《悪役令嬢のままでいなさい!》☆47 クックロビンとパピヨン
スマートフォンを確認すると。正午には太が明るく街を照らすらしいことが、簡易天気予報に載っていた。
度が抜けてさらっとしたにれる空気と、風に流れていく薄い雲が、その予報がきっと當たることを告げている。
校舎へ向かう途中――並木道を抜ける際に、ふと眺めてみると。石灰の白線が引かれたグラウンドでは、陸上部の生徒が走っていた。
異世界では、神様との殺し合いの舞臺となった場所も……今では綺麗さっぱり痕跡なんて存在しなくって。
ここでは、運部員が、梅雨時にグラウンドで練習できなかった分を取り戻そうと意的に活していた。
……あの抗爭の証拠は、もう、私たちの心にしか殘っていないのだ。
警察はこの訶不思議な事件を立件することなんてできやしないし、マスコミが嗅ぎつくこともない。
私はそのことにため息をつき、教科書のった鞄を持って並木道を通り抜けた。
アスファルトの魔法陣は、相変わらずでかでかとペイントされていたけれど……もう、何日も経過した今では、誰も立ち止まって注目しようとはしなかった。
寂しげな合いで殘っているコレは、一どうやって消すのだろうか。
やっぱり仕方ないから、學校が落書き消しの費用を支払っちゃうことになるのかな……。
そんな予算なんか組んでなかったろう我が校の関係者に、同してしまう。
昇降口で上履きに履き替えて、複雑な気持ちで二學年棟の階段を上がって、二年B組の扉を開けると――。
賑やかなクラスメイトに混じって、目を引く子がいた。
茶髪のロングヘアをしている彼は、こちらへ生徒の中から振り返る。明るいカラーの長い髪がふわりと舞った。
彼は、垂れ目を大きくして一目散に突進してきた。
「おはようっ 八重!」
待ちわびたというように希未は、耳がキインとなる挨拶をくれた。
いつもならツインテールにしている髪は、下ろしっぱなしだ。先のくるっとしたカールがパーマだったことを、私は初めて知った。
髪を下ろした希未は見慣れなかった為に、一瞬だれだか分からなかった。
頭に寢ぐせのついた友人は、勢いよく私へと詰め寄った。
「お・は・よ・う!!」
「……ぉはようございます」
眉を吊り上げた希未の、その気迫にタジタジになりながら挨拶に応えると。ぐいっと私の腕が摑まれて、教室へと引っ張り込まれた。
そうして、人気のないスチールロッカーの側で、希未さんは腕組みをして睨んでくる。
「私はまだ、認めてないんだからねっ」
娘の結婚に反対する父親みたいな顔つきをしている。
……勿論、希未が何を言いたいのかぐらい察しがつく。
彼は、私にカワウソをどこかへ捨てるように説得しようとしているのだ。
「事はぜえーんぶ!鳥羽と東雲先輩から聞いたけどさ。八重ほどすっごい師なら、あんなクズを選ぶことないじゃんっ
もっとふさわしいアヤカシを下僕にするべきだと思う……ってか、絶対そうよ。瀬川なんか消し炭も殘さず、燃えるゴミとして焼いて貰えば良かったのに…………!」
聲を潛めて騒なセリフを囁いた希未に、私はため息をついた。
「……一応アレでも、中から大妖怪の実力はあるんだもの。むしろ、式にできた幸運を喜べと天國の爺様が拍手喝采してもおかしくないわ」
あのカワウソは、本來なら、使役できるハズのないアヤカシである。
実力のある化生はプライドが高いから、殺されそうになろうと契約を了承しないものだ。
どんなに難アリであっても、ありがたがるべきだろう。
