクが負けるわけないじゃん」

「……そうかよ」

「どんな無謀な運命を変えようと逆らったんだよ。因果律に干渉しすぎた反で、お前、すでに一回命を落としかけてるだろ。ちょっと弱すぎるもん」

瀬川は、理解できないといった合に肩を竦めた。

……え?

鳥羽君がアヤカシになったあとで死亡しかけたことがある、というカワウソの言葉に。私は驚いて目を見開いた。

「んなの、覚えてねえし」

鳥羽君は、そう返した。

意地を張っているわけでもなく、本気で言っている口ぶり。命がけで変えたいほどの運命があったというなら、この反応はちょっと異様なくらい淡泊すぎる。

「……だけど、とにかくてめーを殺したいぐらいにムカついてんのは確かだぜ。白波とか月之宮とか関係なしに、お前のやること為すことに俺がキレてるんだよ」

濡れ髪をかき上げ、鳥羽君がぶ。

「道義を外れすぎなんだよ、てめーは!」

どこまでも人間らしいアヤカシの言葉に、を打たれる思いがした。熱く心のこもった怒聲がダイレクトに響いてきた。

私は、目を逸らし続けた等大の彼とようやく向き合ったのを自覚した。

鳥羽君はどこまでも中途半端な奴だ。常識はあるのに、殘酷な本能からも抜けきれない……、そういう男子だ。

傷つくことも、葛藤することも知っている。それでも笑ってくれるのが鳥羽君なんだ。

どんな思いでこの學校まで辿りついたのかも、どれくらいの年齢差があるのかも分からないけれど……。

「瀬川、くん」

私が口を開くと、鳥羽君がすごい形相でこちらを見た。

「お見合いを、しましょう」

私がどしゃ降りの雨に打たれながら剣を真っ直ぐに向けると、

「はあ!?」と鳥羽君が呆れた聲を出した。

鳥羽杉也の、背中が消えていくのをただ見送るのは無理だ。

白波さんが泣くだろう。希未も、夕霧君も、彼の周りにいたクラスメイトだって悲しむ。

そして何より、こいつが居なくなったら……私が立ち直れなくなる。

「私より強い男だったら、嫁ぐのを考えてもいいわ」

――どこまでも、ずるいでいい。

このゲームの悪役の座は私のものだと、瀬川から奪い返すぐらいでいい。

私がブラックな殺気をぶつけると。瀬川はなんだか面白そうな顔になった。

「ちょっと聞きたいんだけど。その場合、パンツとスカート、どっちをがせたらボクの勝ちになるの?」

「……!?」

どうにか言い訳をひねり出したつもりが、墓を掘ったらしい。

『見合って』、という相撲用語があることを失念していたことに気が付き、私は自分のを潰したくなった。

カワウソは廻しをとるという名目でさせる気満々で、目を輝かせて獣耳をぴくぴくさせる。

鳥羽君が、深くため息をする。

「利口馬鹿か……」

悪かったなあ!

「月之宮さーん、どっちがいい?」

「どっちもやだ!?」

瀬川の聲にぶと、「とりあえず、スカートにしとけ」と鳥羽君はあっさり私を見捨てた。

「お前、スパッツとか著てねーの?」

仙人のごとく淡々と天狗に言われ、

「そ、そうだったわね」

そのことに思い至った私は、だったらスカートくらい大したことないか……と考えそうになったが、それだって充分に嫌なことは変わらなかった。

「ボクって超優しくない?上になれって言わないんだから」

まるで自分が良心的な対応をしたかのように瀬川は、穏やかな笑顔でそう言った。……地獄に墮ちろ!

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