《悪役令嬢のままでいなさい!》☆51 スターダストは掃き溜めへ
……余りに大人気ない2人の姿に一同唖然としていると、
オカルト好きの夕霧君はアヤカシの闘に釘づけになった。
東雲先輩の金髪は水滴がしたたっており、濡れてそのを濃くしている。瀬川の異能の痕跡だ。
――うわぁ、ダメだ! 陛下がじっくり眺めてる。
日本でUMAを発見したとアメリカに通報されるか、オカルト布教のために見世にされるか――!
「……流石にこれはちょっとな。會長にかかったサイダーを拭けるもの、持ってないか?」
どんな大騒ぎになるかと構えていたら、夕霧君の第一聲はなんとこれだった。
困り顔で、近くの白い臺拭きをぶら下げている。しけた布っきれで生徒會長の金髪を拭うことに抵抗があるのだ。
私たち4人は拍子抜けして、何ともいいがたい心境になって顔を見合わせた。
……陛下は千載一遇のチャンスを見逃したことに気付いておらず、臺拭きの雑菌に関心が向いていた……。
アヤカシの存在がこれ以上広まらなくて助かったけど、これほど殘念な出來事ってあるだろうか……。
この空振り方には、鳥羽ですら同の眼差しになっていた。
「これけっこう砂糖ってるだろうし、一度水で濡らしてぬぐった方がいいかもしれないな」
夕霧君からひしひし伝わってくる思いやりに、ちょっと泣けてくる。
東雲先輩にかかったのは真水だし、火が出せるからすぐに乾かせそうだけど――そんなこと教えたら元も子もないので、私は口をつぐんだ。
この陛下ならを共有した途端に、率先して世界に言いふらしそうだ。
「タオルなら、私のスポーツバッグにってるけど……」と、希未がテーブル下から出てきた。
東雲生徒會長も白晝堂々と下級生をボコるわけにいかないようで、松葉には関節技を食らわせている。もがく松葉は、とっても往生際が悪い。
鳥羽が言った。
「……なあ夕霧。本當にアイツをこの部活にれるのかよ、リスキーすぎるぞ」
殘念なことに、この部活申請書は未だ健在だ。水鉄砲のしずくでインクが滲み、わずかに紫になっているだけだった。
「うちはオカ研だぞ?元々失うものなんて、何もないだろ……。歴史も伝統もない、評判だって悪い。ゾンビの集団に問題児の瀬川が増えたところで、今更だ」
夕霧君が不法占拠の部室を見渡して、肩を竦めた。
瀬川の素行の悪さが分かった上での正論に、鳥羽は二の句が継げない。
そのせいで部活が停止されたって、大會やコンクールを目指す予定もない以上、別の溜まり場で茶をしばいてればいーだけだと指摘されてしまった。
……もう私たちは、諦めモードにった。
「この紙、もう職員室で見られちゃったんだよね……?」
「今、瀬川を魔法陣の犯人だって告発したら、この申請書のせいで俺たちもグルだと思われるな……」
「……私たち、むしろ松葉の一言で生徒指導室に連れてかれるかもしれないわよ」
「何それ!私たちの申握られてるってこと?もうアイツ、本當に疫病神以外の何でもないじゃんっ」
「……栗村。目から鱗だな、あの一年生はお前に神の稱號を立派に貰ってるのか……っ」
「なにさ笑わないでよ!夕霧っ」
・五分後。
「月之宮さん、瀬川君が東雲先輩をかじろうとしてるよ!?」
「……白波さん、私は何も見てないの。いい?」
「まあ、瀬川も月之宮の前ではそこまで悪いことも…………あんまり変わんねーか……」
・更に10分後。
「さっきから聞いてれば、あの一年生は月之宮の知り合いなのか?」
「あれは八重のパシリよ……いたっ」
「夕霧君、希未の言い方じゃ誤解を招いてしまうけれど。あの子は、我が家の使用人見習いとして雇っているのよ」
「だったら、もうし早くオレに紹介してほしかったんだが……」
みんなで遠野さんから貰ったお菓子を食べて雑談していた。
放置されていた狐とカワウソの不なバトルを仲裁したのは、最終的にこの人だった。
「……やっぱり、ここに居たか。あんたがロックかけて放置してったパソコンのデータが見られないって、副會長が困ってたぞー、東雲さんや」
――生徒會顧問の柳原先生は、ドアを開けるなり、この部屋で起きていることに勘付いた。やれやれ、と口汚いカワウソに腳を引っかける。
ずだんっ!