「どこが幸運よ、八重はアイツに怪我させられたんだよ!?」
「強いて言えば、その程度で済んだことかしらね……」
あのまま助けが來なかったら、全滅しそうだったし。
「そーじゃなくって!」
希未は、悔しそうにジダンダを踏んだ。
「私は八重が、一番大事だって言ってんのっ それに、あんな奴に今までのポジション奪われるなんて我慢ならない!同居とか何それ、羨ましすぎる!!」
「それが本音かっ!」
恨めし気な友人は、指折り數える。
「月之宮の家に住んで、八重のお母さんの絶品手料理食べて、毎日八重とお喋りして過ごせるとか、もう極楽以外の何なのよ!そんな思いをできるのが、悪さしたカワウソだってのが納得いかないんだもん」
「……面倒なことになるから、雇わないし引っ越しもさせないわよ」
「ちっ」
そんなことばっかしてると、月之宮財閥に近づきたい連中が群がってくる。
うちの使用人にしたり、部屋を貸したら、希未の生活が私に支配されてしまう。
家賃をとるにも、我が家の管理しているマンションはどれも高額になるし。
松葉を住まわせるのは、あのアヤカシが言い方は悪いけど私の手先になっているからだ。
……それに、そんなことしたら。
「ずるーい!マジ瀬川がむっかつく!!」
「パシリと一緒にしないでちょうだい。希未は私の友達で居てくれるんでしょ?」
「……ま、まあね?そりゃ、そーではあるけどさ……」
『師だろうが、アヤカシだろうが!八重は私の親友だもん』って、昨日、皆の前で宣言してくれたのに……。
その指摘をすると、
希未はちょっと照れたように、頬をかいた。
けれど、數秒たてば「やっぱり羨ましいのは変わらないじゃん」と真顔になる。
私は、友達というものを金で縛るのだけはごめんだ。希未には一生口にするつもりはないけれど。
たとえ、経済支援をする時があってもバレないようにやる。
「……心配してくれて、ありがと」
私の言葉に、希未は目を丸くした後に、をとがらせた。
への字口になって、私の背中に飛びついてくる。
その重みでよろめくと、表の見えなくなった彼が肩越しに呟いた。
「八重の、あほ……」
「うん、……ありがとう」
サポートキャラのはずだった彼へ小さく笑うと、無言で後ろから、ぐいっと首に腕がかけられた。
――ぐ、締まるっ
うわあ、ちょっと!?
その息苦しさに引きはがそうとしてみたけど、がるるっと唸っている背後霊(希未)に諦める。自分の席に教科書を置こうと引きずっていった。
私が、そちらへ視線を移すと。
人間生徒の中で、1人の年が、腳を組んで椅子に座る姿があった。
ポニーテールと、テキトーに絞められたネクタイが視界にる。
天狗、鳥羽杉也はすでに登校していたらしい。黒いイヤホンを片耳にかけ、自分の席でゲームをやっていた。
私が、自分の機に鞄を置くと。隣席の彼は、それに気が付いて顔を上げた。
「……おはよう」
「……おう」
私が、チラリと彼の手元を見ると。
ゲームの晶では、モンスターを屈強な戦士をって討伐していた。
本のボタンが連打されるのと対応して、ロングブレードが大きく振り回される。革ヨロイの男キャラが、ダチョウに似た怪鳥を半ば毆るように切りつけていた。
余裕のある戦闘、減る様子もないHPバーは、鳥羽君がレベル上げをしている最中だったことを伺わせた。
その機に、ふと疑問が浮かぶ。
「そのDDW(攜帯型ゲーム機)、もう修理が終わったの?」
このあいだ、調子が悪くなって使いにならなくなったとか話してなかった?
