《悪役令嬢のままでいなさい!》☆50 思い立ったが不吉

 ドーランを落とせなくなったピエロが、グミを二袋平らげて焼けになったとこでテレビのトップニュースに上るわけがない。

なっても困るけど、人々が仰天するような世紀の大事件となることは絶対にあり得ない。

鳥羽が近くに居るランチを、私は味もしないままに呑み込んだ。

「この、甘ったるい空気どうにかならないの」とバカにしたように笑ってやった。

疲れた柳原先生が、プリントを職員室に忘れてきた以外に変なことが起きたわけでもなく、居心地悪そうな遠野さんの心が冷めることもなかった。

およそ23度の地軸で、この青い地球はいつでも傾いている。

この世界の正がゲームであろうとなかろうと、この星だけはわれ関せずに何億年も自転を続けるのだろう。

それに比べたら瞬くほどに短い時間だったけど、隣の席になった鳥羽とすごした一春のことを、私はずっと忘れられない予がした。

山崎さんによって連絡がいってしまった以上、近いうちに私はこの話しを兄さんに語ることになるだろう。

私と友達になった天狗のエピソードだ。

外國まで逃げ出した兄に、全てをバカ正直に語るつもりはない。

その切り出し方は、もう決めている。

「誠に殘念ながら、私にはお友達の天狗ができてしまったようです」ってイヤミったらしく言ってやるんだ。

冷やかにニッコリ微笑んで、カワウソから妹を見捨ててくれた兄さんへぶちギレる最初の一言にめでたく採用しよう。

……多分、今回の事件で一番人でなしだったのは兄さんだと思うから。

今日のカリキュラムを終えた放課後に、私たち4人は第二資料室へ向かった。白い上履きで、螺旋階段をカツカツと踏んづけていく。

先頭の白波さんは、遠野さんから貰った紙袋を持ってくれている。楽しそうにハーフアップを躍らせていたけれど、部室の扉を開けるとそこで直してしまった。

驚いた白波さんの後ろから、どうしたのかと室を覗き込むと――めずらしくそこには來客がいるようだった。

生き生きとした夕霧君(昨夜は睡したらしい)と、ある人が雑談をしている最中だった。

「あ~~~~~~っ!?」

夕霧君といる人を見て、希未がび聲を上げた。

パイプ椅子に座っている夕霧君に、話しかけていた男子生徒がびっくりして振り返った。

その深緑の雙眸が、私を捉える。

ミルクブラウンのくせっをした年が、こちらに気が付いて人懐っこい笑みを浮かべた。

「八重さま、ちょっと遅いよ」

おい、學校でもその呼び方で通す気か。

面の皮が厚すぎるカワウソは、なんとオカルト研究會に勝手に上がり込んでいた。夕霧君とポテチを仲良くつまんでいたらしい。

……陛下、それ格の悪い妖怪ですから。

あなたがスナック菓子振る舞ってんの、妖怪ですからっ!

私たちのドン引きに反し、夕霧君の目は興で輝いていた。

なんだか嫌な予がする。

「――みんなに紹介するよ、一年の瀬川だ。

オレたちが魔法陣の作者を探しているのを知って、こっそり自分から名乗り出てくれたんだ。

あのペイントで生徒指導の先公がキレてるのを、承知の上で。だ……。

失敗してしまったらしいが、すごく斬新なアイデアを持っていてな。よかったら、詳しく聞いてみたらいい。

オレも、この會話だけでかなり刺激になってるんだ」

一気にこれだけのことを早口で喋り終えた陛下は、すっごく満ち足りた顔をしている。それから、大切な品を扱うようにテーブルにあったものを持ち上げた。

「しかも、瀬川ときたら登校した時に見つけたらしい、こんなに立派な羽をオレにプレゼントしてくれたんだ、羽ペンによさそうだからって……ここまで分かってる奴が他にいるか?」

