《悪役令嬢のままでいなさい!》☆40 カワウソの気まぐれな泥遊び

………………。

……カワウソの一貫のなさを忘れていた。

あのスケベな発言も平手打ちしたくなったけど。私の最悪の基準を今日一日でドンドン更新していくカワウソは、月之宮の払魔業を潰すまいとした爺様の心境を思い知らせてくれる破綻っぷりだった。

アヤカシの人格レベルの個差があまりにも酷すぎる。鳥羽君によって眉唾なのではないか、と油斷しかけたアヤカシ兇悪説を見事に証明してくれているわけだ。

そんなQED、見たくなかった!

瀬川のやることがスカートがしの程度で済むわけがなかったのだ。

……アイツは鳥羽君を殺しにかかりながら、一目惚れ宣言をしたはずの私も同じく殺しにかかってきた。

うん、意味不明だと思うけど。もう一回反復。

私がうっかり死ぬような暴行を、ごく自然に食らわせようと襲ってきたのよ!

人の本質というものは何であるかを、過去に孟子やロックなどが聲高に主張してきたわけなのだけど。アヤカシはそもそも人間ですらないけれど。

悪説ですら、瀬川の頭のおかしさを表しきれない。

蟲の息にした子のスカートをがせようと本気で考えているのだろうか。

小さな男の子が捕まえた蝶々やトンボを殺して標本にしたがるように、気楽に生命というものをオモチャにする無邪気さが伝わってくる。

こうして戦い始めてから、瀬川という年の行がハチャメチャになっている訳が分かった気がした。

きっと彼は……『なんとなく』で生きているのだ。

コミュニティに屬したことがない為に、自己と他者の境界が全く存在していないのである。

自分のの延長線が余りにも広く膨大で……、

世界への全能に支配されたアヤカシの年は、しい玩の代わりはいくらでもあると思っているかのように私たちへと牙を剝く。

もしも、瀬川松葉のするセカイが本當に1人だけで出來ていたのだとしたら。

それはきっと、どこまでも孤獨な闇だ。

――再戦は、そうして始まった。

どんなに茶化して喋ってみたところで、誤魔化しきれないくらいに。

ユーモアも息絶えるような殺し合いであった。

殺し合いでしか、なかった。

グラウンドを踏み荒して、學問、道徳の學び舎を冒涜していた。

私と鳥羽君には、攻撃をお互いに當てないようにする配慮を考える余裕はなかった。相手を信じていたから、……と云えば聞こえはいいのだろうけど。

あんまり雨がひどくて視界が悪かったものだから、回避してくれることを祈ることしか出來なかったともいう。天狗の方もそれは同じ狀況だったらしく、私が盾にしていた防結界は、幾度か流れ弾によって々に砕かれた。

立場も歳も、育ちすら投げ出して、背中合わせの彼と一緒に死線に斬り込んでいた――――。

――奔流が、カマイタチによって鋭く斷ち切られる。

……ずるり、と斜めにり落ちた。

大きな水蛇は、そのシルエットを崩壊させてグラウンドに衝突する。響いた振、元から泥沼にり果てていた地面がもっと酷いことになった。

羽が濡れてきた天狗も空を飛ぶのはしんどいだろうけれど、地上の泥がトリモチの如くなってきているので降りる決斷もできないらしい。

戦況が進むにつれて行の自由が制限されていく。

もう何分たったのかも分からず、時間の覚はとっくに見失っていた。

押し寄せてきた恐怖や怒りは、ランナーズハイを突破して神を極限に染め上げている。

連続して日月呪の式を使い続ける脳は疲労からか、……湧き上がるの種類を判じる役目をこなしきれなくなったか。

笑えてしまうよ、戦場に立つのに理由は必要でも。始まってしまえばそこに意味なんていらないんだ。

――ただ、生き殘ること!

生存だけが、私という幹を支配して突きかしている。

が濃厚であることなんか、とっくに分かっていた。けれど、この両足に霊力をまとわして、アイツの為にグラウンドを踏むバカができるのは今しかない。

私は抗爭を走っていた。恰好悪くても走っていたんだ、がむしゃらに。

天狗は、空を駆けて。――私は、こうして地を駈けていく。

どうしようもなく対極に生まれた私たちだけど、この先に辿る道筋が平行になっても離れてもいいと思えた。

自分の鏡を眺めるような凍える思いがした。

雙子の魂をみつけたみたいに、くすぐったくなった。

兄妹のように親しげで、半のように手を繋いでみたかった。

報われる未來なんかんでない。

この溢れるがどんな形で終わっても、鳥羽杉也という存在が息を引きとらなければそれで私はいいじゃないか!

思いっきり嫌がらせのように、私たちの上空から水をまとめてぶちまけられた。

敵にとっては気軽に放り捨ててくれたが、軽トラックより大きな重量によって頭上から潰されかけたこちらは、たまったもんじゃない!!