「――新型のセカンドが出てたし、電気屋のポイントが貯まってたから新しくしたんだよ。酷使し過ぎて壽命がきてた可能の方が高かったしな……。月之宮、見ろよこれ。鬼のようにスペック高くなってるぜ」
天狗の口から、『鬼のように』って言われると微妙な気分になるんだけど……。
畫面を、覗き込むと。初期裝備に近そうな戦士が佇むのは、砂埃の舞う荒野だ。赤みがかった痩せた土壌に、枯草が生えており――抜けるような青空に、雲が流れていた。
AIの演算能力の向上と最新の晶、作り込まれた3Dのモーション。巧みな彩の配置によって出來あがったRPGの風景は、ゲーム業界の進展をじさせるくらいに麗なクオリティーだった。
やっぱり3D特有の違和は殘るけれど、ゲームとしてかして遊ぶには充分だろう。
「ふうん、すごいわね」
このゲーム機のメーカーであるドロップ社は、余程気合をれてこれを改良したらしい。兄が遊んでいたDDWを思い出すと、セカンドは、技投資を惜しまなかったことが分かる。
「でも、鳥羽君。こういうソフトで遊んで興ざめしないの?」
存在自がファンタジーなアヤカシは、生で超常現象を起こせるじゃない。足りなく思うことはないのか、不思議に思って訊ねると。
「……月之宮」
天狗、鳥羽杉也は真顔で呟く。
「サンドバッグって、大事だよな?」
………………。
彼は、カワウソから與えられたストレスの解消に、平和的に遊んでいたようだった。
松葉と契約した私が、さあっと青ざめる。
「お前には、キレてねーよ」
……には。
明らかに鳥羽君は、松葉個人に対しては未だにに持っていた。
「まさか、貧乏くじを好き好んで引くとは思わなかったけどな」
ぐうの音もでません……。
希未が、鳥羽君の言葉に賛同するとばかりに頷いた。
鳥羽君のセリフが、心にぐさっと突き刺さる。
今朝の松葉が、ふてぶてしく納豆を頬張っていたことを思い返すと、全く反論ができない。
あの無神経なアヤカシを率先して拾いにいった酔狂は、間違いなく私だ……。
「払魔の連中なんて、俺たちと反目する方が當たり前なんだしな。それを考えれば、芝居に付き合ってくれてたことといい、月之宮に文句なんて云えねーよ」
師とアヤカシ。
その立場が全然違うことをどこかで忘れていた私は、鳥羽君のセリフに驚いてしまった。
「…………」
鳥羽君の窮地を、いい気味だと橫目に笑うことが師としては正しい有り方だったと?
「今からでも、そーいう関係に戻った方がいいのかしら?」
目を細めた私は、小馬鹿に笑った。
「……おい、月之宮」
鳥羽君は、嫌そうな顔をした。
いつになく真剣にこちらを見據えて、
「……嫌な冗談は止めてくれよ。今のお前を敵に回したら、俺は確実に例のあの人によってローストされちまうって分かってんだろ?」
かなり哀愁の漂わせた天狗は、フッと笑った。
「八重に守られた役立たずは、燃やされればいーのよ」
「栗村、マジで俺は大往生してーんだよ!」
じとっと目つきの悪い希未に、切実そうな鳥羽君は言った。
「うっさい、クックロビンめ」
「さりげなく不吉なあだ名を付けんじゃねえ」
マザーグース。
希未は、狐の影に怯える彼に恐ろしいことを言う。
……一番槍をやった鳥羽君を助けようと、私が剣を持って特攻したことに話しの流れから気づいているかもしれない。
どんな背景があろうと、言ってはならないセリフだと思うのだけど……この引用、小鳥の葬式の詩だし。
「クック・杉也・ロビンの分際で文句言わないでよ」
「てめえ、俺の名前を、ハーフみたいにそこに混ぜるな!」
まあ、天狗のメンタルは強そうだけど。
「……そう云えば、中學時代もそんな風に話してたの?」
嫌味の応酬をしていた2人は、私の言葉に顔を見合わせた。
「……まあ、栗村は今よりももっと、気悪いぐらい靜かな子だったな。遠野と白波の間をとったじだ」
「鳥羽は昔から、こうだったよ。ふざけてチョークでモナリザを黒板に描いたりしてさ、授業するのに消さなくちゃいけなくなって、先生が惜しがって涙目になってたもん」
うん、それは通常運転の鳥羽君だ。
それよりも、希未さんの過去に違和がある……。可くて控えめなサポートキャラから、希未が妙な方向に進化したのは高校になってからってこと?
「いつから、希未は変態したというの……?」
私が呟くと、ぐえっと思いっきり首を絞められた。
「失敬な!」
「メタモルフォーゼって意味よっ」
「きっとコイツ、蛾がのサナギだったんだろ」と、鳥羽君は意地悪なことを言った。
そこで、悪口につなげないでよ!?
それを聞きつけた友人は、私から離れて腕組みをした。冷たく笑う。
「そんなこと言うんだ、クックロビン?」
「お前から売った喧嘩だろうが、マイマイガ」
火花を散らす希未と鳥羽君は、不気味に笑顔だ。
この天狗は、クールに見えてけっこう喧嘩っぱやいのね……。
口げんかを始めた2人をもうほっといて、鞄から、教科書とノート、文房を取り出した。
機の中に、數冊まとめたそれを突っ込もうとしたところ――なにやら、がさっと見えないにぶつかって潰れるような音がした。
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