松葉は勢いよくスッ転んで、床に額を打ち付けた。かなりの痛みだったらしく悶絶している。
柳原先生はそれを丸っと無視して、
「おお、基地か!この部室は、けっこうロマンがあるなあ……」と第二資料室を見渡した。
先生の登場に、流石に夕霧君の貓背がまっすぐになった。食べてるお菓子とかはそのままだけど。
白波さんが言った。
「先生、東雲先輩を探しに來たんですか?」
「オレは副會長に、姿を見かけたか聞かれただけだ。用事を済ませようとオカルト研究會に來たら、案の定だったのさ……」
柳原先生に、東雲先輩のオーラが黒くなる。
「この申請書に、お前がサインをした言い訳をするつもりか……?柳原」
……引きつった雪男は、教師のプライドもなく両手を挙げた。グレーの前髪から覗く瞳が、宙をさまよっている。
「落ち著けって、あの狀況でオレが斷ったら他の教員が顧問になる可能があったんだぞ!
學年主席の鳥羽と次席の月之宮財閥の令嬢が、所屬する文蕓部ができるってだけで教頭なんか小躍りしてたんだ。
この部活の実態はともかくとして、月之宮が卒業した後に、殘った文蕓部や図書館に箔がつくことには違いないしな」
「流石に、それは無理じゃないかしら……」
兄ならともかく、私ごときで箔はつかないと思う。
「……八重とお近づきになりたい連中が、図書館で必死に本を読みに走るのを見越してるってことね」
希未が妙なことを呟く。
白波さんが指をくんで、ぱあっと笑う。の子の憧れが刺激されたようだ。
「月之宮さん、やっぱりモテるんだよね?」
友人は、かなり複雑そうな顔になった。私と1年も一緒に行していれば分かってしまうものもあるのだろう。
「玉の輿が目當ての男ばっかだけどね……多分この件で、みんな本を持って歩くよーになるんじゃない」
「……ええっ」
「後は、あのグラマラスな巨に惹かれた奴とかさ……いったあ!?」
私は、余計なことを言った希未にヘッドロックをかけた。
1、2……。
締め付けていると希未が悶えながらタップをしてくるので、涙目になってくる前に解放した。
ふと橫を見ると、鳥羽は視線をそむけていた。
「どいつもこいつも……」
東雲先輩は學校の事が面白くなさそうだ。
そのきれいな長い指で、濡れ髪をオールバックにしようとした。
アメリカの俳優のような仕草、重力に逆らえず斜に流れていく金髪、やさぐれた青い瞳。
彼は鋭い聲を発した。
「八手、そこにいるなら出てこい」
30秒にも満たない沈黙だった。
――ガチャリ、
ドアノブが回る。
この部室のドアが開いていく。
大きな格がぬうっと影を落とす。
赤い髪をした上級生が、忍者のように外の廊下から顔を出した。
「……呼んだか」
……いつから廊下に隠れてたんですか、八手先輩……。
「こんなにすぐ現れてしまうと、先生はお前さんを通報しようか悩んでしまうんだが」
柳原先生が、スマホを片手に神妙な顔つきになった。
痛みから復活したカワウソが、鬼を見てふくれっ面になる。むっと怒ったフグみたいになった。
こっちに來た松葉は、私の食べかけのチョコバーを橫取りしてかじった。文句を言うひまもない引ったくりだった。
……間接キス。
いやいや、落ち著け。
自意識過剰にもほどがある。……こういうのを気にするのは漫畫とか、心がまだ綺麗な中學生とかさ。相手はアヤカシだし!
ぐるぐる思考が頭で駆け巡る。
私が視線をスライドさせると、松葉が東雲先輩に見せびらかしていた。
どっからどー見ても、せせら笑いながら食べている。確信犯。
遠野さんのお菓子を嫌がらせに使うんじゃないわよ!
「先輩への當てつけかよ」と鳥羽が呆れ聲を出した。
賑やかになった部室。
それに呆気にとられていた陛下は、ひとまず自分の緑茶を淹れなおした。
ドボドボ……。ごくごく……。
「……今日は客の多い日だな……。彼は、知り合いか?」
夕霧君はカップを置いて、八手先輩を指した。蚊帳の外になっているため、誰でもいいから教えてほしそうだ。
「あの人は八手先輩ですっ」と白波さんが元気よく応える。
「……聞き覚えがないな」
陛下の記憶には、八手姓の知り合いがいなかったらしい。彼は首を捻った。
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