なだれ込む濁流から、鳥羽君がツバメのように急旋回で切り抜けたのが視界の遠くで映った――落下した重量があるカタマリが、展開してあった私の防結界に衝突する。

激突。という言葉が相応しい衝撃だった。

滝壺みたいに散する飛沫は、を弾いて。

水晶を眩ませる。

靴の中敷きは、とっくにタプタプ水気を含んで重くなっている。

ローファーや、紺地のハイソックスだって泥をかぶっていたけれど!

飛び散る飛沫の中でそんな些事などかまわず、銀に輝く日本刀を攜えて走り抜ける。

ぐしゃり、と粘のあるマッドが足跡を殘す。

接近した敵影に狙いを定めて!

振り抜いた刀で切りかかると、――半にかわした瀬川の肩へと、しだけ刀が引っかかってワイシャツを裂いた。

――ちょっとのところで、仕留め損なった。

その事に歯を食いしばり。もろくなりかけた防結界をかけなおす。

丁度そのタイミングで、鳥羽君のくり出した攻撃の一つがこちらに飛んでくる気配がしたので――、下ろした刀の軌道を無理やり変えて、止絶霧散で切り落とす!

肩の関節が小さく悲鳴をあげるのが分かった。

した風が吹き抜ける中、顔を上げると。

れた前髪の隙間から、ズタズタのシャツを著た年が口端を釣り上げるのが見えた。

瀬川がパチン、と指先を奇師のように鳴らす。

――その瞬間、新たな異能の予兆に鳥がした。

神の位を得たアヤカシ。

白茶の髪をした年から、傲慢な妖力が急激に溢れだした。

現された水の球がいきなり変異をしていく。私の視界に飛び込んだのは、弾ける勢いでそれがどんどん巨大化していく景であった。

いっそ細胞分裂を連想させるほど、倍々を超えたスピードで膨れあがる水の濁流は荒々しく飛沫をあげる。

咄嗟に、私は刀の柄から注いでいた霊力を発できるように一気に圧し――脅威を察知した鳥羽君が、渦巻く水流を斷ち切ろうとカマイタチを左腕で放つ。

鋭き一閃。

グラウンドにびあがった怪ナメクジみたいな水塊が、鮮やかな居合いさながらに真っ二つになった。

風の異能によって、水塊はバラバラに切り刻まれて雫が飛び散る。

バシャ、と落下していく水。水、々……。重力で丸になって崩れて。

その付近に立っていたはずのカワウソの姿が消え失せていることに気が付き、私の眥がつり上がった。

――フェイクか!

「……ところで。水妖ってホントは戦闘向きの能力じゃないんだけどさ」

そんな気配が後ろからした。

的に地面を蹴って、背後へ振り向きざまに刀を振るう。刃の勢いに瀬川が怯んだ隙を狙って、私はその鳩尾目掛けて蹴りを叩き込んだ。

ち、手ごたえが淺い!

自分より長のある年を、軽々とバッタで強化したで吹っ飛ばしたけれど、ダメージのは期待できたもんじゃなかった。

4メートルほど向こうで、目をらせた瀬川は地面をスニーカーで踏みしめて勢を立て直す。こちらの反撃を見極めて、アヤカシのデタラメな能力でわざと距離をとったのだろう。

生臭い鉄のにおいが鼻をつく。……遅れて、痛みがやってくる。

防護呪文を破って、私の左腕のシャツが切り裂かれていた。深手ではないがダラダラ出をしていた。

白いシャツが、じわりと染まっていく。

これぐらいで、じる必要なんかない。

……でも、さっきも同じ腕に切り傷ができてたから、流石にが流れすぎると不利になるかな。

限界になっても、しばらくはアドレナリンで暴れていられることは経験で分かっている。

回復魔法というご都合主義がなんでゲームの世界なのに実裝されてないのよ……って、ああ、ここノベルゲームだったっけ。

悪役の私をどーでも殺したいが故に設定していないんじゃないか、と疑ってしまうなぁ……。

……殺しに慣れている者の手際の良さ。

瀬川が武へと変化させた爪からは、わずかな赤が雫となって伝う。

流れるは、人間の――。

カワウソは、しがるくせにためらいなくに傷をつけた。迷いも打算もなく、気にったはずのに暴力をふるった。

と暴力が相反することから理解できていない所業に、私は眉をひそめる。

サイコパスとは、どこかが違う。

私の負傷に、鳥羽君がキレて瀬川に襲いかかる。

瀬川は、泥砂を荒らして座標點をテレポートした。暴風が通過した後のグラウンドに、水渡りの雨粒が弾けて降り立つ。

そうして、年は嗤ってこんなことを言った。

「――溺死にかけてはエキスパートなんだよねえ」

あわ。泡。

ぶくぶく、ぶく……、と何個ものバブルが増していく。最初は空気がっているのかと思ったが、その側にビー玉の如き度があることに気が付き、それがぎゅっと固められた水玉だということを悟った。

