《悪役令嬢のままでいなさい!》☆42 踏み臺になるお仕事
現実から、時間も空間も切り離されたスポット。
黒く二次元的な空からは小雨がしとしと糸のように降ってきていて、それが氷原となった大地にけ止められていた。
その凍り付いたグラウンドにいとめられた瀬川は、白い息を吐き出して皮めいた笑みを浮かべた。
「ふうん。そうか、盲點だったよ……この學校の教師が、社の関係者に自振り分けでカテゴライズされてる可能があったんだ。
教師は聖職者だって一昔前はよく云ったもんね……」
……あ、
そういえば――教師って『宗教』や『學問』を教える人って意味が……。
柳原先生は、あっさりとそれを肯定した。
「ああ。んだが、この學校の外の敷地に一度でも出ちまったら、『參拝者』の方にオレの立場が移行しちまう可能があったんでな。
ずっと(・・・)、魔法陣ができた朝に出勤してから、この學校に泊まり込んでたんだわ。
運が良ければ、住人か滯在の扱いになるから、ワープの功率も上がるんでね」
「……へえ、そっか。そんな蟲が居たんなら、……ボク、もうちょっと念りに學校を探しておけば良かったなあ」
「お前さんが、外界を覗ける範囲は。校門(鳥居)を基點として視界にる、360度以だって狐さんが語っていたからなあ……、それさえ分かってりゃ隠れんぼは難しくなかったさ。この學校、生活できる設備は整ってるし、オレって暖房いらない質だし。生活用品は、東雲が生徒會室に置いてってくれたし……アイツ、オレよりアイロンがけ上手いんだぜ」
妖狐、東雲椿。
雪男は、元神様を務めていた彼の名前を出してこう続けた。
「生徒って『生きる徒ともがら』って書くだろ?あれ、弟子の意も含んでるんだわ……完全にこりゃ『信者』の方に屬が重なってたもんでな。しかも、東雲って困ったことに、生徒會長になってるもんだから束縛が大きくてさ。
職業柄、顧問のオレの方が社と學校が分離した時に行き來がしやすいんで……。
何かあったらオレがこっちに跳んで、護衛役をやってた東雲さんの、空間跳躍の踏み臺バイパスになる手はずだったんだが……かなり下手こいたわ……。本當に面目ない」
ピンチにやってきたヒーローは、どこまでも気まずそうである。
鳥羽君が、そんな柳原先生に仏頂面を向けていた。
不意に鉄砲水が、厚みのある氷をバキバキと砕き散らす音が聞こえた。
小柄の軀をしたくせっの年が、外れた足枷を蹴っ飛ばした。スモークホワイトの足場に、泥のついた靴裏をり付ける。
瀬川は茶く汚れた氷面に立ち、腰に手を當てて言った。
「あのウザイ狐と組んでるんなら、とっとと殺した方が良さそうだなあ……足止めと壊死しか能がない雪男なんか、三秒で殺れるさ」
「オッサンの、空気を凍らせる能力もカウントしてくれない?」
瀬川は、それを聞いて鼻で笑った。鳥羽君が、死んだ目にカムバックしよーとしている。
……というか、多分私の目も同じことになってるんじゃないかな。
殺意が向けられているのに、柳原先生はホントに笑えないセリフを堂々と宣言して、ポケットから細長い何かを取り出した。
それは、魔法の杖ワンド――ではなく、プラスチックの箸だった。
パステルグリーンをした、食堂でよくお世話になってるお箸を1膳。雪男はすっごく愉快そうな顔でおもむろに取り出した。
目の前で箸を裝備した先生に、訝し気な表になったのは瀬川だ。鋭い爪を振りかぶるのをしだけ躊躇った……そのシュールな一呼吸がカワウソの明暗を分けただなんて、誰が想像できただろう。
私と鳥羽君の、冷たい眼差しが注がれる中。
雪男はにやあ、と笑って、迷いなく二本の箸を掲げて差させてクロスを作った。
柳原先生への信頼がすっごく揺らぎかけたのだが、しかし。
その瞬間だ。仰天するようなことが起こったのは……ぐにゃり、と魚眼レンズのように空気が灣曲して――――。
「――ここが、概念と言語のセカイだって忘れたのが運のつきだったなあ……。生徒の橋を×(かけて)踏み臺になるのが、オレの仕事だ!」
柳原政雪は清々しくそのセリフを言って笑った。満足げで、ちょっと得意そうな顔。
彼のグレーの髪が舞い上がって。
轟音と共に、セカイが、真っ二つに切り裂かれた――――。
黒檀の木刀。視界に映るは、赤。
威圧的な青年が一刀両斷に空高くから跳躍して、カワウソへと切りかかった。
ぎろりと瞳が得を探すようにく。
早い――。氷の大地にも関わらず、確かな疾駆。巨の男が巧みなのこなしで迷いなく襲い掛かると、瀬川は顔をひきつらせてテレポートをした。
空ぶったにも関わらず、瀬川のいた個所に張った氷がその剣先の勢いでダイナミックに割れていた。
この社に毆り込んできた者――八手鋼は厳しい眼差しで、泰然と地面を踏みしめる。
「うわ、やっぱりキレてる!?」
鬼の姿に気をとられていた私は、背後にじる熱気と柳原先生の聲に振り返ると。
空間が、なんかオレンジと赤にとけてた。
比喩とか夕焼け的な意味じゃなくって、八手先輩が切り裂いた空間のすきまが閉じていこうとしているのを……形のいいモデルになれそうな指が差し込まれて、ぐりぐりとこじ開けて、襖のように開いていくところだった。
その大膽で雑把な行にでている手がれている斷面が、どろっとマグマのように熔けているのだ。……制服が溶けてしまうんじゃないか、というような熱気がここまで伝わってくる。
あれ、セカイって、熔けるもんなんだっけ……。
閉塞しようとしていたすきまを、もう力ずくで壊すようにして乗り込んできたのは、ブルーの炎をまとった白金髪の青年だった。
艶やかな貌を持つ25、6歳ぐらいの青年が、底冷えのする無表で空から飛び下りてきた。ブレザーとスラックスを著ている彼は、上等な革靴で著地する。
――狐、東雲椿。ゆらり、と異界の大地に立つのは神であった男――。
燃ゆる火のが、大気にきらめく。
なんだか、年齢と姿がし変わってるけど。
東雲先輩が來てくれたことに、安堵して。
私は気が抜けたのか、疲れた笑みが浮かんだのが分かった。
……あ、東雲先輩がこっちに気が付いた。
目つきの悪い瞳に向かって、苦笑してひらひら手を振る。
落ち著いて下さいって、あなたの白波さんはちゃんと無傷で守りましたよ。
そーですね、多分ストレートに謝してくれるとは思ってはいませんけど……ちょっとはねぎらってほしいかなって、さぁ。
ふふ、期待しすぎかしらね。
なんかもう、自宅でゆっくりお風呂にれれば、それでいーか……。
ブチ、と。
突然、何かが切れる音がした。
…………あれ?
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