私たちは、それを目にした瞬間にひっと息を呑んだ。

したんでも、なんでもなく……それの正に気が付いてしまったからだ。

うっとりとした夕霧君が掲げている、それはもうここらの鳥類ではあり得ないサイズの、艶やかで青みがかった黒羽は……。

「…………瀬川………………っ」

鳥羽の、怒りに満ちた唸り聲が聞こえた。私たちのの気が引いた。

――夕霧君。あなたの持ってるそれは、カワウソと闘した天狗の羽です――。

「夕霧、それは羽ペンじゃなくって、額にれてしまった方がいいよ!」

天狗の機嫌を察知して、希未が慌てて言った。ボールペン代わりにされたら可哀そうだと思ったのだろうか。

「……それもそうだな。アルコール消毒したら、いい額縁を買ってきて部室に飾って眺めるか」

夕霧君は、おもむろにウエットティッシュで手を拭った。つんとしたアルコールの匂いが、そこから漂ってくる。

絶句した一同の視線が、除菌用ウエットティッシュに集中していることに気が付いた夕霧君は肩を竦めた。

「ああ、これは羽に使うにはダメだ。ちゃんとアルコールの濃度を自分で調節しないと、オレの気がすまない。本當は消毒もしたくないぐらいなんだが、最近は鳥インフルエンザとか々あるだろ?」

「ボク、さっきから素手で持ってるんだけど?」

「これ貸してやろうか?」

……やめて。

確かにそれは一般常識なんだろうけど、天狗の逆鱗をむしろうとしないで!

「……月之宮」

「どうぞ、後で思う存分しばいて下さい」

私に掛けられた不機嫌な聲に、すぐさま悪な式を差し出した。

「……あの、つまり。

これからずっと、鳥羽君の羽がこの部屋に飾られちゃうってこと……?」

「どうする?夜中にこっそり盜んじゃう?」

希未が深刻な表で提案してくる。鳥羽は、忌々しそうに松葉を睨んでいる。

かつて、ここまで天狗のプライドに傷をつけた存在がいただろうか。

「でも、それをやったら絶対に私たちがやったって陛下にバレるじゃないの」

私の言葉に、沈黙が走る。

「……やっぱり、瀬川さ。ゴミ捨て場に捨ててきたら?」

もっともな希未のセリフに、私はストレスで胃が痛くなった。

……久々に、今夜はお粥だけの夕飯になるかもしれない……。

夕霧君は、私たちの事なんか全く知らないまんま、手持ちのクリアファイルに大事にその羽を挾んだ。ティッシュペーパーをクッションにする念のれようだ。

その慎重さときたら、傷つきやすい寶石を扱うかのようで、ひどく敬意の払われた羽の待遇に鳥羽は深くため息をついた。

「……あれは、もう仕方ないだろ。取り上げたら警察呼ぼうとするぜ、あの様子じゃ」

鳥羽も認めるほどに、夕霧君はダイヤモンドと同じくらいの価値を一枚の羽に見出していた。

「事実、あれ一枚で150萬は下らねーしな。家寶にしてくれそうだし、瀬川を毆るだけで済ますわ」

「……もしかして鳥羽ってそれで生計立ててたの?」

関連素材としての相場を考えたら、普通にその髪のだけでも寶石並みの値段で取引されるだろうことに、私は気が付いてしまった。

まさか、彼の學資金の出どころは自の髪や羽だったのではないかと訊ねると。

「悪いかよ?」

世の師垂涎。アヤカシの一つで不労所得が得られる天狗は、當然そうに言った。

……バイト経験がなさそうな松葉が、この學校の學費を払えた理由はこれか!

「もし、ハゲたら……」

「おい白波。長い付き合いだったな」

白波さんが斷の二文字をポロリと呟くと、冷たく鳥羽は鞄を持って帰ろうとした。慌てて、彼が必死に謝りながら引き留める。

「まず、鳥羽って老けない気がするんだけど?」

「……たしか、」

化生の仮初めのは其の思念の現でしかなく、神の度に応じて意図的に見目を変じることができる……。だったっけ?