ぞくっと、寒気がして。

「――廃趣奪解!」

この異能を、強引にでも解呪させるために詠唱した。

私は泡の群れを打ち消そうと、鋭く刀で薙ぎ払った。妖を浄化せんとする範囲技がくりだされる。

視界の端で、振るった霊刀から火花と金屬紛が散った。

……鉄がけずれた臭いも、する。

異裝の依代にした小刀に、霊力の負荷がオーバーして耗しているのだ……。今の反でヒビがった可能がある。

後何回、この依代は霊撃の出力に耐えられるだろうか。剣、野分の代用とはしているがとしての容量が小さすぎて、このままだと壊れてしまうだろう。

アヤカシ殺しには、道を選ぶ。

廃して打ち消す為だけの無の解呪が通り抜けた後には、ただ沼地のようになったグラウンドがあった。

泡も、水もない……が浄化に功したというよりは、空ぶった狀態であることが明白で、私はぎりっと奧歯をかみしめた。

「ムダだよ」

瀬川は笑っている。

鳥羽君が走った目で、放った無數の風の斬撃が回避される。本當に、絡め手の使えない私たちでは相が悪い。瀬川は、空中や雨粒を経由し殘像を殘してテレポートしながらこちらに言った。

「梅雨時のボクに勝てるわけがない」

どろどろの地面から何かが染み出して、吹き上がった。激しき間欠泉のようにも見えたが、先ほどの解呪波から逃れた妖水であることが分かった。

私は息を呑む。

――グラウンドの地下に逃していたんだ――――、

地下水。

地面の奧深くにもぐらせて解滅を免れたのだろう。このカタマリを打ち消す為に霊力をチャージする必要時間が間に合わない!

一秒を爭う場面だったのに。

凍り付いた私は、土砂を巻き込んだ濁った大蛇が鳥羽君へと襲い掛かるのを見た。逃げようとしたものの、水に濡れたツバサがぶれて遅れをとってしまう。

黒いポニーテールが、宙に浮かぶ。

「――――いやだ、鳥羽っ!!」

が枯れてしまうほどに、私は甲高い悲鳴を上げた。

一気に水の中へと引きずりこまれていく中、

顔を歪めてもがきながらも――彼は、瞠目してこちらに視線を向けた。

どくん、と鼓が鳴る。

剣が熔けるほどに熱くなって。鳥羽君のに水が流し込まれる景を眺めて、ニヤニヤ笑っている敵に激昂を――――っ

「――――っ!!」

私は、目の前が真っ赤になり刀をとった。この衝は、師としての義務では説明のつかない思いで。

己の、そのものになろうとしていた。

師、月之宮八重。

ゲームのストーリー通りなら、アヤカシを殺そうとして義憤から命を落とすバカな

そんな呆れた生き方はするまいと、鼻であざ笑った。

なのにどうだろう、今の私ときたら機は逆さまだけど剣を持っているのだ。攻略対象者のカワウソを殺そうと対峙している。

狐に遊ばれて、鬼に焦って、雪男に苦笑し、天狗にを抱くことが。

サポートキャラの希未と笑って、ヒロインを嫌いながらも憎めない、この時間が繋がった先が一本の剣であったのならこれは運命だったとでもいうのか。

酸欠に苦悶している鳥羽君の背中からは、構していたツバサが消えた。人間と同じような彼を沈めて、水の蛇はとぐろを巻いて鎌首をもたげる。

私は吠えるように呪をんだ。

「シキュウ、イシズエ――、」

――霊力を急激に注がれたがひび割れていく音がした。小刀から破片が散り、火花がバチバチとる。

「――ちらしてよ、廃趣奪解っ!!」

私は、己の武が砕けていくのも分かりながら、異能を崩壊させる呪を振り放った。

溢れた閃が視界を埋め盡くして。

鳥羽君を捕えた水塊へと呪文が衝突して、拘束していた異能をほどいて砂よりも細かい粒子に代えていく。

大気にとけていく塵、自由になった鳥羽君が地面へと転がって水を吐き出した。

「……か、は……っ」

白い顔の彼は、酸素にあえいでをおさえる。

息も絶え絶えに膝をついた鳥羽君に。

瀬川松葉は、腰に手をあてて見下ろした。

白くる爪をゆっくりとでて。薄ら笑いで言う。

「……土下座すれば、舌を切る程度で逃がしてやらないこともないけど?間抜けカラス」

パキ……、と、

私の握っていた依代が終わりの金屬音をたてる。小刀が壊れたのと同時に、この世界へ現していた白銀の日本刀がホログラムが散っていくように消滅していく。

の粒が、指先をすり抜けた。手の中にあったモノのが喪失した。

が、しずかになくなった。

――私の、負けだ。

霧のかかった視界に。……小さくなった雨音が、不吉に響く――。

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