あれ、この後に何か続きがあったはずなんだけど。

希未の言葉で気が付いたど忘れに、もうボケが始まったのかと首を捻っていると、

「――どの面下げて、この申請書を出したんだ!?」

勢いよくドアが開いて、東雲先輩の怒鳴り聲が響いた。

びっくりした私は、思わず希未に抱き付いた。

生徒會長の東雲先輩は、憤然とした足どりで部室に乗り込んできた。

彼の訪問なんか知らない第二資料室は、いつも通りのガラクタだらけなインテリアで、黒いシーツの布団がでーんとあった。

誤魔化しようもなく、言い訳も無駄な不法占拠の現場が広がっていた。

そのことに気まずくなる私の心境をよそに、夕霧君は普通に緑茶をすすってくつろいでた。松葉はといえば、サイダーのつまみにコンソメポテチを食べていた。

コンセントにつながれた電気ケトルは蒸気を吐き出している。

校則なんか知らぬ存ぜぬといった、ふてぶてしさ極まった2人に泣けてくる。

東雲先輩が、折りたたみテーブルに叩きつけたのは1枚のコピー用紙だった。

ちょっと見覚えのあるレイアウトだと思ったら、そこには部活申請書としっかり印字されてあった。

違和を覚えて眺めてみると、四月に記した私たちのサインと一緒に、申請書にはいつの間にか『瀬川松葉』とぐりぐり黒いボールペンで書き足されていた。

カワウソが新設文蕓部員の最後のメンバーにちゃっかり収まって、どうやら生徒會室に無斷で提出していたらしい。役員の東雲先輩が業務で見つけて、ここに持ってきたのだ。

……出し抜かれたことに気づかなかったのは私だけじゃなかったらしく、二年B組メンバーはあんぐり口を開けていた。

誰も想定していなかった、手早すぎる犯行だった。

「今回の件でしおらしくなるかと思いきや、お前は……」

東雲先輩の怒気を向けられたカワウソは、両手を後頭部で組む。

「……なんだか。ボク、ここなら楽しい青春が送れると思えるんです」

まるで暗な年が、初めて心を開いたのワンシーンみたいなことを空々しく言ってのけた。

発言者の気持ちがこもってないのが丸わかりだ。

「やだ、ここに置いてあったのを書いて出しちゃったの!?」

書棚の隙間にひっそり挾んでいた筈の申請書が、生徒會で発見されたことに希未は悲鳴をあげた。恐ろしいことに、すでに職員室の承認手続きが済んだハンコが押してある。

みんな、松葉のフットワークを見くびっていたのだ。

「言っただろうに、見つかったら部員にすると」

夕霧君が、今更どうしたんだと不思議そうにしている。のんびり放課後のティータイムを満喫していらっしゃる。

どっからどう見ても、魔法陣の虜になった陛下が喜んで手を貸したのが明白だった。

……あ、松葉を〆ようとしていた東雲先輩のきが止まった。

この人間は誰なんだと聞きたそうに、鳥羽の方をすごい目つきで見た。

「これはオカ研の研究會長の、夕霧です」

気圧されそうな鳥羽が、陛下の名前を教える。

寒波が襲來している部室で、私が視線を彷徨わせると……びっくりした白波さんが、紙袋から床にお菓子を落として困っていた。

「……拾うの、手伝うわ」

格好の逃避先に、私は親切めかしてしゃがみ込んだ。希未はといえば、もう先にアンダーザテーブルして潛り込んでいた。

地震、雷、火事、狐。

「そこの書面にちゃんと名前あるじゃん。まさか、ちゃんと読まずに來たんですかあ?」

松葉がお口のチャック全開で、ぷっと笑った。

「……まさか、お前の名前が無ければ不備なんてない申請書だったからな。お前の名前さえ無ければ、なあ?」

東雲先輩はいい笑顔で嫌味を返した。この生徒會長を王子様扱いしていたファンが見たら、一生のトラウマになりそうな凄みをおびている。

「何言ってんの會長。ボクほど、明るくて元気で積極的に取り組む生徒ってこの學校にいないでしょ。部活にこれほど相応しい人材がどこにいるっての」

「瀬川にぴったりな部活は、帰宅部に決まってるだろう。お前は丸まって布団にでもってろ」

悪事に積極的な松葉のセリフに、東雲先輩は駄犬を見るような目を向けた。

「……うわあ、嫉妬?」

「それはお前の方じゃないか?下郎の分で」

今の言葉にカチンときたらしく、松葉は食べていたポテチを々に砕いた。

パリパリのポテトチップスが、気の毒なクズとなる。

自分から暴言をぶつける悪癖があるというのに、他人からの反撃の耐がまるでない。

顔を歪めた松葉は、ペットボトルを手に取った。

夕霧君の前で大膽にも、甘い炭酸飲料が発をしたフリして飲み終えた空容から水鉄砲をぶっ放した。

飛沫を上げ、鋭く渦を巻いたウォーターが飛び――それと同時に火のが舞い!

結果。頭から水を被った狐と、髪のがちょっと焦げたカワウソが出來あがり、部室の中でつかみ合いの喧嘩になった。

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